恋せよ男子という我々ガチ恋オジサンをおちょくったような対バンの名前には聞き覚えがある。前に下北沢シャングリラで観たカス対バンだ。もちろんカス対バンだからといってすべての集団がフェイクということではない。玉石混合。ただ、ほとんどが石であろう。私がHello! Projectの熱心な支持者だった頃に馬鹿にしていたいわゆる“地下アイドル”という感じの人たち、それは出演者だけでなくフロアにいる人々も含めて、がたくさん出てくる対バンであろうことは前回の経験から予想がついた。こういう対バンを楽しむためには、ステージ上のパフォーマンスや音楽、そこにいるメンバーさんのクオリティに厳しい目を向けてはいけない。そんな野暮なことをしてはいけない。とにかくフロアにいる同好の士たちと一緒にミックス、コールなどを入れて“沸く”こと。そこに楽しみを見出さなければならない。そこでかかる音楽は、自分たちがフロアで何かをやるためのBGMに過ぎない。ステージにいるのがその辺のストリートにいるようなただ若いだけの女だったとしても、彼女たちのダンス、歌、容姿のクオリティが低かったとしても、スピーカーから流れるのが低予算で作られたであろうよく分からない音楽だったとしても、それらは大きな問題ではない。そういう文化なのである。もちろん、ひとつひとつの集団をつぶさに見ていけば思わぬ掘り出し物、面白い音楽、魅力的なメンバーさんは見つかるかもしれない。ただ今の私にはこのような対バンで知らない集団をいくつも観る熱意はない。疲れている。だからLiVSのちょっと前から観た。それでもいくつかの集団は不可抗力的に目に触れることになった。正直なところ聴いているだけで本当にちょっと具合が悪くなった。その辺にいるような人たちがちょっと訓練した程度。某集団が某大箱で開催する単独公演の告知をしていた。こんなのでその箱に行けるんだという驚きがあった。かなり厳しい。苦行。拷問に近い。ただ公平を期するために言っておくと、案外、某集団の曲は案外、面白かったかもしれない。あまり緻密な音程が必要ない(音程が誤魔化せるように設計されている)曲の印象。凄く好意的にとらえるとかつての元モーニング娘。道重さゆみのような味があると言えなくはなかったかもしれない。(道重さんがモーニング娘。に加入するまで音程の存在を知らなかったとのは有名な話である。)何時間も前から来なくてよかった。LiVSの出番が来るまで耐えられなかったかもしれない。ここにLiVSが出る利点は何かあるのだろうか。もう少し出る対バンを選んだ方がいいのではないか。小さな箱で、物凄く近くでLiVSを観られたのはよかった。(ただ会場の音響はちょっとアレだったように思う。スピーカーの前にいたのも影響していただろうけど、動画を撮ったら全体的に潰れているけど歌唱だけは聞き取りやすい謎の音声になった。)朝から寒すぎて頭も回りきらない。普段は頭が切れるのに。最高2度、最低-2度とか……。今日は何も生産的なことが出来ていない。仕方ない。こういう日もあると思ってやり過ごすしかない。寒すぎて無理なまま一日が終わる。午前中に入れていた鍼の予約を完全にすっぽかしていたことに23時ごろに気付く。
2026年5月3日日曜日
2026年5月2日土曜日
LiVS 2.5 AFTER PARTY (2026-02-07)
木曜日と金曜日の二日連続で午後半休を取っていた。木曜はLiVS 2.5。金曜は明治安田J1百年構想リーグの開幕戦、横浜F・マリノス対町田ゼルビア。マリノスの試合は半休を取らなくてもキック・オフに間に合わせることは可能だったがLiVSの大一番の翌日に本意気で働くヴィジョンを描けなかったので半休にした。有休は取れるときに少しずつ取って行かないといずれ消滅するか転職する際に捨てることになる。新横浜で試合を観てからそのまま家には帰らず、横浜へ。カプセル・プラス横浜に泊まる。90分か120分制の大浴場としても利用できるカプセル・ホテル。試合帰りにここに泊まってゆっくり過ごすのが至福。平日だとJPY3,000強で泊まれる。土日だとこれがJPY20,000くらいまで跳ね上がる。なので金曜の試合後というのは格好の機会だった。チェック・アウト後、きそば鈴一。至高の立ち食い蕎麦。とろろ玉子そばJPY580。沁みる。
