2015年10月31日土曜日

℃an't STOP! (2015-10-25)

orSlow(オアスロウ)のdenim jacketを買った。それからというもの街でdenim jacketを着ている人ばかりを目にするようになった。こんなにdenim jacketを着ている人たちが世の中にいるのか、と驚くほどに。カラーバス効果。7-8年前に読んだ『考具』というビジネス書にはそう書いてあったと記憶している。ある色(であったり車であったりブランドであったり)を意識することで、生活している中でその色(であったり車であったりブランドであったり)ばかりが目に付くようになるということだ。私は今まで街行く人々がどういうdenim jacketを身に付けているかなどほとんど気にしていなかった。自分がdenim jacketに興味を持ち、実際に手に入れ、脳内の一定割合をdenim jacketが占めている今では、すれ違う人々が着るdenim jacketの色の落ち具合や安物加減、他の服との合わせ方等々、細かいところが気になるようになったのである。

一週間前のコンサートで初めて導入した双眼鏡に関しても同じことが言える。それまでは周りの客がどれだけ双眼鏡を使っているかなど意識になかった。自分が双眼鏡を使い始めてその有効性に気付いてからは、あそこにいる人も双眼鏡を使っているな、と視界に入る双眼鏡使いをいちいち自然と把握するようになったのだ。把握しようと意識しているのではなく、嫌でも自ずと意識に入るようになった。何を認識し何を捨て去るのか、頭が勝手に選んでいるのだ。同じ一人の人間でも、そのときの知識や意識の状態によって目に入ってくる情報は変わる。ましてや百人や千人単位となると、同じ場所で同じコンサートを観ていたとしてもそれぞれの客に見える景色は異なっている訳だし、そこから何を感じ何を考えるかも人によって違うのが当然だ。自分の記事を読み返すと、誰がこういうことを言ったという記述が多いが、おそらく私は誰が何を言ったか、誰が何を考えているのかに興味があるのだろう。だからその人の考え方が伺いしれる発言は頭に残るし、記録したくなるのだろう。

先週に引き続き、℃-uteさんのコンサートを観る。川口総合文化センターリリア、メインホール。川口駅のすぐ目の前にあるので便利だ。今日は昼公演と夜公演の両方だ。

昼公演。15時開演。1F28列39番。一番後ろから2番目だが、双眼鏡のおかげで℃-uteさんがくっきりはっきり大きく見えた。

℃-uteコンサートツアー℃an't STOP!、始まりです(もしくは始まります?)と序盤にバシッと決めようとした中島が「始まりだす」と言い間違えて空気が緩む。噛みキャラかい!と自分に突っ込みを入れる中島。
岡井も噛む。「今日℃-uteみんな噛みまくっている。地元だからふわふわしているのかな?」
「気を抜いちゃダメ」と岡井を諫める萩原。
中島「℃-uteは5人中4人が埼玉出身で、愛理はお母さんが埼玉だからハーフなんです」
鈴木「(おどけて変な動きをしながら)ハーフです」

メキシコ出張の話。同部屋だったという中島と鈴木が二人で話し始めて、その間に他のメンバーは着替え。
中島「メキシコに滞在中、愛理の眠気が増していた」
鈴木「着いた日、19時半くらいに寝たもんね」
中島「寝相がやばい。ベッドの隅っこでこんな感じで(座って片脚を伸ばし片脚を折り曲げて片方の肘を折り曲げた方の膝に乗せて手で頭を支える)寝ていたり、こんな感じで膝を抱えたまま寝ていたり」
最初に着替えを済ませて話に合流した萩原。「早いね」とびっくりする中島に答える途中、間違って「ぜんぶ脱いだ」と言ってしまい会場は大いに沸き、メンバーもそれに乗って「さすがだね、私はぜんぶ脱いではいなかったわー」等といじる。萩原、隣にいた鈴木を叩く。
鈴木の寝相の悪さについては「お見せ出来るレベルではない」とニコニコ顔で太鼓判を押す矢島。
メキシコに着いたら矢島以外の全員が体調を崩していた。着いた当日みんなで夕飯を食べる予定だったが、様子を見て無理しなくていい、自由でいいよと言ってくれた。矢島のみが食べに行った。
萩原と岡井(この二人が同部屋)、部屋に入るや否やそのまま投げ捨てるようにカバンを置き、ベッドに倒れ込み、寝た。その様子を再現。

長旅で体調を崩したという彼女たちの話を聞き、私は安心した。あれだけ体力があって若さと元気の塊である℃-uteさんでも海外出張で調子が悪くなるのであれば、私が海外出張で長時間の移動に疲れて時差ボケに苦しむのは無理もないことである。私の勤める会社のあるじっちゃん部長がアメリカに2週間行ったら帰国後に体調を崩して、今日は自宅での勤務とさせてくれと言っていたことがあったのだが実際には寝ていたようだ。電話会議で声を聞く限りではあからさまに不機嫌そうで発言も支離滅裂になってボケ老人のようになっていた。海外出張は負担がかかるというのを理解した上で、自分の体力と年齢をわきまえて、しっかりと休養を取らないといけない。

とはいえ、℃-uteとボケ老人を一緒くたにするのは無理がある。萩原と岡井がベッドに倒れ込んだのは19時頃だったが、24時くらいに起きてそこから活動が始まったらしい。
萩原「なっきぃに電話をかけてエクステを取ってもらった」
中島「そう!(迷惑そうに)夜中に何させんだよって」
萩原「ノリノリだったじゃん」
中島「すみません話を盛りました」
同時にバタンキューした岡井と萩原だったが、起きたタイミングも同じだったらしい。
岡井「起きて横を見ると舞ちゃんがこっちを見て目を合わせてニヤッと笑ってきた」
なお、コンサートでは矢島以外の体調が回復し、矢島の体調が思わしくなかったとのことだ。
言及がなかったが矢島は一人部屋?

『Danceでバコーン!』のintroで中島が「みんなー、ダンスで、バ…?」とアドリブの煽りを挟んで、ファンが咄嗟に「コーン!」と返せるか試して楽しんでいた。

アンコール明け。

中島「渋谷の街をうろちょろしても誰にも気付かれないのに、こうやってステージに立つと私を応援してくれる人がいるのは不思議。普通の女の子だと思うけど、応援してくれる人がいるのであれば頑張っていきたい」

岡井「(本来のメンバーカラーとは違う色の衣装を全員が着る場面で、自身がピンクを着ていることについて)ピンク似合わないねって色んな人に言われている。誰とは言いませんが愛理のファンが私を見て『あ、ちげ、ちげえ』ってすぐに愛理の方を向き直していた。一瞬くらい見てくれてもいいじゃん! このツアーで愛理のファンを一人は私のファンにしたいな、と思います(笑う鈴木)」

矢島「普段は働いていたり学校に行っていたりすると思うんですけど、私たちのために働いてくれてるんだな、と思うと…」とまで言って、あれ何か私おかしなことを言っているなという感じで苦笑する。何を言っているんだという感じで他メンバーが突っ込みを入れる。「そういうこと言っちゃダメだよ」と矢島を注意する萩原。客席もざわつき始めるが数秒後には「そうだよ、℃-uteのために働いているんだ!」という空気に変わり歓声が上がる。

どうやらこの昼公演に萩原の親が来ているらしい。「親が来ると緊張する」と言い、なっきぃはどう?と中島に振る。最初は緊張するが途中から気にならなくなるというようなことを中島は言っていた(たしか)。

鈴木「目を合わせようとすると目を逸らしてくるファンの方がいる。油断させておいてから不意に見ると、また目を逸らして見ていないふりをしてくる。くそー!と思う。出来るだけ多くの方と目を合わせるようにしたい」

