2021年1月12日火曜日

STEP BY STEP (2021-01-10)

20時までに閉めなくちゃいけなくなったから
協力するの?
協力じゃなくて強制だよ。見回りが来るよ。話聞かなかったら罰金50万。だんだん中国みたいになってきた笑
協力したら一日5万?
6万
十分ですか?
ぼろ儲け笑 規模にもよるけど二人体制だったら休んだ方が儲かる
それはよかったですね

小池百合子を初めとする馬鹿な知事たちの圧力に屈し、政府がまた緊急事態宣言を出した。東京都(+埼玉県、神奈川県、千葉県)の飲食店は20時で閉めるようにというお達し。厳密には強制ではなく要請なはず。従わないという声明を出した会社もある。ただ、実際にはほとんどの店が営業時間を短縮している。昨日もコンサートの後に中野の商店街を練り歩いたが、二、三の店を除き20時に閉店するか、20時以降はテイクアウトのみの営業にしていた。給付金は一律であるため、当然ながら一人や二人で回している小さな店と多くの従業員を抱える店では金額の持つ意味が異なる。少なくとも楊3号店は当面、生き延びてくれそうだ。ここの回鍋肉は私が知る限り世の中で一番おいしい。

よく分からないのが要請の対象でないはずのお店や施設が次々に20時閉店を打ち出していること(※末尾の追記参照)。書店とか。待ってましたとばかりに。緊急事態宣言が好きすぎるとしか思えない。全員を一律に縛る上からの具体的な指示をヨダレが出るほど切望し、それが出ると合理性に関係なく嬉々として従う。この従順さ。私が通っている歯医者はそもそもの診療時間が20時を跨がないのに最終の診療受付時間を19時から18時に変えた。この週末に行ったときに、歯医者さんって不要不急だったんですかと聞いてみようかと思っている。

これは私の勝手な想像・妄想・憶測(Ⓒ失敗小僧さん)だが、アップフロントさんももし選べるのであればこの冬コンサートを中止にしていたのかもしれない。だが、もうそんな空気を読んでいられる余裕がないのではないだろうか。コンサートを観れば分かる。未だかつてハロ・コンでこんなにショボいステージがあっただろうか? 本当に何もない黒い土台に、位置を把握するための数字のテープが貼ってあるだけなんだよ。なかなかの衝撃である。いくら写真集の連続リリースで多少の日銭を稼いでいるとはいえ、本業の興行でキャッシュをゲトるサイクルを取り戻さないと本当に潰れかねない段階に来ているのではないだろうか。

二日連続で二階席でこのコンサートを観て分かったこととして、メンバーさんは誰一人として二階のことなど見てはいない。文字通り、眼中にない。昨日、今日と、メンバーさんの視線が二階に向かう機会はほぼ皆無だった。昨日の公演で一回だけ小野瑞歩さんがこちらを観てくださったような気がした。もちろんこちらというのは私個人という意味ではなく、方向としてのこちらである。そのときは私の脳内でいわゆるレスに変換されドキッとしたのは言うまでもないが、仮にVAR(video assistant referee)で審議された場合、レスはなかったという判定が下るだろう。そもそもVAR(video assistant referee)の介入対象にはならない案件だった。あれをレスだったと言い張るのはネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニアさん級の役者であり、自民党ばりの拡大解釈(Ⓒ上田晋也さん)である。もちろん一階のそれも前方だったらまた違った感触を得たのかもしれないが、私は本ツアーに二度入って、コンサートをやる側と観る側の明確な区分けを感じた。Hello! Projectに限らずエンターテインメント全般はやる側と観る側が一緒に作り上げるものだが、今は、やる側が作り上げたものをおとなしく観ることが我々には求められている。一にも二にもコロナ対策のお作法から逸脱せずにお行儀よくすること。拍手や手拍子で熱い気持ちを届けてくれ的なことを毎度メンバーさんが言うのだが、盛り上がってますかー、とか声出してますかーとかの煽りが必ず入っていた平時と比べ、会場の熱量と双方向性は低い。それでも、集団的ヒステリーが収まらないコロナ騒ぎの中で、不完全な形とはいえこうやってコンサートを観ることが出来る。それはありがたいこと。今はこれで満足しなければならない。そういう割り切った幸福感が会場を包んでいるような気がした。実際、Hello! Projectの客層は高齢者が多いため、静かに鑑賞することに対してそこまで不満がない人は案外多いのかもしれない。(ただ、元から地蔵的なスタイルで現場に臨んでいる人も、周りが盛り上がっていた方が内心では楽しいはずなんだよね。)私の左前方にいた推定70代男性は開演前に数独を解いていた。老紳士の模範。

今日はつばきファクトリーさんからは四人。小野瑞歩さん、山岸理子さん、浅倉樹々さん、秋山眞緒さん。生唾ゴックンもののおみあしを惜しげなくお見せになっていた谷本安美さんと小野田紗栞さんがいないのは残念だったが、ずっと同じ面子ばかり観るよりは変化があった方が面白い。出演していたのは小野さんが属するユニット③と、BEYOOOOONDSさん4名とモーニング娘。さん4名から成るユニット①だった。出演者一覧をよく見ずに入っているので、コンサートが始まってから、あのメンバーさんがいるのか!という新鮮な喜びを味わうことが出来た。つばきファクトリーさんは12月12日(土)のファンクラブ・イヴェントで観たばかり。BEYOOOOONDSさんは10月9日(金)の演劇女子部以来。モーニング娘。さんに関しては、小野さんと同じユニット③の中で石田亜佑美さんと森戸知沙希さんは9月26日(土)の仙台と9月27日(日)の青森で観ていたが、野中美希さん、牧野真莉愛さんは2020年の冬ハロ・コン以来。北川莉央さん(彼女に関しては歌うのを観るより前に水着姿を脳に刷り込まれているので、あの水着グラビアの人が歌っているという認識の仕方になる)と岡村ほまれさんを観るのは昨日で初めてかな? 去年のハロ・コンにいたかな? ユニット①の譜久村聖さん、羽賀朱音さん、横山玲奈さんも2020年1月のハロ・コン以来。こうやって全員というわけには行かなくても、複数のメンバーさんたちと再会できた(別に会っているわけではないが)のは喜びだった。

つばきファクトリーさんが四人で『三回目のデート神話』をパフォームしていた。春あらしわたし…という小野瑞歩さんのソロ・ラインで始まることでお馴染みのナンバー。リリース・パーティを思い出す。でもリリース・パーティだったらもっと近くで観られる。この席は無料で観覧する野次馬の距離だよな…俺はコレを観るために6,000円+送料+手数料を払っているんだが…と少し悲しくなった。

その後、つばきファクトリーさんの四人以外の全員(研修生ユニットも除く)で『ふわり、恋時計』をやってくれたのも特別感があってよかった。あえてつばきファクトリーさんを一人も出さないっていうね。こういう他では観られない組み合わせを堪能できるのがハロ・コンの醍醐味の一つ。

島倉りかさんと譜久村聖さんの『モーニングコーヒー』。先に島倉さんが歌い出してから譜久村さんが合流するのだが、二人で歌っていると気づくのに一、二秒を要した。声が似ていて。歌い終わってからの感想でも当人たちがその旨のことを言っていた。

江口沙耶さんがノン・スリーヴの衣装で存分に見せてくださるワキを観て小片リサさんを思い出した。お二人ともワキがアディダスのスリー・ストライプス的な感じになっているからだ。

島倉りかさんは眼福。コロコロ変わる表情。愛くるしさ。ユーモアと知性を感じる。観ていて飽きない。肌の露出が控え目なのに引き付けられる稀有な存在。宮崎由加さんがそうであったように、表情で魅せられる人。

今日、最も印象に残ったのはその島倉りかさんと、横山玲奈さん。素敵な笑顔揃いのHello! Projectメンバーさんの中でも横山さんのそれは愛嬌が際だっている。彼女のヴァイブスとプレイ・スタイルに『○○がんばらなくてもええねんで!!』がドンピシャにはまっていた。この曲はたしか三人でやっていたと思うけど、残りの二人が誰だったかを忘れるほどに私は横山さんばかり観ていた。彼女の声はユニゾンで埋もれない。アイドルさんにはこういう生まれ持った魅力が大事。毎日磨くスニーカーとスキル(ⒸTWIGYさん)。それは前提として、そこに本人ならではの資質がどう掛け合うか。

横山さんは衣装も出色だった。ノン・スリーヴの上に、短い革ジャンのようなものをお召しになっているんだけど、腕をすべて覆っているように見えて、内側がぱっくり開いている。腕を上げるとワキが丸見え。芸術的なチラリズム。足し算の露出。変態的な発想。発案者に拍手。こういうのを考える人こそ本当の意味でのエッセンシャル・ワーカー。(医療関係者や運送業、飲食業の人々をこの珍奇な言葉で括る人々は、奴隷が労働をしてくれるおかげで私が安心して暮らせると言っているのと同じなので職業差別意識が強い。)玲奈が腕を上げる度に、私は夢中で舐めた。

石田亜佑美さんが昨日に続きジャケットの中に来ている衣服の上部からはみ出させているパイオツ。まるでメイクアップの一環としてペンで描いたかのような。石田さんはこうなっている一方で、譜久村聖さんは一切そうなっていないという、怪奇現象。

『元年バンジージャンプ』のリリック中の元年が三年に差し替えられていた。2021年に合わせた小粋な演出ではあるのだが、令和元年を表現した曲なのだから元年のままでいいんじゃないだろうか? こうやって年のところだけ三年、四年、五年…と変えていくと、徐々に他のリリックと噛み合わなくなってくるのではないか。去年の冬ハロ・コンではたしか元年ではなく新年に替えていた。これなら理解できる。令和というコンセプトを一旦脇に置いた、新年だけの特別仕様として。まあ、別にいいんだけどね。

それにしてもステージの貧相さ。映像作品はどうするのだろうか? いずれ全メンバーさんを集結させたファイナル公演を、見栄えのするステージでやって、それを収録するのだろうか?