2月5日(木)終演後の私は超最高チケット特典のひとつである全員写メだけを撮ってそのまま会場を出ていた。万チケ勢が全員写メを撮っている間にLiVSの個別特典会には長蛇の列が出来ていたからだ。列の最後尾を辿っていくとそのまま出入口まで到達した。たまたま居合わせたHさんも並ばないというので一緒に恵比寿駅前のどんくに入った。私は激辛ちゃんぽんとエビス・ビールを注文した。私が早々と退散を決めたのは2月5日(木)の特典券は二日後のAFTER PARTYでも使えることがあらかじめアナウンスされていたからだ。これはLIQUIDROOMのときの反省を生かした措置である。あのときは時間がまったく足りず、まだ我々が券を消化できていないのに特典会が打ち切りになった。そういうことが起きてもいいように今回はあらかじめ別日にバッファーを持たせている。賢い。しかもこのAFTER PARTYはチケットを持っていればチケット代が無料。隙あらばあの手この手で金銭を掠め取ってくるLiVSにしては良心的。
今日はコンサートが短めで特典会の時間をたっぷり取る構成だった。メインが2月5日(木)の延長特典会。コンサートはいわばおまけ。もちろんそこはLiVS。コンサートはコンサートで手抜きなくちゃんとやってくれた。ただいつもほどのインテンシティはなく、緩めの雰囲気ではあった。新曲“Knew it.”の声出し講座。フックのどの箇所で我々にどう声を出してほしいのかをメンバーさんが指導してくれた。“Knew it.”にしても『あの日、ここから』にしても、LiVS側による主導でフロアに新しいノリを作り出そうという意図を私は感じる。LiVSのフロアの最大の特徴は目まぐるしく最前付近の人が入れ替わるケチャだが、ややそれに偏重しているきらいがある(個人の感想です)。このスタイルはフロアが空いていないと成り立たない。混んでいる状態でやると人同士で衝突して転倒などに繋がる。さらに言うと周りの人たちと知り合いだからこそ可能だという面もある。自分の左後ろにいる誰々がランルウ推しで、右後ろにスズカス推しの誰々がいて……などと、ある程度は把握する必要がある。それが出来ないとどのタイミングでどこから人が突っ込んでくるかの予測が出来ず、これまた衝突や転倒を招く。ケチャ中心のやり方は、フロアに人が増えることや(不文律や阿吽の連携など知る由もない)新規客が急激に増えることとの相性はそんなによくない。特定のメンバーを崇拝するためのケチャだけでなく、その場を動かなくても音楽でひとつになれるノリを増やす必要があると私は前々から思っていた。おそらくだがLiVS(メンバー、運営)側も同じことを考えているはずである。だからこそ最近の新曲でケチャではない別のノリを定着させようとしているのではないだろうか。
ツイン・テールのミニ・マルコchanが反則級に可愛かった。これまで私が見てきた中で一番といっていいくらいに今日は可愛かった。昨日も思ったけど、やっぱり新メンバーが入ったとしても私はこのコから離れられそうにない。抜け出せそうにない。そういうことをご本人に伝えたら、絶対に離さないと言ってくれた。
2026年5月1日金曜日
LiVS 2.5 (2026-02-05)
[…]誰もが口を揃えて言う。「ここまでのめり込むとは思っていなかった」と。境遇も年齢も「推し」の対象も異なるのに、まるで示し合わせたかのように、同じ言葉を使う。
普通の人がふとしたきっかけでのめり込み、気づけばたいへんな事態に陥っている。(加山竜司『「推し」という病』)
VIPチケットが従来のJPY100,000からJPY120,000に値上げされたのは恥ずべきことだと私は思う。前回の大箱公演だった2025年8月18日(火)からの約半年。この期間は何だったのだろう。あれだけ目まぐるしい頻度で開催してきた公演、出演してきた対バン。あれは何のためだったのだろう。ただでさえ正気の沙汰ではない価格設定だった高額チケットの更なる値上げ。それは値段がいくらであっても買ってくれる特定少数のコア層から搾れるだけ搾り取るという意思の表明である。それはすなわちこの約6ヶ月で私たち(LiVS)はファンの数を増やすことが出来ませんでした(なんなら減っています)と宣言しているのと同じである。値上げ前のJPY100,000の時点でLiVSに近しい集団(FinallyやBLUEGOATS)と比較して高すぎる。JPY100,000だったときのLiVSのVIPチケットと比べても特典が劣っているという声を購入者から聞いた。私が買ったのはJPY31,500の超最高チケット。“たいへんな事態に陥っている”自覚はある。それでもJPY120,000のチケットに手を出すまでには狂うことが出来ていない。そもそも私にはこの金額は払えない。LiVSに行くのが年に1-2回だけ行くなら買えるかもしれない。しかしこれはそういう競技ではない。下手すると月に10回行くような競技である。JPY120,000のチケットで一度の公演に入るよりもJPY3,000のチケットで40公演に入ることに百倍の価値がある。