先週の座間公演では矢島さんと萩原さんのおへそしか見えなかったが、注意して観察したところ今日は鈴木さんと中島さんのおへそも途中から辛うじて姿を現すときがあった。

このツアーは初めから最後まで立ちっぱなし。以前のツアーだとゆっくりした曲や喋りのセグメントではここは皆さんも座ってくださいと℃-uteさんが促してくることもあった。今回はそれがない。じっくり聴くのではなくガンガン乗っていく曲ばかりだ。悪く言えば一本調子。ずっと80点くらいの盛り上がりで、100点にはならない。昼公演の帰りに4人組くらいの若いナオン集団の一人が「可愛い曲があって盛り上がる曲があるから盛り上がるのであって、盛り上がる曲だけを集めるのは何か違う」という説を展開していて、「分かる」と内心うなづいた。このセットリストには勢いはあるけどメリハリ、落差、緩急が不足している。盛り上がる曲が最高潮に盛り上がるにはそこまでの流れが必要なんだ。座間公演のときから何となくそう思っていたがたまたま聞こえてきた(これもカラーバス効果?)ナオンの発言で強化された。

夜公演。18時半開演。1F17列37番。昼よりはだいぶマシな席だった。双眼鏡に映る℃-uteさんは昼公演のときよりも大きかった。とは言ってもずっと双眼鏡で観察を続けるという無粋なことはしない。ちゃんと声を出して身体を動かした。右の紳士(岡井オタ)がガンガン声を出す人だったのでそれに釣られて私も力が入った。身体が熱くなった。

夜公演の前に萩原が残る4人の顔にラメを付けてくれたからみんなキラキラだという。
岡井「きょう花粉症きつくないですか?」
微妙な反応の会場に「あれ? 何か平気そう」と矢島。
これが萩原にとっての10代最後のツアー。
岡井「10代と20代ではだいぶ気持ちも違うと思う」
「早くこっちへおいで」と手招きする鈴木、岡井、中島。萩原を挟んで逆側にいたので少し遅れて入って「こっちへおいで」をやる矢島に、舞美ちゃんは20代になってからだいぶ経つというようなことを言って中島に遮られていた(ような気がした)。

岡井と萩原の二人が、仕事で集合場所を間違えたときのことを喋った。
岡井「集合場所が多摩川駅だと思って、駅に着いた。『(待ち合わせ場所の)東口がない。出口は一つだけ』とマネージャーにLINEで連絡したところ『そんなはずはないんだけどな…』という返事が来てからしばらくして『あ、もしかして岡井、多摩川にいる?』と聞いてきた。はい。多摩川ですと答えたら、集合場所は京王多摩川駅という、多摩川駅とはまったく別の駅であることを知らされた。私と同じ間違いをしている子はいないかな…と考えたところ、こんな間違いをするとしたら私以外では舞ちゃんくらいしかいないと思って、『舞ちゃん今どこ?』と連絡したら『あと一駅で多摩川』と返事が来たので『じゃあ一緒に京王多摩川に行こうね』と送ったら『え、どういうこと?』と舞ちゃんから電話がかかってきた」
萩原「多摩川から京王多摩川が遠くて、45分くらいかかった」
岡井「なっきぃ、よく行けたね?」
中島「私、バカから脱したから」
岡井「5×6=?」
中島「36。(客が笑っているのを見て)あ、いや、5の段だから5か0なんだよね。1の位が。だから…」
鈴木「7×7=?」(Twitterを見ていると7x4=?に聞こえた人もいるようだ)
中島「42」
矢島「じゃあ6÷2=?」
中島、答えられない。(Twitterを見ていると問いが6÷3=?で答えが3だったという情報もあった。そっちが正しいのかもしれない。)
鈴木「なっきぃは九九の問題に36と42しか答えない」
中島「でも世の中には電卓というものがあるからね」

九九の文化がないアメリカでは数学者でも九九が出来ないことがあると何かで読んだ記憶があるので、なっきぃの言うこともあながち的外れではないかもしれない。

『Danceでバコーン!』の前奏で中島が我々に与えてきたチャレンジは、「チーム℃-uteのみんなー、はーじける?」と言って「ぞい!」と言わせるという、即座に対応するには難易度の高い振りであった。

アンコール明け。

岡井「今日、家を出る前にパパが『千聖、今日のライブに来てくれる人に感謝しろよ』と言ってきた。『感謝してるよ。何で?』と聞いたら『今日は菊花賞なんだよ。菊花賞に人が集まる中で℃-uteのコンサートを選んでくれる人には感謝しないといけない』とのことだった」
菊花賞の単語に大いに沸く会場、ポカンとする岡井以外の℃-uteメンバーズ。誰かが教えて「あ、競馬!」と理解していたが「伝わりづらいよ」と萩原が岡井に文句。「(客席を指し示し)伝わってるじゃん。(菊花賞を)知らない方がやばいよ。うちらより全然CM多いよ」と岡井。納得しきっていない表情の萩原。

ダンバコ(『Danceでバコーン!』)で自らが振った「はじけるー?」からの「ぞい!」が返ってくる率の高さに中島が感心していたが、曲が始まった時点から我々はオイ!オイ!と声を出していたので、中島が「ぞい!」だと思ったうちの一定の割合は実はオイ!なんじゃないだろうか?

萩原が、「○○のファンの人ー?」と一通り自分以外のメンバーのファンに声を出させて、最後に「舞のファンの人ー?」と聞いて客席全体が黄色い棒を光らせて大歓声を上げて沸き上がるという、たまにやってめちゃくちゃ盛り上がるやつをやって、案の定めちゃくちゃ盛り上がった。前の列にいた男性二人組はこの一連のお約束を知らなかったらしく何これ面白いという感じで笑っていた。
萩原「名古屋公演に来る人、どれくらいいますか?」ちらほらと手が挙がる。こんなにいるのかと私は驚いたのだが、℃-uteさんはむしろ少なさに驚いていた。
「名古屋に観に来てくれるのって、いま手を挙げてくれた人たちだけじゃないよね? もしそうだとするとこれから言うことがスゴく言いづらいんだけど…」と前置いてから「次の名古屋のライブはハロウィンなので、私たちも少し仮装するから、皆さんもやってください」と客席に呼びかける萩原。一部でエーイングがあったようで他のメンバーがそれに触れると「えーって言った人はやらなくていい! 嫌ならやらなくていいんだから! …嘘です、お願い、やって! ここにいる人で名古屋に来る人は少ないけど、今はインターネットがあって、色んなことを広められるじゃないですか。無駄なことも広めるじゃん? だからこのお願いを広めてください」

昼公演後には今回のセットリストにやや否定的な評価を下していたが、夜公演の途中からちょっと考えが変わってきた。たしかに現時点では一本調子さが目立つが、℃-uteさんと客の双方が適応と改善を重ねて行けば、11月21日のパシフィコ横浜や、千秋楽(11月28日)の中野サンプラザでは今日よりも素晴らしいコンサートになっている可能性が十分にあるのではないかと思えてきた。たぶん昼公演後に苦言を呈していたナオンも千秋楽に近い公演に入り直すことが出来れば、そのときにはまた違った感想を抱くと思う。℃-uteさんたちはそれくらいの変貌は見せてくれる。まだツアーの序盤に過ぎないのだ。

2015年10月24日土曜日

℃an't STOP! (2015-10-18)

世の中には二種類のコンビニがある。濃密ギリシャヨーグルトを置いているコンビニと、置いていないコンビニだ。残念なことに、私の近所のセブンイレブンは後者に当てはまる。それに限らず品揃えが私の感性に響かない。何か飲み物が欲しいなとか、何か軽いデザート的な物が欲しいなとか、そういうぼんやりした思いで店に入っても、ピンと来るものがなくて何も買わずに出て来ることがよくある。最近になって扱い始めた横浜乳業「これでフルーツ10種類ヨーグルト フルーツミックス」は悪くない。210gの大容量で、果物がどっさり入っている。横浜乳業をウェブで検索したら森永のグループ会社で、濃密ギリシャヨーグルトの製造元でもあるようだ。濃密ギリシャヨーグルト(略して濃ギリ)とおにぎりを買うと「濃ギリ」と「おにぎり」で韻を踏んだ朝食を摂れるのだが、それが叶わないため「これでフルーツ10種類ヨーグルト フルーツミックス」とサンドウィッチという語呂の悪い組み合わせの商品を購入し、家で摂取した。

