2023年11月26日日曜日

AI KUWABARA THE PROJECT Making Us Alive Again Tour (2023-11-08)

2019年11月9日(土)。明治安田生命J1リーグ第31節。ニッパツ三ツ沢球技場。横浜F・マリノス対北海道コンサドーレ札幌。コンサドーレの右サイド。広大なスペースに送られるパス。走り込むコンサドーレの選手(アンデルソン・ロペスさんだったかな)。コンサドーレにとって絶好のチャンスが目前。なにせ極端なハイ・ラインを敷くマリノス。本来いるはずの左サイド・バックはそこにいない。誰もいない。中にはまだセンター・バックもいない。クロス一本ですぐにシュートまで持っていける。そこに猛然とスプリントするマリノスのセンター・バック、チアゴ・マルチンスさん。普通は先に追いつかないはずの距離をあっという前に詰める。ラインの外にボールを掻き出す。沸き上がるスタンド。私は拳を握り締め、立ち上がって叫んだ。カヴァーリングで観客を熱狂させる稀有なセンター・バック、チアゴ・マルチンスさん。圧倒的なスピード。幾度となくチームの窮地を救ってくれた。アンジェ・ポステコグルー監督が貫いた極端なハイ・ライン戦術は彼なしでは成立し得なかった。お金を払って観に行く価値のある選手だった。

あのときの感覚を思い出した。“ALL LIFE WILL END SOMEDAY,ONLY THE SEA WILL REMAIN”の桑原あいさんの即興プレイ。格闘ゲームでいうところのコンボ技が完璧に決まっての完全勝利みたいな。そこからのFATALITY、BRUATILITY(MORTAL KOMBAT)みたいな。見事に決まった。その場に居られることの幸せ。ブチギマッた。圧倒的な個人技。それをこの目で、この耳で、この臨場感溢れるブルーノート東京で体感できたという喜び。爽快感。拍手よりもガッツ・ポーズが先に来た。このために私は青山に来た。このために私は17時までの会議が終わったらすぐにコンピュータの電源を切って家を出た。このために私はこの公演を申し込んだ。このために私は東京に住んで東京で働いている。

想像していた以上に激しく、カッコよく、情熱的で、一秒の隙もなく徹底徹尾、超ドープだった。打ち震えるような強烈な名演に居合わせたと確信している。「帰るのめんどくさい(笑)」と、一度捌けてから戻ってくるアンコールの儀式を経ずに最後の“MONEY JUNGLE”を演奏したことにも表れているように、客にも演者にも一息つく暇がなく、常にハイ・プレス、ハイ・ライン、ハイ・インテンシティで集中が途切れない、濃密な公演だった。トークの時間でさえゆったりと落ち着くことはなかった。最初の3曲を終えた後に桑原さんが喋ろうとするも呼吸が整わず、何度もふーっと大きく息を吐いていた。ピアノを弾いているときは元気なんだけど、喋ると呼吸の仕方を忘れると言って笑っていた。存外にチャキチャキなノリで手早く喋りを切り上げ、次の曲に移る桑原さん。まるでピアノを弾いていないと溺れて死んでしまうかのようだった。ピアノを前にした彼女はまさに水を得た魚と形容するに相応しい。私の席はピアノの前の位置だったので、桑原さんの動きがよく見えた。左手でピアノにもたれかかり、ピアノに身体を預けながら、右手だけで鍵盤を叩く桑原さん。ピアノと一体化しているかのようだった。私が入ったのは20時半からの公演だったのだが、その直前にも公演をやっていたのが信じがたいほどに熱量に満ちていた。

さっき個人技と言ったけど、もちろん今日はトリオ編成なので、ベースの鳥越啓介さん、ドラムスの千住宗臣さんとの連携、鳥越さんと千住さんの個人技も見所たっぷりだった。ジャズという言葉にはセックスという意味があると聞いたことがある。その意味で、桑原さん、鳥越さん、千住さんん、観客も含めた箱全体が今日はジャズっていた。セックスにカウントしていいと思う。今日おもしろかったのは桑原さんがトリオの仲間だけでなく、後ろに控える音響機械を操作する婦人にも度々ジェスチャーを飛ばしていた点。こういうこともあるのかと、私にとっては発見だった。鳥越さんをフィーチャーした“EVERYTHING MUST CHANGE - PALE BLUE EYES”では、ベースでこういう音が出せるのか、と驚かされた。千住さんの表情と動作からは秘めたる暴力性、変態性を感じた。桑原さんが千住さんのビートに合わせて鍵盤で同じリズムを刻む場面が最高だった。開演時、鳥越さんと千住さんが後方からステージに向かって歩いてきたときは観客かと思うほどにパッ見、地味な紳士たちだった。フェイド・カットではないし、おでこも出していないし、服装も目立たないし。その後ろに金髪で真っ赤なスカートの桑原あいさんが歩かれていたので、となるとあの二人の紳士たちは出演者なのかと気付いた。

“LORO”はアルバム“Opera”の荘厳なソロ・ピアノ版しか聴いたことがなかったので、トリオでのハイ・テンポ版を聴けたのは嬉しかった。私は桑原あいさんのアルバムを以前から聴いていたけど、今日に向けてSpotifyで聴けるものはなるべく聴いてきた。それはこの公演を楽しむ上でとても効いていた。ジャズ現場に慣れていない私でも躊躇ゼロでスタンディング・オヴェイション。会場を出た後も、しばらくは頭と身体の火照りが収まらない感覚があった。

二つ、訂正しておきたいことがある。一つ目。このブログで私は何度かブルーノート東京と対比する形でコットン・クラブの席間隔の狭さをディスってきたが、今日のブルーノートもコットン・クラブと変わらず窮屈だった。ただ、私が以前にブルーノート東京を利用した際には席の間隔がもっと広かったのは事実だ。おそらくコヴィッド騒ぎの期間だけ、客同士が対面しないようにし、距離を取っていたということなのだろう。つまり私はコヴィッド制限時だけのブルーノート東京の席と、平時のコットン・クラブの席を比較していたのだ。二つ目。ブルーノート東京とコットン・クラブで飲み物の値段が変わらないと私は書いていたが、今日のメニューを見るにどうもブルーノート東京の方が高そうである(値上げした?)。コーヒー・ハイボールJPY1,700がとてもおいしかった。