2021年4月25日日曜日

眠れる森のビヨ (2021-04-18)

iPhone SE (2nd generation) からTwitterとマリオ・カートを削除して一週間が経った。よくないことだと前から分かっていた。2010年頃に手にして以来、この文明の利器への依存は進んでいく一方。通信速度の制限なしで利用できるデータ量が引き上げられていく度に歯止めの効かない使い方になっていった。2018年3月に私は“Bored and Brilliant” (Manoush Zomorodi) という本を読んだ。脳は退屈を必要としている。スマ・フォから離れろ。アプリを消せ。頭では理解できたが、行動には移せなかった。Twitterにいつでもアクセス出来ない生活なんて考えられなかった。それに、このブログを見てほしい。私はこうやって一定の分量があるドープな文章を継続的に書いてきた。誰にも真似できねえクラシックを次々にドロップしている。スマート・フォン依存がもたらすとされる創造性や集中力の欠如など微塵も感じさせない。だから大丈夫。自分にそう言い聞かせていた。

私をこの問題に再訪させたのは“The Coddling of the American Mind” (Greg Lukianoff and Jonathan Haidt)。近年の若者(iGeneration、別名Z世代)は鬱や不安障害を抱える率が高く、その主な原因がソーシャル・メディアだというのだ。私はiGenerationには属していないが、他人事と一蹴することは出来ない。近所の書店でたまたま見つけて購入した『デジタル・ミニマリスト』(カル・ニューポート)を読んで、私は決意した。今の私から最も注意と時間を奪っているTwitterとマリオ・カートをiPhoneから消そう。

休みなくデバイスを使っていると、他者と交流しているという錯覚が生まれ、自分は人間関係の維持に充分に力を注いでいる、これ以上何かをする必要はないと勘違いしてしまう(カル・ニューポート、『デジタル・ミニマリスト』)

私は約一年半の無職経験で、自分が働こうが働かまいが世の中は同じように回っていくんだと心の底から理解した。当たり前のことではあるが、大学を出てずっと労働者であり続けた私には気付くことが出来なかった。自分は会社や社会に不可欠なのではないかという驕りがどこかにあった。大きな間違いだった。同じように、私がTwitterに常時張り付いていなくてもタイムラインは回るし、誰も困らない。何事も適正な量や時間がある。それを超えると毒になる。子供の頃にゲームは一日三十分まで、一時間まで、といった制限を課してきた母親は正しかった。

新宿サザン・テラスにあるブール・アンジュさんでレーコーとスコーン。660円くらい。“The Righteous Mind” (Jonathan Haidt) を読みながら約二時間の日光浴。iPhoneにTwitterとマリオ・カートがないだけで読書が各段に捗る。最後の方はカップ底に残ったレーコーがお湯になった。ちょくちょく通行人の英語が耳に入ってくる。中国語率の高い池袋とは雰囲気が異なる。最近はだいぶ行く町もサテンも固定化されていたが、普段とは違う場所に来るのも気分転換になっていいものだ。

新宿にいるということは? そう、私のコアなファンはご察しの通り(記事の題名で分かるが)、演劇女子部を観に来た。BEYOOOOONDSさんの『眠れる森のビヨ』。会場のすぐ近くにある慎といううどん屋さんがリアルだと聞いていたので昼はそこにするつもりだったが列の長さを見て断念。食いモン(それもうどん)に並ぶのは私の趣味ではない。人間は元気に活動をするために食べるわけで、食べる行為のために多くの時間を費やすのは、給油のために長々と自動車を走らせるようなものだ。本末転倒。トンカツ弁当(戦慄MC BATTLE、晋平太さん戦でのチプルソさん)。それにたしか『太田上田』で太田光さんか上田晋也さんのいずれか(上田さんかな?)がおっしゃっていたのだが、飲食店に並ぶという行為には、自分の欲を丸出しにしているという点で風俗店に並ぶような恥ずかしさがある。近辺を歩き回ってよさげなお店を探す。元祖麻婆豆腐さんに入る。豚肉の四川風煮込み定食。950円。極論を言うと飲食店というのは中国人がやっている中華料理店しか信用できない。

