紀尾井ホール。初めて行く。最寄り駅が四つ。四ツ谷、麹町、赤坂見附、永田町。永田町の7番出口から歩く。駅と会場の間にめぼしい飲食店がゼロ。セブン・イレブンでホット・コーヒー(R)。セブン以外だと会場から道路を挟んだ向かいに巨大ホテルがあってそこのレストラン街はあるにはあったがもちろん高いし一人でサクッと食うタイプの店はなかった。開場前の会場前。若さがない。薄暗い。夕方だからといううだけでなく集まっている人々に光がない。高い年齢層。色褪せつつある。消えつつある。透明になりつつある。ブルーノートに行ったときにも思ったが、ジャズ・シーンを支えている中心層が高齢者なのは紛れもない事実であろう。中でも今日のように騒がしくない土地の、かしこまった会場で、全席着席で、しかもバラード公演となると客層がそっちに偏るのは当然だ。(そもそもが年齢中央値48.6歳という恐ろしい国。恐ろしい状況。何をもって高齢者と括ればいいのかもよく分からない。)バラード曲だけをソロ・ピアノで演奏するという、上原ひろみさん曰くマニアックなコンサート。Sonicwonderlandツアーとは打って変わって、静寂、沈黙が相応しい、ある程度の厳かさが求められる公演だった。完全に別競技。上原ひろみさん曰く、自身がテレヴィジョンで数秒だけ紹介されるときはすごい顔でピアノとファイトしているような映像が使われがち。(前にブルーノート東京でバラード公演を観たときにも同じことを言っていた。)ピアニッシモの小さな音もパンチと同じくらい、もしくはそれ以上に好き。彼女はステージに現れた時点から21日(木)に国際フォーラムで観たのとは別人のようだった。落ち着きのある服、上げていない髪。Sonicwonderの激しいダンス・ミュージックとは完全に異なることをやるんだというのが一目瞭然だった。どれくらい静かだったかというと、私の一つ後ろの列にいた誰かの、鼻くそによって笛となった鼻のピーピー鳴る呼吸音が気になったくらいである。それはまだいいとして、さすがにそれはないだろうというレヴェルで咳き込み続ける紳士がいた。しかもそういう奴に限って前の方のいい席にいやがる。聴いている私の集中でさえ途切れかけたので、演奏に影響が出たとしても文句は言えなかった。百歩譲って咳は生理現象だから仕方がないかもしれない。もっと酷かったのはバターン!って大きな音を立てて何かを床に落とす奴。同一人物かは分からないが何度も。今日の公演を鑑賞するのに適していない人々が一部にいた。キース・ジャレットさんのコンサートじゃなくてよかったな。キース・ジャレットさんだったらプッツンして演奏を中断していたであろう場面が何度かあった。上原ひろみさんは優しいから不機嫌になることも苦言を呈することもなく、むしろトーク中にクシャミをした人に対して「大丈夫ですか?」といつもの温和な調子で尋ねて会場の空気を和ませていた。毒がまったくない。このお方は菩薩か? 私はこの類のことに神経質なほうではないつもりだ。むしろ開演してしばらくは、観客が多少の物音を出すのはしょうがないじゃないか。そりゃ人間を何百人も集めたらこうなるよ。コレがイヤなら無観客でやれっていう話やでと寛容な気持ちでいた。だが、時間が経つにつれお前らもうちょっと我慢できねえのかよ、そんなに体調が悪いなら来るなよという呆れが生まれてきた。最終的には許した。おそらく彼らは身体中の筋肉が弱くなって色んなものが外に出るのを抑えられず垂れ流しになってしまうのだろう。本人としてはどうしようもないのだろう。上記の物音はSonicwonderのツアーであればまったく気にならないどころか聞こえさえしなかっただろう。それくらい違った。ただ、バラードであってもそこにグルーヴはあった。演奏している上原さんと同じように、私も頭を揺らしながら聴いた。即興演奏の興奮もあった。サブ・ジャンルは違えど、それはたしかに上原ひろみさんの音楽であって、ジャズであった。今ココでしか逢えない音を皆さんと探しに行きたいと思います、というコンサートの度に上原さんが発する常套句は今日も健在だった。“Nostalgia”→“Blue Giant”→“Place to Be”がシームレスに繋がるM.6には唸らされた。新曲“Pendulum”の初披露に居合わせることが出来たのは嬉しかった。アンコールを受けてその新曲を演奏し、それで終わりかと思いきや始まる次の曲。何かと思ったら『蛍の光』(セットリスト上は“Auld Lang Syne”)。茶目っ気たっぷりで贅沢極まりなかった。この公演だけでなく、2023年を気持ちよく締めくくってくれる印象深い演奏だった。終わると見せかけておきながら続けたり、テクニカルな連打をしてみたり、こちらの反応を楽しむように緩急をつけたり遊びを入れてきたりするのが、さながら凄腕の手コキだった。
2023年12月30日土曜日
上原ひろみ ソロピアノ公演 “BALLADS” (2023-12-28)
紀尾井ホール。初めて行く。最寄り駅が四つ。四ツ谷、麹町、赤坂見附、永田町。永田町の7番出口から歩く。駅と会場の間にめぼしい飲食店がゼロ。セブン・イレブンでホット・コーヒー(R)。セブン以外だと会場から道路を挟んだ向かいに巨大ホテルがあってそこのレストラン街はあるにはあったがもちろん高いし一人でサクッと食うタイプの店はなかった。開場前の会場前。若さがない。薄暗い。夕方だからといううだけでなく集まっている人々に光がない。高い年齢層。色褪せつつある。消えつつある。透明になりつつある。ブルーノートに行ったときにも思ったが、ジャズ・シーンを支えている中心層が高齢者なのは紛れもない事実であろう。中でも今日のように騒がしくない土地の、かしこまった会場で、全席着席で、しかもバラード公演となると客層がそっちに偏るのは当然だ。(そもそもが年齢中央値48.6歳という恐ろしい国。恐ろしい状況。何をもって高齢者と括ればいいのかもよく分からない。)バラード曲だけをソロ・ピアノで演奏するという、上原ひろみさん曰くマニアックなコンサート。Sonicwonderlandツアーとは打って変わって、静寂、沈黙が相応しい、ある程度の厳かさが求められる公演だった。完全に別競技。上原ひろみさん曰く、自身がテレヴィジョンで数秒だけ紹介されるときはすごい顔でピアノとファイトしているような映像が使われがち。(前にブルーノート東京でバラード公演を観たときにも同じことを言っていた。)ピアニッシモの小さな音もパンチと同じくらい、もしくはそれ以上に好き。彼女はステージに現れた時点から21日(木)に国際フォーラムで観たのとは別人のようだった。落ち着きのある服、上げていない髪。Sonicwonderの激しいダンス・ミュージックとは完全に異なることをやるんだというのが一目瞭然だった。どれくらい静かだったかというと、私の一つ後ろの列にいた誰かの、鼻くそによって笛となった鼻のピーピー鳴る呼吸音が気になったくらいである。それはまだいいとして、さすがにそれはないだろうというレヴェルで咳き込み続ける紳士がいた。しかもそういう奴に限って前の方のいい席にいやがる。聴いている私の集中でさえ途切れかけたので、演奏に影響が出たとしても文句は言えなかった。百歩譲って咳は生理現象だから仕方がないかもしれない。もっと酷かったのはバターン!って大きな音を立てて何かを床に落とす奴。同一人物かは分からないが何度も。今日の公演を鑑賞するのに適していない人々が一部にいた。キース・ジャレットさんのコンサートじゃなくてよかったな。キース・ジャレットさんだったらプッツンして演奏を中断していたであろう場面が何度かあった。上原ひろみさんは優しいから不機嫌になることも苦言を呈することもなく、むしろトーク中にクシャミをした人に対して「大丈夫ですか?」といつもの温和な調子で尋ねて会場の空気を和ませていた。毒がまったくない。このお方は菩薩か? 私はこの類のことに神経質なほうではないつもりだ。むしろ開演してしばらくは、観客が多少の物音を出すのはしょうがないじゃないか。そりゃ人間を何百人も集めたらこうなるよ。コレがイヤなら無観客でやれっていう話やでと寛容な気持ちでいた。だが、時間が経つにつれお前らもうちょっと我慢できねえのかよ、そんなに体調が悪いなら来るなよという呆れが生まれてきた。最終的には許した。おそらく彼らは身体中の筋肉が弱くなって色んなものが外に出るのを抑えられず垂れ流しになってしまうのだろう。本人としてはどうしようもないのだろう。上記の物音はSonicwonderのツアーであればまったく気にならないどころか聞こえさえしなかっただろう。それくらい違った。ただ、バラードであってもそこにグルーヴはあった。演奏している上原さんと同じように、私も頭を揺らしながら聴いた。即興演奏の興奮もあった。サブ・ジャンルは違えど、それはたしかに上原ひろみさんの音楽であって、ジャズであった。今ココでしか逢えない音を皆さんと探しに行きたいと思います、というコンサートの度に上原さんが発する常套句は今日も健在だった。“Nostalgia”→“Blue Giant”→“Place to Be”がシームレスに繋がるM.6には唸らされた。新曲“Pendulum”の初披露に居合わせることが出来たのは嬉しかった。アンコールを受けてその新曲を演奏し、それで終わりかと思いきや始まる次の曲。何かと思ったら『蛍の光』(セットリスト上は“Auld Lang Syne”)。茶目っ気たっぷりで贅沢極まりなかった。この公演だけでなく、2023年を気持ちよく締めくくってくれる印象深い演奏だった。終わると見せかけておきながら続けたり、テクニカルな連打をしてみたり、こちらの反応を楽しむように緩急をつけたり遊びを入れてきたりするのが、さながら凄腕の手コキだった。
2023年12月29日金曜日
赤と黒 (2023-12-24)
めいめいが出演する終演後のトーク・ショウがあるので今日の公演に申し込んだ。そういえばファンクラブ先行で当たったものの振り込みを失念していた。振り込み期限の翌日にファンクラブの担当者からキツめなメールが来た。すぐにりそな銀行のアプリから振り込んで平謝りの返事を入れたが、それに対する返事もややキツかった。でもさ。私は2017年5月からめいめいのファンクラブに入会していて、振り込み忘れなんて6年半で初めてだよ? 当選したらいちいち手で振り込まないといけない以上、ミスを100%なくすことは出来ないよ。こういうことを繰り返しているとか、メールを送っても返事がないとか、そういうときに強く出るのは分かるけど、初手であの書き方はちょっとないんじゃないかと思った。でも理解は出来る。若い人なんだと思う。労働の経験が浅い人ならではの一本槍なスタンス。強い立場にいるからすぐに強く出ればいいと思っている。機微が分かっていない。私も通ってきた道。(でもその割にそっちもちょくちょく細かいミスがあるよね? 同じ担当者か分からないけど。)私も若い頃だったら、こういうとき相手にちょっとキレ返していたかもしれない。そもそも毎回手数料払わせて振り込ませてんじゃねえよ。いい加減クレジット・カードに対応くらいしろやくらいのことをオブラートに包んで。もうそんなことはしない。感情の無駄遣いはしない。すみませんでした。ご対応いただきありがとうございます。今後は気をつけます。という感じで収めた。そういうことはあったけど結果としては無事にチケットを手に入れた。
12時半開演。微妙な時間。昼ご飯を急いで食べて会場入りする必要がある。東京芸術劇場。池袋。あのグローバル・リングがある所。そこの二階。近くの楊2号店で汁なし担々麺。JPY900。カウンター。右にいた紳士が麻婆豆腐、ご飯、水餃子、汁なし担々麺、焼き餃子をお一人で召し上がっていた。久々に観るミュージカル。10月にめいめいの一人芝居コンサートを観ているけど、それを除くと6月25日(日)のダ・ポンテ以来だ。入場した瞬間から、ああなんか久しぶりだな、この感じと思った。それは私にとって居心地の悪さを伴うものだった。変に厳粛で物々しい。陰気で抑圧的。撮影禁止と書かれたボードを掲げる、こういう会場特有の、マスクで顔を覆った女係員たち。アクション・ゲームで特定のステージに無数に配置されるモブ・キャラのようだ。どこからどうやってリクルートされるのだろうか? 公演中は私語をやめろ、撮影するな、などと念を押す場内放送。別に言っている内容が間違っていると言いたいわけではない。私語や撮影を自由化しろと言いたいわけではない。この世界ではそれが正しい。ミュージカルって観客が積極的に参加して作り上げるではないものね。観客の反応を見ながら即興で内容を変えるものでもないし。観客が変に声をあげたらステージ上の世界をぶち壊してしまう。だから向こうにとって大切なのはいかに我々を最後までおとなしくさせるか。いかに我々を押さえつけるか。いかにつつがなく最後まで無事故で公演を終わらせるか。それがココでは正義。そういうもの。繰り返す。それを否定するつもりは一切ない。ただ、久しぶりに来て気が付いた。私がライヴ・エンターテインメントに求めているのはコレではない。私がライヴ・エンターテインメントを必要としている理由。それは労働生活で自由に表すことが出来ない喜怒哀楽を解放する場所が必要だから。なんでわざわざ自由なはずの時間に、仕事で得たお金を使ってまたコントロールされないといけないんだ。私は出来上がった作品を映画を観るようにただおとなしく受け取るためにライヴ・エンターテインメントに足を運んでいるのではない。私はそのとき限りの奇跡を味わいたい。その一部になりたい。私が欲しているのは熱狂なんだ。めいめいがミュージカル女優を続ける限り、これからも氏が出演するミュージカルを観に行くことはやめるつもりはない。だが、氏を度外視してこの世界に深入りすることはないだろう。