家を出るときにスーファミ版の『スーパーマリオワールド』のハナちゃんのような虫がコンクリートを這っていた。1-2分ほど観察した。そのままの軌道で進み続ければ私が住む部屋のベランダに到達してきそうだったので心配だったが、仮にここで殺した場合とてもgrotesqueなことになりそうなのでやめておいた。部屋に戻ってから洗濯物は中に入れておいた。Grotesqueと言えばけいさんという実況主によるホラーゲーム“OUTLAST”のYouTube動画に最近どはまりした。20分前後の動画が20本以上あるのだが全部観たし二周目も観ている。『やべっちFC』等を消化しながら、洗濯と掃除を済ませた。週末のこの時間が大好きだ。落ち着く。無になれる。11時過ぎにジムに行って時速8.5kmで30分走った。焼き肉屋でハラミ定食(肉150g)と梅酒サワーをいただいた。1,598円。酒を飲んだのは夜の℃-uteコンサートの準備として気持ちを高めておきたかったからだ。もう一度家に戻ってから15時に座間に向けて出発した。つまり朝食を買うため、ジムで走って昼食を食べるため、℃-uteさんを観に行くため、と家を3回出た。

相武台前駅に17時ちょい前に着いた。17時開場、18時開演。昨日と今日の昼夜計4公演に申し込んで今日の夜公演のみが当選した。今日が日曜日でなければ、そして家からもっと近い会場であれば、終演後に飯を食ってもよかった。20時に終演するとしてそこから飯を食って移動するとなると明日早起きするのがきつくなる。だから入場前にささっと食っちまおう。吉野家も魅力的だったが、面白そうなハンバーガー屋があったのでそこにした。ダブルハンバーガー500円とバドワイザー480円。店の内装が醸し出すアメリカンな雰囲気に反してハンバーガーは思ったより小さかったが500円だからこんなもんか。味は可もなく不可もなく。店主が一人で切り盛りしていた。愛想がなく不機嫌そうだった。正直なところ、何かおっかない人だな…という否定的な印象を抱いていた。店を出た後、私が椅子に置き忘れたペットボトルをわざわざ外まで持って来て渡してくれる親切さを見せてくれた。一時の印象で人を判断するもんじゃないなと反省した。

17時35分にハーモニーホール座間に着いた。ちょうどいい時間だ。グッズは今日は買わないつもりだったがいっさい並んでいなかったのでDVD MAGAZINE VOL. 57(2,600円)を買った。私の席は1FのO列5番。真ん中よりやや後ろ。良くもなく悪くもない。大体この辺の席がよく当たる。もっといい席の割り当てを望むのならファンクラブのエグゼ会員とやらにならないといけないのだろうか。前の列には鈴木と矢島のTシャツを着たナオン二人組。左には萩原Tシャツ、右には矢島Tシャツをお召しになった紳士。

萩原「℃-uteの中で誰の楽屋が一番汚いかというのを決めるためにブログに写真を載せてファンの皆さんに決めてもらうというのを以前にやった。舞の画像に対して『アイドルなんだからきれいにしないといけないよ』とcommentで叱ってくる人がいた。それは違うと思った。アイドルだからきれいにしないといけないなんて、そんなルールはないし。℃-uteのファンは8割から9割が優しくて、残りの1割が厳しいことを言ってくると思うんです。舞のことを好きな人は優しくしてくれる。舞以外を好きな人は舞にもっと優しくして欲しい」

楽屋の話は聞き覚えがあった。記憶が正しければ、私が初めて観に行った℃-uteのコンサートツアー『美しくってごめんね』の中野サンプラザ昼公演(2012年5月4日)で、誰の楽屋が一番汚いかをファンの歓声の大きさで決めるというのをやっていたのだ。萩原さんが自分のファンの相対的な少なさをネタにしていた頃なのでファンに対して「ちょっと待って、(誰に歓声を上げるかに)推しとか関係ないからね?」と言って笑いを誘ったのを覚えている。もしそのときの話だとすると、なぜ今になって蒸し返す? 最近も同じ事をまたやったのだろうか? 私はアイドルオタクではないため彼女らのブログをたまにしか見ておらず、その辺の事情に疎い。

話の終盤にステージに戻ってきた中島に萩原が「アイドルだから部屋をきれいにしないといけないとか言われたら嫌だよね?」と振ると中島は強く同調した。「そういうこと言われるとストレス溜まる」と言ってから、はっきり言い過ぎたかな、という感じで苦笑いしていた。千聖がきれい好きなんだよと他メンバーに振られた岡井は「私、意外ときれい好きなんですよ」と自慢げに言った。
鈴木「楽屋で舞ちゃんの物を片付けるのが千聖」
岡井「千聖の領域までせんりゃくしてくるから…こう寄せて寄せて(客席から突っ込みが入る)」
中島「占領?」
岡井「侵略だ!」
「千聖はお掃除おばさんみたい」という中島に、ちょい待て、おばさんはないやろ的ないい反応を見せた岡井。以前はそうでもなかったが、今では廊下の細かい溝を爪楊枝できれいにするほどの掃除好きになった。掃除に一度はまると気になるようになったという。

初めてコンサートで双眼鏡を使った。前から興味はあったのだが、以前2ちゃんねるのハロプロ関連の板でお勧め双眼鏡のスレを見た際、2万円は出さないとまともな双眼鏡は買えないと書いてあって尻込みしていた。一度、家電店でいくつか見てみたことがあったのだが、眼鏡をかけた状態だと見づらそうだった。しばらく双眼鏡のことは頭になかった。数日前にある友人のTwitter accountのふぁぼ欄を見ていたところ、プラネタリウム関連のお仕事をされている方(ご本人のホームページにあるbioを見ても一言で何という職業なのか分からなかった)が、夜空の星を見るのにお勧めの双眼鏡をいくつか紹介している投稿を見つけた。1万円以下の商品も二つあった。その一つである「Vixenアトレックライト BR 6 X 30 WP」9,499円が、Amazonのcustomer's reviewで評判が高く、眼鏡をかけている人でも使いやすいという言及もあったったので、買うことにした。

軍事における革命(RMA=revolution in military affairs)ならぬアイドル鑑賞における革命(RIV=revolution in idol viewing)であった。メンバー同士が曲中にすれ違ったときに目配せをして笑うときの表情など、普通だと見逃してしまう、もしくは気付くことの出来ない細部を極めて鮮明な画質で目にすることが出来た。いわゆる良席に行かないと味わうことが許されない細部を、凡席から観察することが出来た。ファンクラブ限定で販売したりしなかったりのソロアングルDVDに足りないものがそこにはあった。過去に何回かハロコンや娘。のコンサートであった映画館でのライブヴューイングよりもずっとよかった。何せ、双眼鏡から見る映像はDVDよりもずっと高画質で、ライブヴューイングと違って自分が見たい場所を選べるのだ。評判通り眼鏡をかけていても煩わしさを感じずに使えた。あまり声を出したり手を動かしたりする必要がないときにはなるべく双眼鏡を使って℃-uteさんを見ていた。左の萩原ファンも双眼鏡使いだったのでやり易かった。複数人が一箇所に固まったときに双眼鏡越しに一望できる情報の密度と景色の美しさには感激した。お腹を出す衣装のときには矢島さんと萩原さんのへそが見えた。他の3人はパンツがへその上まであった。矢島さんに関してはもちろん腹筋も見えた。萩原さんは相変わらず細くて軟体動物のような胴体だ。(つんくがプロデューサーの座を退いてからハロプロ全体としてへそ出し衣装が減ったような気がする。悪しき風潮だ。)自分が払った定価(ファンクラブ価格)に1万円上乗せした金額で手に入れられる(娯楽道などで)席にいたくらいの景色を見ることが出来たので、今日の公演だけで9,499円の元が取れたと言っても過言ではない。いい道具を手に入れた。今後もよっぽどの前方席が当たるかライブハウス(和製英語)での公演ではない限り必ず持って来よう。夜の星を見るためにお勧めされていた双眼鏡だったが、確かに私は夜(公演)の星(℃-ute)を見ていた。

