渋谷サイクロン。大盛況。それはそう。Finally、SOMOSOMO、LiVS、BLUEGOATS。それぞれが単独で公演を打てる会場。この面子が一堂に会すればフロアが手狭になるのも当然。一般的にインディー・アイドルが対バンをやる最大の目的が集客。それぞれの客を持ち合うことで、単独で立つには大きすぎる会場での興行が可能となる。本日の対バンに関してはその一般論は当てはまらない。たとえば収容人数1,300人とされるクラブ・チッタ(川崎)なら大いに分かるんだけど、300人しか収容できない(この収容人数というのは満員電車のような状態が想定されている。現実的に入れる人数はもっと少ない)サイクロンにこの四組を詰め込む必然性がない。百歩譲って二組ならまだ分かる。四組はやり過ぎだ。この中で動員能力が一番低いのはLiVSだと私は思っていた。というのが記憶を遡ってもこの会場でLiVSが単独公演をやっても30-40人くらいしか観に来ないことが多かったからだ。ところが意外なことに本日に限れば動員数の最下位はFinallyだった。LiVSとSOMOSOMOが二位タイ。一位がBLUEGOATS。なぜ分かったかというと今日は動員の少ない集団から順番にパフォームしていることが明かされたからだ。この勝負ではLiVSは分が悪いと思っていた。Finallyに関してはLIQUIDROOMでの大一番を終えたばかりで支持者たちが経済的にも気力・体力的にも疲弊していたであろうことは想像に難くない。LiVSとドローだったというSOMOSOMOも動員が強い印象だったので意外だった。メンバーの代表者(LiVS側はコンニチハクリニックさん)同士のじゃんけんでLiVSが勝ち、SOMOSOMOの出番が先になった。ところで今回に限らず対バンでいつも首を傾げることがある。どの集団がお目当てかはチケットの購入時点で既に回答済みなのにもかかわらず毎回ライブハウス(和製英語)に入場するときに受付の担当者に聞かれるのだ。二重に答えなければならない理由は何なのだろうか? それぞれが何の目的で回答を収集しているのだろうか? 具体的にどう活用しているのだろうか? チケット販売サイトでの回答をそのままライブハウス(和製英語)側と共有することは出来ないのだろうか? 疑問だらけだが、もう慣れた。心を無にしてLiVSですと答えている。話を戻す。動員の順位を否が応にも可視化する今回のやり方。BLUEGOATSのスタア、ほんま・かいなさんがそれに言及し、「クソだよな」と吐き捨てた。私は彼女にの言葉にちょっとうるっとくるくらい共感した。曰く、それはライブ・ハウスの外の話。たしかに数字は大事。でもこのライブハウスの中ではそんなことは関係ない。ここにいる人たちは、この曲が聴きたくて、このコが好きで、来ているはず。数字の競争はライブハウスの外でやること。中では関係なく一緒に作り上げよう(大意)。これはBLUEGOATSが一位になったからこそ格好のつく言葉だった。最下位のFinallyが同じことを言うとちょっと負け惜しみ感が出てしまう。勝者の余裕。ポジション・トークという見方も出来る。ただ、それを差し引いても格好良かった。今日のLiVSは、盛り上がるのと聴かせるのとのバランスが良かった。『私アイドルじゃないです』から“He Meets”の流れは痺れた。ミニ・マルコchanがやけに色っぽかった。『業TO HEAVEN』でお尻を我々に突き出してねっとりと回す動き。いつも目にしているはずだったけど今日のは特に挑発的に感じられ、ドキッとさせられた。特典会で接していても妙に艶やかさを感じた。その日によって何かこのメンバーさんがヴァイブするなとか、今日はなんかそうでもないな、というのがある。今日はマルコchanとFinallyの今井あおいさんが自分の中でヴァイブした。BLUEGOATSのチャンチーさんはなんかそうでもなかった。SOMOSOMOのシャンマイさんも。強弱はあれど(ミニ・マルコchanが圧倒的な存在なのは言うまでもない)すべての集団に私が好意を抱くメンバーさんがいる。贅沢な対バンだったが、今の私にはカロリー過多であった。今日は土曜。木曜には夜に銭湯に行く気力すら残っていなかった。労働のストレス。常に身体が緊張している感じ。交感神経優位。瞑想するとグッタリするほど力が抜けた。金曜には多少はよくなった。それでもくたびれている。写メに映る自分がいつもより老け込んでいる。マスクをつけて撮影したことでくたびれと老け込みの度合いが促進されている。マスクをつけている人がおしなべて不気味な目をしている理由がわかった。口の動きが抑えられるから表情が無になるのだ。口元に引っ張られて目も死ぬ。口で笑顔になるから顔の上半分も笑顔になるのだ。明日も明後日も現場がある。早めに銭湯に行って早く寝る。
2026年2月12日木曜日
2026年1月31日土曜日
Weekly LiVE at LiVS (2025-11-10)