私はもう人生のすべてにおいてHello! Projectを優先させるという価値観からは脱している。明治安田生命Jリーグ(2月26日には2021年シーズンが開幕する。今年も横浜F・マリノスの年間チケットを購入した)、ジャズ、田村芽実さん。いくつかある観測・応援対象の一つ。それが今の私にとってのHello! Project。今日の二公演を観ての感触次第では、私のHello! Project離れがさらに加速するのは避けられなかった。ところが、二日とも席が悪かったにも関わらず、そこそこ楽しむことは出来た。最高とは言わないまでも、来てよかったと思える程度には。まだ自分がHello! Projectのファンだというのを再確認した二日間だった。もちろん、Hello! Projectへの興味が今後どうなったとしても、小野瑞歩さんを最後まで見届けることに違いはない。

※追記。これを書いている時点では知らなかったのだが、飲食店以外にも時短要請は出されていた模様。補償金なしで。1月15日(土)に美容師さんから聞いた。あと東京都からの6万円は、時短要請に応じた全飲食店に一律で支給されているのかと私は思っていたが、大手チェーン店には支給されていないらしい(参照:ITmedia ビジネスオンライン「ふざけんなよと」怒り爆発 大手外食が“露骨に冷遇”されるワケ)。

2021年1月11日月曜日

STEP BY STEP (2021-01-09)

1

あ、どうも
すみません、待たせちゃって
いえいえ、全然
あ、あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。前の予定がなくなって、それで早く着いたんですよ
そうなんですね。ここら辺って夜になると、(女性が)立ってる感じの場所ですか
あー、そうかもしれません
来たことあるんですよ。もう十年前くらいになるんですけど。友達と
そうなんですか
外でって言われましたね。安く済ませたいなら。いやあ、外はちょっとイヤだな~と
はい
外だったらプレイ料金だけで4,500円。その辺の公園で。ホテルだったら込み込みで10,000円
ホテル代の方が高いんですね…。ここです
お、ついに! 来てみたかったんです
(風俗店に入ったようにしか見えない会話だが、ネパール料理店のラト・バレで昼食。その後、喫茶店シュベールへ)

2

さんはザ・バラッドに結構入られたんでしたっけ
そうですね、入れるだけ入ろうと思って
それだけ精神的につらかったんですか? (ザ・バラッドに熱心に通い詰める行為、それは心のSOS。)僕は仙台青森で、二日連続、計4公演を観たんですけど。最初の仙台の二曲目か三曲目くらいで、これはもうきついなと思いましたね
二、三曲目で既に…
田村芽実さんがソロになって初めてのコンサートが、歌謡曲のカヴァーだったんです。それを経験して、さらに田村さんがYouTubeに公開してきた(最近ストリーミングに放流され、フィジカルでもドロップされた)カヴァーを聴いた上で、だったんで、どうしてもそれと比べてしまって…
本物ですからね。でも歌が下手なのも里吉うたのさんくらいまでいくと、よさがありますよね
そうなんですよね。里吉さんの歌はいいですよね。もう音をぜんぶ外してるんじゃないかっていう。アレは本当にいい…
最初からちょっとずつずれて、一つも合わない感じですね。里吉うたのさんの歌が好きなら、モーニング娘。もオススメですよ。基本的に歌えない集団なので
歌えない集団…。譜久村さん、小田さん、佐藤さんで歌割りを固めている感じでしたっけ
まあ、好きなんですけどね

3

この間、チェキを撮ったときに譜久村さんがすげー寄ってきてくれたんです。それを君に話したんですけどね。よく考えたら君は俺の息子(でもおかしくない)くらいの年齢なんですよね。もし俺の親父がこんなこと言ってたらイヤだなあって思いますね。寄ってきたぞとか…。どうでもいい…。

4

そういえば、シングルください。何だっけ…人間関係No Way Wayと、あと最新の…
ギューされたいだけなのに
あれってもうフィジカルであるんですか
あります
じゃあお願いします
分かりました。いつもCDが大量に余って、処分に困るんですよね。この間、BEYOOOOONDSの現場で5人くらいに声かけたんですけど、要らないって言われて。まあみんな持ってますよねえ
業者にタダで引き取ってもらえないんですか?
最初は枚数が多くても引き取ってもらえてたんですけど、お客様の方で処分してくださいって最近は言われるようになって
そうなんですね
それで持ち帰ることになって。レゲエとか書いてある中古レコード店がふと目に入ったんです。こういうところの方が却って引き取ってもらえるんじゃないかなと思って、聞いてみたんです。いやあアイドルはちょっと…という感じだったんですけど、インストも入ってますし、サンプリングとかに使える面白い音なんですよって言ったら、じゃあ二枚までなら…ってなったんです
そこまで食い下がって…労力に見合ってないですね
見合ってないです

5

楽しかったです。ザ・バラッドより全然よかったです。ただ、ザ・バラッドの要素も残していましたね。ちょっと眠くなりそうな時間帯もありました。ザ・バラッドを0、平時のハロ・コンを10とすると、4とか5とか、その辺な気がしました。STEP BY STEPというツアー名そのままで、これから徐々に戻していくよっていう、途中段階。こっちも着座で、声を出せませんし。ギアを上げきっていない感じというか。もっとも、僕が取得した自動車免許はオートマ限定なんで、ギアのことはよく分からないんですが…。

6

びっくりしたのが、ステージ。真っ黒で、本当に何もなくて。セットはおろかモニターすらないという。辛うじて照明はその場に応じて使い分けているという程度。芸能スクールの、父母に見せるための発表会みたいな。お金がなくて苦しいんだろうなって…。出演するメンバーさんが少ないとはいえ、客席を半分に間引いて、チケットも普段より安いですからね。終戦直後の、焼け野原みたいな。これから復興していくぞ的な。そんな感じでしたね。

7

席は2階の3列。明日も2階の9列。いや参ったね(Ⓒ有田哲平さん)。中野サンプラザの2階を引くなんて最近じゃ記憶にないです(もっとも最近はコンサート自体が減っていましたが)。たしかこぶしファクトリーさんのとき以来です。いつかの公演は当日券で13列が来たなんて報告をTwitterで見たもんだから、そりゃふざけんなって気持ちになりますわ。誰かにチケットを売れるんなら売りたいくらいでしたね。実際、間近まで迷いました。でも、結果的には売らなくてよかったです。乗り気じゃなかったのに会場に入って席に着くと、不思議とワクワクしてくるんですよね。中野サンプラザに来るのが約一年ぶりで。戻ってきたという感じがしました。席も傾斜はあるし、みんな座っているんで視界はよかったです。下手に1階の後ろよりはよかったかもしれません。もちろん双眼鏡がなきゃ話になりませんけど。

席が悪いのは大人気メンバーさんであられるモーニング娘。の佐藤優樹さんが出演なさるからじゃないかっていう説をさんから聞いていていました。実際、今日も15時半~のこの公演だけ当日券がないとかで。納得しかけていたんですけど、明日は佐藤さんが出ない公演なのに席がもっと後ろなんですよね。

8

全メンバーさんが一堂に会するのが本来はハロ・コンの醍醐味ですが、このツアーでは一度に出るメンバーさんが制限されています。メンバーさんを六つのユニットに分けた中から二つ+研修生ユニット。この公演では研修生ユニットを除いて18名だったんですが、つばきファクトリーのメンバーさんが全員出演されていました。黒衣装。Twitterでは喪服なんて言われていましたが、脚の露出具合が素晴らしかったです。山岸理子さん、谷本安美さん、浅倉樹々さん、小野田紗栞さん、秋山眞緒さん。中でも小野田さんと谷本さん。このお二人の脚については、性欲が強くないことで知られるこの私でさえ、しゃぶりつきたいと、はっきりそう思いました。間近で見たらたまらないだろうと思います。八王子の公演ではもっと前の席が来るといいんですが…。

9

小野瑞歩さんは髪に付けていた黒いリボンが可愛かったです。『断捨ISM』のときの表情が楽しそうで。最近、私はこの曲を憎む気持ちがだいぶ薄れてきました。もちろん、つばきファクトリーさんが歌って踊る姿を生で観られるありがたさが勝っているというのが最大の理由です。

