もし今日が私の誕生日でなければ申し込んでいなかった可能性が高い。心身ともに疲弊していて休みが必要だった。今日は8月に開催される5回の定期公演(何をもって定期公演としているかの定義がよく分からないが)における一連のトーク企画の中でいちばん観なくていい回なのは事前に分かっていた。今日だけあらかじめオシャベリブス(LiVSのYouTubeチャンネルで更新されているトーク)の公開収録として売り出された。つまり今日のトークは後でインターネットで聴けるということだ。他の回はオシャベリブスの公開収録とは謳っていなかったので、おそらく会場に足を運んだ人たちだけが聴けるんだろうなと、なんとなく思っていた。ところが蓋をあけると結局はすべての回がYouTubeにオシャベリブスとして公開されることになった。これが事前に分かっていれば(チケット販売開始時点で明記されていれば)私は申し込む公演を絞っていた。いずれにせよ今日に関しては現地に行かなければならない理由がさほどないのが最初から分かっていた。そしてもうひとつの理由としてゲストが「LiVS企画」(岡田氏)と「LiVS構成作家」(渡部氏)の二名であるということ。失礼ながらLiVSにおいてそれらの分野がうまく行っているようには思えない。売上枚数や再生回数といった数字、ビジネスに直結する部分なので。現実は誰が見ても明らか。/実際にお話を聞いて思ったのが、数字や成果の話が一切ない。あと立ち上げ期や過去の話はいいとして、現在と未来の話が薄い。お二人が今現在はLiVSにどう関わっているのかがちょっと曖昧(渡部氏がオシャベリブスをご担当されているのが分かったくらい)。岡田氏曰く、企画ライブの企画を考えていた。そうは言っても今のLiVSって企画ライブはほとんどなくなっていますよね。活動が対バン中心になってからLiVSの特色、個性はどんどん減っている。LiVSでなくてはならない理由がどんどん減っている。宗教的な魅力が薄れている。よくある地下アイドル(ライブ・アイドル)になっている。BLUEGOATSやFinallyなどが属する“界隈”の端っこに入れてもらっている弱い集団。BLUEGOATSやFinallyのようになりたくてもなれない集団。チケットの売り方を考えてます。それでうまくいったんですか? 今のクアトロのチケットの売り方にも関わっているんですか? 渡部氏曰く、オシャベリブスの構成を考えてます。この人がいなければオシャベリブスは成立しない、と(あたかも大層なものであるかのように)持ち上げるメンバー。じゃあそのオシャベリブスって何回再生されてるんですか? 数百回ですよ。私が好きなYouTuberのステハゲさんは再生回数が1万回以下の動画のことを「一桁再生」と言っていた。単位が万なんだ。昨夏もメンバーも、オシャベリブスの収録があるから日頃からネタを用意するようになってトークが上達したというのを満足げに語っていたけど、そこで止まっているようでは趣味の域を出ていない。/ただ、私は岡田氏と渡部氏が悪いとは思わない。今日に限らずこの一連のトーク企画に欠けていた最大にして最重要のピース、それはプロデューサーである。プロデューサーの伊藤さんが一度も登場しないのである。これからのLiVSをどうするのかという視点での語りは、彼がいないと成り立たない。もっと言えば過去と現在を解釈して未来と結びつけるストーリー作りもプロデューサーの役目だろう。/トークの時間が長めに取られていた分、コンサートは30分足らず。まだ始まったばかりだと思っていたらもう終盤。気分が盛り下がる。私は元々、申し訳程度のライブにたっぷりの特典会から成る地下アイドルの活動形態には否定的。私が出会った頃のLiVSは違った。面白くて尺たっぷりの企画ライブ。独自の世界。その秘密クラブ的な魅力がどんどんなくなっている。マルコへの愛だけで繋ぎ止められている状態だったが、だいぶ苦しくなってきた。これでJPY10,000のチケットを販売するとは。メンバーが捌けるときに名前を呼ぶ気にならなかった。心に火がつかなかったので。結局、何をやっても動員も売上もたいして変わらないのかもしれない 何をやっても変わらず来て買う常連で成り立っているので ただ、短期的にはそれでいいように見えても、半年後、一年後、もっと先を見据えると、どうだろうか?/今日が私の誕生日と知ったマルコが、どういう一年にしたいか、抱負はないのか、と聞いてきた。分からない、抱負なんてないよ。どう生きればいいのかが分からない。すると彼女は「一緒に過ごす一年にしような」と言ってくれた。その言葉が、帰ってからも、数日経ってからも、頭の中で引っ掛かっていた。今の私はこれからもLiVSとマルコを追いかけ続けると言える自信がない。“これ”を続けると考えること自体が私にとっては大きな重荷に感じられる。そもそも一緒に過ごすってなんだろう。私はマルコと“一緒に過ごした”ことはあるんだろうか。私は客としてお金を払って、彼女は仕事として対応してくれているだけじゃないか。私がお金を払わなくなった瞬間から、一生、会うこともないじゃないか。/コンサートが短かったのもあって今日は楽しくなかった。むしろ苦痛だった。LiVSを見ると否定的、批判的な考えばかりが頭に浮かぶようになってしまった。自分のキャパシティを無視して現場に行き過ぎて、依存しすぎて、苦しくなってきた。文句を言いながらも抜け出せない。現場を減らすことも出来ない。他の生き方が分からない。前からそうだったけど、騙し騙しやってきた。そこに色々な変化が重なって、限界を超えた。一度、距離を置くべき。この精神状態と体調。もう誤魔化せないところまで来てしまった。チケットを買っているけど火曜と木曜はパスするべきだろう。LiVSに対してというだけでなく、とにかく疲れすぎて色んなことについていけない。刺激を楽しめる余裕がない。LiVSとマルコのことを深刻に考える前に、まずベースとなる自分の状態を整えないといけない。この忙しさを一度ゆるめて、なんでこんなに苦しくなってしまったのか、それを紐解いて自分で理解する、文章にする。頭を冷やす。シンプルに休まないといけない。これは、私自身が望んだ帰結でもある。アイドルオタクは異常な生き方なのだから、異常にやり切りたい。「適度に」「息抜きとして」「健康的に」、確固たる主となる人生があって、それを補助する趣味としてやるなんてお行儀がよいやり方、そんなものはクソ喰らえ。バランスよくオタクをカジュアルにやって50代になるよりは40代のうちに狂いきってオタクを続けられないくらい限界になるほうがいい。生ぬるいアイドルの生ぬるいパフォーマンスを観て生ぬるい話をしてオジサンたちとやたらに飲み会をして50代になるのはイヤだ。クアトロには行く。さすがに行かないといけない。とりあえずクアトロ以降は予定を入れないようにするか。年内までをめどに、LiVSに行くのをやめてみるか。別に年内は誓いではなく、なんとなくの目安。どうしても行きたくなったらいつでも行く。今の私はベースが弱っている。その上、明らかに流れが悪い。自分の言動が悪い方向に転ぶのが続いている。負荷を軽くして、刺激を弱めて、回復させて、たくさんの人との交流を避けて(信頼できる人とのサシ飲みやメシはむしろ良さそう)、健康な心身を取り戻すこと。今の気候を乗り切ること。悪い流れをやり過ごすこと。/最悪の誕生日だった。