VIPチケットにこそ手を出さなかったものの、代官山UNITの大一番に向けて私は私なりに限界までLiVSにコミットしてきた。それでだいぶ疲弊してしまった。昨夏のLIQUIDROOM公演に向けては、ひとりでも多くの人に観に来てほしいという気持ちがあった。今回に関しては醒めていた。正直なところLIQUIDROOMのときと比べてメンバーさんからも運営さんからも何が何でも会場を埋めてやるんだという気概を前ほどには感じなかった。ひたすら畳みかけるように公演を打つだけでそれ以上の策があるように思えなかった。最後に降って湧いたように開催された、あの計画性に欠けるチケット販売会。いや、あれはJPY3,000で参加できるイヴェントとしては素晴らしかった。最高の思い出にはなった。ただ、動員を増やすための作戦としては遅きに失したし、お粗末だったと思う。その販売会の最終回時点で売れたチケットの番号が190番前後だった。そっくりそのままその人数が来るわけではない。何枚も買っている人たちがいるので。代官山UNITの収容人数は550-600人とされている。190番の前に超最高チケットと最高チケットの分があるとはいえ、動員はかなり厳しいのではないだろうか。
私の中でここ最近のLiVSには閉塞感があった。このまま同じように続けても未来がないんじゃないだろうか。いくら数多くの対バンに出演して他の集団の支持者たちの目に触れる機会を作ったとて彼らがLiVSの固定客になる確率は非常に低い。結局のところこの集団は特定少数のコア層が支えることで商業的に成り立っている。今日だけではない。普段から万チケ(公演によって最高額がJPY31,500だったりJPY10,000だったりする。万チケがない公演もある)を購入する。冷静に考えればJPY3,000程度の通常チケットとそこまでの差はない。あったとして1-2列目か3-4列目かくらいの違いである。もちろん特典券も積む。通販で売り出される、選んだメンバーのサインと自分の宛名が書いてあるだけで送料込みJPY2,700(JPY2,200+送料JPY500)のチェキを買う。各人がそれぞれの経済状況が許す範囲内で精一杯の狂い方をしている。金銭面だけではない。土日はもちろん平日にも当たり前にライブハウス(和製英語)に足を運ぶ。短ければ25分や30分で終わるLiVSの出番を見届けるために。それによってLiVSに関わる全員が日を追うごとに消耗していって、いつか限界が訪れるのではないか。この閉塞感は、私自身の閉塞感でもあったと思う。自分のキャパを超えて通いすぎて精神的に疲弊してしまった。それによる認知の歪みはあったかもしれない。それは差し引く必要がある。代官山UNITでLiVSはどんな現実に直面し、その先に待っているのが何なのだろうか? 2026年2月5日(木)は、LiVSが厳しい現実を見せられる日になるのではないだろうか。純粋に応援する気持ち、楽しみにする気持ちだけではいられなかった。この日を迎える私の心境には懐疑とシニシズムが混じっていた。
そういった負の感情を、ここまで鮮やかにぶち破られるとは思っていなかった。フロアはどういうわけか、かなり埋まっていた。具体的に何人だったかは分からないが景色としては明らかに十分な客入りだった。観に来ていたBLUEGOATSのプロデューサー、三川さんが「LiVS満員!!」とトゥイートしていた。ケチャでグルグル人が入れ替われないくらいの混雑だった(あれはフロアが空いているからこそ成り立つスタイルである)。身動きが取れないなりに熱狂的な雰囲気があった。
今日お披露目された、あの新衣装。これだよ、これ。3-4代目衣装の煮え切らない感じ(個人の感想です)がまったくない。振り切れている。世界観がある。統一感がある。そして何より紛れもなくアイドルの衣装である。アイドルにしか着ることが出来ない衣装である。特にミニ・マルコchan。彼女の少女性と可愛さを、この衣装がとことん強調し、引き立てている。私はこのコを一年と数ヶ月観てきたけど、こんなに少女的な可愛さを持ち合わせているのかという新鮮な驚きがあった。LiVSを初めて見た人の大半はマルコchanに釘付けになるのではないか。何も知らない人が初めてこの衣装でパフォームするLiVSを見たら、マルコchanのためのグループだと思うのではないか。いわゆるセンターとして認識するのではないか。普通に観たらそうなる。それくらいこの衣装が群を抜いてはまっている。マルコchanを輝かせるための衣装なのではないか。彼女をLiVSのスターにするための衣装なのではないか。本当に可愛くて、惚れ直した。こんなことをされたらもう抜け出せなっちゃうヨ……。