12月21日(木)の上原ひろみさんのコンサートでは眠気がいい方向に作用したが、今日はそういうわけにはいかなかった。ちょっと眠すぎた。20分の休憩時間には歩いたりストレッチをしたりしたが、それでも眠気が抜けなかった。話の内容にもそこまで興味を持てなかった。音楽も特にはまらなかった。予習としてSpotifyで本家のサウンド・トラックを一度だけ聴いた。二度目は聴いていない。舞台は19世紀のフランス。分からない。20世紀後半以降のアメリカ合衆国のことなら多少かじっているので、この頃はこういう時代だったよなという自分の知識と照らし合わせながら観ることが出来るが、フランスに興味を持ったことがない。私の隣で観劇していた淑女が、どうやら感激して泣いていたようだ。単に鼻をすすっていただけの可能性もある。根が紳士に出来ている私はジロジロ見なかったので確認できていない。泣いていたと仮定しよう。私の感覚ではアレで泣くのはちょっと分からない。でもそれは私がまだそのレヴェルに達していないからだ。おそらく彼女にはこのミュージカルに感情的に入り込めるだけの素養が備わっているのだ。たとえば原作の小説を読んでいるのかもしれない。何も知らずにただめいめい目当てで観に来た私とは魂のステージが違うのだ。一方で彼女は、私が6月10日(日)の明治安田生命J1リーグ第17節、横浜F・マリノス対柏レイソルで後半52分に宮市亮さんが劇的な逆転ゴールを決めた後に狂喜乱舞し涙を流したことを理解できないだろう。なぜあのとき私が泣いたのか。それはあのゴールを点ではなく線で見ていたからである。再三の負傷離脱に苦しめられ、引退する意思を撤回し復帰したばかりの宮市さん。小暮トレーナーに支えられながら続けてきた苦しいリハビリ。後半45分の時点で2-3で負けている苦しい試合展開。リーグの優勝争いにおけるこの勝利の重要性。そういったさまざまな点が線となって私の中で繋がったからこそ、私は泣いたのである。『赤と黒』で泣ける人にも、おそらくその人なりのストーリーがあるのだ。
めいめいが登場したのは休憩明けの第二幕(後半)からだった。氏だけを目当てにJPY13,500のチケットを買っている身としては苦しかったが、かなりいい役ではあった。めいめい独特の華があった。第二幕が始まった途端に空気が変わる感じはあった。ちょっと前の横浜F・マリノスで後半から仲川輝人さん、マルコス・ジュニオールさん、オナイウ阿道さん、エリキさんらが出てくるような凄みとワクワク感があった。主演の紳士(三浦宏規さん)はどこか扇原貴宏さん感があるなと思いながら観ていたら終演後のトーク・ショウでは扇原さん同様に関西弁だった。関西のイケメンの系統。めいめいは家のテレビが映らないらしい。屋根裏にはネズミがいる。最近はネズミの消毒業者とテレビのアンテナ業者がよく家に来るという話でステージ上と客席から受けを取っていた。
2023年12月27日水曜日
上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2023 “Sonicwonderland” (2023-12-21)
仕事の状況が落ち着いている。16時半に在宅業務を切り上げて有楽町に向かう。公演の前に軽く一杯ひっかけた方がいいのではないかと思っていた。理由は前回の記事を読んでもらえれば察してもらえるはずだ。客席のヴァイブスがあのときの再現になるならアルコールでも入れておかないと飲まれてしまうだろう。しかし考えた結果、お酒は我慢した。お酒は昨日飲んだし、明日も飲むからだ。昨日は会社の忘年会。生ビールをグラス2杯、赤ワインを3杯くらい。明日は前の会社で仲がよかった同期二人と忘年会。(池袋ナンバー・ワンの中国料理店、太陽城。)いわゆる町中華と呼ばれる日式の中華料理店に入った。多くを期待できないのは承知の上。有楽町駅のすぐ近く。JPY850だかJPY880だかで定食を出している。周囲を散策してもめぼしい店もない。中途半端にJPY2,000だのJPY3,000だの払うよりはココでおとなしく定食を頼んだほうがいいだろう。卵とキクラゲ炒め。見事なまでに期待を寸分も上回らず、下回りもしない。コレはコレでひとつの芸当と言える。
思い返す、2週間前。同じ会場。国際フォーラム Aホール。来場者の大多数を占める、羊のような客たち。それが今日は一転して大熱狂するとは考えにくい。その羊たちの群れから脱することが出来ない自分のふがいなさ。また同じ悔しさを繰り返すことになるのだろうか。そもそも水曜、金曜と忘年会があって、日曜日にはめいめいのミュージカルを観に行く。そして上原ひろみさんに関してはまた28日にコンサートを観に行く。このツアーとは別の公演だが。今日の自分がそこまでコンサートを欲しているわけではない。チケットを誰かが買い取ってくれるなら売ってもいいくらいのモチベーション。若干ダルいなと思いながら会場に向かい、席に着いた。今日は12列目の右側。19列目だった前回よりはステージに近づいた。距離としては渋谷のときと同じくらいだろうか。今回も左が男女カップルだ。開演し、ステージに現れる上原ひろみさん、アドリアン・フェローさん(ベース)、ジーン・コイさん(ドラムス)、アダム・オファリル(トランペット)さん。感情のこもらない拍手で迎える私。始まる一曲目。はいはい“Wanted”ね。とそこまでは気分の高揚がなく、醒めていた。
不思議なもので、そこから大きく巻き返した。客席のヴァイブスは2週間前と大きくは変わらなかった(でも声を出している人は前よりも多かったかな?)。良くも悪くもインテンシティの高くない人たちも多く観に来ている。良くも悪くも、と書いたのは良い点もあると気づいたからだ。私と同じ列に、小さな娘さんとその母親らしき淑女の二人組がいた。たしかにこういう層が来やすい場として、着席会場での公演には意味がある。彼女らに渋谷のスタンディングは難しい。客席にいる少年・少女の中に将来の上原ひろみさんがいるかもしれない。視界に入る観衆を見て、おかしいなと思うことはあった。だってこのバンドの音楽は曲によっては本当に激しいダンス・ミュージック。着席とはいえほぼ全員が刑務所の慰問コンサートよろしく微動だにせず聴いているのは不可解。とはいえさほど気にならなかった。周りがどうこうではなく自分が如何に楽しむかに意識を集中できた。要因として第一に、12月7日(木)に同じツアーを同じ会場で観て、雰囲気を掴めていたこと。分かっていたので一から失望することはない。それを踏まえた上で自分がどう振る舞うかに頭を切り替えられた。あの一回目があったからこそ今日の二回目をココまで楽しむことが出来た。12月7日(木)の一回だけなら消化不良で終わっていた。第二に、昨日の飲酒による睡眠の浅さ。耳栓の効果もあってよく眠れたつもりだった。中途覚醒もしなかった。でも睡眠の質は低かったのだろう。この時間に眠気が来ている。ただ、今日に関してはそれがいい方向に作用した。眠いけど居眠りしてしまうほどではない。ほどよいけだるさ。雑念なしに、無駄に考えることなく音の世界に浸ることが出来た。素晴らしいツアー千秋楽を全力で楽しむことが出来た。
同じバンド、同じツアー、同じ会場、同じ開演時間、同じ曲目。なのに2週間前に聴いたのとぜんぜん違う。分かっていたつもりだが、頭のどこかにまた同じコンサートを観に行っているという考えがあった。それは間違っていた。すべてのコンサートが本当に別物。そのときだけの奇跡。二度と再現されることはない。いつ行っても同じ60-70点を提供する町中華とは違って、どの公演でもそのとき限りの100点を叩き出す。それが上原ひろみさんのコンサート。彼女のプレイはいつになく激しかった。前回も素晴らしかったけど、ひときわ情熱的で、幾度となく感情を揺さぶられた。アドリアン・フェローさんによる圧巻のベース・ソロも印象的だった。私は前回より何段階か感情を解放することが出来た。フー!とYeah!を何度もやった。歓声を浴びせる観客には大別してフー!オジサンとYeah!オジサンがいる。フー!オジサンは基本的にフー!しか言わない。Yeah!オジサンは基本的にYeah!しか言わない。私はフー!オジサンとYeah!オジサンを兼ねるポリバレントな選手としてコンサートのヴァイブスを高めた。その貢献度たるや2022年の横浜F・マリノスでセンター・バックとボランチを兼任した岩田智輝さん(現・セルティックFC)の如くであった。もっとも別に歓声がフー!かYeah!である必要はなく、本当はたとえばすげー!とか見事だ!とか何でもその場で思ったことをそれぞれが口に出して拍手すればいいんだろうね。それはジャップが苦手なやつ。
2023年12月23日土曜日
緊急開催‼ 2023年ゆいののラスト主催ライブ (2023-12-10)
Q. 明日のゆいののに友達を誘ったんだけど500円くじの内容に引いて難色を示している……初見の人向けにオススメポイントを教えて!
A. あはは(笑)。そりゃそうだろうな。そんなの…あんなの見たら、まず初見さんは頭がクレイジーな人しかこんやん。あれは。え…オススメポイント? ……ライブ楽しいよ。……可愛いよ。可愛いよって言ってやって。想像し得る5倍は可愛いゾって言っといて。
前日の夜にゆいチャンが17LIVEで始めた配信。初めてコメントを送ったら読んでくれた。以前はTiktokを開けば毎日のようにKissBeeさんの誰かしらが配信をしていたが、今ではプラットフォームが17LIVEに移っている。17LIVEになってからは一度も覗いたことがなかった。あわよくばF君を明日のコンサートに誘う言葉をゆいチャンご本人から取りたかった。F君はゆいチャンのご尊顔にご興味を示されていたことがあるので、一度ナマで見てもらいたかった。なのでお誘いした。最初の反応は悪くなかったが、徐々にF君は尻込んでいった。その原因となった500円くじの中身は以下の通りである:
ゆいののはさみビンタ 3本
ケツバット 15本
しらはどり 10本
顔らくがき 5本
ゴム手ふくろビンタ 6本
ドリアンチョコ(お箸で) 5本
強制私物サイン 5本
強制帰宅 1本
50本限定の500円くじ。上記を見て分かるように当たりしか入っていない。私からすると「こんな機会またとない 全開のサード・アイ 遠慮などない」(たぶん我リヤのQさんのリリックだったと思うけど出典が分からん。検索しても出てこん)のだが、まだインターネット上でゆいチャンの画像を何度か見たことがある程度のF君には重すぎたようである。結局、彼が墨田区のWALLOP 3F STUDIOに姿を見せることはなかった。かくいう私にとっても決して敷居は低くなかった。ゆいチャンと面会したのは一度のみ。覚えられているわけではない。そしてKissBee現場はおまいつの率が高い。私はその誰とも知り合いではない。ゆいチャンにとってはあなた誰? お互いが顔見知りのヘッズたちにとってもあいつ誰? という状態で単騎で乗り込み、ケツバット、しらはどり、ビンタなどが当たるくじを購入するのは勇気がいる。この行為はイル。でも人生は一回。今日と同じような催しが再び開かれる保証もない。こんなくだらないことでいちいち奥手になってどうする。あいにくアイドルさんを観に行く程度のことで臆病になる時間はもう私の人生に残されていない。何とかなる。何となくスゴく楽しい時間になる予感がしていた。
開催が発表されたのは当日のわずか6日前だった。たしか予定されていたリリース・パーティがなくなって急に空いたとか、そういう感じだったと思う。12月4日(月)に開催することが、12月5日(火)に詳細がそれぞれ発表され、12月6日(水)20時からチケットが発売された。発売開始と同時に同時にtiget.netにアクセスし購入手続きを進めた。A19番だった。ちょうどいい。近距離でゆいチャンとののかチャンを拝める。かといって最前は望めない。仮に私が最前に行った場合、暗黙の指定席を奪われたおまいつと揉める可能性がゼロではないだろう。その心配がないのはいい。イリーガルな世界にも守るべきルールがある(AKB48、『JJに借りたもの』)。いきなりノコノコと余所様のホーム・グラウンドに現れて芝生を踏み荒らすのは得策ではない。
中央付近の三列目(別に列があるわけではないが)を確保できた。皆さん意外と番号を守っていて、マイメンに目配せして最前に割り込むような紳士は一人もいなかった。私が前に観に来たゆいののの公演だったかな、そのときは「当日券だけど気付いたらココにいた(笑)」「お前なんで当日券で最前なんだよ(笑)」という会話が繰り広げられていた。なぜか今日はそれがなかった。こんな近くでゆいののを鑑賞できるなんて楽しみだなあと心を躍らせる。ステージに現れるゆいチャンとののかチャンを視界に捕らえた瞬間、度肝を抜かれた。い、い、衣装が……! 遙かに上回る想像と期待。いいの……?! 往年の℃-uteさんに匹敵する肌面積。近代麻雀水着祭りであれば水着、譜久村聖さんの写真集で言えば部屋着に分類されるくらいの。ゆいちゃんは曲中、おへそが丸出しになっていた。こんなことは知らされていなかった。望外の喜び。棚からぼた餅。生まれて来てよかったわ(℃-ute、『キャンパスライフ〜生まれて来てよかった』)……。めいめいが秘密クラブというイベントをやっていたけど、こっちの方が本当の意味で秘密クラブだ。むやみに外部の一般世界に発信しすぎてはいけない。そもそも日本のアイドル産業自体がそういう性質を持っている。よく若手アイドルさんが世界で有名になりたい的なことを無邪気に言うけど、西洋社会に本格的にバレると業界全体が存続できなくなる可能性がある。あいつらはそれを分かっていない。