常に終盤戦のような勢いのあるセットリストだった。この公演は二日連続の計4公演の最後だったので、℃-uteさんはきつかっただろう。なっきぃはアンコール明けにはだいぶへばっていた様子で、喋っている最終、放心したように一瞬の間があった。リハーサルではこのセグメントでは腰に手を当てないとまともに立てないくらいに疲れていたが、今日はファンの皆さんがいてくれたのでアドレナリンが出たから乗り切れたと言っていた。私の体力的には意外と大丈夫だった。あと3-4曲来ても平気だった。よくも悪くもいつもの℃-uteだった。常に90点くらいの安定感がある。下方にも上方にも振り切れることはない。アイドルとしてそういうphaseだ。

岡井「さっき踊りながら考えていた。10年前にオーディションを受けていなかったら今ここにいない。℃-uteになっていなかったし、ファンの皆さんとも出会っていなかった。すべてが奇跡。モーニング娘。の妹分オーディションが開催されたのも奇跡。もっと色んな人に知ってもらえるように頑張りたい」

矢島「(汗をかいて)お風呂上がりみたいになってますけど(客『フー』)。私がお風呂上がりと言っても色気がありませんけど(客『フー』)」

『嵐を起こすんだ Exciting Fight!』ではビデオクリップと衣装が少し違った。例えば矢島さんはクリップでは長いパンツをお召しになっていたが今日は短パンだった。岡井さんは今日はクリップで鈴木さんがお召しになっていたのに近い衣装だった。

2年振りにアルバムが出るとの発表。喜ばしい。そのアルバムから職安のような名前の紳士が提供した曲が披露された。既視感のある前向きな歌詞だった。実のところ氏が関わった曲は『我武者LIFE』の時点から私にはそれほどはまっていない。「良い曲」なのはよく分かるし、実際にコンサートで歌われたら斜に構えずにちゃんと声を出してタオルを回す。だが、私は普通の「良い曲」にはあまり興味がない。感動させようという意図や、売れたらいいなという下心が見え見えで、興ざめしてしまう。中島卓偉やCMJKが関わっている路線の方が好きだ。とは言っても、ハロプロに複数グループがある中でそれぞれが同じ事をやっても意味がない。湘南乃風経由で℃-uteを好きな人が少しでも増えるならこの方向も歓迎する。販促の作戦としてであって、音楽として、ではない。

2015年10月11日日曜日

Special Code (2015-10-10)

今日から三連休だが気分は晴れない。今週は平日の後味が悪かった。色んな事が重なって部署にかかる負荷が重く、所属員たちのストレス、疲労、不満が募っている。一人は休日出勤をしている。彼は残業と休日出勤が増えて、情緒不安定になっている。壁にぶち当たっている。彼のことを思うと無邪気に休みを満喫する気にもなれない。電話をかけて労いの言葉でもかけようかと思ったが、少し迷って、やめた。仕事で使っているbackpackには会社のiPhoneが入っている。嫌なメールが入っている可能性が高い。開くのはやめて、家を出た。

フリースタイルMCバトルで一世を風靡した元KICK THE CAN CREWのラッパーKREVAの地元、江戸川区。新小岩駅から15分ほど歩いたところにある江戸川区総合文化センター大ホールにJuice=Juiceさんのコンサートを観に行く。

11時から歯医者で検診を受けた。前回行ったのが1月っぽい。9ヶ月振りにも関わらず虫歯は一つも出来ていなかった。それまではいくら丁寧に磨いても虫歯がよく出来ていたのに、2012年に電動歯ブラシに切り替えてから一度も虫歯が出来ていない。(記憶にないだけで一度くらいは出来ているかもしれない。)池袋の楊で汁なし坦々麺と、カシスウーロンを頼んだ。憂鬱さを吹き飛ばす景気づけとしては酒の量が足りなかったが、何度食べても相変わらずパンチのある坦々麺の辛さに、カシスウーロンの甘さがよく合っていた。坦々麺はおまけで大盛りにしてくれた。行く途中の電車で気が付いたが今日は10月10日、つまりJuice=Juiceの日だ。こういう特別な意味のある日に現場に行けるのは喜ばしい。子供の頃に10月10日と言えばJOMO CUPの日だった。今ではサッカーの試合を観てもあの頃のように心が躍ることはない。今の私が心躍るのはハロプロとMCバトルだ。

13時開場、14時開演。13時過ぎに会場に着いた。公式homepageの地図が分かりやすかった。今日発売のDVD MAGAZINE VOL. 4(2600円)と、日替わり写真の宮崎さんと宮本さん(各500円)を買った。3,600円。13列の14番。通路を挟んで二列目だった。結構近かった。左の席に白髪の紳士が座っていた。席に着いて、MADE IN USAのMELOのbackpackからアルバムを取り出し、日替わり写真を折れ曲がらないよう慎重に収めた。左の席に目をやると老紳士はタブレットで2chを開いて「一人で行くJuice=Juiceライブツアー 『Juice=Juice LIVE MISSION 220』」というスレッドを見ていた。見てはいけないものを見たような気がした。開演した時点で私の右隣とその右も席が空いていた。今日の公演はチケットが売り切れて当日券も出ていない。数少ないホール公演なので夜公演も入りたかったが、娯楽道に出ているチケットは随分と高かったし、数日前に洗濯機が壊れて買い替えるという急な出費があったから購入は自重した。11月28日の℃-uteの追加公演に申し込むのも自重した。

「新宿スタイルはリアルな歌しか歌わねえ」(MSC, “新宿U.G.A Remix 03'”)

MC漢のスタイルは一貫している。彼はリアルにこだわる。それはラップの言葉通りに生きること。実生活でやっていることをラップすること。著書『ヒップホップ・ドリーム』で彼が挙げたフェイクの例としては、ビデオクリップで車を運転している場面があるのに実は免許を持っていない。銃社会ではない日本でCDのジャケットでモデルガンを構える。ビデオクリップで乗り回す高級車や着用するアクササリーが借り物。ただし無茶なことを言っても一週間以内に実行できればリアル。仲間がバトルで興奮して「今度お前を見かけたら刺すからな!」と口走ってしまった落とし前を付けるために実際に集団で相手を襲撃して刺した。『ヒップホップ・ドリーム』は一読をお勧めする。最近始まったTV番組『フリースタイルダンジョン』でも自身のラップ・スタイルについて「ファンタジーはない」「現実主義」と言っていた。尚、英語のfantasyは最後のsが濁らないのでカタカナにするならファンタスィーの方が近い(これは高校時代の英語教師も知らず、授業中に指摘したら教室がざわついた)のだが、便宜上ファンタジーと表記する。

私にとってハロプロの世界はまったく逆だ。新垣里沙はディズニーランドに通い「自分の仕事はこういうことなんだ」と気付いたとかつて言っていた(多分何かのラジオ番組だったかな)。ステージと客席という非日常の空間で、現実離れした輝きを放つ演者たちが、普段の生活では想像できないくらいの楽しさを味わわせてくれる。最近では個別握手会が高頻度で開催されている。ハロプロの所属員たちと直に言葉を交わすことや、自分のことを認知してもらうことに至上の喜びを覚える人も大勢いる。そういった喜びも理解はする。だが私にとってハロプロの人員はファンタジーの世界の住人であり、同じ人間として言葉を交わすのは恐れ多い。私にとっての現場とは誰かに会いに行くというよりは映画を観に行く感覚に近い。

今日のSpecial Juiceは、今までに観てきたJuice=Juiceのコンサートの中で最も強くファンタジーを感じられた。前日のブログで高木メンバーが予告していたように、ハロプロのコンサートで見ないような演出がふんだんに盛り込まれていた。導入部では「武道館に潜入せよ」というこのコンサートツアーのコンセプトであるmissionの出し手からのmessageが映し出された。Code 1の諸公演を駆け抜けたメンバーたちを労い、ご褒美に休暇を与えるという趣旨だった。それが今日のSpecial Code公演の設定らしい。仕事のご褒美に仕事とは、会社員から見ると冗談がきつい、それはともかく、のっけから豪華できらびやかな演出に驚いたし、すぐにコンサートの世界に入り込むことが出来た。音量さえまともに管理できない周南チキータのような会場とは隔世の感があった。