一般社会から隔絶された独り身生活をおくっているので巷でインフルエンザが流行っているのをアイドルさんの罹患情報によってしか知る機会がない。季節柄、Twitterでちょくちょく見るようになった。それを受けてきな臭い動きがあるのは分かっていた。客にマスクを着けさせるインディー・アイドル集団がぽつぽつと出始めている。LiVSはそういうことはしないだろうなと何となく思っていた(去年もなかったはずなので)が昨日の夜に突如としてマスク着用を“推奨”する旨の文章が公式ホームページに掲載された。多くの集団(たとえばyumegiwa last girl)がマスク着用を求める場面は特典会のみであるのに対しLiVSは公演中も。非常に重い内容だというのが率直な印象だった。LiVSを含むインディー・アイドルのファンダムが特定少数から成る村である以上、“推奨”というのは事実上の強制だと言っても過言ではない。従わない人は白眼視され得る。追放されるかもしれない。それが村というものだ。マスク着用の“推奨”、“お願い”が外界から閉ざされた、ファンダムの小規模なインディー・アイドル界で発生しているというのが肝。一般社会ではそんな“推奨”、“お願い”は既に通用しないからだ。今たとえばスーパー・マーケットの入り口にマスク着用のお願いを貼り出したとしてそれを見てマスクを着けてくれる人はごく少数だろう。というかそもそも他人にマスク着用の“お願い”をするすること自体をもうやめましょう(個人の判断に任せる)ということになっている。唯一と言っていい例外が病院。その病院にしても骨のある人がマスク着用を巡って揉めるくらい、極めてセンシティヴなトピックである。2025年11月時点で私が生活をしていてマスクの着用を求められる場所は病院以外にはない。病院にはほとんど行かない。
あの文に目を通しただけで私はあの苦しくて苦しくてたまらなかった日々がフラッシュ・バックする。頭の後ろが重くなる。胃がキリキリする。胸が締め付けられる。身体が震える。誇張ではない。鬱に苛まれていたときと同じような身体症状。また振り出しに戻るのかという絶望感。感染源としてスケープゴートにされ、見下され、肩身の狭い思いをし続けてきたはずのエンタメ界が、今度はマスクの着用判断は個人の自由という社会の流れに反してまで自主的に客にマスクを着けさせる。演者たちはステージで密接して唾を飛ばし合い、観客だけがあの布切れで口と鼻を覆う義務を課される。フロアで客同士で密接してコールやミックスを叫び合うのはOKで特典会のときだけはマスクをしなければならない(LiVS以外の某集団)のも意味不明だし、客がマスクを着けさせられるのにメンバーはしなくていいのも意味不明。そう、お待ちかね。これはcovid theater。再上映。ほとんどの人たちはこの茶番に気付く頭すら持っていない。あの数年間からさすがに何かを学んだと思っていたが、無理だったか。また振り出しに戻るのか。やっぱりお前らは救いようのない馬鹿だったのか。この絶望感がお前に分かるか? 分からないだろうな。
いわゆる“新しい生活様式”の狂気を体現したコンサートのやり方はHello! Projectがコロナ騒ぎの初期に答えを出して実行している。あの悪夢の“The Ballad”公演。ステージで歌うメンバーは一人。客が盛り上がらない(発声しない)ようにバラード。メンバーが複数人ステージに上がるときは所定(1.5メートルだっけ?)の距離を取る。もちろん客はマスク着用。所定の距離をとるために席は間隔を空ける。公演中は声を出すのはもちろんのこと立ち上がるのも禁止。終演後に付近に溜まるのも禁止。そこまで徹底したら一応、筋は通っている。正否は別としてひとつの論理体系は成立している(本当は歌唱中のメンバーにもマスクをさせないと一貫性がないが)。マスクという布切れへの信仰だけを中途半端に残して、それ以外の要素をすっ飛ばして、やれ特典会のときはマスクをしてねだの、公演中もマスクはしてねだの、ちゃんちゃらおかしい。
BLUEGOATSは前に(2024年だったか)風邪かインフルエンザが流行したとき、体調が悪い場合は来ないでくれとファンに呼びかけていた。マスクをしろとは言わなかった。それが現実的で理にかなった対応だろう。LiVSがやるべきだったのもそれだろう。同じようにメンバーにも無理をさせない。メンバーが十分な休養をとれるように活動強度を落とす(公演数を減らす)ことも一考だっただろう。あのコロナ騒ぎによって多くの人々の頭に、誰かが風邪などをひくのは他の誰かのせいだという思考が染み付いている。そうではなくて風邪は疲れているから、弱っているからひきやすくなるのである。(もっと言うと野口晴哉、『風邪の効用』に書いてあるようにそもそも定期的に小さな風邪をひくことは悪いことではない。風邪は治すものではなく経過するもの。つかえずに経過していくように身体の交通整理をする。上手にひくことで身体の状態がよくなり病気も治る。)
あの文章を読んでから私は一晩中考えた。これで一区切りなのかもしれないな、と思った。別れは突然にやってくる。突然のことだから今日は行く。来週の定期公演には知人に来てもらうことになっている。彼をアテンドしないといけない。私が行かないというわけにはいかない。その後は分からない。いくつか既にチケットを買ってあるから、それだけは行くかもしれない。あの文章が出てから発売されたチケットは買うのをやめている。LiVSのフロアとマスク。相性が悪すぎる。百歩譲って席に座っておとなしく観る・聴くタイプの興行なら、一定期間だけマスクをするのは(屈辱とはいえ)我慢できるかもしれない。しかしLiVSのガンガン声を出してケチャで入り乱れるあのフロアがマスクありで成り立つとは思えない。そして、マスクを着けての特典会なんて想像するだけで醒めてしまう。(もしLiVSを初めて観たあの日にマスクをつけろと言われていたらマルコと新規写メを撮りに行っていなかった。二度とLiVSを観に来ることもなかった。)イヤな思いをするくらいならしばらく行くのをやめたい。でも、そのしばらくっていつまでだろうか? もう私にはLiVSを月に1-2回だけ観に行くというような中間の道は残されていない。ゴリゴリに通い詰めるか、まったく行かなくなるか、そのどちらかだ。そしてゴリゴリに通い詰めるための熱量は、いちど現場通いが途切れてしまうと取り戻せない気がするのだ。狂っていなければオタクは続けられない。一度ぱたりと行くのをやめると正気に戻ってしまうかもしれない。