スペース・ゼロの舞台空間が持つヴァイブス。何なんだろうね、あれは。アンビエントな音楽が流れる中、この会場の席で開演を待つ時間。数あるHello! Project現場でも最上級の心地よさ。何回も書いているが、私はあの空間が好きだ。今日は席の間引きがなかった。チケット発売時点での開催制限に準拠しているらしい。それでいいんだよ。必要以上にビビるな、権力の意向を汲むな。そもそも黙って観る舞台で席の間隔を空けることに意味はない。私に与えられた席は9列のど真ん中。次々とガタイのいい紳士たちが着席していくのを見て心配したが、運良く私の前は小柄な女性だった。おかげで見晴らしがよく、ストレスなく観劇できた。(余談だが、例のまん防とかいうのを理由にあるヒップホップ行事がキャンセルされたのをTwitterで見て滑稽に感じた。麻薬を取り締まる法律に従わないような界隈なのにまん防とかいう名称からして人を馬鹿にした要請?には従うんだ。コンサートやイベントを強気に開催し続けるアップ・フロントさんの方がよっぽどヒップホップなんじゃないか?)

事前にインターネットに公開された衣装からは多くを期待出来なかった。『アラビヨーンズナイト』から肌の露出を減らした感じだったからだ。ところが実際には劇の大半でメンバーさんたちは学校の制服風の衣装を纏っていた。演劇部の高校生たちが繰り広げる物語。男役はパンツ(下着ではない)、女役はスカート。まず話がどうとか演技がどうとかの前に、これだけ見た目の麗しい少女たちの制服姿を気の向くまま鑑賞できるありがたさ。会場の外で制服少女を双眼鏡で観たら通報されるか、当人たちに撮影されソーシャル・メディアに晒される可能性が高い。出色だったのが岡村美波さん。女役。上着なし。タック・インされたピンクのブラウス。上目の位置で履いているスカート。否が応にも強調される膨らみ。清野桃々姫さんも同じ衣装。この二人は演劇部の一年生の役で、基本的に常に対になっていた。岡村さんの胸部はさておき彼女らは物語の中では周辺的で、さほど見せ場はなかった。

平井美葉さん、島倉りかさん、前田こころさんの三人が物語の軸で、その他のメンバーさんの役柄の重要性は一段、二段下だった。全員の役に確固たる存在理由があるというよりは、先述の岡村・清野ペアのように何人か毎に一つにまとめられていた。平井さん、島倉さん、前田さん以外から一人、二人が欠けたとしてもまあ話は成り立っただろう。意外だったのは、山﨑夢羽さんが何人かにまとめられる側に入っていたことだ。BEYOOOOONDSさんの結成以来、彼女は暗黙のセンターであったように私は思う。周囲もファンも認めざるを得ないような、持って生まれたセンターのヴァイブスがある。ところがこの劇では高瀬くるみさん、里吉うたのさんとの三人組で主役の周辺に収まっていた。昔2ちゃんねるでタカハシステムと揶揄されたような(もちろんプッシュされるメンバーさんの実力を前提とした)事務所の意向が配役に働くものと私は勝手に思っていたが、必ずしもそうではないようだ。

みんなお願い! ウチらを「その他」と呼ばないで!(平井美葉、小林萌花、里吉うたの、“We Need a Name!”)

主にHello! Project研修生からの昇格者で構成されるBEYOOOOONDSさんにおいて平井さん、小林さん、里吉さんの三人だけが外部からオーディションで選ばれた。他のメンバーさんがCHICA#TETSU、雨ノ森川海という小集団に属しているのに対し、名無しの三人組。どこか外様感があった。最近になってようやく与えられた三人の総称もSeasoningS。主役というよりは食材(他のメンバーさん)ありきの、それを盛り立てるスパイス的な名称である。「その他」だった平井さんがダンスが得意な飛び道具としてではなく、主役に抜擢された。彼女がどういう味を出すかがこの劇の見所だったが、見事に期待に応えていた。あの無理のない少年ぽさは、彼女ならでは。小野瑞歩さんが過去にラジオで盟友の前田こころさんについて、ボーイッシュなキャラをつけられがちだけど本当は誰よりも女の子らしい子なんです的なことをおっしゃっていた。平井さんももちろん内面的には少女性をお持ちなのだろうが、醸し出す雰囲気の少年性が魅力的だった。飄々としつつも要所では主役に相応しい熱の入った演技を見せていた。

