2020年12月31日木曜日

fox capture plan - request night - (2020-12-27)

お皿、ナイフ、フォークの衝突が生んでいるとおぼしき音が聞こえてくるライヴ盤は聴いたことがあった。たとえばKenny BarronさんとCharlie Hadenさんの“Night and the City”。私がジャズを聴き始めて間もない2011年に出会い、虜になったアルバムの一つ(ストリーミングにあるから聴いてみて)。要所で聴衆の拍手があるのは当然として、カチャという小さな音も断続的に入っているのがイヤフォンで聴くと分かる。ピアノとベースだけのしっとりした作風だから、音の隙間にそういう会場の音が入る。食器の音が聞こえるということは食事が提供される場所なんだろうけど、具体的にどういう会場なのかは分からなかった。コンサートと食事というのが自分の中で結びつかなくてね。類似する経験も不足しているものだから、空想するしかなかった。

それから約9年が経過し、実際にそういう場所に足を踏み入れる機会を得た。ブルーノート東京。この会場の存在は知っていたが、敷居の高さを感じていた。名だたる有名アーティストさんたちが演奏してきた名門ジャズ・クラブ。ホームページの興行スケジュールを見れば分かるが本当にジャズだけ。アイドルさんのイヴェントをやるような場所ではない。私にとっては気後れしてしまいそうなアウェイ環境。憧れはあったが、どう振る舞えばいいのか、そもそも一人で行くような場所なのか、何も分からなかった。「週の半分以上、一日のすべての食事を一人で食べている」のを孤食というらしいが、その条件を余裕で満たし、食事以外でもほぼ一人で行動する私でさえ、いきなりジャズ・クラブに飛び込むのには若干の躊躇があった。その殻を破るきっかけとなったのがfox capture planさん。彼らのコンサートは何度か観たことがあるので、まあ勝手は分かる。現地で分からないことが多少あったとしても何とかなるだろう。

事前にブルーノート東京について少し予習した。ドレス・コードはない。最低1ドリンク注文必須。メニューを見たらまあまあいいお値段。いちばん安いのでも千円くらい。料理は単品でも色々あるし、コースも頼める。洋食系。検索で引っかかった潜入記も読んだ。

立地からして青山だし、これまでの歴史がそうさせるのか、外観に何か凄みがあった。入る前からヴァイブスがある。ここにたどり着く時点である程度、選別されている感がある。ドレス・コードがないとは言ってもイトーヨーカドー的な施設で購めた安いスポーティーな服やアイドルさんの缶バッヂを所狭しとつけたバックパックを身に付けブヒブヒ言っているオタクが近寄っていい場所ではない。私の場合は、青山のアラン・ミクリ路面店で購めたメガネを掛けているし、過去には青山のヨウジ・ヤマモト、コム・デ・ギャルソンの路面店に通っていたハイ・ソサエティな一面がある。門番に至近距離で銃を撃たれ頭の半分を吹き飛ばされることも、別室に連行されカミソリで喉元を掻っ切られ一生分の血を流すことも、後ろから不意打ちで首に柔道パンチを入れられ即死することもなく(参照:Donald Goines, "Death List")、入場させてもらうことが出来た。

ライブハウス(和製英語)って必ずドリンク代として500円もしくは600円を徴収されるじゃんか。よく知らんけど建前上、飲食店という体でやっているから、飲食物を買わないといけないとかで。その割にゆっくり飲める空間があるわけでもなく、ただコンサート鑑賞の邪魔になるだけのペット・ボトルを掴まされて。ただ数十円で仕入れた飲料を来場者に500-600円で売りつけてテーブルもないフロアに密集させてどこが飲食店やねんという話なんだけど。ブルーノート東京は全然違った。本当に着座して飲食が出来る空間。スーツを着た紳士淑女による、まともに訓練された接客。ライブハウス(和製英語)が飲食店だというのは本来こういうことを指しているのかと、初めて身を持って理解した。たしかに、事前に調べていた通りお安くはない。ただ雰囲気も接客も出てくるモノも高級感があった。私が注文したのはビール(SESSION。ブルーノート東京オリジナル。JPY1,400)とビーフ・ジャーキー(JPY750)。奉仕料10%がしっかり加算されてJPY2,601也。絶賛収入削減され中の私がポンと出していい金額ではない。