疾走感が強かった。一度走り始めたら最後まで立ち止まらない。一度作った流れを止めない。そういうコンサートだった。通常だと曲と曲の間に行う各メンバーの挨拶も今日は曲の間奏で簡潔に済ませていた。流れ(フロー)のよいコンサートだった。

『相合傘』は一人一人が傘を持って歌っていた。全員が自分の傘を持っていたら相合傘ではないよね、と思いながら見ていた。この曲の前には一度ステージが動いて彼女たちが下に降りて、また上がってくるという演出があった。別の曲では窓越しに彼女たちが踊っている影が見える場面もあった。中野サンプラザで観たときよりもずっと工夫が凝らされていて、面白かった。「お金かかってるな」という下衆な感想が頭に浮かんだが、具体的にどれくらいのお金がかかって、それが相場に比べて高いのかどうかが分からないトーシローがそんなことを考えても意味がない。我ながらしょうもないことを考えてしまった。

喋りのセグメントは、主にドラマ『武道館』の主演が決まったこと、台湾と香港でコンサートをやってきたことの報告だった。ドラマ内の架空アイドルのプロデューサーをつんく氏が勤めると知って、全員でキャーと喜んだ。この決定を受けて宮本佳林は『だから、生きる。』の感想を添えてつんく氏に連絡をした。普段やり取りをしていないので勇気が要った。「音楽は毎日触れていないと、生き物だからなついてくれないよ」という返事をもらった。海外に行ったときのエピソードとしては、宮崎由加曰く空港に着いた瞬間から歓声が凄く、大スターになったと勘違いするほどだった。入国審査時、“Hello? Hello?”と係員に声をかけられ、“Hello…”と言って通り抜けようとしたら(この“Hello…”と言うときのちょっと怯えた表情や声の可愛さとったらなかった)呼び止められ、耳の中に体温計を入れて体温を測られた。36.9℃だった。宮崎としては普段通りの体温。普段から平熱が高い。空港のサーモグラフィで明らかに色が浮いていたらしい。宮本は入国審査でカメラを見るときに間違った場所をずっと見ていて、そこじゃないと指摘された。アイドルだねと茶化す高木。

金澤朋子は喋りのセグメントはほとんど不在で、最後の「海外は楽しかったね」というメンバーのまとめに「楽しかったね」と駆け込みで合流するのみだった。どうも様子がおかしかった。以前から故障している右腕は上がっていたが腕の付け根に肌色のテープが巻いてあるのが場内モニターで分かったが、どうもそれだけではなさそうだった。踊りのステップや動きはすべて小さくなっていて、どこかを故障しているのは明らかだった。後にTwitterやJuice=Juiceのブログで知ったが、足を怪我していたらしい。ただ他のメンバーが金澤が動けない分を十二分に補っていた。特に宮本が相変わらず100%を超えるハツラツさを見せていた。『五月雨美女がさ乱れる』での腰の落とし方が一人だけ違う。慣れて来たことで流している感がまったくない。公演の度に、あたかもこれが最初であり、最後でもあるような新鮮さと気持ちのこもったperformanceを見せてくれる。

メンバーが舞台全体に広がったときに、一番下手がちょうど私がいた14番(左から14番目の席)と対面する位置だった。そこに宮崎由加さんが来ることが何度もあった。対面とは言っても13列分は離れている訳だが、それでも所謂ゼロずれを体感できたのは嬉しかった。Buono!の『恋愛サイダー』という意外な曲が披露された。最初の「ワン・ツー・スリー・フォー!」をちゃんと言えている客が多くて、訓練された奴らばかりだなと感心した(私もBuono!のツアー『R・E・A・L』で習得済みだったので言えた)。宮崎さんが「当たり前すぎるくらい友達の時間が長かったせいで」「時々甘えてみたり拗ねてみたりそんな作戦らしくない」といういい箇所の歌割を獲得していた。堂々たる歌いっぷりであった。ここぞとばかりにゆかにゃ!と私は叫んだ。

“Wonderful World”ではモニターに歌詞が映し出された。これは他の曲ではなかった。ということは、歌全体を一緒に歌って欲しいという意図だと思う。でも最後のラーララーは別にして、歌っている人はほとんどいなかった。私が思うに理由は二つある。第一に、来場者は歌うよりはメンバーの名前を叫びたい。第二に、大音量の音楽が流れる中、音程を取りながら歌うのは普通の人には難易度が高すぎる。

夜公演は入れなかったが、帰途の私は完全に満足していた。後味の悪い平日で頭を支配したnegativeな感情を、生きる喜びで上書きしてくれるコンチェルトであった。私にはリアルだけではなくファンタジーが必要なのだ。

2015年10月3日土曜日

428+448

夏と入れ替わるように花粉症がやってきた。さっきも駅まで歩いている途中くしゃみが5連発くらいで出てきた。クスリを飲む必要があったが、飲み物を持っていなかった。昨晩500mlのペットボトルにジャスミン茶を入れて冷蔵庫に入れるまではよかったが、今朝それをカバンに入れてくるのを忘れていたのだ。自販機の品揃えを一瞥し、110円の水を買おうかと思ったが、考えを変えて「加賀棒ほうじ茶」150円にした。石川県の金沢発祥ということで、同県出身の宮崎由加さんのルーツに触れてみたかったのだ。自分のしょうもない購買動機に呆れながらほうじ茶を取り出し、クスリを服用した。

天気予報には昼間は28℃まで上がると書いてあった。でも夏の不快さはもうない。涼しくはないが暑くもない。心地よい陽気だ。今日は午後から別の事業所で打ち合わせがあるので、昼から移動している。Juice=Juiceリーダーの出身県とゆかりのあるほうじ茶を飲みながら、駅のplatformに立ち、ぼんやりと周りの景色を見ていた。次の電車まであと15分以上ある。

今の自分は幸せである、という考えが頭に浮かんできた。それは今日たまたま天気がいいからそう思っているのではなく(まったく無関係ではないだろうが)、何となくだが最近は常に考えていることだ。仮に今仕事がなければ同じ考えを持てただろうか? 断言できないが、おそらく出来なかったであろう。仕事をしていなかった頃に、私は幸せであると感じることはなかった。任意の日付を二つ入力するとその間の日数を計算できるサイトによると、私が無職だった期間は428日だった。職に復帰してからは448日たっているが、428日の記憶が上塗りされて消えることはない。“あの期間”に味わってきた感情や考えは今の自分が物事を認識するときのと礎となっている。何かにつけて、もし私に職がなければこう思っただろうかと考えを巡らせることから逃れられない。