10

山﨑愛生さんのヴァイブスが凄かったです。何かこう、画像や動画では伝わってこないスペシャル感がありました。今日の面子でも一際キラキラしていたような気がします。スキルじゃないんですよ。生まれ持ったもの、なおかつ今しか出せない雰囲気だと思いますね。半年、一年経てば変わってしまうような(変わるのが悪いわけではありませんが)。この時期にアイドル活動に大きな制約があるのは気の毒です。メンバーさん全員に言えることですが。まあ、アイドルさんから見れば我々に同情される筋合いはないし、我々こそが気の毒な人たちなんですが。

11

凄いことになっていると某紳士がTwitterでおっしゃっていたので石田亜佑美さんのパイオツに注目したんですが、実際、ジャケットの中にお召しになっているタンクトップ的な衣服から、胸部の上部がはみ出ているような感じでした。付近の肉をすべてたくし上げて集約させたような。あとパンツ(下着ではない方です)は緩いですが以外とリーシーのシルエットも見せてくれていました。

最後の方、僕が気付いたのは“VERY BEAUTY”だったんですけど、石田さんの右の靴紐が解けていました。どうするのかなってずっと観ていたら、その後の全員曲でも結局最後まで直さなかったんですよね。で、一度も下も見ないんです。たぶん気付いていたんだろうと思いますが、プロだなって思いました。

12

コロナ対策ということで、平時のコンサートよりもメンバーさん同士が距離を取っているんです。(この点でも、ソロで歌うザ・バラッドと平時のハロ・コンの中間という感じがしました。)だから双眼鏡で観たときに、複数のメンバーさんを同時に視界に入れるのが難しかったです。前述のつばきファクトリーさんたちの脚以外にも、小田さくらさんの大腿部、牧野真莉愛さんのワキ、森戸知沙希さんのワキ、北川莉央さんのワキ、石田亜佑美さんのパイオツとリーシー、生田衣梨奈さんのM字開脚といった見所があったのですが、同時に双眼鏡で観られるのは一人、二人、まあ多くて三人でしたね。

13

立ち上がることも声を出すことも許されてはいなかったのですが(それどころか、ちょっとサイリウムの掲げ方が大きいだけでもエスタシオンの青年たちがいちいち飛んできます。私の周囲でも注意しているのを二回目撃しました。ちょっとやり過ぎにも見えました)、それでも自然と身体が動き出すような、グルーヴのある曲を聴けるのは嬉しいものです。これでこそHello! Projectさんという感じがします。『泡沫サタデーナイト』とかね。気分が高揚しました。そう来なくっちゃ。

14

しばらく見ないうちに野中美希さんがおキレイになられていました。もちろん今までがそうでもなかったとか、意地悪なことを言いたいわけではなく。他意なしにキレイになられたなと思いました。過去に無理なダイエットで苦労をされたことをブログで明かしていましたが、試行錯誤の末、見た目に表れるくらいの成果を出されている。努力が素晴らしいです。

トークのセグメントで今年の目標を聞かれ、たくさん寝ること野中さんは言っていましたが、寝るという言葉を性交のメタファーとして受け止める人もいるので気を付けてほしいです。

15

小田さくらさん、岸本ゆめのさんのお二人による『Memory 青春の光』は聞き応えがありました。言わずとしれた歌姫、小田さんの高音が美しくて。岸本さんも負けておらず、対等に声のセッションをしていました。小片リサさんという欠かせないアクセントを失った今、つばきファクトリーさんの歌唱面における岸本さんの役割はますます大きくなっていくでしょう。

2021年1月5日火曜日

HIROMI PIANO QUINTET (2021-01-03)

ヘヴィー・ユーザーの清水國明です。っていうくらい日高屋に行ってるのよ最近。学生の頃に一回だけ行って、そのときにまずいと思ってね。ラーメンと餃子だったかな。もう二十年近く行っていなかったんだ。二度と入ることはないと思っていた熱烈中華食堂を、ひょんなことからまた利用してみた。何でって、察してくれよ。ほら、収入が。アレだから。削れるところは削る必要があって。平日の食事代。朝は果物とプロテイン・バー、夜は米を炊いて適当に何かを作る。で、昼だけ外食するんだけど、ちゃんとした店の昼定食は900円か1,000円くらいする。日高屋だと700円くらいで米、野菜、肉、スープ、漬け物が食えるの。お店のショウ・ウィンドウに飾られたバクダン炒めというのが気になって、食ってみようと。そしたら案外いいんだ、これが。近くで中国系の人がやっている中華料理店よりおいしい。野菜と豚肉とキムチの炒め物なんだけど味にパンチがあってね。口の中が妙にビリビリすることもあるんだけど、何なんだろう。化学調味料? 日高屋のホーム・ページには「何よりも素材の旨みにこだわり、化学調味料の使用はできるだけ控えています」と書いてある。

ガラガラなのに私のすぐ隣に座ってくる老人。おそらく毎日のように来ていて座る席が決まっているのだろう。状況に応じたポジションを取ることが出来ない。空間認知能力の低下。外国人の店員さんにめんどくせえこと(メニューにない生卵が出せないかとか)を聞いて理解してもらえず、勝手に苛ついている老紳士。すぐ近くにこういう手合いがいるときつい。黙っとけやジジイと思わず私からお声掛けしそうになったことがある。二人でウーロン杯二杯と3個餃子だけで昼に居座る老紳士たち。外を通り過ぎるだけで店内から睨みつけるような視線を送ってくる老紳士。昼定食900円や1,000円のお店では目にすることのない客層。場外馬券場にいる類の、リアルな奴ら。まともな和食店で焼き魚、米、味噌汁、野菜を食べる老人と、日高屋の中華そば390円だけで昼を済ませる(本物は定食を頼まない)老人とでは心身の健康に大きな差がつくのは想像に難くない。

休業、残業禁止、賞与削減の合わせ技で、私の2020年の年収は2019年と比べ約二百万円減った。収入に見合わない家賃。引っ越しが頭をよぎり始めている。SUUMOで検索するところまでは行った。ただ引っ越すにもお金はかかる。仮に二十万円かかるとして(実際にはもっとかかる)、家賃が月一万円下がってもブレイク・イーヴンするだけで二年近くかかる。生活の質が落ちるだけ。無意味。二万下げると居住空間は半分以下。三万下げるとゲットー的な物件しかない。何をするにもお金のことが気になる。貧すれば鈍するとは蓋し名言。Rutger Bregman, “Utopia For Realists”に書いてあった。貧しいと今日の夕食をどうしよう等の直近の問題で頭がいっぱいになり、愚かな判断をするようになる。Eldar Shafirによると貧困はIQを13-14下げる。一晩の徹夜かアルコール中毒の影響に相当する。変な雑貨の販売、ステ・マ、YouTubeといった手段でクイック・キャッシュをゲトろうとする元ハロプロ・メンバーさんたちを見よ。

家からいちばん近い(徒歩30分)イタリアン・トマトで253円のアイス・コーヒーを飲んでチケットを購入したのが2020年12月10日(木)。アリーナ席。JPY12,100。誇張ではなく心臓がバクバクし、手が震えた。しばらく収まらなかった。でも、この判断は正しいと私は分かっていた。上原ひろみさんの演奏を小さい箱で聴ける機会なんて一生にそう何度もないだろう。ましてやステージに近いアリーナ席。もっと安い席も残っていたが、安いとは言ってもJPY9,800。ここで二千数百円をケチるべきではない。もちろん家計のことは無視できない。でもこの場面でお金のことを最優先にしているようでは、何のために生きているのか分からなくなる。

私が観るのは16時開場、17時開演の1st set。fox capture planさんを観に行った2020年12月27日(日)で、会場への行き方や入ってからの勝手は分かっていた。席に着いたら注文を求められる。(同行者がいるならともかく)あまり早く入っても手持ち無沙汰になる。公演が始まった時点で飲み物を半分以上残した状態にしたかった。カフェ・ベローチェ渋谷二丁目店でルイボス・ミント・ティーJPY302を飲み、Douglas Murray, “Madness of Crowds”を読み、時間を潰す。16時半すぎに入場。いらっしゃいませ、明けましておめでとうございます、と頭を下げる係員。恭しい。音楽の現場でお客様として扱われ上品に接客されるというのは私には衝撃的な経験。今日の限定カクテル、HARMONYを注文。JPY1,800+JPY180(奉仕料)+JPY198(消費税)=JPY2,178(終演後に支払う)。日高屋でバクダン炒め定食が三回食える。前回で分かっていたので金額にショックはない。何てことはない、清涼飲料水のような代物だった。

私の席はE5-1。3列目。ほぼ中央。やや左寄り。近い! 目と鼻の先に鎮座する、YAMAHAのピアノ。そこに上原ひろみさんが来て演奏をするのか! 何たる贅沢。始まる前から笑えてきた。

fox capture planさんのときにはなかった(私が気付かなかっただけかな?)、ノーモア映画泥棒をオマージュした映像で録画禁止が周知される。私の後ろにいた紳士が、これが著作権法違反なんじゃないか? とお連れの方におどけていた。これも前回はなかったはずなんだけど、公演中はマスクをなるべく着けてくれというメッセージも流れた。12月26日(水)にブルーノート東京からこういうメールが来ていた:

この度、新型コロナウイルス感染防止対策に関する政府の各自粛要請を鑑みて、年末年始にご予約をいただいている“SAVE LIVE MUSIC RETURNS”上原ひろみ ~ピアノ・クインテット~公演に関しましては、店舗でのフード提供を行わないこととなりました。(ドリンクの提供は通常通り行う予定でございます。)

食事をなくしたのとあわせて、マスク着用要請を強めた可能性はある。

17時になる直前くらいに暗転。右から四名のストリングス担当者、次に左から上原ひろみさんが登場。今日はクインテット。ストリングスの内訳はヴァイオリン1、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ。皆さんもう見るからに上流階級という感じの紳士淑女(ヴィオラのみ淑女)で。紳士たちは髪をピシッとポマードでとかしつけておでこを出して。いい家で育ち、幼稚園からずっと学費の高い私立に通っていたんだろうなという感じの。各人の経歴を数秒眺めただけで庶民とは別の世界に住んでいるのが分かる。そうでもないとヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを習得する人生にはならないわな。

普通コンサートを観たら、セット・リストにあの曲が入っていたのが嬉しかったという感想が浮かぶものだけど、今日に関してはそれが出来ない。どれもリリースされていない曲だった(はずだ)から。私は絶対音感の持ち主ではないから、初めて聴いた曲を後から脳内で反芻することは出来ない。私のような凡人にはライヴ・ミュージックの現場に行く前に音源を聴き込むという準備が大切なんだ。ただでさえ上原ひろみさんの音楽には何十回も聴いて初めて形が見えてくるような複雑さがある。一回だけ聴いて何かを述べるなんていうのは、無理な話。

そんな状態でも二曲目は圧巻だった。これを聴けただけで今日ココに来た価値があるというくらいの。2020年にコロナでミュージシャンとして思うように活動が出来ず、忍耐を強いられた時期。そのときの内面を表現して作ったという。組曲。四部構成。最初は孤独から始まって、最終的にそれに打ち勝っていくという展開。最初は息苦しさがあって、徐々に感情が解放され、雄弁になっていく感じが、聴いていて伝わってきた。ディズニー映画を観ているような。ディズニーのような曲調という意味ではなく、映像があって、物語があって、場面がどんどん変わっていく感じというか。ドラマティックで、喜怒哀楽のすべてが詰め込まれた、世界中で上原ひろみさんにしか作れない曲だった。これは曲と言えるのか? もはやアルバムなのではないか? と思うほどに表現の密度が高かった。(“Spectrum”収録の“Rhapsody in Various Shades of Blue”がそうだったように。)

(コロナで活動が制限され)時間があったもので…と上原さんは笑っていた。(今も終わってはいないが)あの苦しい時期を作品に昇華できるのはただ者ではない。時間があるからといって、何かを作る気力が出てくるとは限らない。あの田村芽実さんでさえ、引退を考えた。凄まじい組曲に度肝を抜かれながら、私は上原さんに畏敬の念を抱いた。

間近で見て、上原さんの前腕の筋肉に目が行った。私なんかよりも筋肉が多い。過酷な公演日程を怪我なくこなせるのもこういうアスリート的な強さがあってこそなんだろう。

アンコールを受け、Tシャツに着替えて再登場する上原さん。お正月三が日限定のプレゼント企画。ひろみお年玉BOXと書かれた箱から上原さんが引いた席番号の一人にサイン入りワインが贈呈される。その一連の説明(上原さんが事前に録音したものが流れた)が面白可笑しい感じで、補助する係員もマスクの下で笑っている。彼女が白い箱の中に手を入れ、一枚の紙を取り出す。読み上げた番号は…E51! 私だ! けど、もし違ったらどうしよう…というジャップ特有のシャイさが露呈し、大きく反応できない。躊躇いがちにステージの係員に向けてE51と書かれたコースターを見せる。ちょっとこの辺の記憶が飛んでいるんだけど、おめでとうございます的なことを上原さんが言ってくださったと思う。ステージにいたのとは別の係員が、左から白い袋を渡してくれる。私は咄嗟に立ち上がり、ワインを掲げて周りにペコペコとお辞儀をした。たぶん皆さんは拍手をしてくれたと思う。はっきり覚えていない。何という幸運。サイン入りのワイン自体はJPY4,620で販売されている。だから当選した景品自体にプレミア価値があるわけではない。一人しか当たらない抽選で、上原さんが私の番号を引いてくれたこと。その経験が感無量だった。(と思ったが、帰宅後に袋を開けて中身を確認したところ、ボトルにはサインだけでなく「祝! 当たり!!」「2021.1.3」と書いてあった。これは嬉しい。販売されているサイン入りワインはこうではないはず。大事にしなくては。)

世界一のピアニスト率いる豪華編成のクインテット。至高の会場。奮発して購入した甲斐があったアリーナ席。当選したサイン入りワイン。さまざまな意味で特別な、忘れられない夜だった。2021年は俺のモンだ、と思えた。公演は約80分だったが、fox capture planさんの72分で感じた物足りなさはなかった。濃密な時間だった。電車で家の最寄り駅へ。サイゼリヤ。赤ワインのデカンタ小、キャベツとアンチョビのソテー、骨付きももの辛味チキン、ペペロンチーノ。JPY1,300。

2020年12月31日木曜日

fox capture plan - request night - (2020-12-27)

お皿、ナイフ、フォークの衝突が生んでいるとおぼしき音が聞こえてくるライヴ盤は聴いたことがあった。たとえばKenny BarronさんとCharlie Hadenさんの“Night and the City”。私がジャズを聴き始めて間もない2011年に出会い、虜になったアルバムの一つ(ストリーミングにあるから聴いてみて)。要所で聴衆の拍手があるのは当然として、カチャという小さな音も断続的に入っているのがイヤフォンで聴くと分かる。ピアノとベースだけのしっとりした作風だから、音の隙間にそういう会場の音が入る。食器の音が聞こえるということは食事が提供される場所なんだろうけど、具体的にどういう会場なのかは分からなかった。コンサートと食事というのが自分の中で結びつかなくてね。類似する経験も不足しているものだから、空想するしかなかった。

それから約9年が経過し、実際にそういう場所に足を踏み入れる機会を得た。ブルーノート東京。この会場の存在は知っていたが、敷居の高さを感じていた。名だたる有名アーティストさんたちが演奏してきた名門ジャズ・クラブ。ホームページの興行スケジュールを見れば分かるが本当にジャズだけ。アイドルさんのイヴェントをやるような場所ではない。私にとっては気後れしてしまいそうなアウェイ環境。憧れはあったが、どう振る舞えばいいのか、そもそも一人で行くような場所なのか、何も分からなかった。「週の半分以上、一日のすべての食事を一人で食べている」のを孤食というらしいが、その条件を余裕で満たし、食事以外でもほぼ一人で行動する私でさえ、いきなりジャズ・クラブに飛び込むのには若干の躊躇があった。その殻を破るきっかけとなったのがfox capture planさん。彼らのコンサートは何度か観たことがあるので、まあ勝手は分かる。現地で分からないことが多少あったとしても何とかなるだろう。

事前にブルーノート東京について少し予習した。ドレス・コードはない。最低1ドリンク注文必須。メニューを見たらまあまあいいお値段。いちばん安いのでも千円くらい。料理は単品でも色々あるし、コースも頼める。洋食系。検索で引っかかった潜入記も読んだ。

立地からして青山だし、これまでの歴史がそうさせるのか、外観に何か凄みがあった。入る前からヴァイブスがある。ここにたどり着く時点である程度、選別されている感がある。ドレス・コードがないとは言ってもイトーヨーカドー的な施設で購めた安いスポーティーな服やアイドルさんの缶バッヂを所狭しとつけたバックパックを身に付けブヒブヒ言っているオタクが近寄っていい場所ではない。私の場合は、青山のアラン・ミクリ路面店で購めたメガネを掛けているし、過去には青山のヨウジ・ヤマモト、コム・デ・ギャルソンの路面店に通っていたハイ・ソサエティな一面がある。門番に至近距離で銃を撃たれ頭の半分を吹き飛ばされることも、別室に連行されカミソリで喉元を掻っ切られ一生分の血を流すことも、後ろから不意打ちで首に柔道パンチを入れられ即死することもなく(参照:Donald Goines, "Death List")、入場させてもらうことが出来た。

ライブハウス(和製英語)って必ずドリンク代として500円もしくは600円を徴収されるじゃんか。よく知らんけど建前上、飲食店という体でやっているから、飲食物を買わないといけないとかで。その割にゆっくり飲める空間があるわけでもなく、ただコンサート鑑賞の邪魔になるだけのペット・ボトルを掴まされて。ただ数十円で仕入れた飲料を来場者に500-600円で売りつけてテーブルもないフロアに密集させてどこが飲食店やねんという話なんだけど。ブルーノート東京は全然違った。本当に着座して飲食が出来る空間。スーツを着た紳士淑女による、まともに訓練された接客。ライブハウス(和製英語)が飲食店だというのは本来こういうことを指しているのかと、初めて身を持って理解した。たしかに、事前に調べていた通りお安くはない。ただ雰囲気も接客も出てくるモノも高級感があった。私が注文したのはビール(SESSION。ブルーノート東京オリジナル。JPY1,400)とビーフ・ジャーキー(JPY750)。奉仕料10%がしっかり加算されてJPY2,601也。絶賛収入削減され中の私がポンと出していい金額ではない。