刺激的な衣装がヘッズの心に火をつけたのか、フロアの火力は最初から最大出力だった。ゆいチャン! ゆいチャン! おーれーのゆいチャーン! と何度絶叫したことか。(もちろん、ののかチャンにも叫んだ。)一般的な男性が人生でゆいチャンと叫ぶ量をこの60分で軽く凌駕した。周囲の先輩たちが完璧に仕上がりまくっていて本当に気持ちがいい。自分も含め全員が腹の底から大絶叫している。耳には悪い。でも耳栓をするの野暮だ。コレで多少、耳が悪くなっても悔いはない。Hello! Projectに比べてコールは遙かに難しい。Hello! Projectでは基本的にオイオイ言っていれば八割、九割方は問題ない。しかしKissBee現場ではオイは基本4回で終わる。その後に複雑怪奇なサイバーファイバージャージャー的な叫びが入る。曲によってさまざまなパターンがあって、何回か通えば覚えられるという域を超えている。事前に台本を用意してもらわないととてもじゃないが私には参加できない。ただ、声を出せるところは出した。『クック=ドゥードゥル=ドゥー』ではゆいチャンとののかチャンから、「田んぼのたは太鼓のた!」「カレーは飲み物(パンと手を叩く)ではない!」というコールをしてほしいと事前に説明があった。「田んぼのたは太鼓のた」? 違いますよ? と私は思った。意味は不明だがやってみるとバカバカしくて楽しかった。ジャンプもしまくった。どの曲かは忘れたがフロアで発生した、輪を作って真ん中に一人が入る集団的な動きでは、輪の構成要素になった。最初から最後までずっと熱狂、絶叫、yes yes y'all(リアルスタイラ)状態のフロア。ステージ上の二人の歌なんか誰もまともに聴いちゃいねえ。
コンサートが3F、特典会は2Fで行われた。2Fに移動する途中で、入場特典の「ゆいのののありがたいお言葉しおり」が配布される。コピー用紙をしおりサイズに切ったものに「富士山はデカイ。」と書いてあった。衣装を目にした瞬間から、この衣装のゆいチャンと写真を撮らないわけにはいかない。それもチェキじゃなくてiPhoneで。と思っていた。そして例の500円くじはもしおまいつが買い占めていなければ1枚買おうと。500円くじ1枚と、特典券10枚の束(1枚おまけで付いてくる)JPY10,000を購入。くじを開くと「ゴム手袋ビンタ」と書いてあった。ある紳士が近くのお友達に帰りてーなーと言い、自主的に帰ってください。(くじで強制帰宅を引かなくても)そこの出口から帰れますからと突っ込まれていて可笑しかった。(強制帰宅はおまいつらしき方が当選。ビンタを受けてからその場で帰宅させられていた。やましんさんもヘッズたちも盛り上がっていた。氏が当選してよかった。知り合いの居ない私が引いていたら目も当てられない。)ゆいチャンの列に並ぶ。係員の婦人にビンタの様子を動画(特典券2枚で10秒動画というのがある)に出来ますかと聞いたら出来ませんと言われた。くじのビンタと、写メをオーダー。特典券1枚を婦人に渡す。ビンタと写メどちらを先にするかと聞かれ、えーっと…と一瞬迷っているとビンタを先にしましょうと彼女が決めてくれた。ビンタ時にゆいチャンが着けたのはゴム手袋ではなく、透明のプラスティック手袋だった。眼鏡を外し、ゆいチャンのビンタを受ける。大丈夫? 何かスゴい罪悪感が…なぞと気にしていたが、ぜんぜん痛くなかった。もっと強くやってほしかった。でも嬉しかった。ビンタを受けた後に係員に撮ってもらった写メに映る私は、いい笑顔をしていた。
比較的小さな活動規模のアイドルさんは地下アイドルと括られている。KissBee(ゆいチャンとののかチャンが属する元集団)は一応、そこに属するのだと思う。(最近ではライヴ・アイドルという言い方もするようだ。)一昔前の地下アイドルというと、プレイヤーたちは基本的に皆メジャー・シーンに成り上がりたがっているという前提があったように思う。そして地下アイドルというのはある種の蔑称でもあったように思う。その根底には芸能活動の規模は大きければ大きいほどいい、有名になればなるほどいいという価値観があったのではないか。まだ日本に「お茶の間」が存在し、国民の娯楽の中心がテレヴィジョンで、金・地位・名声がそこに集約されていた頃。国民の何十パーセントもが同じ番組、同じ音楽、同じ芸能人たちに夢中になっていた頃。その構造が(完全にはではないが)崩れ、ニッチな娯楽が乱立しているのが今。(ちなみに無学な人たちはこういう現象についてさえ今は多様性の時代ですからね〜なぞと流行りの言葉を使って分かったような口を聞くが、関係ないから。Diversityという概念がなぜ西洋社会で重視されるようになったのか、アメリカの人種差別の歴史から勉強しろ。人それぞれとか個人の自由と言えば済む話を、いちいち多様性の時代とか言うんじゃねえ。大体、何とかの時代ですからなんてのは理由の説明にもなってねえんだよ。)
WALLOP 3F STUDIOのキャパシティは98人らしい。フロアは満杯にはならず、後ろの方はほどよい空間があった。この大きさの会場で完売までは行かないけど採算が(おそらく)成り立つくらいにはチケットと特典券が売れる。この規模だからこそ成り立つ自由さ、大らかさ、過激さ、楽しさ、異常さ(異常なオタク、異常なアイドルさんの共犯関係)がある。それは強く実感した。大きければ大きいほど、有名であれば有名であるほど、ファンが多ければ多いほどいいということではない。活動の規模によって出来ること、出来ないことがある。大は小を兼ねるわけではない。Hello! Projectではこんな急にコンサートが決まるフットワークの軽さは望めないし、100人規模の会場でも売り切れの心配なく近距離でメンバーさんを観ることは出来ないし、メンバーさんにビンタをしてもらうことも出来ない。一方で、KissBeeではHello! Projectのように数千人規模の会場である程度のお金をかけた盛大なコンサートは出来ない。コンサートの円盤も発売されない。それぞれの良さがある。一つのモノサシで、どちらがどちらに比べ劣っているという比較は出来ない。
2023年12月17日日曜日
上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2023 “Sonicwonderland” (2023-12-07)
フォロー数ゼロとか一桁にしてイケてるアーティスト感出そうとする
注目され出した途端連絡返さなくなったりとかゾッとする
虚栄心モリモリのオードブル
寒すぎエマージェンシー高度ぶる
断捨離判定 損得の有無
切り捨てられるロートルとクズ
(Catarr Nisin, “No Mercy”)
17時半開場、18時半開演。有楽町。『孤独のグルメ』の井之頭五郎さんよろしくどの店に入ろうかなぞとのんびり迷っている時間はない。駅の近くで目に入った看板。ふくてい。ステーキ・カレー。JPY800。ココにする。昔、一度入ったのを覚えている。約何年経ったろう(OZROSAURUS, “AREA AREA”)と思い自分のツイログを遡ると2014年12月6日(土)だった。ちょうど9年前のこの時期。そのときも上原ひろみさんのコンサートだった。アルバム“ALIVE”のツアーね。9年経って同じ場所で同じものを食ってから同じ人のコンサートを観に行くのが可笑しくなった。当時の味なんて覚えちゃいないから比較は出来ないが、9年ぶりに食べたステーキ・カレーはシンプルで何の変哲もなく、量が多いわけでもなく、こんなもんかって感じだった。9年前はJPY600だった。JPY800となると高くも安くもない。コロッケをつけてJPY950。
良いプレイがあったら何かしら反応してほしい、と上原ひろみさんはいつもの嫌みのないにこやかでおっとりした調子で我々に話しかけた。曰く日本に来る前にこのツアーでアメリカやヨーロッパを回っていた。向こうのお客さんはスゴい。空気を読まない。皆さんも空気を読まないでほしい。そう言われても、ははは……(愛想笑い+拍手)というぎこちない反応しか出来ないのが我々ジャップの実情である。その土俵でアメリカやヨーロッパのヘッズと比較されると厳しい。ジャップには勝ち目がない。どうしても他人の視線や空気を気にすることから逃れられない。誰かに導いてもらわないと自分がどうしたらいいのかも分からない。コヴィッド騒ぎが世界一長く続いた国ですよ。それを受け入れ続けた国民ですよ。マスクひとつでさえ国からの号令があってようやく恐る恐る外し始めた国民ですよ。この会場にいる人たちも当事者ですよ。2023年12月になっても感染対策がどうのとか、検査して陽性だったとか陰性だったとか言っている人たちがいるんですよ。
東南アジアでさんざん遊びまわってもっとおっかないエイズに罹ったやつが、「私、コレラ菌は持っていませんよ」といってるんだから大笑いさ。本当ははるかにスゴい病気が蔓延しているのに、みんな衛生局員みたいになってコレラ菌の消毒に精出している(ビートたけし、『だから私は嫌われる』)
先々週の旧SHIBUYA ON AIR EASTが恋しい。あのときの熱狂がココにはない。羊のような客たち。渋谷はスタンディングだから盛り上がったという面もあるかもしれないが、かといって仮に今日の客たちがあの場に行ってもあんなに熱い空間を作り上げたとは思えない。棒立ちの傍観者にしかなれない人たちが大半だろう。歯がゆい。自分も羊の一員なのが何よりも悔しい。雰囲気を打破することが出来ない。何となく合わせてしまう。このツアーは渋谷だけ行けばよかったのではないかという思いが頭の隅にちらつく。ビートたけしさんが前掲書で書いていたように、このジャップの行動倫理は人口密度が異様に高い島国でお互いがストレスを溜めないようにというところから来ている。それを海外と単純に比べて一概によくないとは言えない。これが日本のよさとも繋がっている。それを踏まえた上でも私は、高尚で素晴らしいアートを受け身で鑑賞しに来ているようなこの客席の雰囲気があまり好きではない。なぜなら、それはこの音楽を本当に理解しているとは言えないからだ。礼儀正しく静かに聴いて曲が終わったら拍手をしていればいい、そういう音楽ではない。上原ひろみさんの音楽を本当に好きで聴いていれば、ただ黙って聴いているのが決して礼儀正しくはない、むしろ無礼だと分かるはずだ。良いプレイがあれば即時に惜しみない歓声と拍手を浴びせる。フットボールでもMCバトルでもそうであるように、ライヴ・エンターテインメントでは観客の反応も一部なんだ。映画を観るのとは違うんだ。
そのためには前提として、何が良いプレイなのかを私たちが理解しなければならない。みんなが拍手しているから何となく合わせて拍手しておく、ではない。よそ行きの場ではお行儀よく、かしこまっておとなしくしていれば間違いはないという行動規範を身につけた日本的な優等生。渋谷のラヴ・ホテル街のど真ん中にあるライブハウス(和製英語)と違って、こういうちょっとハイ・ソな場所だとそういう観客が多くなるのだろう。でもそれは必ずしも良き観客ではない。もちろん、それがたまたまハマる場合もある。たとえばクラシック音楽を聴く場合とか、ミュージカルを観る場合はそれでいいのだろう。でもジャズ、特に上原ひろみさんの音楽とその態度の相性はよくない。ジャンルに応じた立ち振る舞い。その前提となるジャンルに対する造詣の深さ、理解。明治安田生命J1リーグを観ていても思う。ゴール裏の人々と地蔵(後方彼氏面)の中間層が薄い。自分の意思で、周りに関係なく、個人として、観ているものに心からの反応をしている人が少ないのだ。ゴール裏の人たちが必ずしもそれをやっているわけではない。彼らは彼らで、リーダーに統率されて決められた歌やチャントを歌っている。DAZNで試合を観ていると、すぐ目の前で自分たちのチームが失点していたり、相手チームの選手が危険なタックルをしたりしているのに、関係なく飛び跳ねて歌い続けているゴール裏の人たちが映ることがある。正直、滑稽である。
Hello! Projectを観ていたときにも思ったけど、会場の規模によって来る人の濃さが変わってくるんだよね。大きくなればなるほど客の強度が低い。大きな会場だと、端的に言うと見物客が一定数出てくる。それは仕方のないこと。旧SHIBUYA ON AIR EASTのときに感じたヘッズの熱量をそのまま東京国際フォーラム ホールAで実現するには無理がある。会場が大きくなればなるほど、普通の人々も来るってこと。おそらく上原ひろみさんの音楽を聴いていない人(誰かに連れられて来た人)もそれなりにいたのだろう。スキモノが集まった異常な空間ではなくなる。異常者濃度が薄まり、全体のヴァイブスが言うなれば平均的なジャップのそれに近くなる。