無職の頃と今の私の大きな違いは、社会の中で自分の居場所があるかないかである。会社に属し、役割を与えられている。解決すべき問題がある。頼まれていることがある。期限がある。同僚、上司、部下、他部署、取引先の人々とのやり取りがある。責任がある。仕事があれば、「私はこういう仕事をやっています」と言うだけで曲がりなりにも社会の中で一員として認められる。無職の男というのはバグやエラーのような存在であって、社会の正式な一員ではないのである。仕事を辞めたばかりの頃は「お仕事は何をされているんですか?」という以前は何でもなかった質問が刺すような鋭さを帯びてきた。テレビから無職という言葉を耳にするだけでドキッとした。外を歩いているだけで「こいつは何をやっているんだ」という無言の視線を感じるような気がして落ち着かなかった。それは職に就いていた頃の私が無職に向けていた視線なのである。当時の日記から引用する。
足腰の疲れが無視できなくなってきていたので(中略)60分のマッサージを受けた。どうやらこっちでは60分4,000円くらいが相場のようだが、それよりも何百円か安かった。スタッフは二人いてともに女性だった。
やってくれた人は長崎で生まれ育ったという。マッサージの序盤に「お仕事は何をされているんですか?」と聞かれ、ドキッとした。「会社をやめて、今は充電してるんですよ」と答えた。俺の無言の圧力を感じ取ったのか、それ以上は掘り下げてこなかった。(2013年6月7日、長崎旅行中の日記より)
テレビから何かの事件の報道が流れてきた。犯人は無職。犯人は無職。犯人は、無職! 自分が共犯者のような気がして、決まりが悪かった。次のニューズに移ってくれ、早く。なぜ赤の他人なのに、無職が何かをやらかしただけで自分が責められたような決まりの悪さを感じるのか。それは、俺がこれまでの人生で、心の奥底で無職を馬鹿にしてきたからだと思う。(2013年6月15日の日記より)
葬式が終わってから、火葬場に移って遺体を燃やすまでの待ち時間が最上級の拷問だった。よく知らないけど無視できない人たちと強制的に対面させられた状態で、時が早く過ぎるのをひたすら願っていた。アイス・カフェ・オレは飲み始めたらすぐになくなった。トイレに逃げると、一時的に解放感を味わうことができた。待合室の近くの小さな図書コーナー(といっても小さな本棚に本が数十冊程度)に行くと、火葬施設なのに何とか殺人事件という題名の小説が何冊も置いてあった。知らないおばさんから「お仕事は何をされているのですか?」というあの悪魔の質問が来た。「今はやっていないです」と平静を装って答えた。「勉強中なのよね」と、隣に座った叔母が助け舟を出してくれた。(2013年7月29日、祖母の葬式出席時の日記より)
仕事を再びやるようになって、正式な社会の一員に復帰した。しかもその負荷は自分の私生活を蝕むほどではなく、好ましいバランスを取っている。それが私の精神の安定に寄与しているのは間違いない。

無職の生活を通して気付いたことは、自分は社会に必要とされていない、そして自分がいなくても社会は何の問題もなく回っていくということだった。実のところ、その認識はいまでも大して変わっていない。再び有職者になったことで自分が社会に必要であるという実感が持てるようになった訳ではない。しかし上記の前提は、無職時代の私にとっては絶望を意味し、現在の私にとっては希望を意味している。自分が社会に必要とされていない、自分がいなくても世の中は回っていくというのは、無職の頃の私にとっては、自分がこの世にいる意味がないという意味であった。今の私はこう考えている。つまり、自分がいようがいまいが社会が回っていくのであれば、自分が絶対に達成しなくてはならない使命は、この世にない。自分はこうあるべきだとか、こうならなくてはいけない、といったものは存在しない。他人が決めた“成功”を追い求める必要はない。自分は自分でしかいられない。だから力まずに生きていけばいい。そう思えるようになってから、生きるのが一気に楽になったのである。

無職の頃はいつでもぼんやりとした将来への不安に苛まれていた。職に戻ってからはそれはほとんどなくなった。そういう話をある人としていたら、「(今は)将来が見えているからですかね」と相手は言った。それは正しいようで、実は正解ではない。なぜなら私に将来など見えていないからだ。幸いにも今の仕事は上手くいっているし会社では高く評価されているが、5年後にも同じ状況が続く保証はない。人生そのものの計画となるとまったくないに等しい。それでもなぜ将来への不安に襲われなくて済むのかというと、確固たる現在があって、日々の生活の中に楽しみを見出せているからだ。今振り返ると無職の頃には現在がうまく行っていなかったのでそこから目を逸らすために将来のことに思いを馳せていたのだ。

「子供の頃から将来のためにと言われて色んなことをやってきたけどさ、その将来っていつ来るのよ? 将来のために今を犠牲にしてその先に何があるんだ? 今を楽しむことを最優先にしてもいいと思うんだよね」
ある友人と5年前に飲んだとき、別れ際に彼が言った言葉である。やけに頭に残っているのだが、当時はピンと来ていなかった。今では彼の言っていたことが少し理解できてきた気がする。

2015年9月27日日曜日

MISSION 220 (2015-09-26)

いつもの池袋「楊」に入った。たまには汁なし担々麺以外のものを頼もうかなと思って迷っていると店の人が「担々麺でよろしいですか?」と聞いてきて「はい、お願いします」となった。何か今日のはいつにも増して辛かった。最後の方は苦しかったが何とか平らげた。成城石井でホップが通常のbeerの30倍入っているというScotlandのbeerとさきイカを買った。地下鉄で西新宿に行った。初めて降りる駅だ。駅を出た地上でさきイカをつまみにbeerを飲んだ。Beerはよく分からないがさきイカはうまい。駅に戻って、ジーンズのポケットに2,000円とチケットをねじ込んで、ピンクの宮崎Tシャツを手に持って、ロッカーにカバンを預けた。今日は土曜日にも関わらず稼働日なのだが、休暇を取っている。とは言ってもJuice=Juiceの新宿公演を観に行くという責務を果たすためであって、単なる休みではない。Juice=Juiceは今日と明日(9月27日)にそれぞれ2公演ずつ、新宿で公演を行う。全4公演を申し込んで唯一当選したのが今日の昼公演だった。

Beer一缶ではほとんど仕上がらなかった。ほぼ素面だ。先日DOTAMAのコンサートを観に行ったときはBeer 500mlに加えて入場してからジンライムを一杯飲んでいた。それくらい飲まないとアルコールの効果を明確に感じることが出来ない。まあ、でも飲まないよりはマシだろうと思う。コンサートという非日常空間に入り込んで楽しむには事前に酒を飲んでおくのが効果的だとDOTAMAのときに学んだ。この間も家で℃-uteのDVD MAGAZINE vol. 56を観ていて、こんな元気な子たちの要求するノリに付いていくにはアルコールの助けがないと無理だと確信した。

新宿Renyは入場時の「ドリンク代」として500円ではなく600円を徴収する強欲な運営の会場だった。14時開場、14時45分開演なのだが13時40分くらいから、1番から200番、200番以降、という番号のかたまり毎に場所を決められて立たされていた。開場時間よりも前から入場の準備が始まっているのはよくあることだ。下手をすると開場時間よりも前に入場が始まっていることすらある。そうなると自分が本来見られたはずの位置よりも悪い位置からコンサートを見なければならなくなるかもしれない。そんな注意事項はチケットにもホームページにも書いていない。自分で経験して学ぶストリートの掟だ。席が事前に決まっているコンサートであれば開演ギリギリに行っても間に合うことが多いが、整理番号順に客を入れる現場だと開場時間より前に近くで待機しておく必要がある。

私の整理番号は248番だった。ウェブには収容人数800人と書いてあった。今日入っていた客は見た感じ500人いるかいないかだったと思う。別にスカスカではなく、適正な混み具合だった。もしあの広さで800人を入れていたら満員電車のようになって最悪だっただろう。500人(推測)中の248番ということで、真ん中くらいの番号だった訳だが、その割には見やすかった。舞台の最前にお立ち台が5個設置してあった(今まで観に行ったJuice=Juiceの公演では2個だった)。つまりJuice=Juiceの全員が同時にお立ち台に立つことが出来るつくりになっていた。彼女たちは本当に出来た子たちで来場者たちのことをよく配慮して積極的にお立ち台に上がってくれる。そのおかげで、よく見えた。幸いなことに私の前にはジャンパーがいなかったので視界を妨害されるフラストレーションもなかった。

左斜め前の紳士がお召しになっているシャツの背中が部分的に白くなっていた。汗が乾いて塩になったやつだ。汗をかいたら必ず洗濯しろ。汗をかかなくても高頻度で洗え。汚れやシミには着る前に気付け。自分自身の身体と、身に付ける衣服や靴、カバンは清潔に保て。身だしなみを整えろ。

℃-uteの現場でよく見るヒョロ長い紳士がいた。Juice=Juiceでは金澤さんを応援しており、彼女が歌う度にバネが付いたように飛びまくっていた。氏の後ろになったら災難だ。今後彼を見かけたら彼の後ろは避けるように気を付ける。