いくらブルーノート東京の特別な雰囲気を加味したとしてもビール1杯とビーフ・ジャーキー少々にJPY2,601出したと考えると苦い(ビールだけに)気持ちになる。ただ、この出費にはまた別の価値があった。このコンサートは飲み食いをしながら楽しむことが許されていた。つまり、マスクを着けずに生の音楽を聴くことが出来たのだ(実際には大半の観客が自主的に着けていた)! 発声についても会場側の要望としては控えめにしてくださいという程度で、禁止されてはいなかった。中には歓声を上げる人もいた。何ヶ月も前から永江一石さんが予測していたように季節的な理由(気温低下と乾燥)でコロナ陽性者数が増加している。大規模音楽フェスが中止になっている。その状況下で日和らず、コロナ・バカ騒ぎ前とほぼ変わらないやり方でコンサートを開催してくれたブルーノート東京さんには敬意と感謝を表したい。来場者も民度が高かった。楽しみつつも変に羽目を外す人がおらず、一線を超えない節度があった。公演の内容よりもまずブルーノート東京という一流の会場を体験できたこと。それが今日の収穫だった。ジャズ好きとして、音楽好きとして、経験値が増えた。

コンサートそのものについては、鮮烈な印象は受けなかったというのが正直なところだ。最大の理由として、単純に短すぎた。アンコールの後も含めて約72分(ブルーノート東京の公公演は基本この尺なのだろうか?)。数字だけでなく体感的にも、もう終わるのかという物足りなさが残った。この公演も終盤ですが…とメルテンさんが言ったとき、私はその言葉をすぐに飲み込めなかった。まだまだ聴いていたかったのに、あっけなく終わってしまった。次の理由として、12日前に観たあのPOLYPLUSさんのコンサートの衝撃がまだ身体から抜けきっていなかった。今日、何を観ていたとしてもあの生涯最良級のコンサートの記憶を上書きするのは不可能だった。とはいえ、来てよかったと思ったのには違いない。

本日の公演はrequest nightの名の通り、事前にインターネットで受け付けられた投票を元にセット・リストが組まれた。私がリクエストしたのは一位から順番に“3rd Down (Alternate Take)”、“Attack on Fox”、“Real, Fake”。その中からは“Attack on Fox”のみがプレイされた。まあこの曲は言わずもがなの人気曲なので、選ばれるのは当然。私としてはそれ以外の二曲のどちらかに滑り込んで欲しかった。今日は叶わなかったが、いつか生で聴いてみたい! とはいえ、ファン投票だけあって間違いのないセット・リストだった。不満はない。(最新アルバムからは一曲も上位に入らなかったというのが示唆的である。)コンサートを通して最も盛り上がったのが“Attack on Fox”。会場全体が一つになる感覚があった。一曲目が“capture the initial "F"”だったのは熱かった。(うーん、最近は減ってしまったけどfox capture planさんはこういう攻撃的な曲がいいよなあ。)他にも『疾走する閃光』とか、“Butterfly Effect”とか。極めつけは最後の『エイジアン・ダンサー』。定番どころを押さえた、順当なセット・リスト。this is fox capture planというプレイ・リストをもし作るならこういう感じになるだろう。今回はファン投票をメルテンさんが自ら集計したとのこと。3位は2点、2位は3点、1位は4点。(集計はエクセルでやったのか、原始的に手で数えたのか、ちょっと気になる。)投票結果はいずれどこかに公開するとメルテンさんは言っていた。これを執筆している時点(12月31日)ではまだ公開されていない。

私の席はサイド・エリアL。ピアノが左側に来るので左側を選んだ。目論見通り、メルテンさんの手と鍵盤がよく見える位置だった。私はピアノ好きで、ジャズはピアニストを中心に観たいので、この席が取れたのは幸運だった。

終演後、中島さん(サイド・エリアRで観ていた)と合流し、サイゼリヤ渋谷東急ハンズ前店で夕食。公演が思ったより短かったから(今日は二回公演で、私が観たのは17時開演の一回目)ゆっくり歓談することが出来た。二人でデカンタ二本を飲み色々と食った合計額が、私がブルーノート東京でいただいたビールとビーフ・ジャーキーとほぼ同額だった。

家に着く間際。目の前に若いナオンがワーと大きな出しながら飛び出てきて立ち塞がってきた。満面の笑みを浮かべている。狂っているのか? 恐くなった。私は戸惑い、反応に窮した。彼女はハッとして、すみませんと謝ってきた。どうやら人違いだったらしい。私が家のドアに到着するあたりで、シン君かと思って脅かそうとしたら違った…とスマ・フォに向けて彼女が話しているのが聞こえてきた。シン君、幸せそうだな。

2020年12月19日土曜日

POLYPLUS Live at Zepp Tokyo (2020-12-15)

終わりよければすべてよしという言葉はウィリアム・シェイクスピアさんの戯曲“All's Well That Ends Well”から来ているらしい。Google検索で一番上に出てきた。シェイクスピアさんといえば西洋人が教養を見せびらかすために引用する作家の代表格だが、見るからに英語が古めかしく、私には理解が出来ない。買っても読む可能性が0%だから積ん読の対象にさえならない。日本でいう古文のようなもの。令和に生きるナウなヤングである私にはお手上げである。そんな私が終わりよければすべてよしという言葉を気軽に使っていいものか、若干の逡巡はある。元の“All's Well That Ends Well”を読んだ教養人と私とでは言葉のウェイトに差がありすぎる(©呂布カルマさん)。それでも便宜上、この言葉を使わせてもらいたい。コロナ・バカ騒ぎに犯され続けクソまみれだった2020年の記憶を大きく塗り替えるほどの体験を、私は得たからである。2020年12月15日(火)、Zepp Tokyo。間違いなく2020年で一番楽しい約2時間だった。これまでの人生でも最高のコンサートの一つだった。

クラブ名にFがついていない頃から、私は横浜F・マリノスを応援している。横浜駅西口の交番付近で横浜フリューゲルスさんの解散反対署名に協力したのを覚えている。正直に言うと、フリューゲルスさんの消滅よりもマリノスのクラブ名にFが入るのがイヤだった。敵であるフリューゲルスさんを吸収してクラブ名に組み込むというのがどうしても飲み込めなかった。それくらい横浜マリノスに入れ込んでいた。中学生の頃はファン・クラブに入っていた。まだJリーグが地上波で放送されていたからテレビで観るのが主だったが、稀にスタジアムに観に行くこともあった。働き始めてからは労働や新しい趣味(洋服、Hello! Project等々)に関心が移り、マリノスを気にかけることが減った。サッカー番組やYouTubeのダイジェストを観る程度になっていった。

十年以上も遠ざかっていたスタジアムに再び足を運んだのが2018年シーズン。そこから見る見るのめり込んでいった。2019年にはリーグ優勝という美酒を味わわせてもらった。2020年シーズンはファンクラブに再加入。シーズン・チケットを購入し(コロナ騒ぎによるリーグ戦の中断で払い戻されたが)、どうしても労働で行けなかったACLのシドニーFC戦を除くすべてのホーム試合を生で観戦した。私をスタジアムに引き戻したのが、2018年に就任したアンジェ・ポステコグルー監督。彼が面白いフットボールをやっているという評判をTwitterで目にし、2018年3月10日(土)のサガン鳥栖さんとの試合を観に行った。噂のフットボールは、鮮烈だった。とにかく短いパスをつないでいく。どんな場面でも大きく蹴り出さない。ゴール・キックから全部つないでいく。観たことのないフットボールだった。当然、相手はそこを突いてくる。何度も最終ラインのパスを奪われ、失点待ったなしの場面を連発した。負けた。もっと普通にやれば勝てたのではないか? そう思った。が、よく分からないがまた観に来たいと思った。うまくいってないのは明らかだったが、何か凄いことをやろうとしているのは伝わってきたからだ。

『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディ with 片野道郎)という本を読んで、その凄いことの正体が少しつかめた。ポジショナル・プレー。相手に合わせず主導権を握る戦い方。数的優位、位置的優位、質的優位。この本を読んでいると、三ツ沢球技場で目にした場面が何度も頭に浮かんできた。マリノスが本来やりたいのはこういうことなのかと。あのとき試合には負けたのに観客席からの野次やブーイングは皆無で、スタジアムが温かい拍手と声援に包まれた。新しいフットボール・スタイルへの転換というマリノスのビジョンに賛同し、そこに向かっていくクラブをみんなで応援しているのだ。

戦術がどうこうの以前に、哲学。それをクラブぐるみで信じ抜く。アタッキング・フットボール。勇猛果敢。ひたすら攻め続け、シュートをたくさん撃ち、点をたくさん決める。相手がどのクラブであろうと自分たちのフットボール(our football)を表現する。選手たちがフットボールを楽しんで、お客さんを楽しませる。負けることもあるが、自分たちのフットボールを実現した結果なら仕方がない。普通なら相手があってのフットボールと考える。敵の長所を消し弱点を突くのが勝つための定石。大事なのは結果。勝ったら成功。負けたら失敗。やりたいフットボールだなんて本末転倒。私は2018年になるまでそう思っていた。アンジェ・ポステコグルー監督が私のフットボール観を大きく変えるまでは。