もしかするとこれが最後になるかもしれない。今日を最後にマルコに会うこともないのかもしれない。お別れの言葉を用意しておいた方がいいのだろうか。それくらいに思い詰めて、緊張しながら渋谷CLUB CRAWLに向かった。会場前の待機空間につくと、いつもの面子が揃っていた。昨日の文章を受けて皆さんマスクを装着済みあるいは準備している。どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。でも入場前に皆さんと接していると、イヤだけどとりあえず仕方なく従うかという気分で通じ合っているように感じられた。それでちょっと気持ちが楽になった。
案の定、マスクを着けながらLiVSのフロアを実現するのは無理があった。口周りが汗でびっちょびちょになった。複数枚持って来たけど公演中に新しいのに替えるのも難しい。濡れたマスク。手で位置を調整したり、呼吸のために手で浮かせたり。意味がないのは間違いなかった。ただこのマスクという縛りが生まれたことで変な高揚感があった。声が出しにくい、届きにくいのを逆手にとって普段よりも声を出してやるくらいの気持ちが生まれた。このやりづらい状況をむしろ楽しんでやるくらいの盛り上がりがフロアにはあった。最高の人たちだよ。しばらくの間マスクをしなくてはいけないとしても私はこの人たち(目撃者)とならやっていけると確信した。
特典会でマルコに、私のマスクに対する嫌悪、昨日の文章を読んでしばらく行くのをやめようかと思っていたこと、でも今日こうやって公演を観てまた来ようと思ったというようなことを素直に伝えた。マルコは私がマスクを着けていることに対して、でも私のことを思って着けてくれたんだね。優しいね。体調悪くないんでしょ? だったらしなくていいよ。大丈夫。というようなことを言ってくれた。その優しさに胸を打たれた。
自分ひとりで、頭だけで考えて、性急な答えを出そうとしていたことを反省した。鋭利になっていた思考が、人と接することで柔らかくなった。目撃者とマルコに救われた。私はまだここに居たいと思った。
したきゃどうぞ すればいい symbol of slavery
(韻暴論者、“Kids Mask Off”)
2026年1月23日金曜日
Chemistry LiVE with LiVS ~unknown~ vol. 2/Finally ONE MAN LIVE 「UPDATE3」 (2025-11-09)
物理的にはLiVSの対バンが行われる渋谷サイクロンにいた私だが、魂の大部分は京都にあった。今日に関してはLiVSどころではないというのが正直なところだ。14時キック・オフの京都パープルサンガ対横浜F・マリノス。マリノスがこの試合に勝てば明治安田J1リーグへの残留が決定する。一筋縄ではいかない。京都は強い。ホームでの対戦ではボコボコにされている(0-3で負け)。残留を争うこちらに対し、あちらは優勝争いに参加している。とはいえマリノスも波に乗っている。直近のリーグ戦は二連勝中。10月18日(土)に浦和レッドダイヤモンズを4-0、10月25日(土)にサンフレッチェ広島を3-0で下している。今のマリノスには上位クラブに一泡吹かせるだけの勢いがある。明治安田J1リーグのクラブであり続けるのか、そうでないのか。それが問題である(シェイクスピア風)。何が何でも残らないといけない。マリノスがJ2に落ちるのは絶対に許されない。仕方ないでは済まされない。対バンが11時半から、マリノスの試合が14時から。対バン相手はSOMOSOMO。マリノスのことが気になって私はそわそわ。時間的にそこまで余裕がなさそうなんだよな。特典会をサクッと済ませて、近場でメシを食って、試合を観られる場所を探さないと。カバンにタブレット(Fire HD10)を入れてきている。Wi-fiが繋がるサテンに入れれば一番いいのだが。もし時間がなければメシもそのサテンで食うか。といった思考を、対バンの最中から巡らせていた。そもそもがLiVS現場に通い過ぎて慢性的な疲労状態にある上、今日はさらにマリノスのことが気になっている。やや誇張して言うとマリノスの試合を観る前に片づけるべき野暮用のような位置づけになっている。もちろん実際に対バンが始まったら可能なかぎり楽しむように努めた。ある程度はやれたと思う。が、努めたと言っている時点でやや無理をしていた感は否めない。SOMOSOMOの太っ腹な新規特典。まずカードを渡され、それを提示するとメンバー全員と写メを撮ることが出来る(同一日限定)。次回以降、そのカードを見せると任意のメンバーさんとチェキを一枚無料で撮らせてもらえる。写メは前に撮っていた。今日は柏レイソル支持者であられるシャンマイさんとチェキを撮る。対面するや「ミニ・マルコ(を推してるの)?」と聞いてくれた(SOMOSOMOのメンバーさんはLiVSのコンサートをフロアの端で観ていた。