コンサートの後半になると客席に蔓延るぎこちなさとシャイさはある程度、緩和されてきた。何人かの勇者が度々、大きな声を会場に響かせて盛り上がりを演出していた。私も序盤から何度かフー!と好プレイや曲終わりに声を出したが、周囲に声を出している人がマジで一人もおらず、最後までやりづらかった。振り返ると、2014年の私はおとなしく聴いている側だった。本当はもっと歓声を送りたいのに…本当はもっと会場が熱くなるべき音楽なのに…というむずむずする気持ちもそこまでなかった。この9年の間に、それだけジャズと上原ひろみさんの音楽を聴き込んできたということでしょう。
渋谷のときと違って途中で20分の休憩があった。X(旧Twitter)を開くと、母乳を冷凍販売する27歳女性の愚痴垢(Hello! Projectメンバーさんの悪口を言うアカウント)という新たなスターが登場していた。搾乳動画はJPY10,000で提供するらしい。スタア誕生 無感情な商売繁盛…(キングギドラ、『スタア誕生』)。よくもまあ、次から次へと輩出される逸材。Hello! Project支持者の層の厚さ。私にとってHello! Projectはアイドルさんを鑑賞する趣味から異常オタクを鑑賞する趣味へと変わった。
2023年12月9日土曜日
上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2023 “Sonicwonderland” (2023-11-22)
ユートピア的な想像力は、この所与の現実を相対化し、変革するための支点として作用しうる。この閉塞した現実の彼方に措定された非在の未来像が、現実変革の実践のための不可欠の契機となる。ところが、「歴史の終焉」に伴うユートピア的な想像力の退化は、もはや現にあるものの乗り越えを意志せず、規定の現実の単なる惰性的な延長の追認に堕する。(木澤佐登志、『闇の精神史』)
「世界を変革せよ」という思想は忘れ去られ、代わりに「意識を変革せよ、人生を変革せよ」という思想が主流となった。仮に制度的な変化が期待できないのであれば、私たちにできることは資本主義とテクノロジーを最大限に利用することだけだ。(木澤、前掲書)
「この景色をずっと夢見ていて……壮観です」。感慨深げに上原ひろみさんはフロアのヘッズに語りかけた。何のことを言っているのだろう。もしかしてアレか、コヴィッド騒ぎのくびきから自由になった日本のヘッズを前に演奏するのはコレが初めてだったか。いや、違うか。ついこの間コットン・クラブでやっていたもんな。公演後の上原さんによるInstagram投稿に答えが書いてあった。彼女が夢見ていたのは、スタンディングの会場でこの音楽を奏でること。たしかに今日の旧SHIBUYA ON AIR EAST(新Spotify O-EAST)は特別だった。立ち見の会場ってのは当たり前だけど2時間、3時間と立ちっぱなしになる。クッションのある椅子に腰掛けるのに比べりゃ疲れるし、ストレスがかかる。それを知った上で、わざわざチケットを買って、平日の18時開場、19時開演に間に合わせて来る人々。決して分かりやすい音楽ではない。ここに集まった時点でスキモノなわけ。収容人数1,300人をフロアをほぼ隙間なく埋め尽くす人々。この音楽の価値が分かる人々がそれだけいる。東京の文化資本の底力を感じた。今日のヘッズは最初から最後まで熱狂的だった。みんなアルバムを聴き込んでいる。ファッションで来ているのではない。そういう人たちが集結した場だからこそ生まれる濃さがあった。この音楽ジャンルやアルバム“Sonicwonderland”を聴いていなければこんなにワーッてなれないし、そもそもなぜここでワーッてなっているかが理解できないだろう。分かる人だけに許される快楽。私も気持ちよく声を出し、手を叩き、身体を揺らすことが出来た。まだこの日本ツアー全18公演中の2公演目だけど、今日の渋谷が一番の一体感だったんじゃないか? この先の16公演でコレを超えることはないんじゃないか? 私はこのツアーは今日と東京国際フォーラムでの二公演の計三公演に入るが、この渋谷の熱狂を体感できただけでも十分と思えるほどだった。上原ひろみさん率いるSonicwonderlandバンドと今日フロアにいた我々は、単に演奏者たちと聞き手たちという関係ではなく、同じ音楽空間を共同で作り上げていた。石丸元章さんが『覚醒剤と妄想 ASKAの見た悪夢』で書いていたが、音楽によって我々は同じ妄想世界を共有することが出来る。音楽がもたらす一体感はプリミティブな感覚であり言語と意味を超越している。その領域に一歩は近づけた感がある。上原さんもsuper energetic audience!とInstagramで褒めてくださった。“Sonicwonderland”のサイケデリックな音。“Trial and Error”の上原さんによるアヴァンギャルドな即興演奏。“Up”における約13分にも及ぶドラム・ソロ。即興からの脱線。時に何の曲を聴いているのか分からなくなるほど。二度と同じ音はない。極上の音楽世界。宇宙に連れて行かれた感覚だった。木澤佐登志さんの『闇の精神史』で読んだサン・ラーさんに関する解説を思い出した。
サン・ラーと彼のアーケストラは、コズミックな演奏とパフォーマンスを通して、抑圧と絶望に満ちた地球、この狭量な世界からのイグジット(exit)を高らかに唱えた[…]彼らが目指した先は、地球の外部に遍在する広大な銀河系、宇宙という無限の空間に他ならない。宇宙、それは未知の領野であるのと同時に、そこにいつか帰らなければならない黒人にとっての真の「故郷=ルーツ」でもあるのだ。(木澤、前掲書)
私は学生時代には渋谷の街をよく歩いていたが、最近はめっきり足が遠ざかっている。飲食店事情には明るくない。てきぱき動かないと18時の開場に間に合わなくなる。整理番号がカス(727番)なので多少遅れても問題はないだろうが、池袋でサッと食べていくことにした。最近KFCへの内なる欲求があったので久々(8月21日以来)に入ってみた。フィレ・サンド・セット。冷めたフライド・ポテト。ちっちぇーバーガー。クオリティ低い。これでJPY850は決して安くない。同じ鶏肉だったらキッチンABCで若鶏のソテー トマトソース(通称トマト)JPY950が格段に上。KFCがアレでJPY850を基準とするとキッチンABCのトマトは値段が倍以上してもおかしくはない。結果としては、渋谷で食ってもよかった。旧SHIBUYA ON AIR EAST(新Spotify O-EAST)に行くまでに上る道玄坂にちょっとした飲食店はいくらでもあった。開場時間の少し前に旧SHIBUYA ON AIR EAST(新Spotify O-EAST)に到着。定刻の18時で既に130番まで呼び出されている。入場時に周りのヘッズが着ているのを見て本ツアーのTシャツが売られているのを知る。黒とオートミールの二色展開。黒のサイズL。JPY3,500。買います。おそらく後日の公演で買い増す。JPY600と引き換えに渡されたドリンク・チケットを缶入りのハイネケンと交換。奥にもバー・カウンターがあるのを知ったときには引き返せないタイミングだった。本当はジン・ライムなりラム・コークなりを飲みたかった。さすがに727番となると既にめぼしい位置は埋まっている。ピアノの置かれた左側に人が集中している。右端付近ならまだ前方が空いているが、スピーカーに近い。それにアイドルさんを見るのと違ってレスがどうとかメンバーさんの身体を見たいとかではないから中途半端に前に行くこともない。段差のあるところでまだ前に一人しかいない場所を確保。正解だった。ステージ上が見やすかったし、周囲のヘッズも十分に熱があった。声を出しても好きに身体を揺らしても浮かない。人は密集していたけどそれが気にならないくらい自由な雰囲気があって心地よかった。
2023年11月26日日曜日
AI KUWABARA THE PROJECT Making Us Alive Again Tour (2023-11-08)
あのときの感覚を思い出した。“ALL LIFE WILL END SOMEDAY,ONLY THE SEA WILL REMAIN”の桑原あいさんの即興プレイ。格闘ゲームでいうところのコンボ技が完璧に決まっての完全勝利みたいな。そこからのFATALITY、BRUATILITY(MORTAL KOMBAT)みたいな。見事に決まった。その場に居られることの幸せ。ブチギマッた。圧倒的な個人技。それをこの目で、この耳で、この臨場感溢れるブルーノート東京で体感できたという喜び。爽快感。拍手よりもガッツ・ポーズが先に来た。このために私は青山に来た。このために私は17時までの会議が終わったらすぐにコンピュータの電源を切って家を出た。このために私はこの公演を申し込んだ。このために私は東京に住んで東京で働いている。
想像していた以上に激しく、カッコよく、情熱的で、一秒の隙もなく徹底徹尾、超ドープだった。打ち震えるような強烈な名演に居合わせたと確信している。「帰るのめんどくさい(笑)」と、一度捌けてから戻ってくるアンコールの儀式を経ずに最後の“MONEY JUNGLE”を演奏したことにも表れているように、客にも演者にも一息つく暇がなく、常にハイ・プレス、ハイ・ライン、ハイ・インテンシティで集中が途切れない、濃密な公演だった。トークの時間でさえゆったりと落ち着くことはなかった。最初の3曲を終えた後に桑原さんが喋ろうとするも呼吸が整わず、何度もふーっと大きく息を吐いていた。ピアノを弾いているときは元気なんだけど、喋ると呼吸の仕方を忘れると言って笑っていた。存外にチャキチャキなノリで手早く喋りを切り上げ、次の曲に移る桑原さん。まるでピアノを弾いていないと溺れて死んでしまうかのようだった。ピアノを前にした彼女はまさに水を得た魚と形容するに相応しい。私の席はピアノの前の位置だったので、桑原さんの動きがよく見えた。左手でピアノにもたれかかり、ピアノに身体を預けながら、右手だけで鍵盤を叩く桑原さん。ピアノと一体化しているかのようだった。私が入ったのは20時半からの公演だったのだが、その直前にも公演をやっていたのが信じがたいほどに熱量に満ちていた。
さっき個人技と言ったけど、もちろん今日はトリオ編成なので、ベースの鳥越啓介さん、ドラムスの千住宗臣さんとの連携、鳥越さんと千住さんの個人技も見所たっぷりだった。ジャズという言葉にはセックスという意味があると聞いたことがある。その意味で、桑原さん、鳥越さん、千住さんん、観客も含めた箱全体が今日はジャズっていた。セックスにカウントしていいと思う。今日おもしろかったのは桑原さんがトリオの仲間だけでなく、後ろに控える音響機械を操作する婦人にも度々ジェスチャーを飛ばしていた点。こういうこともあるのかと、私にとっては発見だった。鳥越さんをフィーチャーした“EVERYTHING MUST CHANGE - PALE BLUE EYES”では、ベースでこういう音が出せるのか、と驚かされた。千住さんの表情と動作からは秘めたる暴力性、変態性を感じた。桑原さんが千住さんのビートに合わせて鍵盤で同じリズムを刻む場面が最高だった。開演時、鳥越さんと千住さんが後方からステージに向かって歩いてきたときは観客かと思うほどにパッ見、地味な紳士たちだった。フェイド・カットではないし、おでこも出していないし、服装も目立たないし。その後ろに金髪で真っ赤なスカートの桑原あいさんが歩かれていたので、となるとあの二人の紳士たちは出演者なのかと気付いた。
“LORO”はアルバム“Opera”の荘厳なソロ・ピアノ版しか聴いたことがなかったので、トリオでのハイ・テンポ版を聴けたのは嬉しかった。私は桑原あいさんのアルバムを以前から聴いていたけど、今日に向けてSpotifyで聴けるものはなるべく聴いてきた。それはこの公演を楽しむ上でとても効いていた。ジャズ現場に慣れていない私でも躊躇ゼロでスタンディング・オヴェイション。会場を出た後も、しばらくは頭と身体の火照りが収まらない感覚があった。
二つ、訂正しておきたいことがある。一つ目。このブログで私は何度かブルーノート東京と対比する形でコットン・クラブの席間隔の狭さをディスってきたが、今日のブルーノートもコットン・クラブと変わらず窮屈だった。ただ、私が以前にブルーノート東京を利用した際には席の間隔がもっと広かったのは事実だ。おそらくコヴィッド騒ぎの期間だけ、客同士が対面しないようにし、距離を取っていたということなのだろう。つまり私はコヴィッド制限時だけのブルーノート東京の席と、平時のコットン・クラブの席を比較していたのだ。二つ目。ブルーノート東京とコットン・クラブで飲み物の値段が変わらないと私は書いていたが、今日のメニューを見るにどうもブルーノート東京の方が高そうである(値上げした?)。コーヒー・ハイボールJPY1,700がとてもおいしかった。
2023年10月28日土曜日
私のもとへ還っておいで (2023-10-21)