Zepp Tokyoでの公演を控えたPOLYPLUSさんのTwitterには度々、攻めという言葉が使われていた。攻めの姿勢。攻めの美学。何を大袈裟な、と私は思っていた。たしかにコロナ・バカ騒ぎ以降、ライブハウス(和製英語)が槍玉に上げられたこともあった。しかし、現在では生の公演を行うこと自体はそこまで珍しいことではなくなっている。さすがにキチガイの地元住民が嫌がらせの怪文書を貼ってくることはもうないだろう。東京では。業界で制定したコロナ感染拡大防止ガイドラインに沿った形であれば、問題なく遂行できるはずだ。半年前なら分かるが、12月にもなってコンサートをやるだけで攻めというのは言い過ぎなんじゃないか。

住民税の滞納で、納付期限が昨日(12月14日)の最終催告書を市役所から受け取っていた多重債務ボーイの中島さん(仮名)と、サイゼリヤ台場フロンティアビル店さんで赤ワインのデカンタを二本開けた。辛味チキン、イタリア風もつ煮込み、アロスティチーニ、熟成ミラノ・サラミ×2、シーフード・パエリア。二人で約3,700円。サイゼリヤさんに来たのはたぶん学生のとき以来だけど、今後もたまに利用したい。この値段でこの食事が出来るんならね、ありだと思う。サイゼリヤさんと日高屋さんは食のユニクロ。中途半端なクオリティと値段でやっている店の存在意義を問う存在。住民税の件について中島さんに聞いてみたところ、彼は市役所と交渉し、とりあえず払える分だけ払うということで手打ちになったようだ。それにしてもデカンタ一つという酒量がちょうどよかった。ほどよく上機嫌な感じに仕上がった。

アレを着けろ。コレも着けろ。アレはやるな。コレもやるな。コロナ・バカ騒ぎ以降のコンサートや舞台はそんなのばっかり。おっかなびっくり。どこか物々しい雰囲気。今の世の中で求められているのは、一にも二にもコロナ対策。その興行を通して感染を広げないこと。それを重視するあまり、エンターテインメントよりもコロナ対策が上に来ている感すらある。コロナ感染を広げる原因にならないことが成功の証。その考えを突き詰めると、生の興行なんてやらない方がいい。やっていたとしても我々は観に行かない方がいい。だってそれが最大のコロナ対策じゃないか。

たしかにこの状況ではどんな形であれコンサートを開催してくれることがありがたい。でも“この状況”ってのも煎じ詰めるとフィクションなんだけどね。別に新型コロナ・ヴァイラスは存在しないと言っているわけではない。国民国家が『想像の共同体』であるのと同じ意味で、コロナ・バカ騒ぎもフィクションなんだ。“この状況”が早く終わらないかな、と思っている我々もマスクを着けて三密を避けようとか他人と距離を取らなくちゃとかとにかく感染拡大は悪だと思っている時点で“この状況”を作り上げている一員なんだ。

コンサートが始まると、目前に信じられないような光景が広がった。前の列にいるヘッズが一斉に立ち上がったんだ。そう、この公演は立って観ることが許されている。この数ヶ月というもの、じっと座って黙って観とけやというスタンスの興行ばかり観ていた私にとって、立っていいというだけで衝撃的だった。え、いいのか? みんな立っているだけではない。思い思いに頭を振り、身体を揺らしている。音に合わせて手を振っている。あまつさえ小刻みにジャンプまでしているではないか! みんなが自由に音楽を楽しんでいる。我々の姿を見ながら、呼応するように演奏のギアを上げていくPOLYPLUSのメンバーさんたち。私が忘れかけていた光景が、そこにはあった。マスク着用と発声禁止という制約があってなお、ここまで自由に音楽を楽しめる場が“この状況”において存在するのが奇跡のようだった。四曲目の“we gotta luv”で抑圧されてきた感情が溢れ、涙が出てきて、次の曲が終わるくらいまで止まらなかった。

当然だけど生で聴くのはSpotifyをイヤフォンで聴くのと迫力が段違いで、特にサクソフォンの音色には圧倒された。POLYPLUSさんの音楽で明らかにサクソフォンが中心で、実際サクソフォン担当者がリーダーを務めている。辻本美博さん。この紳士はヤバい。私は元々fox capture planさんのピアノ担当者メルテンさん(岸本亮さん)が好きで同氏目当てでPOLYPLUSを聴いていた。POLYPLUSさんにおけるメルテンさんはリーダーではない分、却って生き生きしているように見えた。POLYPLUSは自分がやっているバンドの中でいちばん制約が少なく、自分を解放できる。この感覚をfox capture planとJABBERLOOPに持ち帰れると思う。という旨のことを彼は言っていた。POLYPLUSさんの場合、五人構成でサクソフォン担当者とギター担当者もいるのでピアノが多少遊んでも曲を壊さないということなのかもしれない。

激しすぎてジャズなのかロックなのかヘヴィ・メタルなのか何なのか分からなくなるが笑ってしまうほどにイカした音楽だった。辻本美博さんが最後の“wake me up (cover of Avicii)”を始める前に、僕らの音楽にはEDMの要素も取り入れていると言っていた。メンバーさんの感情が音楽に乗って会場が一つになる感覚がたまらなかった。私の席は前に通路がある9列目ど真ん中だった。ステージが偏りなく見えたし、観客の盛り上がりもよく分かる絶好の位置だった。もしかすると一番いい席だったかもしれない。アイドルさんと違って必ずしも最前が最良の席とは限らない。音響的にはむしろ真ん中くらいの方がいいはず。

POLYPLUSさんのTwitterに書いてあった攻めの姿勢、攻めの美学といった言葉はこういうことだったのか、と氷解した。世の中の空気を読みながら安パイを選ぶのではなく、業界のガイドラインを守った上で、それに過剰に寄り添わず、可能な限り最高のエンターテインメントを届ける。いや、届けるのではなく、観客と一緒に作り上げる。自分たちの音楽、自分たちのコンサートがまずあって、“この状況”下でいかにして実現させるか。決してガイドラインに合わせてエンターテインメントの内容を決めるのではなく! Zepp Tokyoという大きめの箱を選んだのもそれが理由だと辻本美博さんは説明していた。自分たちが音楽を楽しむ。観客を楽しませる。観客とプレイヤーが一体となってライヴ・エンターテインメントを作り上げる。そのPOLYPLUSさんの姿勢が、私の中で横浜F・マリノスと重なったんだ。

POLYPLUS at ZEPP TOKYO 20201215 - playlist by diskunion | Spotify

2020年12月13日日曜日

キャメリア ファイッ! Vol.11 キャメリアXmas2020 (2020-12-12)

目の部分だけを覆うフェイス・ガードという何のために開発されたのか皆目検討もつかない奇怪な物体が入場者全員に配布され、装着しないと入場させてもらえない。マジで何が目的なんだ? 目からコロナ光線でも出るのか? アップフロントさんよ、変な業者に騙されていないか? 開演前の前方スクリーンにデカデカと映し出される「必ずマスクとフェイスガードのご着用をお願いします」という文字。上々軍団の野郎どもによる前座。出さなくてもいいのに曲を出して、歌わなくていいのに歌っている。なぜかサンタ衣装。今日のつばきファクトリーさんは我々の大好物である布の少ないサンタ衣装を纏ってくれないことが事前のグッズ写真で分かっている。多くのヘッズが脳内で悪態をついたに違いない。お前らじゃねえよって。マスクとフェイスガードを「か・な・ら・ず」着けろと何度も高圧的に念を押してくるアップフロントさん職員とおぼしき中年男性のキモい陰気な声。ワクワクを殺すワックネス。最後だけちょっと声を上擦らせて、拍手で盛り上げてくれ的なことを言っていた。取って付けたように。同じことを伝えるにしてももう少し聞き手をポジティヴな気持ちにさせるやり方があるはずだ。アルビ兄さんから学べ。意味不明で邪魔なプラスチックの着用強要、しょうもない前座、観客を犯罪者予備軍かのように扱う場内アナウンスメント。とてもじゃないがこれから楽しい時間が始まるというヴァイブスではない。

上原ひろみさんのコンサートとのハシゴを諦めてブッチした去年に続き、席が全然よくない。27列。ほぼ最後列。関係者がお忍びで観に来るような席。アップフロントさん、何でやねん。ザ・バラッドに4公演しか入らなかったことに対する制裁か? 久しぶりのファンクラブ・イヴェントなのに、とうとう来たなこの時が的な感情の高ぶりはなく、気持ちはニュートラル、いやそれ以下。今日に関してはエッチなOJTしてくださいさん(仮名)と久々に再会することの方が楽しみでね。最後にお会いしたのが去年の9月。田村芽実さんのコンサート。大阪。(最近の氏はブログを文章からトークに切り替えているのだが、これがまた面白い。20分くらいあるのに飽きない。そのまま文字に起こしても読める水準。よくチェックしとけ。)コロナ・バカ騒ぎは現場を通じてイルな同士たちとお会い出来る機会を激減させた。おかげで私は未だにモーニング娘。さんの『KOKORO & KARADA/LOVEペディア/人間関係No wayway』、Juice=Juiceさんの『ポップ・ミュージック/好きって言ってよ』、アンジュルムさんの『限りあるMoment/ミラー・ミラー』を入手できていない。平時ならとっくに誰かから貰えていたはずだ。現代の奴隷船(夜行バス)で新宿に降り立ったエッチなOJTしてくださいさんと東池袋中央公園で合流し、サンシャイン内のタリーズさんで歓談し、エー・ラージさんでノンベジタリアン・ミールスをいただき、代々木に移動してきた。