それでマルコchanにケチャしに行く私を認識してくれていたのだろう)。「ルヴァン杯準優勝おめでとう!」(※柏レイソルは8日前にサンフレッチェ広島に負けてルヴァン杯の優勝を逃している)と言うと苦い顔をする彼女。畳みかけるように「この調子でリーグも準優勝できるといいネ!」と激励した。柏の中川選手を褒めると、シャンマイchanは来シーズンは彼のユニフォームを買おうか迷っているとのことだった。今日はシャンマイchanを意識してマリノスのJリーグ開幕当初のシャツ(古着で購入)を着て行った。コンサート中からシャンマイchanがそれに気付いて反応してくれていた。ここまではタダで楽しく交流させてもらった。ありがとう。しかしSOMOSOMOに対して、シャンマイchanに対して、次の一歩を踏み出すか(お金を払ってチェキを撮りに行くか)というと、そこはちょっと考えてしまう。冷静に考えると、あるアイドルさんが同じ明治安田J1リーグが好きというのと、そのコをいわゆる「推す」という状態になるのはまた別問題である。きっかけにはなるかもしれないけど必要条件でも十分条件でもない。チェキを撮ってフットボールの話を数十秒~一分程度しに行くためにJPY2,000払うのは正気の沙汰ではない。あれだけ高い高いと言われるDAZNだって月額JPY3,000程度である。純粋にフットボールの観点から言うとチェキを撮らずにDAZNの支払いに回した方がいい。シャンマイchanには好感を抱いているけどね(なんかエロいし)。あ、そう、シャンマイchanといえばYouTubeのSOMOSOMO公式チャンネルに上がっている動画が面白かった(一本目、二本目)。今日はミニ・マルコchanともフットボールの話をした。彼女がこの競技におけるポジションを「役目」と言うのが可愛かった。彼女が知っているフットボールの「役目」はゴールキーパーだけらしい。ハンドをしたら退場? というカワイイ質問もしてきた。状況による、と私は答えた。会場を出ていんでぃらでメシ。(店名がいんでぃらなのかいんでいらなのか問題がある。どうもいんでいらのような気がする。)ベンガル・チキン・カレーJPY800(大盛りを頼んだが並盛だった。値段も並盛だった)、瓶ビールJPY480、物価上昇代JPY100。珈琲茶館 集 プレミアム渋谷駅前店。アイス・モカJPY1,320。弱すぎて使い物にならない店内wi-fi。高級店なんだからその辺しっかりしろや。iPhone 14のテザリングで試合を観る。谷村海那選手の先制点。天野純選手の二点目。植中朝日選手の三点目。声を押し殺すも抑えることが出来ないガッツ・ポーズ。3-0でマリノスの勝ち。その瞬間、マリノスの明治安田J1リーグ残留が決定。安堵。目が潤む。一時期はもう無理だと思っていた。よくここまで立て直したよ。渋谷サイクロンで観たLiVSとSOMOSOMOのコンサート。そしてサテンで観た京都サンガ対横浜F・マリノス。この時点で私は感情をすべて使い果たしてしまった。本来ならマリノス残留決定の余韻に浸りながらゆっくりと過ごしたいところだが、何とまだ予定がある。恵比寿リキッド・ルーム。Finallyのコンサート。9月の無銭現場でチケットを買っていた。つい先ほどマリノスが明治安田J1リーグ残留を決めた。無理もないことだが私の頭はそのことでいっぱい。『私アイドルじゃないです』(LiVSの新曲)ならぬ『私アイドル・オタクじゃないです(フットボール・ファンです)』状態。Finallyにとって大事な公演。今井あおいchanにとって大事な公演。それを観に行くためというよりはAoiチャンを喜ばせる景色の一部になるため。責務を果たしに行くため。それだけ。チケット完売。パンパンのフロア。かなり後ろの方で観た。公演にはそこまでピンと来なかった。何というのかな、音が後ろまで届ききっていないような。会場の音響的な特徴なのか、はたまた単なる私の的外れな感想なのか(その可能性も十分にある)、音の迫力が十分に伝わって来ず、やや遠巻きに見物している感覚があった。私はマリノスの試合が終わった時点で精魂尽きていた。ここからエンジンをかける余力は残っていなかった。年明けの公演開催が発表される。そこで重大発表を行うという売り文句。終演直後に即売会。商売的には正解。モノを売りつけるにはコンサートが終わってすぐの気分が高揚している今が絶好のタイミングなので。感心する商魂のたくましさ。いや、皮肉ではない。正しい。圧倒的に正しい。Finallyの運営には頭のキレる人がいるに違いない。理にかなった販売や宣伝の戦略を考えて実行できる人たち。公式LINEの運用も見事。チケット即売会に人が殺到して混乱状態のフロア。やや冷ややかな目で通り過ぎる私。一時の高揚感でチケットを買わせようとするその策略はお見通し。私はその手には乗らない。そのまま会場を出る。
2026年1月18日日曜日
青春を、もう一度 (2025-11-06)
このフロアでLiVSを観たあの日。良くも悪くも忘れられない公演。嘘のように楽しかった。その一方で、フロアを埋められなかったことに悔しさを隠さなかったマルコchan。彼女が言ったごめんなさい。彼女が下げた頭。静まり返るフロア。あの光景。お通夜のような重苦しさ。しばらく私の頭にこびりついて離れなかった苦い記憶。何度も訪れていると会場がただの会場ではなくなってくる。自分がそこで味わってきたさまざまな感情に紐づいた特別な場所になってくる。Hello! Project支持者時代に通い詰めた中野サンプラザに至っては入場するまでもなくもはや中野駅で降りただけで思い出が蘇ってくる。