ついに来た、新メンバー募集の報せ。報せそのものだけではなく、それを我々に伝えるメンバーさんの表情、言葉、態度からLiVSを続けていくこと、前に進めていくことに対する彼女たちの強い意志を感じた。今の四人になってからの彼女たちの成長には目を見張るものがある。しかしながら、彼女たちのクオリティと練度が高まっていくことの良さはあるものの、集団として発展する道を選ぶのであれば、現実的には増員は必要である。
2026年9月7日(月)の渋谷クラブ・クアトロ公演の開催発表。私はホッとした。とりあえずそこまでは安心してLiVSを観ることが出来る。この発表だけなら「またかよ」とうんざりしていたかもしれない。新衣装と未来の新メンバーがいるからこそ、楽しみにすることが出来る。私が抱いていた閉塞感は、ただでさえ兵力が削がれる(メンバーが脱退する)中、その補充も、十分な補給もないまま先行きの見えない消耗戦を続けることに対するそれだったのかもしれない。今日はバッチ・グーな新衣装と、近未来の新メンバー追加という二つの補給があった。それらを武器に次の大箱に向けて歩みを進めていく。未来に希望を持つには、希望を持つための材料がないといけない。
コンサートの最後、「楽しかった人~?!」とフロアにミニ・マルコchanの姿に、私はモーニング娘。のガキさんこと新垣里沙さんを重ね合わせた。
2026年4月26日日曜日
チケット販売会 (2026-02-02)
いつだって忘れない 渋谷の飲食店事情が壊滅的すぎて渋谷に用事があってもわざわざ恵比寿でメシを食う必要がある そんなの常識(ミニ・マルコchanの自己紹介、ではなく渋谷のチケット販売会に駆けつける前の私)
なかよしと双璧を為す恵比寿駅付近の飲食店ことどんく。唐揚げ定食(6個)JPY1,200。エビス・ビールJPY750。
チケット販売会の開催が発表されたときの私は眉をひそめていた。第一に、直前すぎる。2月5日(木)の公演チケットを売るのを目的としたイヴェントを1月23日(土)に突如発表し、1月24日(日)から2月2日(月)にかけて開催されても困るというのが率直な感想だった。チケットを売るからにはそれを集客に繋げたいはずだ。単にチケットを売っただけで人が来なければ意味がないはずである。我々がこの販促イヴェントでチケットを買ったとしてこの短期間でどうやって捌けというのか。いくらチケットを無料で進呈したとしても誰かに知らないアイドルのコンサートに来てもらう、それも平日に。並大抵のことではない。特に私のように人望がない場合は困難を極める。第二に、既にチケットを購入済みの既存客からさらに搾り取るための施策であるのが見え見えである。イヴェントの内容や場所等の告知も宣伝も少なく、興味本位でふらっと来るには障壁が高い。厳しい言い方をしてしまうと我々にチケットを買わせた上に集客も丸投げしているような状態である。そういった思考が頭を巡ったため、最初は気が乗らなかった。不参加も視野に入れていた。しぶしぶ初回に顔を出し、その後もずるずると参加し続け、気付けばすべての回に顔を出すことになった。今となってはこんなに素敵なイヴェントを企画・実行してくれたことに感謝の念すらわいている。チケットを購入済みの我々にさらにチケットを買わせることに対する私の批判的な考えは軟化した。たしかに我々が購入したチケットをどうやって実際の集客に繋げるかは知らんぷりなやり方には閉口する。実際に私の家には紙屑と化した公演チケットが残っている。ただ、まあ、よくよく考えてみると、特典券と引き換えにコンパクト・ディスクを何枚も何枚も買わされるのと何が違うというのか。コンパクト・ディスクだって同じ人の家に何十枚、何百枚と置いてあっても意味がない。(そもそもストリーミングで曲が聴けるのだから一枚でさえ必要ではない。)コンパクト・ディスクがどれだけの資源を無駄にするかと比べたら紙屑の方がマシかもしれない。だからまあ、そうお堅いことを言わずに。過去の私にはそう言いたい。四回のチケット販売会を通して、当初に抱いていた疑念や不満を軽く一掃できるほどに幸せで忘れられない体験をさせてもらったからである。