店を出て地下鉄の横浜駅に歩く道すがら、私があげたベース・ブレッド・ミニ食パン・レーズンを頬張る享平君。私は同年代の友人たちと会食すると情けないほどお互いすぐにお腹がいっぱいになってしまう。享平君のような大食漢とご一緒できるのは新鮮な体験。何でも学生時代には5kgのステーキを制限時間内に完食すれば無料になるチャレンジに参加し成功していたらしい。彼の勤務先で昇進する社員はおしなべてたくさん食べ、たくさん飲み、短時間睡眠で長時間労働をするのだという。彼にぜひ賞味してほしかったベリーズ・ベリーのバブル・ワッフルには長蛇の列。試合開始に間に合いそうになかった。食いモンは諦め、スタジアムに入る。ビールを買うために席を離れる享平君。戻ってくると私の分も買ってきてくれていた。さて、マリノスだが負傷者の続出もあって不振が続いている。6日前にさいたまスタジアム2002で浦和レッドダイヤモンズに0-2で完敗し、ルヴァン杯を準決勝で敗退したばかり。リーグ戦は残り5試合で首位の神戸と勝ち点差4をつけられている。リーグ連覇に向け窮地に立たされている。試合が終わってみると4-1で勝っていた。しかし試合内容はまったく褒められたものではなかった。浦和レッドダイヤモンズ戦から何かが劇的によくなったかというとそんなことはない。前半は相手の方がチャンスが多く、1-0で折り返せたのは幸運だった。相手のシュート精度の低さに助けられた。もちろん一森さんのスーパー・セイヴィングと勇気ある飛び出し、喜田さん率いるDFラインの奮闘も欠かせなかった。1-0で後半の終盤まで膠着する中で、点差を2に広げられるチャンスをロペスさん、植中さん、ヤン・マテウスさんらが次々に逃す。決めろや。こういうのを決めないと追いつかれて勝ち点を落とすんだよ。募るイライラ。ただ84分、90+1分、90分+6分と最後に畳みかけるように決まるゴール。我々の席に近い方で豪快で爽快なゴール・ショーを見せてくれた。エンターテインメントとしては楽しかった。ただ、終わりよければすべてよしとは言えない。この調子で残り4試合も勝ち続けられるほど甘くはない。1試合に限れば論理的ではない結果は得られることがあるが、それが何度も続くわけではない。杉本さんが決勝点となった2点目を決めた後にゴール裏の皆さんがWe are Marinosを歌い始めたときはちょっとウルッと来そうになった。終盤、4バックが左から吉尾さん(本職右ウイングやトップ下)、喜田さん(本職ボランチ)、松原さん(本職右サイドバック)、榊原さん(本職トップ下)。本職ゼロ。DFの大半が負傷離脱している異常事態。通常であれば勝ったときは選手の周回やMVPの発表まで見届けてから帰るのだが、今日は次の予定があるのですぐにスタジアムを去る。
2023年10月24日火曜日
KissBee ONE MAN LIVE『BoooooM!!!』 (2023-10-16)
想像を超えるカス会場。紛れもなくカス会場。誰かの大切な思い出が詰まった場所かもしれないが、それでもカス会場。何がどうなってこんなつくりの会場が生まれるに至ったんだ。ステージの範囲内に超巨大な柱が二本。柱の前にでもいないとステージの全景は見えない。柱の前はVIP席(JPY30,000)やらSS席(JPY10,000)やらで既に埋まっている。そして柱の左右の比較的前方は撮影エリアで、キャメラを構えて撮影に専念する人たちが集まっている。一般席(JPY3,500)はその後ろ。私は左寄りの段差のある一番前に立つことが出来たから、比較的見晴らしはよかった。視界が大幅に遮られているものの、メンバーさんが見える位置にいるときは見えた。ゆいちゃんは相変わらず可愛く、ダンスにはドリブル中のエウベルさん並のキレがあった。それでも、たとえば曲と曲の間にメンバーさん8人が横並びになるときは、左の3人と右の1-2人が見えるという具合で、3-4人は見えなかった。序盤にメンバーさんが順番にソロ・ダンスを見せるくだりはまったく見えなかった。公演中に流れる映像はメンバーさんのれなぱん(大江れなさん)が作った。こういう工夫をしたんですけど気付いてくれましたか? なんて問いかけられても、知らねえよ。こっちは。見えてねえよ。そこはちょっとシラケた。置いてけぼり感があってさ。救いはドリンク代JPY600を払って手にしたラム・コーク。奴がいなけりゃやっていけなかった。うまかった。バーカンの姉ちゃんがちゃんとラムを入れてくれた。アルコールがほどよく回ってきた。ステージをじっくり鑑賞するというよりはラム・コークでいい気分になりつつ、身体を揺らし、声を出し、みんなが盛り上がっている場の雰囲気を味わうのが主だった。いいコンサートだったと思う。ヴァイブスはすげー良かった。私が楽しんだのは間違いない。労務を調整して来た甲斐はあった。ただ、会場に関して言えば、出来ればもう二度と来たくねえ。こんなトコ。後ろがスカスカだったらもう割り切って酒を追加しつつチルする楽しみ方もあっただろうけど、メンバーさんが毎日のようにチケットの手売りを頑張った成果なのか、まあまあ混んでいた。私よりも後ろにいた紳士淑女はキツかったと思う。
前も書いたがKissBee現場に来てのカルチャー・ショックとして、アンコールが自然発生ではない。おそらく仲間内でこの公演はこいつと決められたおまいつの呼びかけがないと始まらない。(たぶん勝手に始めたら揉めて村八分にあうのだろう。)後日、享平君に聞いたところ地下ではそれが普通らしい。コルリ(コール・リーダーと呼ばれるゴール裏の統率者)の指揮で集団が動く明治安田生命Jリーグのゴール裏文化に似たものを感じる。ちなみにフットボールの応援は国によって文化が異なる。最近観た動画によると英国プレミア・リーグではいわゆるコールを統率する人物が存在せず、誰かが思いついて始めたのが周りに受ければ広まっていってくらしい。
コンサートはたっぷり約90分。ダラダラとメンバーさん全員が今日の感想を述べないのが好印象。特典会をガッツリやるからお話をするのはそっちでという棲み分けが出来ているから、コンサートはコンサートをしっかりやってくれるんだと思う。現に今日も18時半頃に終演し、22時まで特典会をやっていたらしい。私は特典会には目もくれず、終演即退出。新大久保に移動してソルマリで夕食。最近ラトバレの味がやや落ちている。数ヶ月前に加入した二人の新メンバーさん(吉田琴音さん、森元あやのさん)が、この公演で本デビュー。そしてもう一人。オーディション等の文脈なしで唐突に加入が予告された14歳。謎に包まれていた。このステージでお披露目。鈴木美優さん。ジェネリックまなかん風。吉田さんと森元さんが霞むほどのイルなヴァイブス。ついつい目が行ってしまう。どうやってこんな子をリクルートしてきたんだろう。KissBee、面白いことになった。あ、でも安心して。ボクはゆいちゃんに一途だヨ。
2023年10月8日日曜日
ゆいのの『Imperfect i!'?』リリイベファイナル☆ (2023-09-18)
上質な音楽を(ブルーノート東京の劣化版会場とはいえ)上質な空間で味わった翌日。アイドルさんを観に行く気分ではない。もう少し間を空けないと。どっちが上でどっちが下かというより、食べ合わせの問題。今日が無料のリリース・パーティだったら行くのをやめていたかもしれない。チケットを買ってある(JPY2,000)し、この夏のゆいののによる公演としては今日が最後らしいので干すわけにもいかない。なんだかんだ藤井優衣チャンを生で観たいし。まあサクッと観てサクッと帰ろうかと。渋谷近未来会館。初めて聞く。初めて行く。新しい会場のようだ。だいぶ前にG君と行ったカフェ(何の時だっけ)のところの坂を上ると右手にあった。既にヘッズが整理番号順に並んでいる様子。私はA49。お兄さんの番号だと中ですよ、と係員のお姉さんが教えてくれた。並んでいる紳士に番号を聞くとちょうどA50だったので彼の前に入る。8月6日(日)に買った特典券が1枚残っている。今日はそれで優衣チャンと写メでも撮れればいいやと思って、買い足さなかった。昨日のコットン・クラブでちょっとした風俗に行ける金額を消費したという負い目がある。ここで追加の散財はしたくない。
開場11:00、開演11:30。右寄りの3列目くらいの位置を確保。KissBeeNextという謎の集団が前座で登場。彼女たちはどういう位置づけなのだろう。KissBeeの下部組織で、将来の昇格を目指しているのか? その割に必ずしも年齢が低いわけではなさそう。よく分からないが、間近で何度もキックを見せつけられ、小生の愚息が刺激されなかったと言えば嘘になる。優衣チャンとの本番に向けていい準備運動になった。
正直言うと、8月に観に来たときのゆいのののステージ・パフォーマンスはあまり印象に残らなかった。なので今日に関してはそこまで期待していなかったのだが、どういうわけか心を掴まれたし、かなり楽しかった。周囲の先輩たちにリードされながら、ゆーいちゃん! ゆーいちゃん! と曲中に何度も叫んだ。ああそうか、アイドル現場ってこういう感じだったな。あの頃の感覚を思い出させてくれた。このはっちゃける感じ。馬鹿になる感じ。後半の曲では私の前にいた最前付近の紳士たちが二、三回持ち場を放棄して後ろの方にぐわーって集まって、藤井優衣チャンと篠原ののかチャンに目もくれず自分たちで盛り上がっていた。彼らが戻ってくるまでは一時的に私が実質的最前となり、ののかチャンと優衣チャンからレスをいただいた。訳が分からないが可笑しくて楽しかった。
チケットがわずかJPY2,000だし、コンサート部分は1時間程度。売上的にも時間的にも特典会ありきの商売。ところが今日に関しては思いの外(失礼)コンサートだけでも十分に楽しく、私は満足してしまった。上述したように写メだけ1枚撮るつもりではあったが、特典会に至るまでの進行がダラダラしていて時間がかかりそうだった。余韻を残したまま会場を去りたかったし、昼飯を食いたかったのでそのまま会場を出た。
2023年10月7日土曜日
西川大貴 LIVE 2023「Continue」 (2023-09-17)
めいめいのゲスト出演きたー。買います買います。というくらいのノリで昼と夜の両公演に申し込んだ。よくよく考えるとチケットはJPY7,500。(おひとり様が選べる席は一種しかなかった。)強制オーダーさせられるドリンクが最低でもJPY1,000前後。ドリンク代に加算されるサーヴィス料がたしか10%。1公演にかかるお金が実質JPY9,000近く。それを二回となると、ちょっとした風俗に行ける金額である。風俗に限らずJPY18,000あれば楽しめることは色々とある。もちろんコットン・クラブでめいめいを観られる機会を逃したくない。支持者として当然だ。いくら系列店のブルーノート東京と比較するとすべての面で質が劣る(でも料金だけは変わらない)会場とは言え、コットン・クラブが上質な空間であることに変わりはない。あの舞台にめいめいが立ち、生バンドの演奏で歌う。その場に居合わせたいのは当然である。しかしながら、めいめいの出番は二曲(デュエット+ソロ)と少しのトーク。時間にして十数分だった。そのためにJPY9,000を払うのは百歩譲って支持者の勤めだとして、一回でよかったのではないだろうか。その疑問は今でも拭えない。ただ私はめいめいを生で鑑賞する機会に飢えていた。最後が7月30日(日)の『秘密クラブ』(※私はあえてブログを書かなかった。秘密の集まりなので、話したこと、やったことは来た人だけの秘密という設定があった。それをどこまで額面通りに受け止めるかという問題がある。迷ったのだが、内容を書いて残すのは野暮だと判断した)。それで今日のコンサートがあって、その次が10月21日(土)の一人芝居コンサート。その次はもう年末のミュージカル『赤と黒』。私は12月24日(日)に観に行く。それで2023年は終わり。来年の予定は今のところ見えていない。だったらココで二公演入っちゃえ。そんな感じで決めた。めいめいはもう少し長く出演するものと、何となく思っていた。本当に何となく。根拠なく。希望的観測。もしはじめからめいめいの出演は二曲ですと案内に明記されていたら片方の公演で踏みとどまっていたかもしれない。思ったんだよね。昼公演の途中に。あー、コレは昼と夜のどっちかでよかったかもなって。で、まあたしかにめいめい支持者の視点だけで観ると片方で十分だった。そもそもマストな現場でもなかった。ただ視点を広げて音楽ファンの立場で見ると悔いはいっさい残らなかった。良質なコンサートだったからだ。良い音楽、良い会場、良い雰囲気。西川大貴さんの歌も小粋なトークも、バンドの皆さんの演奏もすべてが素晴らしかった。(蛇足1:ベース担当の紳士がマリノスの飯倉さんに似ていた。お名前が角田さんと知り可笑しかった。角田さんという選手もマリノスにいるからだ。蛇足2:西川さんはもう少しスカした野郎なのかと勝手に思っていた。日本のミュージカル業界の問題点を真面目に語るのを見て印象が変わった。またオリックス・バッファローズが好きで、オリックス・ブルーウェーブ時代のユニフォームを模したシャツをグッズで販売し、あまつさえアンコール後にはブルーウェーブの歌を歌うという変なところもあって面白かった。蛇足3:昼公演はウィスキーのブッシュミルズ・ブラック・ブッシュをロック。チェイサーもつけてもらった。夜公演は赤ワイン。ワインのおいしさが全然分からない。夜公演のめいめいが登場したあたりでちょうど尿意の波が訪れ、コンサートの後半は早く終わってくれと思いながら観ていた。)私にとって今節最大の収穫はピアニストの桑原あいさん。前からSpotifyで聴いていて、スッゲーいいジャズ・ピアニストさんだと思っていたんだよね。アルバムでいうと“Making Us Alive (Live)”とか“Live at Blue Note Tokyo”とか。きっかけは覚えていないけど、たまたまSpotifyでオススメに出てきたんだと思う。そうそう、コレを書いていて思い出したけど、ピアノ担当が桑原あいさんなのも二公演への申し込みを後押しする要因だった。