エンタメというかコメディに振り切った過去作に比べ、割とシリアスな物語だった。物語の核を為す学園生活は平井さんの夢で、現実生活で彼女(彼)はトラックにひかれ五年間の昏睡状態が続いている。現実世界に引き戻そうとする幼なじみの島倉りかさん、夢の中に止めようとする演劇部員たち。板挟みに頭を割かれるような苦しみを覚える平井さん。楽しい夢の中に生き続けるのが幸せなのか、現実の人生に戻るのが幸せなのか。どちらを選ぶのが正解なのか。そんな問いが通底するこの劇を観て、私は少し胸が苦しくなった。なぜなら、夢の中に生き続けるという生き方を選んでここにいるのがまさに我々オタクだからだ。もちろん実際にそういうメッセージが込められているあるかどうかは知る由もないが、オタクたちよ、お前たちの人生はそれでいいのか? と制作陣やメンバーさんに問いかけられているような気がした。

頭の中はお花畑 私はどこにいるのでしょうか?(田村芽実、『ひめ・ごと』より)

2021年4月15日木曜日

花鳥風月 (2021-04-10)

新八柱駅から徒歩15分またはバスと公式サイトに書いてあったが、服装や雰囲気で分かるいかにも同志という感じのキモい人々が向かう方向から森のホール21の場所は自ずと明らかだった。何かがおかしい。偏った靴の擦り減り方。ずんぐりむっくりの緩くたるんだ身体。運動不足と不摂生が何十年も蓄積したからだ。中高生くらいで止まったファッション。安くて薄汚れた年齢不相応なカジュアル服。よく言えばモノを大事にしているのかもしれない。だが一定年齢を超えてガタが来ているものを外で身に付けるのは美徳と言えるのか疑わしい。かくいう私も背負っているバックパック(フリークス・ストア別注のグレゴリー・デイパック)の、前でカチッて止める部分のプラスティックが破損しているという負い目がある。ワンガリ・マータイさんも唱和したMOTTAINAIの精神で使用を続けているが、この発想は穴の開いた臭そうなカバンで現場に登場する彼らと陸続きである。気を付けないと。後継のバックパックはゲトるつもりだが、すぐに見つかるものではない。カバンは難しい。

前日にググって新八柱駅の周辺環境には期待出来なさそうと判断していた。駅の画像を見ただけで何となく分かる。何せ、千葉だし。だから昼は現地で食わず、家の最寄り駅前でシースー(15貫の盛り合わせJPY1,500)を喰らった。14時開場、15時開演。1時間ちょっと余る。駅直結のプロント。レーコー。カル・ニューポートさんの『デジタル・ミニマリスト』を読む。5lackさんの“Title”を聴く。

14時半くらいに着席。二階席ではあるが最前なのでSTEP BY STEP公演の干され席とは気分が違う。小野(瑞)Tシャツを装備する。客席を間引くというどこまで効果があるのかが不明な施策が続いているため前方の席は来づらい。関東の会場ではファンクラブ先行でもチケットの確保がままならない。チケット転売サイトでは平凡な席が高額で売り出されている。一方、地方の公演では一階席も埋まりきらないと聞く。しかし今の私には完全な形ではないハロ・コンのためにわざわざ交通費や宿泊費を割いて地方を訪れるほどの熱意と経済的な余裕がない(まあ5月に仙台には行くんだけど)。つばきファクトリーさんの単独コンサートなら申し込むけど。(そう言えば中止になったつばきファクトリーさんとBEYOOOOONDSさんの中野サンプラザ公演を棚上げして先に研修生でコンサートをやるというアップフロントさんの決断に私は怒りを覚える。研修生の位置づけが揺らぐし、デビューを目指す意味がなくなるのでは? 今ってデビュー組と違って地上波で冠番組もあるし、下手にデビューするより研修生でいた方がよくないですか?)