私がこれまで下北沢シャングリラに入ったのは上記のLiVS単独公演と、後日にLiVSが出演した対バン。パッと思い出せる範囲ではその二回だけである。人生の中ではそれ以外にも一、二回来ている可能性は否定できないが、そうだとしても合わせて数回の範囲に収まっている。LiVSが特大の楽しさと悔しさを与えてくれたこの場所を、BLUEGOATSがどのように塗り替えてくれるのか。私にとっての下北沢シャングリラを、どう再定義してくれるのか。BLUEGOATSならこの会場で自分たちをどう表現し、私たちと一緒にどういうフロアを作り上げるのか。それを直に目撃して体験するのを楽しみにしていた。
公演の題名にあるようにBLUEGOATSは青春という言葉を多用する。標榜している音楽ジャンルからして青春パンクである。壮年、中年の男性が多いファンたちに向かって、何歳になっても青春をやり直せるんだ的なことを言う。私はやや引っ掛かりを覚える。そもそも青春という言葉そのものに対して首を傾げている。BLUEGOATSはこの言葉にyouthという英単語をあてているが、青春とyouthは違う。部分的に意味は重なるかもしれないが、青春という言葉の核にあるニュアンスはyouthにはない。Youthが単に若さ(若い時期)を指すのに対し、青春には「情熱・切なさ・輝き・甘酸っぱさ・仲間との絆といった感情や雰囲気が強く込められている」(括弧内はGrok回答より引用)。それは煎じ詰めると充実した学生生活のことではないか。日本においては就職前が楽しさという点で人生のピークだから、学生の時期が輝かしい時期として強調されやすいのではないか。それに青春という名をつけているのではないか。だとすれば青春という概念を前面に押し出すのは、この世界を生きていく上でのつらさ、不満、ストレスの捌け口を青春という理想化された過去(BLUEGOATS支持者の大半にとっては遠い過去である)に求める行為である。何かに逃避するのではなく現実の敵と正面切って戦って、未来を作っていくのがBLUEGOATSのカッコよさだと私は前から思ってきた。青春というノスタルジアに訴えかけるとそのカッコよさから少しずれてしまうように感じる。
とはいえそれはあくまで大上段の概念的な話であって、それを実際に公演中に感じるわけではない。公演中のBLUEGOATSは細かい理屈抜きに熱く、楽しく、心を打つ。シャングリラのフロアを当たり前に掌握するBLUEGOATS。いい意味で特別感がない。新宿Marbleでやっているかのよう。いつものBLUEGOATSだった。一曲目でお約束のように(お約束と言えるほど私がたくさん行っているわけではないが)“GOOD LUCK!!”が流れて、みんなで歌いながらグワッと前に圧縮する。開演前よりもステージが数メートル近くなる。周りの紳士たちと密集するのが不思議と心地よい。その瞬間から一人で来ているのも関係なくなる。周りの紳士たちとひとつの塊になって、話したことがなくとも同じ目的で同じ場所にいる仲間のような感覚になってくる(実際そうなのだが)。人口密度の割には意外と安全で、フロア内には配慮と節度がある。拳を上げて一緒に歌うのが定番の乗り方だけど、誰かの肘が頭に入ってメガネが壊れるような危険を感じない。右端(その右に女限)の前から3-4列目(状況によって少し変わる)の位置をとる。端なのでモッシュに巻き込まれ過ぎない。チャンチーを近くで観ることができる。自分がBLUEGOATSを観るときはこの位置が合っている。盛り上がるのと近くで観るのとのバランスが取れる。ほんま・かなさんがさらっと発表するアルバムのリリース。「そういえばウチらアルバム出すじゃん?」みたいな感じで。12曲、それも全部新曲。
BLUEGOATSの心地よい余韻に包まれる帰り道。身体が軽くなったような。日常生活でため込んでいたモヤモヤが抜けてスッキリしたような。この感覚を味わえているひとつの要因は、私がBLUEGOATSから一定の距離を取っていることだと思う。私の中でBLUEGOATS熱、チャンチー熱が再燃してきている。それでも(単体での知り合いやその場でたまたま近くにいた初対面の紳士と話すことはあるが)支持者たちのコミュニティには入らず、グッズやオンライン・チェキなどをほとんど買わず(チャンチーさんのデコ・チェキはたまに買う)、高望み(整理番号とか、接触対応とか)をせず、自分の気が向いたときだけにふらっと、ほどほどの頻度で観に来る。チェキは1-2枚だけ、時には撮らずに帰る。無理なく、ゆるく。無責任に、深入りしすぎない。息抜き程度に追っているからこそ得られる恩恵がある。フットボールでいうとチームの調子がよくて好カードのときだけ年に数試合を観に行くような。投下する時間とお金に対する見返りはそれくらいがいちばん高い。チームや自分自身の状態に関係なく「どんなときでも俺たちがそばにいる」(マリノスのチャントより)というスタンスで目を血走らせながら現場に通っていると、チームの好不調や試合の結果に連動して自分の心身状態が影響を受ける。対象に入れ込み過ぎず、寄り添い過ぎず、無責任に追うのが、精神衛生上は圧倒的に正しい。そもそも趣味にせよ仕事にせよ何かを本気でやることは何かを犠牲にすることでもある。健康的ではない。それを分かった上でなお、自分の人生を削ってても情熱を注ぎたい対象が今の私にとってはミニ・マルコchanでありLiVSである。ことBLUEGOATSに関してはこれからも適度な冷静さを保ちながら付き合っていけそうである。
