元々は10月2日(金)の一回だけにとどめておくつもりだった。3月に支給されるはずの賞与がゼロだったのに端を発する財政危機で慢性的に金欠だからだ。ところが8月の『秘密の小梅ちゃんクラブ』開催にあたってお得なチケットが販売された。『秘密の小梅ちゃんクラブ』だけの通常チケットがJPY8,500。それに『オンリー・ロンリー・ガールガールガール』のチケットが追加で付いてJPY15,000。通常だとJPY9,800の『オンリー・ロンリー・ガールガールガール』のチケット(A席)が実質的にJPY7,500で買える。それなら、まあ、そっちにしておくかと、JPY15,000のチケットを買った。それで二日連続、二回目の観劇と相成った。
一回目に知ったある事実を踏まえた上で観ると、霧が晴れたように物語の構造が見えた。昨日と今日では見え方がぜんぜん違った。また、個人的に昨日は一週間の労働で溜まった疲れもあって消化しきれなかったが、今日はクリアな頭で集中できた。この劇は10月7日(水)に千穐楽を迎え、ネタバレ禁止期間は終わっている。だから前の記事に書かなかった劇の核心を書く。めいめいが演じるアイカを含めて登場人物が三人いるのだが、そのうちの一人であるヨツバは幼少期に死んでいるのだ。物語は三人が子どもの頃と大人になってからを行き来する。大人になってからの場面でも、ヨツバはステージにいる。台詞を発する。しかし注意深く見ていくとアイカとシオリはヨツバと目を合わせていない。会話をしているようでしていない。一方、子どもの頃の場面では二人がヨツバと目を合わせ、会話のやり取りが成立している。
劇の仕掛けを理解できたという手応えはあった。二回目の観劇で一気に見え方が変わる面白さはあった。ただ、正直に言うと、物語の内容としては、私にとってはめちゃくちゃ面白いというわけではなかった。この作品は脚本も演出もすべてめいめいが担っている。彼女が立ち上げた劇団の旗揚げ公演。お世辞でも最高だったと書いておいた方がめいめいのファンとしては格好がつくのだが、直近で言うと同じ会場で観た『超、Maria』の方が断然おもしろかった。劇中、観客がすすり泣く音が場内に響いていた。同じ生理的反応は私には起きなかった。一例を挙げると、シオリが小説を書くのだが、応募した作品が瞬く間に文学賞を受賞し、作家としてトントン拍子で成功していく場面は出来レースすぎて白けてしまう。感動は出来ない。(ちなみにシオリが小説をいくつか書くも賞に応募できないくだりがあるのだが、もしかしてめいめい自身の体験でもあるのかな? 小説を書いていると言っていた時期があったので。)あと思ったのが、緩急の付け方。基本的にシリアスな劇で、我々はじっとして静かに観ていたのだが、本来のめいめいの狙いとしてはもう少し笑いを起こしてシリアスな場年との落差を作りたかったような気がする。たとえばヨツバが明らかに変な動きをする場面。客席からはクスクス笑いがちょっと起きる程度。それに限らずだが、最初から最後まで観客がじーっと真剣に観ている感じが、めいめいの狙い通りだったのかどうか、それは知りたいところである。
昨日は真ん中くらいの列のど真ん中、今日は左の後ろから二番目、通路席だった。今日の方がずっとステージが見やすかった。真ん中にいて前の人が少しでも大きいと肝心な部分が隠れて見えづらくなる。後方から角度をつけて見たことで却ってストレスなく楽しめた。
昨日に続き、有楽町駅前の中園亭。今日はパイコー・チャーハン JPY1,370とキリン・ラガー(中瓶) JPY790。昨日のパイコー麺の方がよかった。が、なかなかいい店である。
そういえばどこかのタイミングで久し振りにブルーノート東京にジャズを聴きに行きたい。2024年5月8日(水)にTAKUYA KURODA featuring 9m88を観に行ったのが最後のはず。