私はJuice=Juiceでは宮崎由加さんを一番に推しているが、今日に限っては宮本佳林さんに釘付けになった。宮本さんは元気と意欲がみなぎりまくっていて、見ているだけで自然と笑顔になれた。私があれだけの元気と意欲を出すのはクスリなしでは無理だ。いつもと違う髪型にしていて、やたらと可愛らしかった。注目しないのが不可能だった。冒頭MCの「本日はお足元の悪い中、足を運んでいただきありがとうございます…。あ、雨が降ったのは昨日か。昨日と間違えちゃった」というのが最高だったし終盤MCの「今日から新しい髪型にしたんですけど、そのせいか汗がここら辺(頭頂部)から垂れてきて目に入って来て、涙みたいになるんです。『イジワルしないで抱きしめてよ』のとき、泣いてるみたいになっちゃって…強気な歌なのに」と言ってからの「このまま汗で髪がなくなるまで頑張ります!」という結びも最高という他なかった。こちらが呆れるほどに、心配するほどに精力的。岡崎慎司のようなプレースタイルだった。今日の宮本佳林にはガゼッタ・デロ・スポルト紙であれば8点(最高点)、ビルト紙であれば1点(最高点)を付けていたであろう。

一人しゃべりのセグメントは植村あかりが担当した。「昨日のブログを見てくださった人はどれくらいいますか?(7割くらいの客が手を挙げる)おー、たくさん! ありがとうございます! まあ見ていない人もいますが…。写真集の表紙をね、載せたんですよ。見た人は最低+一冊は買っていただきます。水着姿も撮影したんですけど、どうしても泳ぎたくて。自分から海に飛び込んだんです。時間をかけてメイクをしてもらったのに。メイクさんも『ほとんど取れちゃったね』と言っていました。撮影のほとんどの時間は泳いでいたというくらい泳ぎました。海底に、石とかあるじゃないですか。飛び込んだときに怪我をしちゃって。足を何箇所も。でも出来上がった写真を見たら痛そうな感じは出ていなかった」「一緒に写真を撮った犬。値段を聞いたんです。そうしたら14万円ということで、14万円はちょっと高いなーということで、諦めたんです。(客エーイング)えーじゃないよ! 14万は大金だよ!!」客のエーイングにムキになるところがとても面白かった。

14時45分ちょうどに開演、16時29分に終演。握手会までだいぶ待たされた。退屈だったので前方にいたキャスケットをかぶって革ジャンを着た紳士を見て、こいつのことをどうやってディスろうかなと考えを巡らせた結果「人工皮革/貧乏似合う」という韻を考案するなどして時間を潰した。高速握手会では、一つ前の公演から肩を傷めて右腕を上げられなくなった金澤さんに「肩をお大事にしてください」と伝えることが出来た。それ以外は誰とも会話が出来なかった。流れが速すぎたというよりは私の能力不足だ。私は音楽空間を楽しみたいのが第一でアイドルとの接触願望は非常に弱いのだが、もし何度も足を運ぶうちに顔を覚えられて「何かあいついつも来るけど無言で気持ち悪いな」と思われたら嫌だ。だから、高速握手での立ち回りをもっと上手く出来るようになりたい。最後の宮崎さんが宮崎Tシャツに気付いて「ああー!」と反応くれたが何も返せなかったのが悔しい。17時5分だった。開演前には「地方に行ったときの日替わり写真は旅の記念にもなるから買うけど東京公演のときはわざわざ買わなくていい」という考えだったのに、コンサート後には1,000円札を握りしめて列に並び、「宮崎さんと、宮本さんをください」と言っていた。ドリンク代が600円だったので手持ちが1,400円になっていた。もしドリンク代が500円で1,500円残っていれば、金澤さんの日替わり写真も買っていた。

本当なら他の回も観たかった。でも同時に、この一回だけで十分な満足感と幸福感を得ることが出来た。幸福感というのは大袈裟ではない。それくらい楽しむことが出来た。こんな気持ちにさせてくれるJuice=Juiceは最高である。

2015年9月22日火曜日

ヨウジの服を売り払った。

かつては、週末にヨウジ・ヤマモト(以下ヨウジ)の服を身にまとうのが私にとっての至福だった。ヨウジの服を買うために働いていると言っても過言ではなかった。そうではないと説明が付かない出費だった。投資ではなく浪費であり、自分を幸せにしないことは分かっていた。ある時期からは使う金額をほどほどにしようと努力していたが、好きだという気持ちとの折り合いが付けられず、うまく行かなかった。毎シーズンずるずると店に通っていた。

2013年5月に無職になったのを境にヨウジをまったく着なくなった。収入がなくなったので新しく買い足せなくなっただけでなく、既に持っていたヨウジの服を着る意欲も失った。当時メールでやり取りをしていたヨウジのTさんには、事情があって少しの間お店に行けない、でもヨウジが好きであることに変わりはないという連絡をしていた。偽らざる本心だった。その少しの間は今でも続いていて、あれから一度もお店に足を運んでいない。実に2年半だ。2014年7月に再び職を得て、1年以上が経った。生活に余裕が出てきて、また服を見るのが楽しくなってきた。でもヨウジは見ていない。

私の部屋の2割以上をヨウジの服が占めていた。今ではほぼゼロになった。捨てたし、売ったからだ。8月のある日、ふと思い立った私は「ブランド 買い取り」で検索して上位に来たZOZOTOWNの買い取りサービスに申し込んだ。驚くほど簡単だった。段ボールの小か大、あとは袋の3種類から選ぶ。届いたら服を詰め、集荷を申し込む。ヤマトに渡す。こちらは伝票に記入する必要すらない。集荷の依頼もZOZOTOWNのページから数クリックで出来る。3日くらいすると査定額の連絡がメールで来る。取引を確定させ、銀行口座を登録し、身分証明書の画像をuploadすればお金が振り込まれる。査定額については、Yahoo!オークションに出して買い手が付けばもっといい金額で売れただろうが、問い合わせへの対応や発送を全部自分でやらなければならない。一点一点の服に対してそんなことをやるのは大変だし、出品したところでいつ売れるかは分からない。売れないかもしれない。そう考えると、まあ納得できる査定額であった。信頼できると踏んで2回目、3回目とZOZOTOWNに服や靴を売った。

1回目:リユースバッグ(57x37x27cm)
6点 28,510円

2回目:段ボール大(57x37x27cm)x2箱
16点 69,510円

3回目:段ボール大(57x37x27cm)x2箱
31点:60,620円

計53点 158,640円

売ったのはヨウジだけではないが、これでヨウジの服や靴は殆どすべて家からなくなった。スーツ2着はこれからも使えるので残した。捨てていた服も何着かあったのだが、それらもZOZOTOWNに売っていればあと数万円になっていたと思う。惜しかった。

レッグウォーマーがアームウォーマーとして査定されていて、ZOZOTOWNの古着市場でアームウォーマーとして販売されるのを想像するとちょっと面白かった。2007年秋冬のDr. Martensとヨウジのコラボ作ブーツ2足に10,000円ずつの値段が付いたのは大きかった。だって8年前のブーツで、買った値段はたしか35,000円だよ? 薄手のカーディガンでも厚手の凄く値の張ったセーターでも一括りにセーターとして同じ値段が付いていたのは少し不満。けっこう着古したコム・デ・ギャルソンのシャツに3,000円くらいの値段が付いていた。ヨウジとかコム・デ・ギャルソンは古着市場でも強い。

溺愛して止まなかった、自分の身体の一部とさえ思っていたヨウジの服は一部を除き私のものではなくなった。もう二度と見ることもなくなった。売ったことを後悔している服や靴は一点もない。むしろすがすがしい気持ちでいっぱいだ。スッキリした。私はもうヨウジを必要としていなかったのだ。ヨウジは私の心の中で何かの不足を満たす存在ではなくなっていたのだ。こう書くと何かの依存症や中毒から脱却したかのようだが、実際それに近いかもしれない。今後、前のようにヨウジにはまる気がしない。今の私は再び服を、ファッションを楽しみ始めているが、ヨウジを愛好していた頃とは方向性が前とは異なる。それはまた別の話。

2015年9月12日土曜日

ニューワンマン(2015-09-11)