めいめい目当て7割、桑原あいさん目当て3割みたいな。今回、桑原さんの演奏を生で体感することが出来てよかった。情報量が違う。周りのバンド・メンバーや西川さんと意志疎通を図りながら音楽を作っていく様子を視覚的にも見るのは、Spotifyでアルバムを音だけで聴くのと全然違う。今日のトークを聞くかきり桑原さんは西川大貴さんとは旧知の仲で前から一緒に音楽をやってきたらしく。めいめいがミュージカル界の繋がりで呼ばれた西川大貴さんのコンサートに、私がたまたま好きで聴いていたジャズ・ピアニストさんがいて、彼女の演奏でめいめいが歌うという。世界は狭いというか、なんか面白いなって。めいめいの出番が二曲と書いたけど、それは『俺の彼女』(宇多田ヒカルさん)。コチラは西川大貴さんとのデュエット。『グッバイ・マイ・ラブ』(アン・ルイスさん)。コチラはめいめいのソロ。『グッバイ・マイ・ラブ』は西川大貴さんのリクエスト。西川さんがめいめいの歌うこの曲が好きすぎて、彼女と知り合う前にこの曲ばかりをずっと聴いていた時期があるのだという。今日のめいめいを観ていると、9月15日(金)に三ツ沢に観に行ったサガン鳥栖戦でのヤン・マテウスさんを思い出した。64分に途中交代で入って。限られた時間で何度も相手DFを翻弄し、決定機を演出する。違いを見せつける。自分を表現する。観客を魅了する。わずか二曲の出演でもめいめいは遺憾なくドープさを発揮してくれた。惚れ惚れする。声自体の魅力。歌声のヴァイブス。めちゃめちゃイケてるラッパーがヴァースをスピットし始めた瞬間から何か分からないけど聴いていてゾクゾクくる感じ。それがめいめいにはある。話しているときの少女感とのギャップ。次はもっと長時間このステージに立ってほしい。めいめいのソロ公演をコットン・クラブで観たい! いつか、いや、すぐにでも! 桑原あいさんの現場にも行ってみたいなと思い出演予定を調べると、氏がリーダーを勤めるトリオが11月8日(水)にブルーノート東京で公演を打つことを知った。夜公演に入ることを決めた。
2023年8月21日月曜日
ゆいのの『Imperfect i!'?』発売記念主催ライブ (2023-08-06)
「四川は湿気が多いです。家の薪(?)で背中を温める習慣があります。食べ物もからいものを食べて湿気を身体から出して、巡らせる必要があります」
「汗で」
「そうです。身体に溜まったままだと体力が減退して、グッタリするんです」
「からい料理を食べ過ぎると気が短くなると言いますよね」
「食べ過ぎるとね。たとえば韓国はそこまで湿気がないのにからいものをずっと食べるからああいう感じになります。湿気が多いときには四川料理はいいですよ。だから日本の夏には四川料理は向いていると思います。冬は食べなくていいと思うけど」
「闘犬の犬にから味噌を混ぜたご飯を食べさせるんです。強くするために。家で飼っている鶏にも、オスにはからいものを食べさせます。鶏はオスが弱いと、強いオスがいる別の家にメスが逃げてしまうんです。だからそれを防ぐために、オスは強くしておかないといけない。からいものを食べさせると、実際にしっぽが大きくなって、性格も攻撃的になるんです。僕も家に帰るとよく飼っていた鶏が背中から襲ってきたものです」
「四川には体力を補うために昼寝の習慣があります。中国では学校で昼寝の時間があります。先生がはい、今から10分とか15分とか号令をかけると生徒がみんな机に突っ伏して昼寝をします。同様に湿度の高いベトナムでも昼寝の習慣があります。一度、韓国人がサッカーのベトナム代表監督になったのですが、就任最初は選手たちが昼寝をするのに戸惑ったと言っていました。私も一番忙しかったときは一日に18人か19人を診ていたことがあります。最後の何人かになるとうんざりして、もう話したくないなと思うようになってしまい、これはまずいと思って昼寝をするようにしました。そうすると午後も最後まで集中して仕事が出来るようになりました。今では一日に診るのは15人までと決めていますが」
「日本は私のような外国人にはやりやすいです。韓国で働いている知り合いが何人かいますが、向こうは競争が激しい。何かをやるとすぐに真似をする人たちが出てくる。日本にはそれがないです。声が大きくて行動する人にとってはやりやすい国だと思います」
「このあいだ行ってきた雲南省では決済方法がほぼキャッシュレスなんです。現金を出すとイヤな顔をされる。大したモノを売っていないその辺の小さな店でもそうなっている」
「インターネットで見たことがあるんですけど、中国ではホームレスもQRコード経由でお金を求めてくるそうですね」
「流石にそれは見たことがないな」
◆
いわゆる夏バテというやつに、ここ一ヶ月ほどずっと苛まれている(コレを執筆している8月20日現在ではよくなっている)。不調になるとKEN THE 390 feat. サイプレス上野、DOTAMAの『調子悪い』という曲が頭に浮かぶが、あの曲で言っている調子の悪さなんてのは所詮フェイクである。フックを聴いても三人のヴァースを聴いても、休みが取れていないから(疲れて)調子が悪いだの、寝ていないから調子が悪いだの、二日酔いで調子が悪いだの、当たり前のことしか言っていない。短期的な因果関係が明白な一時的な不調など不調のうちには入らない。そういう類の調子の悪さしか知らないうちはまだ若いのである。翻って、この私を見よ。規則正しく生活し、十分な睡眠を取り、冷たいもの取りすぎないように気を付け、週に三回くらいは朝にジョギングと軽い筋トレをし、二週間に一度はパーソナル・トレーナーに追い込んでもらう。酒は少量しか飲まない。色々と気を付けているつもりだ。それでも7月の初旬からずっと疲れやすく、食欲がほとんどない。それにあわせて仕事が緩くなってくれるわけではない。今の勤務先には会社全体の盆休みすらない。学生に1-2ヶ月の夏休みがあるのに、なぜ彼らよりも体力の衰えた我々がせいぜい数日の盆休みしか取れないのか?
明日は月曜、仕事がある。しかも出社。寝坊出来ん。今夜は浦和にフットボールを観に行く。19時キックオフ。帰りは遅くなる。それで、今日の公演が11時半から。間に変に時間が空く。外での活動時間が長くなる。気力が充実しているとは言いがたい今の私。やや荷が重い。正直めんどくさい。でも何もしないままじゃ戦力外。だろ?(KREVA, UZI, Mummy-D, “Sinu-City”)ってことで、老体に鞭を打って赴いた四谷ロータス。11時開場、11時半開演。ライヴは1時間あるって事前に情報発信があった。その後に特典会。それがいつ終わるのか分からない。終わってから池袋に戻るとランチの時間外は逃しそうな予感がする。休日ランチを生き甲斐のひとつとしている私にとっては痛手だが、仕方ない。この夏に多数開催されるゆいのののリリース・パーティや公演。一度は行きたかった。行くとしたら今日以外になかった。ライブハウス(和製英語)での主催公演であり、コンサート部分も1時間と(この界隈の基準では)長い。なぜゆいののに足を運びたかったかというと、藤井優衣チャン濃度が高いから。それに尽きる。KissBeeだと7人のうちの1人だが、ゆいののだと2人のうちの1人。自ずと見せ場も増える。ここ最近、私の中で藤井優衣チャンを見たいという欲求がふつふつと沸き上がっている。Tiktokの投稿や配信はよく見ているが、たまには生で見たい。そして願わくば、接触をしてみたい。なぜなら優衣チャンはとにかくカワイイ。キャラクターも面白い。非常に魅力的。Tiktok配信で彼女が言っていたのだが、料理がまったく出来ないらしい。オムレツを作るどころか卵を割ることでさえ失敗する。松屋だかすき家だかの牛丼チェーンで卵を割ろうとしたら卵の中身が真上に飛んでいったというエピソードを聞き、私は感銘を受けた。ちょっとこの人は突き抜けている。人間としてのパラメーターが特定分野に振り切っているというか。ある種の異常者ではないか。
◆
人間は首を切り落とされても、ちょっとの間は生首の状態で生きていると聞いたことがある。独立した生命体のように。自分が死んだという事実への理解が追いついていないかのように。本当かどうかは分からない。つばきファクトリーのゲイ・バー勢はその切り落とされた生首のような存在に思えてならない。アイドルとしては既に死んでいるのに、死んだことに気付けていないのだ。彼女たちはあの一件によって、自分たちをアイドルたらしめていた魔法を自分たちで解いた。この脱魔術化(disenchantment)は、支持者から見ると脱洗脳の大きなきっかけとならざるを得ない。催眠術が解けたようなものだ。もう私は、つばきファクトリーを、おのみずさんを観るためにお金と時間を使うことは出来ない。つばきファクトリーがKissBeeに、おのみずさんが藤井優衣チャンに単純に取って代わるわけではない。しかし、曲がりなりにもつばきファクトリーの公演を観に行くという習慣が残っていれば、私が今日、四谷ロータスに来ることはなかっただろう。
◆
チケット販売開始が7月25日(火)20時。私が購入を完了したのが20時1分。先着順で振られるらしい整理番号はそれでA54。この1分で私の前に53人が買っていたということだろうか? やや腑に落ちない。というのがこの会場自体、収容人数がせいぜい100人程度。実際に満員に近いくらい入っていたものの、1分で54人が埋まるなら数分で完売しそうなものである。別に番号に不満があったわけではない。まあまあ見えたから満足はしているのだが、純粋に不思議ではある。最初の数十人は年間チケット的な枠で埋まっているとか?
開場の約5分前に四谷ロータスの前に到着。いかにもオタクという感じの、安心感のある人々が10人ほど会場前で待っている。特に列は出来ていない。番号が呼ばれ、階段を下りる。今回は特典会への参加にチャレンジする。そのためには特典券というのをゲトらないといけない。2枚でチェキ、1枚で写メやセッション(お話し会のようなもの?)。3枚にしておくか。物販の商品一覧を見ると、特典券が一枚JPY1,000で売っている。それを3枚買えばいいのかな、と思っていたが、どうも前の人たちを観察しているとMカードというのを買うとそれにも特典券がついてくる模様。Mカードというのが何なのか知らない。おそらくMがミュージックの略。曲を落とせるパスコードが印字してあるカードなんだろう。そう察した。私の会計を担当してくれたマネージャーのやましんさん(うらきすでお馴染み)に、Mカードについてくる特典券というのはこの特典券と同じものなのかと聞いたら同じだと言うので、Mカードを3枚買った。特典券が3枚ついてきた。となると特典券を単品で売っている意味とは? 分からないことだらけである(10枚買うと1枚おまけでくれるという利点はある)。
入場時にひとことメッセージ券というのが何の説明もなく配布された。どうやらこれを出すと撮ったチェキや買ったMカードにメッセージを書いてもらえるらしい。近くのオタク諸氏が、Tシャツにメッセージを書いてくれるんだったら買ったんだけどなと話していた。Tシャツはデザインが手抜きな上にJPY5,000と地味に高い。近くにいた浦和レッドダイヤモンズのシャツ(ユンカー)を着た紳士に、今日試合行かれるンすか? 僕も行きますよ。マリノス側ですけど。なぞと話しかけて打ち解けてから特典会の仕組みについて教えを乞おうかと思ったが、持ち前のシャイさと不器用さが顔を出し、けっきょく話しかけなかった。
◆
若手金髪係員:並ばないならチェキ会やりませんよー(笑)
チェキ会の列を作りますと若手の係員二人が呼びかけるも、一向に列が出来ない。何も勝手が分かっていない状態で一人目にしゃしゃり出るのも気が引ける。二人目に並んだ。そのときに一番後ろの人が最後尾と書かれた紙を持ち、後ろに来た人に渡していくシステム。
私:初めて来ました
優衣チャン:初めて見る眼鏡〜!(笑)
(撮影体勢)
優衣チャン:初めてだからハートにしよ
(左の優衣チャンが左手、私が右手でCのような形を作り、真ん中で合わせる。肌と肌が触れている! この美女と私が物理的に接触してしまった! 許されるのか! 手が震える)
(撮影)
優衣チャン:名前なんていうの?
私:えっと…しいてきです
優衣チャン:…しいてき?
私:うん
優衣チャン:…? 由来が気になる…
◆
オタク氏:グータッチ会はないの? あるって書いてあったよ
若手金髪係員:確認不足でした
オタク氏:Livepocket(チケットの販売サイト)に書いてあったよ
若手金髪係員:Livepocketとか見ないから(笑)
(スマ・フォの画面を見せるオタク氏)
若手金髪係員:あ、本当だ(笑)
チェキ会が終わり次第、行うとその場で発表された。
(セッションという時間に、ポスト・カードのようなものにサイン等を書いてもらう)
優衣チャン:初めましての
優衣チャン:うん
私:c, t, e, k, i。そう。ありがとう
(優衣チャンの判断でC.TEKIとCの後にドットが追加された。これをもって私のハンドル・ネームは大文字かつCの後にドットがあるC.TEKIに変更された)
優衣チャン:なんでしいてきなの?
私:恣意的っていう言葉があって
優衣チャン:うん
私:響きが好きで
優衣チャン:どういう意味なの?
私:なんだろ、自由きままとか、こう、論理的じゃないみたいな
優衣チャン:へー! めっちゃいいじゃん。見た目も自由気ままそうだし(笑)。旅行とか行ってそう
私:(笑)
優衣チャン:ありがとう、C.TEKI!