終わらないコロナ・バカ騒ぎ。「歴史上の戦争や革命の動乱というものは、だいたい3年半から4年続く」と副島隆彦さんが『裏切られたトランプ革命』で書いていた。このコロナ戦争もずるずるとそれくらい続くのかもしれない。たかだかコロナ ガタガタぬかすな。日本ではそう一蹴して差し支えない、世に五万とある病気の一つであることが分かっている。私にとってはコロナで健康を害するよりも家の近くで車にひかれる方が可能性が高く、怖い。この期に及んでそれも分からない大衆が大多数を占めるのだとすると、もうこの国はコロナ以外のすべてを犠牲にして沈んでいくしかない。小池百合子をはじめとする(民衆の知能に見合った)バカな知事たち、腹黒医師会会長、煽るのが商売のメディア、恐怖を煽って小遣いと信者を獲得する専門家たちと心中するしかない。

小野瑞歩さんがステイジで躍動するお姿は、今でも私を笑顔にする。去年からそうなりつつあるが今の私にはHello! Projectよりも明治安田生命J1リーグの方が断然楽しい。2021シーズンも今のところ横浜F・マリノスの全ホーム・ゲームをスタジアムで観ている。Hello! Projectへの依存度がだいぶ落ちている。それでもウレタン・マスク(PITTA)の中で表情が緩んでいくので、私はまだHello! Projectのことが、みーたんのことが好きなんだなと思った。今日のおみずちゃんは終盤の曲で何かを床に落とし、曲中に拾っていた。どうやら右の耳飾りだったようで、最後に全員が並んでコメントを言っているときに付けようとしていたが手こずっていた。あ、そうそう、おみずちゃんと言えば『今夜だけ浮かれたかった』の見せ場「どうしたら輝けるの~?」を久し振りに聴くことが出来たのは嬉しかったな。

悪夢の『ザ・バラッド』、多少はマシになった冬の“STEP BY STEP”と来て、『花鳥風月』はさらに辛気臭さが抜けていた。平時に比べるとショボいがステージには段が設けられている。衣装はきらびやかで、しかも途中で替えている。メンバーさん同士が近距離で密集している。しっかりダンスも見せてくれる。一定以上の強度で運動をすると得られる爽快感をメンバーさんの表情から読みとることが出来たのが先述の二ツアーとの大きな違い。私は家を出る前に某所にイリーガル・アップロードされたひなフェスの動画を途中まで(5本中3本まで)観ていたのだが、そこで見覚えのある衣装が今日のコンサートで採用されていた。(詳述はしないがひなフェスでは川村かわむーさんの衣装が秀逸だった。『花鳥風月』でも着用しているそうだ。それ目当てで彼女の出る回を観に行ってみたいくらいである。)布面積の少ない衣装を纏った何十人もの美女が一斉に歌って踊る。いわゆる同時多発エロ。泣く泣く観る場所を絞る贅沢さ。それこそが本来のハロ・コンの醍醐味だが、その要素を久し振りに感じることが出来た。もっとも本ツアーでもメンバーさんは全員集合しておらず、花、鳥、風、月という四つのティームに分かれている

小野さんが属する花ティームはなかなかイルな面子が揃っている。中でも私の目を引いたのは工藤由愛さん。文句なしに本日の最優秀選手。出発前に観ていたひなフェスの違法動画でも同期の松永成立さんもとい松永里愛さんと共にJuice=Juiceさんの新たな星となっていた。幼さが抜けてきて、でもまだ大人にはなっていない。田村芽実さんもご自身の表現テーマとしてよく言及する、少女という儚い存在。工藤さんは身体が物凄く細く、でも不健康さはない。非現実的なバランスを実現している。立ち振る舞いに内面の純粋さが滲み出ている。これから2-3年がアイドルとして最もキラキラするゴールデン・エイジ。アイドルという名称に相応しい人間離れした存在。この産業のプレイヤーにはどうしても旬の年齢というのはある。(その意味では今日の出演者だと為永幸音さんも非常にいい時期。コンディションも整っていた。)若さの消費と言えるが、あらゆる労働が若さを含めた人間性の消費であることを忘れてはいけない。年齢による選別や差別はフットボールの世界でも残酷なほどにある。アスリートとは程遠い事務職の会社員にさえ、年齢の壁は厳然として存在する。

