同窓会と銘打たれた公演。それが何を意味するのかは不明。事前の説明は特になし。私の勘が悪いだけなのかもしれない。まさかコチャキンTVさんやマナツサマーさんが来る? まああり得ないか。(サプライズでそんなことをやったら暴動が起きかねない。マナツサマーさんは知らないけどコチャキンTVさんは辞め方がアレだったし……。)企画の趣旨が理解できていない。でもそんなの関係ねえ(小島よしおさん)。私は企画次第で行ったり行かなかったりするわけではない。もはや行ける公演はすべて行くと言っても過言ではない状態になりつつある。今の私はオタクを加速させることでオタクから脱しオタクを超越するというある種の加速主義(accelerationism)の域に突入しつつある。今日に関してはチケットはタダ。行かない理由がない。もちろん総額がタダで終わるわけがない。そもそも私がLiVSを観る上で一番大きな出費は特典券(コンパクト・ディスク)なのである。それでもチケット代の分はいつもより安く済む。それは助かる。JPY10,000の最高チケットも発売されていたが金額に見合った価値は感じられず。優先入場、私物サイン券、サインありチェキ券。これでJPY10,000はちょっとね……。最高チケットは五人くらいしか購入しなかったようだ。タダの人間チケットは50番台まで出ていたらしい。
あー同窓会ってこういうことね! という種明かしは特になく。強いて言えばメンバーさんと我々でグラスを持っている体で乾杯の真似をしたくらいで。いつもの衣装。いつものライブ。いつものメンバーさん。セットリストもまあいつものって感じだったと思う。特典会でコンニチハクリニックさんに聞いてみた。今日って何がどう同窓会だったの? 最後まで分からなかったんだけど。彼女は一瞬ちょっと困ったような顔をしてから、関係ないと言って笑っていた。タダで入れるから来てねってこと。あー、久しぶりの人も(タダだから)集まってねみたいな? そう。という感じのやり取りをして、そこでようやく理解した。ただ、私はつい三日前に定期公演を観たばかりだし、最近は異常な頻度で通っている。久しぶりの要素がゼロ。
LiVS側からすれば、たかだかチケットをタダにする口実 ガタガタぬかすなということなんだと思う。別にそれでいいし、私もゴチャゴチャ言うつもりはない。ただ、あえて提案をするのであれば、(今回に限らず)手っ取り早く企画感を出すために有効なのは衣装を変えることだと思う。たとえば今回だったら同窓会をイメージした衣服をメンバーさんが自分たちでコーディネートするとか。我々サイドにドレス・コードを課してもいい。ただ、おそらくLiVSはあえてそういうことをやらないんだろうと思う。そういうチャラついたことはやらないんですウチらはっていうこだわりがあるように感じる。それはそれで個性だと思う。でもたまに、本当にたまにでいいから、衣装に変化を加えてもらえるとお互い(LiVS側も目撃者側も)気分転換になっていいかもしれない。
今日思ったのが“業 TO HEAVEN”におけるミニ・マルコさんの「細胞に潜む負け犬根性滅すビーム」でケチャするのは勿体ない。というのが折角その後のこちらに向けてお尻を回して左右に振るダンスに背を向ける(ケチャ後の移動で)ことになるからだ。ミニ・マルコさんのお尻は極めて重要である。この曲に限らず、ケチャをすればするほどメンバーさんのステージでの細かな動きやダンスを見逃すことになる。そしてコールをすればするほど歌はちゃんと聴けなくなる。メンバーさんの歌に被せるコールというのはその歌をかき消す行為でもある。メンバーさんは日頃、歌やダンスのクオリティを少しでも向上させるために訓練している。それを見届けるのも大事なのではないか。正直、ケチャしながらミニ・マルコさんの歌に被せてコールをしていると申し訳ない気持ちになることがある。盛り上がることとしっかり観る(聴く)ことには相反する部分がある。どこに重点を置くか。価値観の問題にはなってくる。バランスの問題でもある。正解、不正解はない。だからこそ私の中には葛藤が残る。
私は現在、LiVSに専念するために田村芽実さんのミュージカルやイヴェントに申し込むのをやめている。(田村さんに関しては一旦ここでミュージカルという興行そのものへの見切りをつけている。)明治安田J2リーグへの降格の危機に瀕している横浜F・マリノスの遠野大弥選手は、すべての試合を決勝戦のような気持ちで戦っていると言っていたが、私も遠野選手くらいの気持ちでLiVS現場に臨んでいる。LiVSもミニ・マルコさんも永続的に活動してくれるわけではない。この瞬間を大切にしないといけない。今の私は人生に迷いがない。何よりも優先すべきなのがLiVSだと確信しているからだ。人生のあらゆる問題が気にならなくなった。LiVSが、ミニ・マルコさんが、私が生きる理由で目的なのだから。それ以外のことはすべて些事である。