驚くべきことに特典会では何をどうすればいいのか、やましんさんと若手係員たちからいっさい何の説明もなかった。当たり前のように始まって、どんどん進んでいく。正直、私は参加し終えた今でもいまいちシステムが分かっていない。優衣チャンは本当に優しくしてくれた。何も分かっていない私にどうすればいいのかを説明してくれた。私が並ぶ時間のことまで気遣ってくれた。
よかったのはベルサール系の会場で開催されるHello! Projectのお話し会と違って私とアイドルさんのやり取りを監視しているオジサンがいないこと。アイドルさんを守るためとはいえアレは何気にストレスだ。係員は時間が来たら離れるのを促すのみで、基本こっちを見てすらいない(特典会はステージで行われ、係員はフロアの方を向いている)。ソーシャル・ディスタンス(笑)も、マスク(笑)もなく、会いたい相手と一対一で対面してお話が出来る。嬉しい。レギュレーションや進行がカッチリしていない不便さと、この自由さ。表裏一体なのであろう。
◆
私は現役Hello! Projectを観るのをやめてからコンサートというものを観る頻度が減っていた。特にライブハウス(和製英語)に来る機会はコヴィッド騒ぎ以降は激減していた。大声可能、マスク自由というコヴィッド前と何も変わらない状態でコンサートを楽しめるのは本当にいいものだ。私はやや左寄りの位置から観ていたのだが、優衣チャンがすぐ前に来ることが多かった。特に前半。得した気分。番号は平凡とはいえそもそも小さな会場なので距離は十分に近く、ヘッズもそこまで密集していなかったので視界はそこまで悪くなかった。ただ、私の問題として曲が分からなさすぎた。一応SpotifyにあるKissBeeの曲は全部聴いたが、すべての曲を聴き込んでいるわけではない。それに聴いた覚えのない曲も多かった気がする。
2023年7月23日日曜日
田中れいなライブ2023 しっとりれーな☆ ~復活の『R』改~ (2023-07-11)
Hello! Projectのゴールド・カード会員特典として、貯めたポイントで公演に入ることが出来る。50,000pt超を持て余していた。50,000ptあればメンバーさんからのメッセージDVDをゲトることが出来る。何年か前におのみずさんにやって貰ったやつ。しかしコヴィッド騒ぎ以降、私から氏への興味はじわじわと削り取られ、先日のゲイ・バー事件によって氏にお金、時間、カードのポイントを使う理由が完全に消失した。かといって他のメンバーさんにいわゆる推し変をするわけでもなく。もうHello! Project自体に対するスタンスが『マジ興味ねぇ』(DJ OASIS feat. K DUB SHINE)になっている。メッセージDVDを貰いたいメンバーさんはいない。他の特典といえば額縁入りのサイン入り写真とか、ツーショットを誰かと撮れる権利とかだが、それらも要らない。そんな中、Twitterだったかな? ふと目にした。田中れいなさんのコットン・クラブ公演をポイントとの交換で観られるという情報を。17,600pt。公演の価格によって使用するポイントが異なるが、3-4回入れば今のポイント(+これから貯まる分)はほぼ消化できる。それでポイントを使い切ってファンクラブを退会すればちょうどいいじゃん。
コットン・クラブには前にサユミンランドールで来て好印象。内装やサーヴィスがブルーノート東京の下位互換のようだなと思っていたが、実際にブルーノートの系列店らしい。映画『Blue Giant』(上原ひろみさんが作曲、演奏で参加したアニメーション映画。ジャズのショウとして圧巻。拍手、歓声を浴びせたくなった)で知った。映画の中では店名を文字ってあるが、明らかにそれと分かる形でブルーノート東京とコットン・クラブが姉妹店として出てきて、後で調べたら実世界でもそうだった。何が下位互換かというと、コットン・クラブは雰囲気がもっと軽いというか、敷居の低さがある。(これは客にとってだけではなく出演者にとってもそう。田中れいなさんや道重さゆみさんがブルーノートで公演をしているのは想像できない。)あと席の間隔が狭い。窮屈。その割に飲み物の値段やサーヴィス料だけはいっちょ前にブルーノート東京と同等。サユミンランドールのときはオーダーが必須ではなかったから頼まなかったけど、今日は席に案内されたときにメニューを渡された。この公演限定のコラボレーション・カクテルを注文。JPY1,320。ココに来る前に食べてきたキッチンABCのオムライス・セット(オムライス+ハンバーグ+キャベツ+味噌汁)がJPY1,050だったよな……と思いながらストローを吸う。一口で後悔。甘すぎる。異常。桃味のシロップをそのまま飲んでいる感じ。氷で薄まるのを待ってなんとか片づける。田中さんが開発にかかわっている可能性がある(大雑把なコンセプト出しと試飲くらいはしているかもしれない)のであまり悪くは言えないが赤ワインにすればよかった。終演後の会計でJPY1,320にさらに10%を乗せられたのでJPY1,320の内訳が本体JPY1,200+消費税JPY120と見せかけて実は本体JPY1,320でした〜という罠かと思ったら、加算されていた10%はサーヴィス料だった。あんだけ終演後に会計待ちで並ばせておいて何がサーヴィス料10%じゃコラ。せめて本家ブルーノート東京くらい支払いの窓口数を用意しとけよ。ちなみに隣にいたおまいつっぽい多動な紳士はオーダーを聞かれ、とりあえず氷を入れた水と言ってそのまま何も頼まずにやり過ごしていた。メニュウをぱらぱらめくりながら「高いな〜」とぼやいていた。帰るときにテーブルにタオルを忘れていた。
非常に良い席だった。左右に配置されたお立ち台の右(演者側からは左)のすぐ横。真横から観る感じ。ステージとの間に席がない。田中れいなさんが目の前のお立ち台に乗ったときはやばかった。距離にして2メートルくらい? 会場によっては最前でもこんなに近くない。ちょっと悔やんだ。ゲスト出演する田村芽実さん目当てで、私は9月17日(日)に行われる西川大貴さんのコンサートを昼夜ともチケットを押さえてある。両方とも一番安い席を取ったのだが、片方だけでも今日の席種にしておけばよかった。
田中れいなさんはこちら側から登場。すぐ近くを通ってステージ中央へ。出てきた瞬間からヴァイブスが違う。たたずまいからしてモノが違う。本物の芸能人だ! 本物のハロプロだ! Max Fisher, “The Chaos Machine”によるとソーシャル・メディアは利用者をどれだけ没頭させ長時間利用させるかというゴールに向けて機能が設計されている。そのためにアルゴリズムが道徳感情を刺激する言葉、極端な内容と誤情報を多くの人々に広めている。ソーシャル・メディア同様、田中れいなさんにも我々を没頭させ長時間夢中にさせる悪魔的、中毒的な魅力が備わっている。それを引き立てるのがコットン・クラブという小箱、バンドの生演奏、脚とワキを惜しみなく見せてくださるえちな衣装、余計な司会者を呼ばず余計なゲームなどもせず田中さんの歌を堪能できるシンプルな構成。それらが田中れいなさんの魅力を会場中に拡散し、来場者全員を虜にさせた。当ブログのコアな読者でも殆どご存じないとは思うが(このブログを始める前の話なので)私は彼女たちが現役の娘。だった時代は断然さゆチャン派だった。『ラフ・アンド・ピース』のリリース・パーティに行ってからは私の中で田中さんの地位が急上昇している。Hello! Project本体はもういいとして、さゆチャンや田中さんがいるうちはM-Lineは細々と観なあかん。
田中さん曰く今日の衣装はコヴィッドで中止になったコンサートで着るはずだった。三年越しのお披露目。サイズは大丈夫だったけど、少しアレンジしてもらった。猫をイメージ。本当は耳もあった。立体感をつけるために衣装さんが苦心して作ってくれたけど、今日はつけるのをやめた。ヘッズからエーイング。明日つけてという声を受け、映像収録があるからイヤだと拒否する田中さん。イヤがる素振りを見せつつも、アンコールではしっかりと耳をつけてくれる。サーヴィス精神。(普通、しっとりれーなという演目名からこの露出度の高い衣装は想像しない。こういうところも田中さんは最高。)セットリストに『大人ブルー』(新しい学校のリーダーズ)があったのが今っぽい。Tiktok経由で生まれるトレンド。Tiktok経由で曲を知るという流れ。田中さん曰く多くの曲はサビさえうまく歌えばうまく聞こえるけど、『大人ブルー』はAメロがポイント。私はドラゴン・ボール・メドレーの『CHA-LA HEAD-CHA-LA』に高揚した。この曲と共に過ごした私の少年期。Juice=Juiceのひとイキ。田中さん曰く、もはや私の曲のようになっている。今度かりんチャンに会ったときにこの曲を私にちょうだいって言っておく。終盤の『夢見る15歳』は熱かった。現役かそうでないかという枠を超えて、Hello! Projectという概念の放ち得る輝きがこの数分間に凝縮されていた。トークの中で、この美貌を35歳になっても、40歳になっても維持すればみんなは推しとして見てくれるっちゃろ? 頑張らんとね。的なことを言っていた。田中れいなさんのような、並外れた、奇跡のような存在だけに許される発想。
2023年7月17日月曜日
ダ・ポンテ〜モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才〜 (2023-06-25)
シアター1010。前にも来たことがある。めいめい関係だったはず。駅前のマルイの中。11階。入場口。係員たちは全員マスク。壁にマスクのロゴが貼ってあるのが見える。この私でもちょっと日和りかけたが、素顔での通過を決行。何も言われなかった。場内のアナウンスメントではマスクの着用を推奨しますと言っていて、前から微妙に変わっていた。「お願い」という名の強制はなくなって、実際には自由になっているのだ。にもかかわらず「推奨」という言葉で煙に巻き、どさくさに紛れてマスクを続けさせようとしてくる。カス連中。もはやどの立場から何のためにどういう根拠でその「推奨」とやらをしているのかが完全に不明。演劇業界は頭が悪い人たちに牛耳られた後ろ向きな業界。そしてジャップという民族は本当にどこまでも陰湿で卑怯。リメンバー・パール・ハーバー。行動経済学の本に書いてあった。クレジット・カードのロゴを表示するだけで(クレジット・カードを使わなくても)客が払う金額は増える(Dan Ariely and Jeff Kreisler, “The Dollar Effect”)。目の絵を貼り出しておくと犯罪が減るという話も聞いたことがある。同様にマスクのロゴを掲示するだけで、明示的にお願いや強制をしなくても、それはマスクを着けろという無言の圧力として機能する。この数年間マスクが持ってきた社会的な意味を考えればそうなるのも当然だ。客席を見てみろよ。9割の奴らがマスクをしてやがる。ストリートの着用率よりも高い。前に元浦和レッドダイヤモンズの福田正博さんが浦研プラスの配信で興味深いことを言っていた。曰く、日本人選手は何々をやるなと言われると萎縮して何もやらなくなってしまう。そして何々をやれと言われるとそればかりをやってしまう。例として、今シーズンから就任した浦和のマチェイ・スコルジャ監督が練習開始の5分前にはグラウンドに来るようにと選手たちに指示をしたところ、異常に早く集まるようになった(それを受けてスコルジャ氏は5分前集合の指示を撤回した)。要は上の立場の人から何かを言われると、よかれと思って求められている以上のことを勝手にやってしまう。ここ数年の日本社会におけるマスクの扱いを見ても分かるように、その過程で赤の他人に対し実質的な強制を行うことへの疑問すら抱くことが出来ない。個人や自由といった西洋近代の根幹にある概念を習得できないまま奇跡的に経済発展だけしてしまった歪さ。ともあれ、マスクをしていなくても咎められることはなかったし、来場者の9割がしていようがそれはその人たちの勝手。私の知ったことではない。
めいめいは主役ではなかったけど、彼女目当てで一度は観に来る価値があるくらいの見せ場はあった。二度目、三度目と観たかったかというとそれはなかった。めいめいが中心にはいないのもあるが、それ以上にこの劇自体が私にとっては特段おもしろくはなかった。たとえば『ジェイミー』のようにめいめいがそこまで目立たなくてもミュージカルとして感銘を受ける場合は、もう一度観たかったなという余韻が残る。実のところこの『ダ・ポンテ』は凡庸だった。めいめいの支持者として一回観たからそれでよし。それ以上ではなかった。めいめいは、ダ・ポンテの母親、ロンドンで困窮したダ・ポンテを拾う若い女、その若い女の老後(ダ・ポンテの妻)という三役を演じていた。私の席は8列9番。センターブロック左端の通路席。序盤にめいめいがソロ歌唱をするときは真正面だった。劇を通してめいめいが左寄りに来ることが多く、事実上のセンター席と言ってもいいくらいの好位置だった。私は出演者の誰に対してもケチをつける気は一切ない。スタイル、技量、カリスマ性、人気などさまざまな面でトップ級の方々だからこの舞台に立てているのだろうと思う。だから誰が悪かったということではない。それを前置きした上で言わせてもらうと、モーツァルトと言われましても。どう見てもカツラをかぶった純日本人ですやん。というひねくれた考えを、どうしても頭から消し去ることが出来なかった。日本人が西洋人を演じるときに避けられない問題。単に見た目の話だけじゃなくてさ。たとえばダ・ポンテがゲットー出身のユダヤ人であるということで差別的なことを言われたりするんだけど、それがこのシアター1010の中にいる人たちにどこまでリアリティを伴うのか。正味な話、演じている当人たちだって大して知らないでしょ?(失礼。)そりゃこの劇のため、もしくは前に別の作品に出る際に多少の勉強はしたかもしれないけど。たとえばの話、ユダヤ人ではなく朝鮮人、ゲットーではなく部落だったら感じ方が全然違ってくる。その辺の肌感覚だよね。そういったことがどうしても気になってしまい、最後まで頭のどこかに違和感があった。そういうのを抜きにして観れば、面白いは面白いんだけどね。モーツァルトと二人三脚で音楽を作っていたダ・ポンテという人物がいたんだっていうのを知れたのも単純に興味深かったし。めいめいがステージで歌っているのを近距離で聴かせてもらえれば、それだけで私の口角は上がる。私の生活ではめいめいを観ているときにしか使わない顔の筋肉がある。