蛇足:語弊があるかもしれないが今のJuice=Juiceさんは少し人数が多すぎるんじゃないかと思う。別の言い方をすると、多人数を前提とした歌割の細かさが、一人一人の表現力の高さと合っていない。たしかに7人(高木紗友希さんの退団前は8人)という数字だけを見ると他のグループに比べて多くはない。むしろHello! Projectの集団では最少だ。しかし“DOWN TOWN”における山手線ゲームのような歌割では彼女たちの能力を活用しきれていない。歌割を細かく区切るのはメンバーさんの歌の下手さを誤魔化すための手法であって、Juice=Juiceさんでやるのは惜しい。一人一人のスキルを立たせるなら℃-uteさんの最終形態やJuice=Juiceさんが元々そうだったように(なお大塚愛菜さんはいなかったものとする)5人こそがマジック・ナンバーではないだろうか。せめてメンバーさん一人ずつのソロ歌唱ヴァージョンをB面で入れるというやり方が出来なかったのだろうかと“DOWN TOWN”を聴いて私は思った(昔℃-uteさんがそれをやっていた。なおJuice=Juiceさんの最新シングルでは『がんばれないよ』に限って初回生産限定盤SP1という盤のみで各人のソロ版が収録されている)。

トークのセグメントでは北川莉央さんが、会場から10分ほどのところにあるというお店のカレー・パンとデニッシュをレコメンドしていた(聞き手:井上玲音さん)。サクサクを超えてサクサクサク。甘すぎずからすぎない絶妙な味加減。なぞと絶賛していた(井上さんはそれは食べておらずブリオッシュを食べたとたしか言っていた)。このハロ・コンでもトークにローカルネタを盛り込む決まりになっているようだが、千葉では限界があるだろう。北川さんが何とか捻り出した話題がスタッフさんが買ってきてくれたカレー・パンだというのも頷ける。北川さんと言えば私は双眼鏡を使っていない状態で、2、3回、彼女を小野瑞歩さんと見間違えた。何だろう、これまでそう思ったことはなかったんだけど、何か似ていた。

横山玲奈さんは最近の映像で髪の先端付近を金っぽくしている印象があったが、今日は黒髪だった。ちょっとむっちりしていた。肉感的なふともも。『こんなハズジャナカッター!』(完全にBEYOOOOONDSさん用に当て書きされた曲を今日のチームでやるのはちょっと変だった)で小林萌花さんが「うろたえるな玲奈」と言っている(通常は「うろたえるな汐里」)のはシャッフルされた集団ならではのスペシャル感があってよかった。

臥薪嘗胆』の歌い出しを担当した島倉りかさんが派手に歌詞を飛ばしていた。さすがの彼女もしばらくは顔がひきつっていたように見えた。

一岡伶奈さんががしゃがんでいるとき、短パンの奥にある左側のお尻を見せてくれた。立っている状態でいわゆる尻たぶと呼ばれる部分。ひなフェスの映像でも普通に立っているだけでちょっとお尻がはみ出るくらいのキワキワだった。ひなフェスは全体的にメンバーさんがよくお尻を見せてくださっている。ステイジが高いのと、ステイジを取り囲むように客席があるので後ろから映されることも多いのが理由である。

『ザ・バラッド』よりも“STEP BY STEP”が楽しかったし、STEP BY STEPよりも『花鳥風月』は楽しい。でも、このためにバンバン遠征するか、お金をつぎ込むかっていうと、私にとってはそこまでではない。公演時間も85分くらいとちょっと短い。よくなっては来ているけど、まだそこそこという感じ。フットボールのような、感情を入れ込んで夢中になる感じではない。私は横浜F・マリノスの試合を一つ観るとグッタリと疲れるが、今のハロ・コンにはそこまでの強度と密度はない。それでも楽しくはあるので、もう一度、仙台で観るのが楽しみだ。帰りは西川口に寄って、麻辣香鍋とコロナ・ビール。俺コロナ。

2021年4月4日日曜日

イン・ザ・ハイツ (2021-03-27)

ファンの皆さんはもう気付いてくれているだろうが、私は糖質制限から足を洗った。今は糖質を敵対視していないし、この食事は糖質何グラムだとかいちいち気にしていない。思想転向(conversion)はうやむやにせず文にして残すべしという副島隆彦さんの教えに従い、ここに経緯を記す。元をたどると2018年のゴールデン・ウィーク頃。体調を崩した。毎日ずーっとだるい。どうやっても抜けない疲労感。日々をやり過ごすだけで精一杯。週末のコンサートも楽しめない。本を読み漁って、色々なことを試した。食生活の面で行き着いた答えの一つが糖質制限。試行錯誤の末、何が決定打だったのかは分からないが、とりあえず当初のしんどさからは抜け出すことが出来た。が、なかなかその先に進めなかった。よく糖質制限で痩せましたという体験談がある(身近でも聞く)けど、私の場合は明確に痩せるということはなかった。太りもしなかったけど。私がはっきり体感した利点は頭がスッキリすること。昼食の後に頭にモヤがかかったり眠くなったりするということがなくなった。血糖値の乱高下がなくなったことの効用だろう。その後、糖質制限を緩めに続けながら、軸を間欠的ファスティング(intermittent fasting)に移した。間欠的ファスティングには色んなやり方がある。私がやったのは朝食を抜く16:8ダイエット(一日の中で食事を摂る時間を8時間の枠内に限定する)。一日二食は慣れたら平気になったが、食費が削れるという以外には目立った効果を感じられなかった。