最終回の今日は特に目玉と言える内容だった。公演チケットを買うとメンバーが自分ひとりのために歌ってくれるというのだ。詳細は当日になるまで分からなかった。なんとなく想像していたのはJuice=Juiceがかつてやっていた(今もやっているかは分からない)Juice=Juke Boxという特典会である。ひとりのメンバーが曲の一節をアカペラで歌ってくれるというものだった。私は参加したことがないが(Juice=Juiceの特典会には行ったことがない。私はつばきファクトリーの某メンバーに堕ちるまではハロプロの特典会自体に行ったことがなかった)。当日、会場に行ってから判明した実際の内容はもっと豪華だった。あらかじめ用意された選択肢の中からこちらが選んだ曲のワン・コーラスくらいの分量をメンバー全員が自分ひとりのためにやってくれる。自分は最前0番の位置でそれを堪能できる。いわゆるレスをこれでもかというくらい自分だけにくれる。こんな贅沢があっていいのだろうか。自分の番が来る前に既に耐えられなくなって棄権しそうなくらいだった。私は『業TO HEAVEN』を選んだ。細胞に潜む……でメンバーさんがこちらにお尻を向けてネットリと回す箇所から始まるという私にとっては神がかった展開となった。この曲が私にとって特別な曲となった。
LiVS's Historical Costume Live (2026-02-01)
歴代衣装公演シリーズの開催が発表されたとき、私が一番首を傾げたのが今日の公演である。最終回。四代目衣装。つまり現行衣装。普段と一緒じゃん。やる意味なくない? それに公演の順番として四代目から始めて三代目、二代目、初代と遡っていくほうがまだ盛り上がったのではないだろうか。前の衣装であればあるほど稀少性が増すからである。初代から順番に披露していく今回のやり方だと公演を重ねるたびに観に行く価値が下がっていくように思える。初代衣装でもあれだけ来場者が少なかったのは私も意外ではあったが、このシリーズを通して集客面での盛り上がりには欠けていた。私自身は四公演すべてに参加したものの、これは絶対に行かなくてはと思わせる魅力を感じる企画ではなかった。もちろん初代衣装は別である。あれを間近で観るために最高チケット(JPY10,000)を購入した。二代目もまだ分かる。三代目衣装はそもそもそこまで好きではなかった。現行の四代目に至ってはいつも観ている(そしてこれもそこまで好きではない)。
どのタイミングだったかは忘れたが、この歴代衣装公演の意味が明らかになった。2月5日(木)の代官山UNIT公演で衣装が刷新されるらしい。それに向けてこれまでの衣装の歴史を辿るという狙いがあったのだ。たしかにこれを切り替わっていく一連の映像(あるいは写真)として考えると気分が高まる。代官山UNITで大型ヴィジョンに初代衣装から順番にメンバーさんが歌って踊る様子がちょっとずつ映し出されて、その後に新衣装に身を包んだメンバーさんがステージに姿を現わしたらフロアはうわーって盛り上がると思う。ただ、それぞれを別々の日に行われる独立した公演としてとらえると、そのような高揚感を得るのは難しい。とはいえ蓋を開けてみると歴代衣装シリーズの中でも印象に残る特別な公演となった。
LiVSの歴史を総括し、次の一歩を踏み出していくんだいうメンバーさんの強い思いを感じた。特にミニ・マルコchanがMCで放った赤裸々な言葉に胸を打たれた。そのときのマルコchanを動画で撮ってTwitterに上げてくださった方がいる。私はそれをあえて見ずに記憶で書くのだが、この人類の長い歴史の中でこうやって同時代に生きていること、この広い地球と何十億人もいる人間の中でこうやって出会って同じ空間にいられることは奇跡。私はLiVSで観た景色、得た思い出と共に私は死んでいく。というようなことを言っていた。氏の世界観や人生観の片鱗に触れる貴重な場面に立ち会うことが出来た。彼女がLiVSに人生を懸けていること、彼女にとってLiVSが何かを手に入れるための踏み台や腰掛けではなくそれ自体が人生のすべてであることが伝わってきた(彼女が直接そう言ったわけではなく私の解釈)。LiVSとミニ・マルコchanに出会ってから狂ったようにこの集団と人物を追いかけてきた私の目に間違いはなかった。心からそう思った。単にミニ・マルコchanが可愛いとか、特典会で優しくしてくれたとか、それだけなら私は数回で来なくなっていたと思う。ミニ・マルコchanの根っこにある精神、魂に共鳴するからこそ、今でも私はLiVSの現場に足を運び続けているのだと思う。