2026年1月16日金曜日
Weekly LiVE at LiVS (2025-11-03)
いつだって忘れない 祝日はどこも混む そんなの常識
(本日のミニ・マルコchanの自己紹介より)
定期公演には珍しく、祝日。定期公演(通称「定期」)は最高。皆が口を揃えてそう言う。俺もBOY KENとは同意見。定期公演の何がそんなに最高なのか。雑に言ってしまうと対バンはもちろん他の主催公演と比べてもとりわけホーム感がある。良くも悪くも「大体 毎回 いつも同じメンバーと再会」(Rize, “Why I'm Me”)状態のフロア。ここに来るといつもの人たちといつもの楽しい時間を過ごせるという安心感。平日の夜に行われることも実はひとつのミソなのではないかと思う。労働がある日の特別な楽しみ。日常のストレスや忙しさの中に紛れ込んだ一服の清涼剤。だからこうやって祝日に開催されるとなんか調子が狂うというか、いや、定期公演は平日にやってこそでしょという思いがちょっとある。ありがたみが減るというか。
通常の平日開催だと19時に開演するのが通例。今日は11時半。公演中にコンニチハクリニックさんが言っていたところによると定期公演を祝日にやるのも昼にやるのも初めてらしい。起きられるかが不安だったと言っていた。11時半というと飲食店でランチが始まる時間だが、この時間はLiVSに限らず多くのアイドルさんにとっては朝なのだ。いやもう昼だろという時間になってようやくおはようとTwitterに投稿しているアイドルさんは多い。いつも夜のコンサートで、早起きして一日の労働を終えてくたびれている我々が昼に起きたアイドルたちにお前らもっと盛り上がれよ的に煽られるのは理不尽だというtweetを前に見たことがある。
特典会で今日寝坊せずに起きられたかをミニ・マルコchanに聞かれる。起きれたよ(ら抜き言葉)。いつも早起きしてる。酷いときは朝6時から会議があると言ったら、会議で何を話しているの? と好奇心に満ちた目で聞かれる。パッと答えられなかった。ふと頭をよぎる考え。早く起きているからなんだというんだ。ただ給料を貰い続けなければならないからその時間に起きているだけで、胸を張れるほど意味のあることをやっているとは言いがたいじゃないか。少し空しくなった。
ステージで輝くミニ・マルコchanを観るのが本当に幸せ。今の自分の人生はこのためにある。公演中、心からそう思っていた。最近の私はメンタルがバッドに入り気味だが、今日に関しては公演に、ミニ・マルコchanに没頭できた。しっくり来る公演だった。昨日、代官山でメルテンさんのピアノ演奏を聴いていたときに似た感覚。満ち足りている。マインドフルネス。実際、昨日の夜に心身状態が回復してきた実感がある。まだ本調子ではないが60-70点にはなっている。ソロのジャズ・ピアノという、LiVSとはまったく毛色の異なる音楽に没頭することで気分転換が出来たのだろう。逆説的だがLiVSを楽しみ続けるためにもLiVS以外の娯楽に足を運ぶ必要があるのかもしれない。
今日はやけに“BiRTHDAY!!”が沁みた。「大好き」の部分の振りが印象に残った。チェキではマルコchanにソロでそのポーズをしてもらった。写メにしてもチェキにしてもメンバーのソロで撮るのならポーズをお任せにするのは勿体ない。他の人がお任せで撮ってもらった場合と基本的にはそこまで変わりようがない。せっかく自分がお金を払って撮ってもらうのだから、何かしら自分の意思を介在させたほうがいい。
2026年1月15日木曜日
緊急開催!岸本亮 Solo Piano (2025-11-01)
LiVSの何かが入るというのは事前に公式サイトのカレンダーで分かっていたのだが詳細は一向に発表されず。結局は対バンが決まったのだがチケット販売開始が10月26日(日)21時。急すぎる。まあ急であるかどうかに関係なく、私は行かないと決めていた。LiVSの過剰摂取で心身ともに衰弱している。いくらミニ・マルコchanとLiVSのことが好きでも最近の通い方は自分のキャパシティを超えている。もう限界に来ている。休む必要がある。まさに「ドクターストップがかかる程『恋落ち』してるわ 大好きが止まらない Oh Love Me Love Me Love Me Love Me Love Me Do!」(スマイレージ、『有頂天LOVE』)という状況である。今日は単にLiVSに行かないだけではなく活動そのものを控えめにして静養に努めるつもりだった。ところが昨日Instagramを眺めていたらメルテンさんこと岸本亮さん(fox capture plan, POLYPLUS, JABBERLOOPのピアノ担当者)が今日ソロ・ピアノ公演を開催するという報せが飛び込んできた。前の日になって急に決まったらしい。無料。場所は代官山。こんな機会はそうそうやってこない。逃すわけにはいかない。久し振りにメルテンさんのピアノを聴きたい。10月31日(金)15時23分に申し込み完了。せっかく休むためにLiVSの予定を入れなかったのに結局は音楽の現場に行くのかよ…とは思うけど、これも何かの縁である。