生化学や栄養学の素養がない私がつまみ食いした知識で試行錯誤することに限界を感じた。近所にあったオーソモレキュラー(栄養療法)・クリニックの門を叩いたのが2020年6月。血液検査で脂肪肝という結果が出た(ネットで検索した限り予備軍くらいの数字だったが)。炭水化物の摂り過ぎではないか、と先生。あり得ないと私は思った。たしかに以前ほど厳格に制限はしていない。それでも一般的な水準に比べると少ないはず。これで多すぎるなら断糖でもしないと適正量にならない。何かがおかしい。Twitterを見ていたら糖質制限が原因で脂肪肝になる場合があるというtweetが目に飛び込んできた。それからはお菓子や砂糖は引き続き避け、小麦は程々にしつつ、米、芋、果物を気にせず食べるようにした。四ヶ月後の血液検査では数値が正常値だった。もちろん糖質の摂取量と関係ない要因で改善した可能性もある。しかしこの一件で私は糖質制限という基本原則を見直す必要性を感じた。洗脳が解け始めた。それから9ヶ月くらい糖質を気にせず摂っているが、太っていない。むしろ身体のバランスはよくなってきているように感じる。これまでは運動をしてもつかなかった筋肉が、糖質制限をやめてからは少しついてきた気がする。あと糖質制限をしたことで、どうやら前髪の生え際の後退が加速していたようだ。これ以上、悪化しないことを祈る。

今の私が大事にしているのは、身体によいものを食べること(最近は堀江俊之さんのTwitterを参考にしている)、運動をすること(週に二回のトレーニング)、乳・卵を出来るだけ避けること(遅延型アレルギー検査でカゼインと卵白がクロだった。他にもエンドウ豆、鯛等)。遅延型アレルギー検査についてはメイン・ストリームの医学界から批判があるのは知っている。盲信するつもりはない。(同検査についてはこのフォーラム?を見てみるとよい。)しかし病気を見つけて薬で治すという主流派の医療に頼るだけでは健康を手に入れられない。たとえば花粉症ひとつ取ってみても耳鼻科でやってもらえるのは薬を処方してもらうことだけ。それが一生続く。根本的な治療は望めない。私は乳と卵を避けるようになってからお腹の不調(もたれ等)がほぼゼロになった。とはいえ私のような外食フリークが特定の原材料を100%避けるのは無理。乳や卵が含まれると知りながら食べることもたまにある。ちょっと食べただけでGAME OVERではない。ゼロか百ではない。

Naomi Kleinさんは名著“The Shock Doctrine”で新自由主義がいかにしてさまざまな国の貧富の差を広げ経済を壊してきたかを暴露している。シカゴ学派が導入する極端な資本主義は、政府とズブズブの関係にある企業を豊かにする一方、庶民の生活を苦しくさせる。それを見てシカゴ学派の信徒たちが出す処方箋とは、自由競争のさらなる推進である。なぜなら自由競争が悪いから失敗したのではなく、自由競争が足りないから失敗しているのだ。人は理論の信者になると、失敗した場合でも悪いのは理論ではなく理論通りに行かない現実であるという認識に陥る。新自由主義に通ずる危うさが、糖質制限にはある。糖質制限の信者にとって、糖質制限が誰かに合わないということはあり得ない。成果が出ない場合はやり方が間違っている、もしくは徹底し切れていないのいずれかなのだ。糖質はすべて悪なのだから。端的に言うと自分が信じる宗教の世界観に酔っている。

今日は神奈川づくめ。14時からニッパツ三ツ沢球技場で明治安田生命J1リーグ ルヴァン・カップ グループ・ステージ 横浜F・マリノス対サンフレッチェ広島さん。18時半から鎌倉芸術館で田村芽実さんがご出演されるブロードウェイ・ミュージカル、『イン・ザ・ハイツ』。