『私アイドルじゃないです』を歌うメンバーさんの表現力が増していたように感じた。1月21日(水)に楽曲提供者の大森靖子さんと一緒に歌った経験から何かを掴んだのかもしれない。鬼気迫る雰囲気が出ていて、引き付けられた。特にコンニチハクリニックさんに変化を感じた。
PRETTY WOMAN The Musical (2026-01-31)
社会のことを何も知らないで、おじさんのオタクと握手ばっかりしていると、すっごいストレスが溜まると思うんですよね。小・中学生からずっと……、キモいおじさん漬けじゃないですか。本当に狂っちゃうと思うんですよ。(加山竜司、『「推し」という病』)
『「推し」という病』が面白い。男女地上・地下アイドル、ホスト、二次元キャラ、2.5次元、声優、AV女優、バンドなどを対象にした「推し活」の現状を、どっぷりはまった当事者たちへの取材で解き明かす。生々しく具体的。「推し活」=「神なき時代の宗教」という筆者の分析は芯を食っている。この本にはアンジュルムのメンバーだった佐々木莉佳子さんを支持する女性を追った章がある。同じ集団に田村芽実さんもいた。在籍時期も重なっていた。“キモいおじさん漬け”の世界に、彼女も生きていた。今の彼女はもはや元アンジュルム、元アイドル、元Hello! Projectではない。一流ミュージカル女優としての地位を確立している。誰もが名前を聞いたことのあるような作品で主要な役を射止めている。今回もPRETTY WOMANにおけるいわばプリティ・ウーマンの役。主演である。“キモいおじさん漬け”の世界ことHello! Projectから遠くまで来たものである。
渋谷。東急シアター・オーブ。主演女優のファンクラブ先行だけあってかなりいい席をあてがってくれた。7列のど真ん中。何を求めるかにもよる(あと会場や作品にもよる)がミュージカルの席は前であればあるほど良席という単純なものではない。演者に近ければ近いほどたしかに臨場感と迫力はあるだろうけど、作品を味わうという観点だと(自分が左右に頭を動かさなくても)ステージを見渡せる距離はあったほうがいい。映画館の最前列だと映画は観やすくないのに少し似ている。
今回のミュージカルはめいめいに何度もキスシーンがあった。娼婦役なだけあってキスだけじゃなくしょっちゅう男性と腕を組んだり抱き合ったり社交ダンスをしたり。ちょっと私にはカルチャー・ショックだったのが仲が良くもない男が女(めいめい)に腕を組むように促し、女がすぐに腕を組む。どういう了見なんだ。男女が腕を組むことの文化的な意味。西洋におけるスキンシップが私はよく理解できていない。日本で生活している感覚だとちょっと面食らう距離感。とにかくスキンシップが多かったので、私もミニ・マルコchanとチューくらいしていいんじゃないかと思ってしまった。
舞台女優、ミュージカル女優はアイドルさんが次に目指す道としてひとつの定番である。めいめいのように一流のミュージカル女優になれれば超絶的イケ・メンとのキス・シーン、同じ舞台の仕事でも階層がいくつか落ちる世界に行くと二流、三流男優や訳のわからない老紳士との過剰スキンシップが待っている。これは女優に転身するアイドルさんにとってもその支持者にとっても茨の道である。アイドルさんにとってはめいめい級の成功を収めるのはほとんど不可能と言っていいくらい狭き門だし、支持者側にとっても自分たちがあれだけたくさんのお金を払って限られた時間(Hello! ProjectはJPY1,300で7秒とされる)で、厳格に監視・管理されながらやっとお話が出来ていた相手が、異性と(仕事や作品上とはいえ)ベタベタと抱き合ったりキスしたりしているのを、これまた高いお金を払って見せられることになる。めいめいのように一流の共演者、一流のスタッフ陣に囲まれて一流の作品で主演を張る正真正銘のミュージカル女優になれればそれでも支持者は十分に報われるだろうが、そうでなければお金を払って色々なものを犠牲にして応援する対象としては収支が合わないだろう。自傷行為にも程がある。
私は子どもの頃にPRETTY WOMANの映画を観たことがある。ただうっすらと記憶している程度。それに当時の私では話の内容を理解できていなかったと思う。予習もしていなかったので無の状態から物語を楽しむことが出来た。これが日本で観られるミュージカルの最高峰なんだろうなと思いながら、めいめいの歌、演技、作品そのものに浸っていた。素晴らしいものを観させてもらった。めいめいが本当にカッコ良かった。