いくらブルーノート東京の特別な雰囲気を加味したとしてもビール1杯とビーフ・ジャーキー少々にJPY2,601出したと考えると苦い(ビールだけに)気持ちになる。ただ、この出費にはまた別の価値があった。このコンサートは飲み食いをしながら楽しむことが許されていた。つまり、マスクを着けずに生の音楽を聴くことが出来たのだ(実際には大半の観客が自主的に着けていた)! 発声についても会場側の要望としては控えめにしてくださいという程度で、禁止されてはいなかった。中には歓声を上げる人もいた。何ヶ月も前から永江一石さんが予測していたように季節的な理由(気温低下と乾燥)でコロナ陽性者数が増加している。大規模音楽フェスが中止になっている。その状況下で日和らず、コロナ・バカ騒ぎ前とほぼ変わらないやり方でコンサートを開催してくれたブルーノート東京さんには敬意と感謝を表したい。来場者も民度が高かった。楽しみつつも変に羽目を外す人がおらず、一線を超えない節度があった。公演の内容よりもまずブルーノート東京という一流の会場を体験できたこと。それが今日の収穫だった。ジャズ好きとして、音楽好きとして、経験値が増えた。

コンサートそのものについては、鮮烈な印象は受けなかったというのが正直なところだ。最大の理由として、単純に短すぎた。アンコールの後も含めて約72分(ブルーノート東京の公公演は基本この尺なのだろうか?)。数字だけでなく体感的にも、もう終わるのかという物足りなさが残った。この公演も終盤ですが…とメルテンさんが言ったとき、私はその言葉をすぐに飲み込めなかった。まだまだ聴いていたかったのに、あっけなく終わってしまった。次の理由として、12日前に観たあのPOLYPLUSさんのコンサートの衝撃がまだ身体から抜けきっていなかった。今日、何を観ていたとしてもあの生涯最良級のコンサートの記憶を上書きするのは不可能だった。とはいえ、来てよかったと思ったのには違いない。

本日の公演はrequest nightの名の通り、事前にインターネットで受け付けられた投票を元にセット・リストが組まれた。私がリクエストしたのは一位から順番に“3rd Down (Alternate Take)”、“Attack on Fox”、“Real, Fake”。その中からは“Attack on Fox”のみがプレイされた。まあこの曲は言わずもがなの人気曲なので、選ばれるのは当然。私としてはそれ以外の二曲のどちらかに滑り込んで欲しかった。今日は叶わなかったが、いつか生で聴いてみたい! とはいえ、ファン投票だけあって間違いのないセット・リストだった。不満はない。(最新アルバムからは一曲も上位に入らなかったというのが示唆的である。)コンサートを通して最も盛り上がったのが“Attack on Fox”。会場全体が一つになる感覚があった。一曲目が“capture the initial "F"”だったのは熱かった。(うーん、最近は減ってしまったけどfox capture planさんはこういう攻撃的な曲がいいよなあ。)他にも『疾走する閃光』とか、“Butterfly Effect”とか。極めつけは最後の『エイジアン・ダンサー』。定番どころを押さえた、順当なセット・リスト。this is fox capture planというプレイ・リストをもし作るならこういう感じになるだろう。今回はファン投票をメルテンさんが自ら集計したとのこと。3位は2点、2位は3点、1位は4点。(集計はエクセルでやったのか、原始的に手で数えたのか、ちょっと気になる。)投票結果はいずれどこかに公開するとメルテンさんは言っていた。これを執筆している時点(12月31日)ではまだ公開されていない。

私の席はサイド・エリアL。ピアノが左側に来るので左側を選んだ。目論見通り、メルテンさんの手と鍵盤がよく見える位置だった。私はピアノ好きで、ジャズはピアニストを中心に観たいので、この席が取れたのは幸運だった。

終演後、中島さん(サイド・エリアRで観ていた)と合流し、サイゼリヤ渋谷東急ハンズ前店で夕食。公演が思ったより短かったから(今日は二回公演で、私が観たのは17時開演の一回目)ゆっくり歓談することが出来た。二人でデカンタ二本を飲み色々と食った合計額が、私がブルーノート東京でいただいたビールとビーフ・ジャーキーとほぼ同額だった。

家に着く間際。目の前に若いナオンがワーと大きな出しながら飛び出てきて立ち塞がってきた。満面の笑みを浮かべている。狂っているのか? 恐くなった。私は戸惑い、反応に窮した。彼女はハッとして、すみませんと謝ってきた。どうやら人違いだったらしい。私が家のドアに到着するあたりで、シン君かと思って脅かそうとしたら違った…とスマ・フォに向けて彼女が話しているのが聞こえてきた。シン君、幸せそうだな。