横浜といえば私の大好物、ハングリー・タイガーさんのハンバーグ・ステーキ。公式サイトのアレルゲン情報によるとソースとミックス・ヴェジタブルズが乳成分(たぶんバター)を含む。遅延型アレルギーの件があるから、最近は横浜に来てもハングリー・タイガーさんに入らないことが多かった。乳と卵を避けようとすると、洋食系はほぼ無理。バターが必ずと言っていいほど使われている。まあ塩コショウで食ってもおいしいけど、あのソースがキモなんだよね。たまには食いたい。子供の頃から愛するハマのソウル・フードから絶縁は出来ない。ということで、ダブル・ハンバーグ・ステーキをいただく。パンも付けちゃう。久々のバターはちょっとくどく感じる。

ニッパツ三ツ沢球技場。快晴。半袖ティー・シャツで寒くも暑くもない。心地よい日差し。これ以上ないフットボール日和。オナイウ阿道さんの2点。仲川輝人さんの今シーズン初得点を含む2点。岩田智輝さんの移籍加入後初得点。最後の最後まで手を緩めない。容赦なきアタッキング・フットボール。5-0の圧倒的勝利。爽快。こんなに楽しいことはない。悪趣味かもしれないが、勝った後は相手クラブのサポーターさんの掲示板を熟読するのが好きだ。

名前からして鎌倉駅だろうと思い込んでいた鎌倉芸術館だが、最寄り駅は大船だった。私は中学生の頃、鎌倉の帰国子女向け英語教室に通っていた。そのときに大船駅を通過していたが、降りるのは初めて(たしかその教室で仲がよかった奴が大船駅付近に住んでいた)。会場近くのファミ・マでりんご、鮭のおにぎり(200円くらいする高級なやつ)、豆乳飲料、ハイボール。昼に440gのハンバーグ・ステーキを胃に入れたから空腹ではない。サーカディアン・リズムを崩さないための軽い夕食。アルコールを入れたのは、強烈に残るフットボールの余韻を少しでも消してミュージカルを楽しみたかったから。

私はこの『イン・ザ・ハイツ』では初演と千秋楽の二公演という品に欠ける申し込み方をしている。普段はこういうことはしない。むしろ最初と最後は外すことが多い。申し込む人が多く良席が来る確率が下がるだろうから。それに千秋楽というのは何度も足を運んだ人が味わうべき果実。ロクに観ていない奴がそこを狙うなんて洗練されていない。一方で私は、最初と最後が特別なのも理解している。限りある人生、限りあるお金。たまには体験してみたい。恥を忍んで申し込んだ。もっとも、厳密には今日の公演は初演にカウントされないかもしれない。というのが、ググったところ、どうやらプレビュー公演の後に行われるのが初演らしい。

マリノスの試合との時間間隔が絶妙で、ファミ・マ前で夕食を終えるとちょうど開場時間の18時過ぎになった。田村芽実オフィシャル・ファンクラブさんが私に割り当てた席は17列の左側。S列、JPY12,000円。良くも悪くもない席。感染症の拡大防止とは無関係だが経済破壊には抜群の効果を示したことでお馴染みの緊急事態宣言という名の営業妨害に伴う会場の収容制限で席が一つ飛ばし。単純に考えて100%収納だったら8列か9列くらいをもらえていたのかもしれない。筋金入りのギャングスタ小池百合子をはじめとする一都三県のろくでなし知事たちが憎らしい。(ちなみに後から収容制限が緩和されチケットが追加販売された。つまり後に買った人が前の席を得た可能性がある。)

劇中でウスナビという役の紳士(Microさん)が序盤からかましてくるラップ。どこかぎこちない。フロウがない。乗り切れていない。ちょっとあっぷあっぷな感じ。本筋ではないのは重々承知。でもこちとらジェイラップと米ラップを二十年以上前から聴き込んできた身。どうしても気になる。(そう考えるとDOTAMAさんはスゴい。安定した声量と滑舌。しっかり言葉を届ける。それをラップでやるのはプロの仕事。)帰宅してから本家米国のサウンド・トラックを聴いてみた(田村芽実さんが前にインスタ配信で勧めていたのを思い出した。Spotifyにあった)。オリジナル・キャストさんによるラップは、そうそう、これがラップだという納得感があった。もちろん音源と生歌唱なので公平な比較ではないが、滑らかさが段違い。Microさんはデフ・テックという集団の一員らしい。集団名は知っていたが曲は聴いたことがなかった。YouTubeで上位に出てきた動画を適当に再生。歌は流石で、フェイクではなさそうだった。今日のラップに関しては初回の緊張もあったとは思う。千秋楽でどこまでこなれるのか、成長に注目したい。もっとも氏を擁護すると公演の後半には多少マシになっていた。ラップ以外の歌唱や演技が素晴らしかったのは言うまでもない。