劇中に「草間彌生みたいじゃない?」とか「バカおもろそう」といったローカライズや今風の言葉遣いが見られた。原作に100%忠実に翻訳するよりはこういうのがあった方が笑いは起きる。雰囲気が和む。作品や出演者に親しみがわく。もちろんやり過ぎてはいけないけど。
私にとっていいリフレッシュになった。また新たな気持ちでLiVSに臨めそう。こうやって違う興行を観ることで、その中でも意外と共通点だったりとか、気づく点があったりする。
時間が遅かったので手早く済ませようと会場すぐ近くの町中華に入店。非常に微妙だった。半皿の単品料理も(半皿とはいえ)量がかなり少なかった。フライドポテトを頼もうとしが他の客に出そうとしていたやつを見てあまりにしょぼくてオーダーするのをやめた。F君によるとこの店は唐揚げだけ量が多くてがおいしいらしい。この街はドープそうなヴァイブスを出しながら蓋を開けると拍子抜けするクオリティの飲食店が多い。賑わっているエリアはどこも無駄に混んでいる。メシを食うのに適していない。見掛け倒しの老舗店、学生が大勢で入るような安居酒屋、インバウンド向けの変な店。そんなのばっか。私は出来ることなら来たくないのだがとにかく会場という会場がこの街に密集していてイヤでも頻繁に来ざるを得ない。
2026年4月22日水曜日
チケット販売会 (2026-01-30)
The neurological addictiveness of smartphones is real; but our addiction to the desires of others, which smartphones give unfettered access to, is the metaphysical threat. (Luke Burgis, “Wanting”)
たとえばアイドルがこれおいしいだの最近これにはまっているだのと言って何らかの飲食物の画像をソーシャル・メディアに投稿する。待ってましたとばかりにそのアイドルを支持する者たちがその商品を最寄りのコンヴィニエンス・ストアなどで探し出し、自らも口にする。私はその流れを一歩引いて見ている。安易に呑み込まれてはいけない。警戒している。自分の欲求と他人の欲求の区別がつかなくなっている状態だからだ。誰かの欲求がそのまま自分の欲求になっている。それには模倣的欲求(mimetic desire)という名前がついている。アイドルの消費活動を真似するくらいならまだ可愛いものだが、震災時にトイレット・ペーパーに殺到するなどの社会的混乱を招く。本当は自らが望んでいないことを(そうだと自覚できずに)人生の目標にすることにまで波及する。上に引用した“Wanting”は『欲望の見つけ方』という題名で日本語訳が出版されている。読んでみてください。
私はマルコchanのことが好きだが、だかといってマルコchanが好きな何かを私も好きであるとは限らない。そして私が好きな何かをマルコchanが好きであるとも限らない。たとえば音楽の趣味はだいぶ異なる。それでいい。スズカス・テラさんがHello! Projectを好きだからといってそれは私が彼女をオキニにする理由にはならない。SOMSOMOのシャンマイさんが柏レイソルのファンで明治安田Jリーグの話が通じるからと言ってそれを理由に彼女目当てにSOMOSOMOに行くようになるわけではない。マルコchanがヒップホップやジャズを聴かなくても、フットボールに疎くても、それは私が氏を愛するかどうかとは関係がない。そこを無理に合わせようとする必要はない。自分が好きな人が好きな人やモノを好きになろうとしなくていい。自分が好きな人が欲しいものを欲しがらなくていい。
と言いつつ、私も模倣的欲求(mimetic desire)の影響からは逃れられない。昨日のチケット販売会のお見送りで前にいた誰かがファミリー・マートのグリル・チキンの話をメンバーさんとしていた。そこでマルコchanがゆず七味がお好きだと言っているのが聞こえた。私もゆず七味が好きなのでそれを伝えると、ブラック・ペッパーもオススメだと彼女は私に言った。その結果、私のファミリー・マートのモカ・ブレンドとグリル・チキンのブラック・ペッパーが今日の私の朝食となった。昨日マルコchanに勧められていなければグリル・チキンではなく黒豚まんにしていた可能性が高い。
今日もチケット販売会。在宅勤務を切り上げ、渋谷。IKEAでプラント・ベース・ソフト・クリームJPY50。渋谷名物(これすげー普通 こっち賢いから出てこないブツ by K DUB SHINE)。
NEW
17時からスタート!