17時半開場、18時半開演。恵比寿駅前のルノアールで時間を調整していたら近くの席に見覚えのある紳士が。F君じゃないか。お仕事の打ち合わせだったりすると気まずいなと思って少し様子を伺う。いや、対面にいらっしゃるのはD氏じゃねえか。D氏がfkmrの写真集お渡し会か何かの帰りだったのかな。ブツ(写真集)の取引のためにここに入ったようである。私も『瑠璃藍』を一冊いただく。D氏によると今日は謎のレギュレーションでチェキのポーズ指定が出来なかったらしい。インディー・アイドルの特典会に慣れてしまうとHello! Projectの接触にまつわるすべてが馬鹿馬鹿しくなる。もうあっちの世界に戻ることは出来ない。アイドルさんとオタクの間に入る人員やルールがとにかく多すぎる。そして単純に高すぎる。シングル一枚(JPY1,300くらい)毎に7秒。LiVSがJPY1,000の写メ券一枚で20秒(JPY2,000のチェキ券で40秒)と言われているので、三倍。しかもHello! Projectの7秒は純然たる交流時間であって写メやチェキはついてこない。しかもその交流に物理的な近さはない。無駄な(どうせ有事には何も出来ないしそのようなトレーニングも受けていない)係員も多数配置されている。ストレッサーが多すぎる。オタクを理不尽なまでにガチガチに縛り付けるHello! Projectのやり方は、オタクが何をしでかすか分からない、信頼できない異常者であることを前提としている。相手が異常者である以上、警戒が必要。万一の事態を想定して運営しなければならない。規模が大きいとそうなってしまうのは仕方のないことではある。インディー・アイドルの特典会は特定少数のオタクとメンバー、運営の相互信頼の上に成り立っている。
話がそれたが、それは私がこの記事を事前の計画なしでフリースタイルで書いているからだ。この文字を打っている今は1月15日(水)。二ヶ月半ビハインドである。書く記事があまりにも多すぎて一個一個を丁寧に作り込んでいられない。しかし私くらいのプロになるとこうやってチャチャッと作った文にもそれなりの味が出てくるのである。
晴れたら空に豆まいて。10月11日(土)に田村芽実さん(めいめい)の歌を聴きに来たのが初めて。この短期間で二度目の来訪。今日は公演チケットが無料である代わりに入場時に強制でドリンク二杯の料金を徴収される。JPY1,400。めいめいのときはフロアに隙間なくスツールが敷き詰められていたが、今日はゆとりのある席の配置。ドリンクを置けるテーブルもある。テーブル毎に2-3人分のスツールが置いてある。こだわりを感じさせるドリンク・メニュウ。焼酎のお茶割(クマ笹茶)と阿波挽茶ハイ・ボールを開演前に飲む。
直前告知も会場満員。ドリンク代がJPY1,400、そして任意の投げ銭(たしか千円札を二枚入れた)もあった。無料ではないとはいえ、この値段でここまでやるかという贅沢極まりない3セット。各30分程度の正味90分。メルテンさんがやりたい曲をひたすら詰め込んだセット・リスト。宇多田ヒカルの“Automatic”のカヴァーが聴けるとは思わなんだ。fox capture planの“Jazz Me Tender”が米津幻師氏の『感電』にinspireされているという裏話が明かされた。『感電』を聴いてみると、言われてみるとたしかに分かる感じ。演奏はもちろんのこと、メルテンさんの飄々とした語り口から繰り出されるトークとジョークもこれ以上ない箸休めになっていた。温かい空間。チケット代がJPY8,000-10,000してもおかしくはないくらいの内容だった。(だったら投げ銭をもっと入れろよという声が聞こえてくるが、日々LiVSに搾取され続けている私のお財布事情を考えてみてほしい。)最後の二曲は撮影とソーシャル・メディアへの投稿が自由というメルテンさんの素晴らしいサーヴィス精神。最後はちょうど来日中のOasisの“Don't Look Back in Anger”。大満足。あらゆる音楽の様式でもやっぱり自分はジャズ、特にソロ・ピアノが心から大好きなんだなとしみじみ実感しながら、メルテンさんの演奏に浸った。無理せず、背伸びせず、緊張せず、自然体の自分にしっくりくる音楽。自分の中に沁み込んでくる音。自分の魂の居場所。幸せだった。今年に入って人生のリソースをほぼすべてLiVSに懸けてきたが、たまにはふらっとジャズを聴きに行きたい。
2026年1月12日月曜日
INFINITY LIVE presents ASTROTRONIC (2025-10-30)
ここ何日か外出から帰宅すると手から酸っぱい臭いがする。出所を探っていくとどうやら家のドア・ノブのようだ。誰かが嫌がらせで何かの液体を塗布したのか? これは何らかの攻撃だろうか? しばらく観察していると、たまに上から雫が落ちてドア・ノブに当たっているのに気付く。これだ。上の階の玄関前の通路にあたる部分の塗装が剥がれて何かが垂れてきている。前から気になっていたのだが、このアパートメントではうちのドア前にだけ鳥のフンのような白い汚れがある。居住者が払っている管理費でやってくれている定期的な洗浄を経ても残っている。これで分かった。これは上から垂れてきた白いペンキだ。どおりで取れないわけだ。家賃はJPY65,000。私が一人暮らしを始めてから一番年季の入った物件。築40年以上。窓の網戸は正しい位置で固定できない。風呂場の換気レジスターはダクト・テープで無理に繋ぎ止めている(アメリカ人の知恵)。ユニット・バスにも慣れた(ただし家では入浴せず銭湯に通っている)。住めば都。問題ない。家賃には極力お金を使いたくない。困ったときに自分の首を絞めるのは固定費だ。私は年収が突然100万、200万と落ちるのを実際に経験してきた。無職になったこともある。我慢さえすれば減らせる出費をそこまで気にする必要はない。たとえばLiVSなら行く頻度を落とすなり行かなくするなりすれば出費はすぐに減らせる。洋服なら既に持っているのを着回していけばいい。しかし家賃に関しては今月はお金がないから払うのをやめておこうということは出来ない。贅沢をするなら変動費で。固定費(特に家賃)は質素に。それが私の考えである。