ピンクのドレスを纏った田村芽実さんがステージに現れるとパッと場が華やいだ。ヴァイブスが半端ない。役柄とは別の意味で主役感があるというか。私も思わずウレタン製マスク(PITTA)の下で笑みを浮かべた。今さら言うことではないが彼女はもはや元Hello! Projectメンバーではない(もはや戦後ではない的な意味で)。過去の経歴をレバレッジしなくても一人の実力ある女優として成り立っている。何らかの下駄を履いてこのステージに立っているわけではないのは、彼女の歌を聴き、立ち振る舞いを見れば、誰にでも分かることだった。田村さんを知らずに会場に来た紳士淑女たちも、彼女の歌には引き込まれたと思う。それだけの魅力があった。田村さんが演じたのはニーナ。町全体の期待を背負ってスタンフォード大学に進学した、成績優秀な娘さん。両親はタクシー会社を営む。衣装は計三着だったと思うけどいずれもピンクや赤を基調としていた。田村さんの雰囲気と合っていて眼福だった。

20分間の休憩が始まり、ふと右に視線をやると(一つ飛ばして)隣の女性が泣いていた。この話にそこまで感情移入できるのかと驚いた。私は例によって何の予習もせずに観ているが、舞台はおそらく50年くらい前のアメリカ。当時移民たちのこういうコミュニティがあったのだろうな、と想像する材料にはなった。ただそれを日本版キャストで日本語の台詞でやっている時点でどうしてもフェイクな要素があるのは否めない。宿命的に本物を超えることは出来ない。原作の登場人物と人種的、民族的なルーツを共にしていないと劇や映画で演じることも許されないという、西洋で盛り上がっている過激な社会正義(social justice)の運動に私は賛同しない。だが、その考え方も部分的には真実を含んでいるのだろうと思う。本場ブロードウェイの“In the Heights”公演はこの何倍もスゲエんだろうなという思いは拭えない。

観劇中、頭の片隅にマリノスの試合中の情景が頭に浮かぶことが何度かあった。あれはあまりにも楽しかった。もっと平凡な試合を見せてくれたなら気持ちを切り替えられたのに。夢心地から逃れることが出来ない。『イン・ザ・ハイツ』に100%の集中は出来なかった。仕方ない。不可抗力。

持参した双眼鏡は田村芽実さんを観るためだけに使うつもりだったが、思わぬ刺客に妨害された。セクシーなホット・パンツをお召しになっている淑女が一名いらっしゃったのである。石田ニコルさん。流石にモデル業に従事なさっているだけあって抜群のスタイル。見事なおみあし。二着目の衣装があまり身体の線が出ないドレスだったので内心舌打ちをしたが、その後にタイトなジーンズでツーケーを強調してくださったので再び双眼鏡のレンズを向けざるを得なかった。

田村芽実さんが出演する高額な舞台は毎度そうだが、おそらく日本で観られる舞台としてはトップ・クラスなんだろう。出演者は全体的に表現力が高く、言葉だけじゃなく表情、声の調子、動き等々で伝わってくるものがあった。日本語が分からない人が観たとしてもある程度は楽しめるんじゃないかと思う。衣装やステイジ・セッティングも細部に至るまで抜かりがなく、一つ一つに手間とお金がかかっていると感じた。ある場面では壁が上から降りてきた。田村芽実さん目当てで彼女の出演作を観に行く度、本物のミュージカルはこういうものなんだよと田村さんは教えてくれている感覚。劇中の音楽はステージの奥で生演奏だった。豪華。立派なステージで、生の伴奏で熱唱する田村芽実さん。ちょっとしたコンサート気分。早く彼女のソロ・コンサートが観たい。今年中には開催してほしい。『ひめ・ごと』も劇場で観たい。