平日夜限定ディナーメニュー
7階スウェーデンレストラン
New
チキンカツ丼
¥690(税込)
キーマカレー丼
¥390(税込)
(ちょっと気になったIKEAのディナー。食欲をそそらない看板の写真)
コンニチハクリニックさんが遅刻(衣装の上下どちらかを忘れたらしい。下だったかな)。彼女が到着して準備が整うまで我々は部屋の外(建物内)で待たされた。エレヴェーターから出てくる彼女を我々はガード・オヴ・オナーで迎え入れた。
私はチケットを二枚買ってコンニチハクリニックさんとミニ・マルコchanの特典を受け取った。ここでポンとJPY6,000を出したくはなかったのだが、コンニチハクリニックさんの特典はどうしても受け取りたかった。そしてもちろんマルコchanは外せない。ということで二枚買わざるを得なかった。
コンニチハクリニックさんは自身の一眼レフで購入者の写真を撮ってくれる。いつもこちらが一方的に写真や動画を撮る立場のアイドルさんに写真を撮っていただくという貴重な経験。撮っている間、マルコchanが近くで付き添ってくれた。ほらもっとマルコへの愛を表現して、みたいなことをコンニチハクリニックさんが言ってくる。あ、マルコへの愛でいいんだ。自分(コンニチハクリニックさん)への愛は諦めたんだ……と私は内心思ったが、口には出さなかった。今だから言うが、LiVSを観始めた初期にちょっとだけコンニチハクリニックさんに流れそうな時期があった。少しの間、マルコchanと彼女が私の中で拮抗していた。危なかった。
ミニ・マルコchanはお勧めのアニメかホラー映画を教えてくれる。ふだん映画は観るの? とマルコchanに聞かれ、LiVS(を観るの)で忙いからほとんど観てないと答えたにもかかわらず、どういうわけか彼女は三部作を勧めてくれた。『パール』、『X』、『マキシーン』。せっかくお勧めしてくれたのだから観なくてはと思いつつこれを書いている今でもまだ観ていない。というかこの日から今に至るまで映画を一本も観ていない。上にも書いたように、私がマルコchanを好きであるのと、マルコchanが好きなモノや人を私も好きになるのはまた別問題だと思っている。たぶん観たら面白いのだろうとは思う。でも今の私は生活の中に映画を観る時間がない。フル・タイムで働きながら月に10回くらいアイドルを観に行って2-3回フットボールを観に行っていたら映画にあてる時間はもう残らない。
他の二人は、スズカス・テラさんがさいきん学んだ難しい熟語で褒めてくれる。ランルウさんがお勧めのレシピを教えてくれる。という特典だった。コンニチハクリニックさん以外の三人はその場で文字を書いたカードを渡してくれる。
いんでいら臨時休業。兆楽で焼肉ライス(生玉子付き)JPY930、餃子JPY300。本来は焼肉にかけることを意図されたであろう卵でTKGにしたもののコメがまったくTKGに合わない。一体なんだこのコメは。出している料理に合うわけでもない。
いつだって忘れない ダウン・ヴェスト 腕が寒い そんなの常識(マルコchanの自己紹介…ではなく、薄手のスウェット・フーディの上にダウン・ヴェストという出で立ちだった今日の私が思ったこと)
さすがに連日オタクのしすぎで頭がおかしくなりそうだ。明日はオタクをお休みして健全な興行(めいめいのミュージカル)に足を運ぶ。
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