エッチなOJTしてくださいさんとの再会が本丸で、つばきファクトリーさんのキャメリア ファイッ! Vol.11 キャメリアXmas2020はついでくらいの位置づけだったのね。開演するまでは。正直。でもさ、実際につばきファクトリーさんが笑顔満点でステージに出てきてキャピキャピしてるのを観ていると、口角が上がりっぱなしになっちゃってね。もう、さっきまでのネガティヴィティーはものの数分で吹き飛んでしまった。一時的であってもイヤなことを忘れて無心になれる空間。そう、これが私が好きだったアイドルさんの現場。ホームに帰ってきた感じがある。

各メンバーさんが考えたお題をシャッフルしての自己紹介。たとえば谷本安美さんはラッパー風にというお題(誰が出したお題か失念したが、内容的に岸本ゆめのさんかな?)を引き、韻踏んで!というさわやか五郎の要求に対応できず困った挙げ句、新沼希空さんの助け船をもらい、安美、神~、イェー!とか言って笑っていた。小野田紗栞さんはヴィジュアル・ロック・バンドのヴォーカル担当者風に(浅倉樹々さん考案)。浅倉樹々さんはショップ店員さん風に、のはずがどんな髪型にしますか?なぞと美容師さんに変わっていた。

メンバーさんが二人組になって、与えられた計算式を、袋に入っている道具を使って解くというゲーム。制限時間1分。二個だけ電卓が入っていたのだが、残りはトランプとか、サイコロとか、おはじき(拳銃ではない)とか、ピンポン球といった役に立たないものが入っている。メンバーさんの反応が可笑しかった。すげー面白かったのが、新沼希空さんのときね。袋に紙と鉛筆が入っていたんだけど鉛筆が削られていなくて、一緒に入っていた鉛筆削りで削らないといけなかった場面。「削るところから?」とメンバーさんの誰かが言ったタイミングが絶妙で。新沼さんが急いで削り始める絵も滑稽で。あれには本当に笑った。他にもトランプを引き当てた小野瑞歩さんが、上から5枚の数字が正解です、とマジック風に答えを出そうとするけどキングとかの二桁のカードが連続して出てきて破綻したのも可笑しかった。秋山眞緒さんと浅倉樹々さんが、正確な数字は忘れたけどA+BxCという式を割り当てられたんだけど、先にBxCを計算せずにA+Bを計算していた。たぶん小学校で習うよね、計算の順番は…。しかも答えを出せず、3万という適当な回答をしていたのが可愛かった。

メンバーさんが各々で考えた文化祭で憧れの先輩に言うキュンキュン台詞をシャッフルして言うセグメント。ベタなんだけど、メンバーさんが恥じらいながら演じる姿がベタに可愛らしく、私はニヤニヤしっぱなしだった。特に秋山眞緒さんが顔を赤らめんばかりに恥ずかしがっていて。心を洗われた。小野瑞歩さんは、たこ焼き屋の設定で、先輩のだけタコを二つ入れときました、的な台詞を実演していた。二つと言うときに小野さんはニッコリしながら緩めのピース・サイン。

前座は別として、本編における上々軍団は上々だったと言っても過言ではない。彼らに苛つかされる要素がなかった。今日の彼らは右サイド(上手)大外のレーンで幅を取りつばきファクトリーさんのスペースを作り出すポジショナル・プレイに徹していた。横浜F・マリノスだと通常は右ウイングが担う役割。(公演後のInstagram写真でも簡単にトリミングできる両端にポジションを取っていたのは評価できる。)メンバーさんのいるエリアに紛れ込んで来ることはなかった。しかもさわやか五郎と鈴木啓太が同時には出てこなかった。おそらくコロナ対策ということでそうしていたんだろうけど、コロナに関係なく彼らには一生そうしてほしい。特に鈴木啓太には、自分が裏方なんだということに早く気付いてほしい。

ミニ・コンサート中の私は、小野瑞歩さんの熱心な支持者としてぶれることなく彼女の一挙一動を追いかけた…と見せかけて、主に浅倉樹々さんを鑑賞した。もっと正確に言うと、最初は秋山眞緒さん。デコルテとワキを惜しみなく見せてくださっていたし、立ち位置上、小野さんを視界に入れながら観ることが出来たからだ。でも徐々に浅倉樹々さんに目が移っていった。小片リサさんがいなくなった8人のつばきファクトリーさんにおいて彼女が有無を言わせないセンターでありエースなんだと思わせる存在感があった。中田英寿さんがいくら活躍しようともフランチェスコ・トッティさんからASローマさんでポジションを奪えなかったのと同じように、小片リサさんがいくらInstagramの鍵アカウントで浅倉樹々さんの暗部を暴露しようとも彼女に勝つのは無理。そういう存在。浅倉さんは。単に会社のお偉いさんに気に入られているとか贔屓されているとかじゃなく、そういう星の下に生まれてきたお方なんだ。

岸本ゆめのさんと秋山眞緒さん、浅倉樹々さんのお三方がダンスで大きく腕を上下させた後にチラッと目線を下ろして衣装の左パイオツ部分をずり上げていた。最後の『断捨ISM』で岸本ゆめのさんが前に屈むときに胸の谷間というか陰を見せてくださった。こういう映像作品には残らないであろう自分なりの発見、それこそが現場に来る意味であり、醍醐味なんだと私は実感した。この曲で終盤のフック中に誰かが歌詞を飛ばし、誰も代わりに歌わず、メンバーさんが一斉に「え?」「お前だろ?」「いや、お前だろ?」的な表情で周りを見ていたのが可笑しかった。まだ小片リサさんがいた頃の歌割りが身体に滲みついているのだろう。

今日はショック・アイさんの最新シットを聴いてもイヤな気持ちにはならなかった。こうやって平時に近い形のイベントをやってくれるありがたさを前にして、曲が気に入らんなんていう贅沢は言っていられない。それに、長袖・長ズボンのような何も理解(わか)っていない衣装で直立不動、神妙な面持ちでバラードを歌われるよりも、脚、デコルテ、ワキを見せてくれながら笑顔でショック・アイさんのクソ曲を歌って踊ってくれた方が百倍はマシなのである。

最後のコメントで、Saoriの偉大さを改めて感じた的なことを岸本ゆめのさんが言っていた(エッチなOJTしてくださいさんによると、このとき「Saori好きってなった♪」とメンバーさんの誰かがボソッと言ったらしい。本当だとしたら最高だが、私は迂闊にも聞き逃した)。一人のメンバーさんの名前をわざわざ挙げておべっかにも聞こえるようなことを言うのはやや不可解だった。もしかして、岸本さんはSaoriに弱みでも握られているのだろうか? 岸本ゆめのさんに限らず、第二、第三の小片リサさんを生み出し得るネタをSaoriは持っているのだろうか?

2020年11月29日日曜日

Discovery Release Live (2020-11-19)

アイドルさんと面会できる機会が劇的に減少し、握手会が禁じられた遊びとなってから、爪を切る契機がなくなった。とはいえ、伸び放題だな、六月のつくしんぼうか(Ⓒ上田晋也さん)というほどではない。こまめにパチパチやっている。ただ、この日にはキッチリ短くしないとあかんという自分の中のデッドラインがなくなった。アイドルさんの尊いおててを万が一にでも傷つけてはいけない。爪が当たってイヤな思いをさせてはいけない。そういった配慮をする場面がなくなった。触らせてもらえないので。爪の長さに神経を尖らせる理由がほとんどなくなった(強いて言えばiPhoneでマリオ・カートをやるとき右手親指の爪でタッチがずれることがある)。

爪だけでなく、身だしなみ全般に気を遣う必然性がどんどん薄れている。在宅勤務が主になったので、平日の生活は家から徒歩20分圏内で完結する。ヒゲを剃らなかったとしても支障はない(習慣で毎朝欠かさず剃っているが)。飲食店、ジム、スーパー・マーケットの店員さん、宅急便の配達員さん以外と顔を合わせることはまずない。熱烈中華食堂に行くのに全身のコーディネートを考えてどうする。部屋に転がっている適当な服で十分。もちろん根がファッショニスタに出来てる私は洋服を買い続けている。クローゼットはイケてる服で充実していく一方だが、どこに着て行くのかという問題がある。

私は髪にパーマネントをかけているのだが、誰に見せるわけでもないんだし、一旦やめてもいいんじゃないかという考えが頭によぎり始めていた(パーマネントといえば、戦時中に日本でパーマネントが奢侈、アメリカ的と非難・弾圧され、「不要不急」だからと「自粛」を求められる様を描いた飯田未希さんの『非国民な女たち』がとても面白かった。オススメ)。収入も減っていることだし、無駄な出費は見直したい。でも今朝、美容院でパーマネントをかけてもらった。2月から延期されていたつばきファクトリーさんの特典会の開催日が迫っているからだ。11月21日(土)と23日(月・祝)。小野瑞歩chanと間近で対面できる貴重な機会を控えてパーマネント代の数千円をケチりたくない。フットボールにおける戦術的ピリオダイゼーション(試合から逆算してトレーニング内容や休息を計画する)のように、私は小野瑞歩chanと会う日に最高の自分になれるように調整するのである。