突然すぎて最初は何が起きたのか分からなかった。想像を超える唐突さと激しさでゲリラ豪雨が襲来した。渋谷ハチ公前。18時15分過ぎ。幸いにもすぐ近くに東急百貨店の入り口があったのでそちらに避難した。友人Aが合流したときには10分もたっていなかったが、だいぶ小降りになっていた。彼が傘を持っていたので入れてもらった。会場に向かった。途中にあった「ラーメン王」という店に入った。飯を食うだけではなくコンサート前に一杯引っかけておきたかった。Aも同意見だった。私は肉味噌炒め定食670円。友人Aはレバニラ炒め定食670円。二人で500mlの瓶ビール500円を分けたが、足りなくてもう一本頼んだ。豪快な味付けで元気が出る飯だった。Aはレバニラに途中から七味唐辛子をかけて食うという悪趣味さを発揮していたが私が彼を火鍋に連れて行って以来彼はこういう病気になったのだ。辛い料理にはまると辛くない料理では満足できなくなるのだ。

店を出ると雨はほぼ止んでいた。500mlのビールが私を楽しい気分にさせていた。公演を観るのがどんどん楽しみになってきた。19時頃に渋谷O-NESTに着いた。友人Bと合流した。今日は開場19時、開演20時なのでもう入ることが可能だ。私が買った3枚のチケットに印字されている整理番号は4番から6番だ。仮にハロプロのコンサートでこんな整理番号を引き当てたら問答無用で一番前に行ってがっつくが、今日のコンサートはちょっと違う。DOTAMAというヒップホップMCのソロ公演だ。DOTAMAがソロのコンサートをやること自体が初めてだ。どういうノリで臨めばよいのかがつかめない。いきなり最前線に突っ込むのではなく少し引いた位置から様子を見たかった。だからあえて19時半まで待った。Aは会場横のコンビニでビールを一缶買った。3人で立ち話をしながら彼はそれを飲み干した。

DOTAMAのことはMCバトルで知った。CDはすべて買った。彼のアルバムはどれも個性的で、単なる曲の寄せ集めではなく一枚毎にコンセプトが練られている。特にハハノシキュウとQuviokalとの合作アルバム『13月』は他に類を見ない独創的なラップ・アルバムである。『ニューアルバム』という新しいアルバムの発売(8月12日)とそれを記念しての『ニューワンマン』というソロ公演の開催(9月11日)が、6月22日に発表された。その日のうちにアルバムを予約して友人AとBをコンサートに誘った。彼らは快諾してくれた。このコンサートに確実に参加するために友人Bは有休を取った。私は仕事の関係者に今日は17時に会社を出なくてはいけない旨を事前に伝えた上でその通りに実行した。

19時半過ぎに会場入りしたら拍子抜けするほどガラガラだった。最前に10人ほど張り付いているくらいで、後はポツポツ。DOTAMAはUMB2014でR-指定と当たったときにお前のライブは会場がガラガラだったというようなことを言って攻撃していたのだが、このままでは次にバトルでR-指定と当たったときにまったく同じことを言い返されてしまうのではないかと心配になった。会場は凄く快適で、円卓っていうのかな、ドイツのソーセージ屋台で立ち食いするときのあのテーブルみたいなのが二つ設置されていた。その片方に私たちは陣取った。ドリンクチケットと引き替えたジンライムで、私はいい感じに仕上がっていた。

15分遅れの20時15分にDOTAMAが登場した。サラリーマン出身であることをアイデンティティにしているDOTAMAなので時間はきっちり守るのではないかと私は予想していたが、フレックス出勤したと考えれば15分の遅れの説明はつく。開演した頃には客入りはだいぶマシになっていた。少なくともバトルでR-指定にお前のライブこそガラガラだったやんけと意趣返しされないくらいには埋まっていてホッとした。最後には電車の乗車率で言うと100%近くにはなっていた。身体がぶつかるまでは行かないストレスのない程よい混み方だった。たぶんヒップホップのヘッズには開演時間までにきっちり入場しておくという習慣がないのだろう。DOTAMAも「オープニングからのご来場」をTwitterで呼びかけていた。そのために先着100名にステッカーを配っていた。私も一枚もらってカバンに入れたが、なくした。見つけたら来年のタワレコ手帳に貼りたい。客は私たちやDOTAMAと同年代くらいの会社員(見るからに仕事帰りというスーツ姿の男性も何人かいた)や若い男女などさまざまだった。ガラの悪さがなくて、安全な客層だった。以前K DUB SHINEのコンサートを観に行ったときにはダボダボの服を着た坊主頭が客の大半で威圧感があった。見間違いでなければ私たちのすぐ近くにカクニケンスケがいた。

DOTAMAはだいぶ緊張しているように見えた。表情がこわばっているように見えた。彼がどれだけ気合いを入れて今日に臨んでいるかはTwitterの投稿で十分すぎるほど分かっていたが、それにしてもおちゃらけた感じがなかった。ただ、歌声は安定していて音源と変わらなかった。『ニューアルバム』のジャケット写真の衣装だった。『HEAD』から始まって『名曲の作り方』など、前半は『ニューアルバム』の曲が多かった。曲を1コーラスだけ歌って次の曲につないでいく形が多かった。中だるみせずsmoothな展開だったが、欲を言えば『音楽ワルキューレ』はfull chorusで聴きたかった。イントロだけで終わっちゃったんですよ。めちゃくちゃ盛り上がったので、そこでぶった斬って『音楽ワルキューレ2』に移ってしまったのは惜しかった。

「セイホー」「ホー」というヒップホップの定型のやり取りは二回だけあったが、それ以外にDOTAMAが客に同じことを叫ばせたり同じ動きをさせたりして一体感を演出することはなかった。各々が自由に酔いしれて音楽に乗っていた。それが凄く心地よかった。みんながDOTAMAの音楽を大好きで、この瞬間を楽しんでいるんだという空気が充満していた。平和で楽しく気持ちのよい音楽空間だった。The Telephonesのドラム担当者とベース担当者が助っ人として参加して3曲くらいやった後、説明がないまま出演者が引っ込んで、しばらく間があった。まだ時間がそれほどたっていなかったし、登場が予告されていたハハノシキュウもまだ出ていなかった。まだ終わりではないとみんな分かっていたと思うが、アンコールが起こった。客に軽妙なノリのよさがあって雰囲気がよかった。偽アンコールの後に出てきたハハノシキュウとDOTAMAのフリースタイルによる掛け合いが自由で面白かった。ハハノシキュウと同じステージに立つとDOTAMAがまともな常識人に見える。ハハノシキュウ最高。Tシャツ、パーカー、キャップと「8x8=49」の完全コーディネートだった。

DOTAMAのトークでは『ニューワンマン』という公演名を付けた理由の説明が一番印象に残った。曰くこの公演名は「常に新しいものに挑戦するのがヒップホップ。新しいフロー、新しいラップのやり方、新しいテーマ、新しいトラック…」というヒップホップ観に基づいているのだという。これはDOTAMAというヒップホップ・アーティストを理解する上で重要な発言だと思う。本人の口から聞くことが出来てよかった。私は正直『ニューアルバム』というアルバム名も『ニューワンマン』という公演名も好きではなかった。『無題』のような誰もが思いつく面白くない奇のてらい方だと思っていたからだ。しかしこれらの題名が上述したDOTAMAのヒップホップ観から来ているのだと知って非常に腑に落ちた。この公演を通して彼が一曲一曲に意味と思いを込めて真摯に音楽を作っているのを再認識した。どこまでも生真面目なMC。DOTAMAの話を聞きながら、私のヒップホップ観は何だろうと考えた。

22時3分に終演。これだけ楽しませてくれたコンサートのチケット代がわずか2,000円(終演と2,000円のえんで踏んでいる)。数十万円の売上にしかならないのが不憫である。利益となるとほぼゼロなのではないかと想像する。次回の公演では是非DOTAMAの顔がでかでかと印字された「DOTAMAのドタマTシャツ」を売り出してmake moneyしてほしいものである。OBAMAとDOTAMAで韻を踏めるのを利用して、OBAMAの顔のTシャツを引用したデザインに出来ないですかね。