池袋に最近出来た蒙古焼肉という店がある。そこのランチ麻辣湯 JPY980が素晴らしい。普通にオーダーしたらJPY2,000を超えるのではないかと思えるほどに具沢山。大満足。(これを書いている2026年1月時点でも週に2-3回行っている。)いつ行っても客が少ない。既視感がある。高品質、低価格、空いた店。三拍子揃った店が潰れるのを何度か見てきた。読者諸兄もこの店にランチ麻辣湯を食べに行ってほしい。ランチは土日でもやっている。単品の豚ハラミ串も絶品。昼にしか利用したことがないけど夜に複数人で行っても良さそうである。
過密日程による慢性的な疲弊。高くないモチベーション。このブログの記事題名の末尾にある日付を見てくれよ。異常だろ。LiVSを観に行っている頻度。国内リーグ戦、国内カップ戦、アジア・チャンピオンズ・リーグを並行して戦っていた時期の横浜F・マリノスに匹敵するくらいの負荷。体力的にも、経済的にもきつい。それでもチケットが発売される度に何らかの脳内物質が分泌され、目をバキバキにして購入している。普通に考えれば疲れたら休めばいい。LiVSに行く回数を減らせばいい。なぜそうしない? 自分で薄々は勘付いている。LiVSに通う生活を“しばらく”休んだとして、戻って来られるのだろうか? 夢から醒めてしまうのではないか。私の世界からミニ・マルコchanが消えてしまうのではないか。心の奥底にあるその恐怖心から逃れるためにひたすらLiVSを観に行く予定を入れているのではないか。
今日は新宿ロフト。この会場でLiVSを観てみたい、観る機会を逃したくないという思い。対バンやフェスに関してはそれが主要なモチベーションとなる。二日前のクラブ・チッタがそうだったように。私はそこまでどっぷりアイドル・オタクというわけではない(横浜F・マリノスを愛する一般人である)ので、ほとんどの場合は他の出演者たちにそこまで興味がない。そもそも知らないことも多い。優先入場でJPY3,300。普通の前売り券がJPY2,800。わずかJPY500の差を惜しんでJPY2,800のチケットを選ぶほどにチケット購入時点で私の意欲は減退していた。スーツ・ケースを持ったコンニチハクリニックさんが急いでいる様子で入場列を追い越して受付に行っていた。出演者です。LiVSです。的なことを言って楽屋の場所を案内されていた。雰囲気的に遅刻したのかもしれない。入場時、LiVSのビラ配りに出くわす(そこにはコンニチハクリニックさんは不在だった)。こういうのって自分たちを知らない人に顔を売るのが主目的だと思うけど、LiVSは優しいからおまいつにも手厚く対応してくれる。このときにランルウさんが私が着ていたスウェット・シャツを見てかけてくれた言葉で、とても嬉しいことが判明した。ありがとう、ランルウさん。気分はあまり上がらず。消化試合感は否めなかった。一応言っておくがLiVSがどうだったという話ではなくあくまで私にとって(この日の私が置かれた心身状態において)そうだったというだけである。あんまり前に突っ込んでいく気力もわいてこなかった。アイルという集団の前座で16:50に開演。17:10~18:00にLucy。17:35~18:00がLiVS。他の集団の出番が続く中、18時20分からLiVSの特典会。これは多数の出演者がいる対バンでよくある並行物販と呼ばれる慣習。他の演者がステージでパフォーマンスをしている最中に会場内の別場所で特典会が行われる。贔屓集団の特典会を干さないかぎりすべての集団のステージを観ることは出来ない。Lucyが新規無料写メをやっていたのでマリリンchanと撮らせてもらった。LiVSのファンなんですけど何度か対バンで観て、カワイイと思っていました。マリリンchanはいやいや謙遜をしつつ、敬語でちゃんとした大人の受け答えだった。LiVSさんはいつも礼儀正しくて、楽屋に行くといつも立ち上がって挨拶してくださるんです。見習わなくてはいけないと思っています。とLiVSを褒めた後、あるエピソードを教えてくれた。今日ランルウさんが衣装の下に履く短パンを忘れていたので、貸しましょうかとマリリンchanが申し出たのだという。結局はLiVSの運営側で対応したとのこと。フロアに戻ると最近ハハノシキュウさんがリリックを提供したFinger Runsのステージが始まっていた。さらにその後にはSOMOSOMOやMAPAなどが控えていた。後ろ髪を引かれる思いだったが、早く帰ってメシを食って銭湯でゆっくり身体を休めて寝るのを優先することにした。(帰ってからマリンchanのInstagramをフォローしたのだが、予備知識がなかったので、おっぱいを積極的に見せに行く投稿が多く、びっくりした。)
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