ヴェルナー・ゾンバルトさんの『恋愛と贅沢と資本主義』によると、恋愛の自由化や娼婦の存在が資本主義を発展させたらしい。らしいと書いたのは、私は同書を読んでおらず、少なくとも十五年以上は積ん読し熟成させているからだ。その代わりに『まんが講談社学術文庫 恋愛と贅沢と資本主義』を読んだ。

中世の恋愛観では宗教が重要視され結婚を神が望み神が祝福する制度とし制度上結ばれていない恋愛は罪とされていましたからね

十一世紀以降のドイツの吟遊詩人らによるミンネザンク……つまり叙情詩と恋愛歌曲……これらが人々に広まることで恋愛が世俗化していった(ゾンバルト原作、『まんが講談社学術文庫 恋愛と贅沢と資本主義』)

女をゲトるために男が贅沢品を買い与え、それが関連産業を潤わせ、経済を豊かにしていったという(まんがをざっと読んでの粗雑な理解。そのうちちゃんと『恋愛と贅沢と資本主義』を読む)。私にとってアイドルさんの存在もこれに通ずるところがある。もちろん私はアイドルさんを一生ゲトることは出来ない。物理的に接触すらさせてもらえない。それでも、たとえ収入が減っていてもパーマネントをかけお洒落をして会いに行きたいと思わせ、そのための消費を喚起する力がアイドルさんにはある。『闘争領域の拡大』(ミシェル・ウエルベックさん)で恋愛市場から取り残された我々は、恋人や妻子の代わりにアイドルさんに金銭を落とすのだ。

パーマネントをかけた私がその足で会いに行ったのはアイドルさんではなく、読者諸兄もお馴染みであろう多重債務者の競馬ライター、中島さん(仮名)。久々に会う。『ルポ新大久保』(室橋裕和)でネパール人いち押しの店として紹介されていたラト・バレで昼食。ダル・バト(Aセット)550円。最近は専らココ。ダル・バトに関してはソル・マリよりも上。派手さはないんだけど、飽きの来ない味。この近辺に住んでみたい。毎日ダル・バトを食って、新宿の紀ノ国屋書店に本を見に行く。やろうと思えば引っ越せないことはない。でも今の家も周辺環境を含め非常に気に入っている。それにこのエリアは家賃が高い(その理由で、日本に来る留学生たちにとって新大久保は遊びに来るもしくは働く町で、住む町ではないんだとか。『ルポ新大久保』参照)。

西大久保公園で数時間、中島さんと駄弁った。サテンに入ってもよかったが、気持ちのよい天候。外の空気を吸いたかった。年間を通してもそうたくさんはない、ちょうどよい気温。若い女はたくさんいますけど、男は若いのがいなくて中高年のやばそうなのしかいませんね、と中島さんは言った。まあ平日の昼間だから若い男は働いているんだろうなあ、と私はさほど考えずに答えた。コレを書きながら思い出した。私は労働の研修でフィリピンに一ヶ月滞在したことがあるが、日中のストリートにはたくさんの男がウロウロしていた。女はあまり見なかった。何でもかの国では女性が働いて男がプー太郎なのが普通だそうだ。十五年くらい前の話だし、本当かどうかも分からないけどね。その後モンゴモロで夕食。私はこのジャワ料理店を数ヶ月に一度は利用するのだが、来る度にそれ以上の頻度では利用しない理由を再認識する。思いのほか主菜の可食部が少ない。私が選んだヤギの煮込みはほぼ骨だった。物足りない。

山手線、有楽町駅。18時開場、19時開演で、18時33分に東京国際フォーラム、ホールCの入り口に到着。ココに至るまでfox capture planのフォの字も出していなかったけど(フォの字って何だ?)、前置きが長い(というか前置きと本題の境目があるようでない)のが当ブログの持ち味である。今日はfox capture planさんの新アルバム“Discovery”のリリースを記念して行われるコンサート。アルバムを引っ提げて、というHello! Projectでは死滅して久しい様式。古きよき。こうあるべき。アルバムを定期的に発表して、それを軸に活動していく。それが本物の音楽集団。ストリーミングに最適化された単発の曲や短いEPをドロップし、まとまった形で聴きたいならお前さんで勝手にプレイ・リストでも作ってくれやという最近の流れに私は賛同できない。音楽家はアルバムを出してナンボ。物語、コンセプト、世界観を一時間前後で表現してナンボ。

11月4日(水)にドロップされた“Discovery”を、私はもちろんSpotifyで聴いた。いいアルバムなのに異論はないけど、数年前までの作品のような衝撃はもう受けない。何というか、想定内の音しかないというか…。こう来るかッ!ってのがないんだよね。夢中になれない。私のfox capture planさんの音楽への慣れによるものなのか、fox capture planさんの音楽の変容(もしくは変容のなさ)によるものなのか、その両方なのか、現時点でも分からない。いつからこうなったんだろう。ディスコグラフィを見ても、明確にココからと線を引くのは難しい。2015年の“COVERMIND”まではマジで疑う余地ゼロ、もう一生ついていきますくらいの感じで、疑念が浮かび始めたのはその後だけど、かといって“Butterfly”以降のアルバムが駄作というわけでもない。ただ、色んなドラマのサウンド・トラックを手がけるようになってから角が取れていったような気がする。あいつらは売れてポップになった的な見方はあまりに短絡的で失礼なのは承知している(ピアノ担当のメルテンさんも以前そういう声があるのをネタにしていた。たしか2017年4月15日)。ただ多少の真実を含んでいると言わざるを得ない。

それでもfox capture planさんが唯一無二の存在であることに変わりがない。彼らのような音楽は、他にあるようでない。類似する集団がいそうでいない。オリジナル。私が最も好きなバンドの一つ。だから今日の公演情報をTwitterで見て、迷わず申し込んだ。

開演前の気持ちは、良い席(10列左寄り通路席)で久しぶりにfox capture planさんのコンサートを観るのが本当に楽しみだな、が8割。とはいってもこの集団にかつてほどのドープさはないんだよな、が2割。2割の方は、コンサートが始まってものの数分で雲散霧消。すぐさまステージ上の三人組の演奏に圧倒された。前もそうだったけど、生で聴くと聴こえ方が全然違う。Spotifyをイヤフォンで聴くのとは比較にならない。当たり前なんだけど、こんなに違うのかというくらい違う。もう別モンよ。阿藤快と加藤あいくらい違うよ(Ⓒ上田晋也さん)。上等な炊飯器で炊いた米は一粒一粒が立っているとか言うじゃない。それと同じで、一つ一つの音が、鮮明に飛び込んでくる。普段は聞き流しているような音も、何一つ聞き流させてくれない。音響だけじゃなく、メンバーさんが実際にステージにいるというのも大きい。こういう表情で、こういう動きを伴ってこの音を出しているんだというのが分かる臨場感。シェフが目の前で焼いてくれる鉄板焼き(メリケンが好きなやつ)と同じ原理。

セット・リストは前半が主に旧作から、後半が主に新譜“DISCOVERY”からという感じだった(間に15分の休憩があった)。終演後に配布された冊子にセットリストが記載されていた。こういう心遣いはありがたい。

[1st Set]
CROSS VIEW
衝動の粒子
Butterfly Effect
Discovery the New World
Sprinter
夜間航路
エイジアン・ダンサー

[2nd Set]
Into the Spiral
PRDR
Spread Out
Narrow Edge
NEW ERA
Paradigm Shift
Capturism
Supersonic

冊子には書いていなかったが、アンコール明けの最後の曲は“RISING”だった。私は“Butterfly Effect”、『エイジアン・ダンサー』、そして“RISING”が印象に残った。『エイジアン・ダンサー』は私が最も好きなfox capture planさんの曲の一つ。今日のセットリストではダントツに好き。“RISING”もまた好きな曲なので、それらが前半の最後そしてコンサートの最後という要所に配置されたのには気分が高揚した。そうそう、分かってるねっていう。

SpotifyやYouTubeでは逆立ちしたって得られない体験が出来た。こうやって会場に足を運んでよかったと思った。唯一ケチをつけるするならば、ストリングスが生ではなかったこと。もちろんfox capture planさんはピアノ、ベース、ドラムからなるトリオ。3人がいれば成り立つ。でもお三方が呼吸を合わせて演奏する中、ストリングスがオケで聞こえてくるとほんの少しだけ興醒めしてしまう部分があった。ほんの少しね。メンバーさんが呼吸を合わせて作り上げる、この場限りの、二度とまったく同じにはならない音楽空間、という前提がちょっとだけ崩れてしまう。特にジャズは即興の部分がコンサートの醍醐味だから。繰り返すけどほんのちょびっとだけそう思ったという程度だからね。随所に差し込まれるメンバーさんの即興は素晴らしかった。