ハハノシキュウ独演会〜完全1人会〜<立会い出産第十子> (2023-06-11)
昨日(KissBee→横浜F・マリノス→KissBee)の消耗が激しく、疲れが残るが、行っておきたかった。しばらく足を運んでいなかったハハノシキュウさんのショー。最後に行ったのが2019年でしょう。コヴィッド祭りの最中は一度も行っていない。夜に出かけず休むのが本当は正解。昨日の疲労がある上に、今日は鍼灸の施術を受けたからだ。鍼をやったらその日は入浴してはいけないし、激しい運動をしてはいけないし、お酒も飲んではいけない。せっかく整えた血の巡りが乱れるから、ということらしい。まあハハノシキュウさんの現場に行くのは問題ないだろう。どう転んでもワーワー騒ぐようなことにはならない。安静にしているのと大差ない。昼までゆっくりして、エーラージでサバフィッシュとマンゴカレーとライス(JPY1,980)。広がるトロピカルな風味。ラージさん曰くコヴィッドで何年かマンゴーが入って来なかったが今年から再開した。インドのマンゴーは甘い。インドでは夏は毎日食べる。ヨーグルト・ライスとマンゴーがあればそれだけで十分。抜群の組み合わせ。鍼に行ってから、下北沢へ。ハハノシキュウさんの作風、芸風はもちろんのこと、会場もあのときと変わらない。下北沢Laguna。と言いつつも正確には覚えていない場所。駅の周りに乱立する古着屋が興味深い。雨が降っていなければ覗いていた。そのうちゆっくり見てみたい。お酒を飲めないのはちょっと痛かった。入場時に買わされるJPY600のドリンク・チケットはアイス・コーヒーと引き替える。受付兼バーテンの紳士がペット・ボトルから注いだばかりの超フレッシュな一杯。アルコールを入れたかったなあ。知らない(Shazamでも特定できなかった)けどいい感じのジェイ・ラップが流れる中、アイス・コーヒーをちびちびやってチルする。心地よい空間。18時開演だが、17時42分の時点で客が十人いない。始まってからはさすがに二十人くらいはいたと思うが、ギューギューにはならず、ストレス・フリーだった。前方にかじり付こうとする人はほとんどおらず、後方でひっそりと観る人が多かったのがハハノシキュウさんの客層らしかった。
まったく盛り上がらない。示し合わせたかのように。ドッキリでもやっているかのように。でもテッテレー、ドッキリでしたー! なんてことはないまま最後までそれが続いた。途中ゲストで登壇した紳士が言っていたように、我々の反応が拍手をするか、しないかの二種類しかない。だからどう思っているのかが分からない。一人一人に聞いて回りたいという紳士に、この人たち全員5ちゃんねらーなんで。知らない人に話しかけられたくないと思いますとハハノシキュウさん。じゃあやめます。人が嫌がることはしたくないんで。と紳士。私は途中から耳栓をしていたので正確には分からないが、その紳士とハハノシキュウさんの反応を見るかぎりフロアは相当に静かだったんだと思う。でもハハノシキュウさんは別に我々に盛り上がってほしいわけではない。シーンとしているのはイヤではない、なんならそれを望んでいる。もっと言うと「葬式みたいな」と氏が言うその雰囲気に一種の性的快感に近い何かを味わっている向きさえある。私は前に観に行ったMCバトルのショー・ケースでOMSBさんが「葬式じゃねえんだよ」とフロアに毒づき、後方のDQNが「葬式だよバーカ」と返す現場に居合わせたことがあるが、そういう現場とは根底にある価値観が異なる。他のラッパーでは満たせないニーズを満たしている自負がある、という旨のことをハハノシキュウさんは言っていた。一般的な音楽現場では声を出したり身体を動かしたりして感情を解放することに価値があるが、ハハノシキュウさんの現場はそれとは違う。これはこれで非日常体験。我々が静かなだけでなくハハノシキュウさんもいっさい我々を盛り上げようとはせず、媚びることなく、粛々と、淡々と自分の音楽を開陳していく。序盤は少し気まずさがあったが、時間が経つにつれ私はこの独特の心地よさにどっぷりとはまっていった。なんて素敵な空間なんだろうとまで思った。一見とっつきづらそうな(実際にはとてもいい人だが)見てくれの紳士が、こじんまりした会場で、自身の独特な音楽を一人で披露し、少数の理解者たちが集まって静かに味わっている。お酒を飲んで騒ぐために来たとか、ナンパしに来たとか、そういう何か付随する目的で遊びに来たのではなく、ただただ純粋にハハノシキュウさんというラッパー、音楽家、表現者が好きで、氏が作り上げる音楽を聴くためにこの場に集まっている。奇跡のようなことではないか? 来てる人もスゴく楽しいってわけじゃないんだろうな、とトークの時間にハハノシキュウさんはつぶやいていた。たしかに爆発的な楽しさとは無縁だし、知らない人からすると不気味でさえあるかもしれない。でも優しさに包まれていて、なんだか救われたような気分になれる、そんな空間。
2023年6月19日月曜日
KissBee24時間LIVE ~5人は地球を救う?~ (2023-06-10)
たしかに言った。30分のリリース・パーティや対バンでは物足りない。まとまった時間のコンサートが観たいって。そうは言ってもさ。コレはさすがに極端だ。なんだよ24時間ライヴって。(ちなみに前にも書いたが公演のことをライヴと言うのは和製英語である。ライヴ・ハウスも和製英語である。)正気か? どういうことなんだよ。なんと昨日の23時半に開演し、今日の同じくらいの時間までぶっ続けでコンサートをやっているらしい。流石にメンバーさん5人全員が常に出ずっぱりというわけではない。ソロやユニットのセグメントがあるし、今朝6〜7時半にはKissBeeではなくゲストで呼ばれた三つの集団がステージに立っていたようだ。だから多少の休憩は出来たかもしれないが、まとまった睡眠は取れていないだろう。タイムテーブルでは昨日の23時半からいきなり90分ぶっ続けのコンサートだった。それだけでいいじゃん。観たくはあったが、私にとっては寝ている時間。最初の90分だけで帰るにしても終わったら1時。終電はなくなっているだろう。体内時計がずれて土日に引きずりそう。ということで回避。9時45分からのタイム・スロットに入ることにした。
私にとって歌舞伎町自体がまずアウェイ。会場の新宿WALLYも初めて入る。もちろん現場に知り合いどころかKissBeeに少しでも興味のある知り合いが一人もいない。まず階段を下りて入口がパッと分からず気後れする。左にあるでかいスライド式の扉が入口だった。ドリンク代いくらですか? 600円です。お目当てはどちらですか? はい? お目当ては? あ、KissBeeです。(KissBee以外が目当てで来ることがあるのか? ゲストの外部集団の出番はもう終わっているし。)右手の甲にスタンプ。薄い。ウェット・ティッシュで拭けば簡単に消えそう。500mlペット・ボトルの水を取る。受付の青年はマスクをしているが何も言われなかったし、貼ってある注意事項をざっと読んでもマスクのことは書いていなさそうなのでそのまま入る。観客はもちろんKissBeeの裏方も含め、過半数の人々がマスクはしていなかった。辛気くさいカンセンカクダイボーシのためのお願い(という名の事実上のさまざまな強制)がなく、本当にコヴィッド前のようなおおらかで自由な空間。
入場してすぐは段差のある位置を選んで立っている紳士たちで割と混んでいたが、前方にはまだまだ空間がある。すみませんと言って前に進ませてもらう。右寄りの十分近い位置を確保。前に何人かいるけど隙間があるので視界はよさそう。程なくして登壇するKissBeeの淑女たち。いつもうらきすで観ているあの人たちだ! という新鮮さがまだ自分の中では先立つ。部屋のBGM的にいつも流している。生で観てもカワイイな。特に藤井優衣チャン。数メートルの距離で観るとその眼福ぶりが際だつ。顔面国宝を自称なさるだけある。隙のない造形。好きになっちゃう。メンバーさんの衣装は寝間着っぽい感じ。上はそれぞが違う種類のKissBeeの白Tシャツ。なので肌の露出はそんなになかったが、Tシャツのサイズが大きいため、優依チャンは腕を横に上げる度に奥からワキがちら見えしていた。この時間の演目はTwitterで募ったリクエストに応える。ただのリクエスト・セグメントではなく、マシュマロ大食い対決をしながらの。KissBeeの5人対フロアから立候補+じゃんけんで選ばれた5人のオタク。ステージの左右にテーブルと椅子が用意されている。曲をやる度にフロアから見て左端にKissBeeの誰か、右端にオタクの誰かが椅子に座り、テーブルに置かれたバケツに入った大量の(たしか3キロだか4キロあると言っていた)マシュマロを食べる。味変用になぜか椎茸が入っている。KissBeeもオタクも一曲ごとに選手交代。マシュマロを食べているメンバーさんは曲には参加しない。つまり曲が変わる毎に誰かが抜けているわけだが、KissBeeの淑女たちは混乱する様子もなくさも当たり前のように歌って踊り、曲中に左右の早食いの進捗を確認して笑ったりコメントを挟んだりする余裕も見せていた。山崎瑛麻チャンはこの24時間LIVEが始まってからオムライスおにぎりを一つしか食べていないからイケると思う的なことを言っていた。空腹状態でマシュマロのドカ食い。身体に悪い要素しかないが、若くて強いから大丈夫なのだろう。オタク・チームにも19歳の青年がいた。大江れなチャンがマシュマロのことをマショマロと言い、ショの人ですか? 昭和の人、おじいちゃんおばあちゃんみたいと大受けする篠原ののかチャン。5番勝負の後にワン・コーラスだけオケを流し、KissBeeの5人全員対オタク二人による延長戦も行われた。オタク・チームの勝利。大江れなチャンが不正行為をしていたことを白状。マシュマロを手で下に押し込んでいた。それで一時はかなりKissBee側のマシュマロが減ったように見えたが、時間がたつと(潰れたマシュマロが膨らんで)戻ってきた。優衣チャンは口にマシュマロを詰め込みすぎて涙ぐんでいた。平和でシュールな時間。あっという間に終わった。すごくいい雰囲気。メンバーさん、裏方さん、支持者たちがこれまで作り上げてきた風土。一旦捌けて、ちゃんとした(?)衣装に着替えてステージに再登場したKissBeeから重大発表。新メンバーが決まった。加入するのは二名。ここに来ている。お二人が登壇。吉田琴音チャン、森元あやのチャン。そして10月16日(月)に新メンバーを加えた7名で単独コンサートが決定。渋谷デュオ。この後KissBeeの5人は対バンに移動するが、これから新メンバー二人の無料特典会を開催する。もちろん私は参加せず、そそくさと後ろの出口へと向かった。
歩いて新大久保。ラトバレ。ランチのAセット(ダル・バト)JPY550、スクティJPY780、焼酎グラスJPY350。夜の時間はエニタイム・セットというのが昼のAセットにあたる。JPY100だけ高くなる。エニタイム・セットだとカレーを選べる。マトンを選ぶのが定石だが、ラトバレに限って言えばチキンのほうがクオリティが高い。この店を『ルポ新大久保』(室橋裕和)で知ったのが2020年9月18日(金)。この本に出てきたネパール人はあまりお金がないからAセットも毎日は食べられないと言っていた。新横浜へ。タリーズでホット・コーヒー(S)。足が疲れた。立ったり歩いたりしているだけで足に違和感。少し痛みもある。前にもこうなったことがある。右足小指に痛みがある。それが原因でバランスが崩れているのかもしれない。日産スタジアム。横浜F・マリノス対柏レイソル。キック・オフ(16時)の1時間以上前にもも・クロの淑女(高城れに氏)が登場。盛り上がってますかー? と我々に問いかけるが、この時点で盛り上がっているわけがない。盛り上がってないでしょ、という冷静な指摘が近くから聞こえてきた。それにな、高城さんな、俺たちは盛り上がるのを目的に来てンじゃねえんだわ。フットボールを観に来てンの。この違いが分かる? と言いたいところだが、結果としては死ぬほど盛り上がった。これほどまでに劇的な試合を観た記憶がない。なにせ、後半45分の時点で2-3で負けていたのがアディショナル・タイムで2点返して4-3で勝ったんだよ。しかも決勝点を決めたのが、去年7月の右膝前十字靱帯断裂からリハビリを経て復帰したばかりの宮市亮さん。叫んだ。叫んだ。叫んだ。右の紳士とハイタッチをした。抱き合った。左の紳士、後ろの紳士、左後ろの紳士とハイ・タッチをした。泣いた。私を含め普段はチャントや歌に参加することは稀なバックスタンド民が、最後の方はみんなゴール裏と一緒に歌っていた。歴史が作られるのを目撃した、いや歴史の一部になったという実感があった。あれは紛れもなく本物の熱狂だった。試合後に喜田拓也さんや水沼宏太さんが、これまでに体験したことのない音だった、地鳴りのような音がした、と4点目が決まったときを振り返った。瀬戸うどん。とろ玉ぶっかけ(冷)+ちくわ天(半)+とり天+牛肉コロッケ。JPY810。
KissBeeは22時までコンサートをやっている。右手の甲にまだうっすら残るスタンプを見せれば追加料金なしで(ドリンクを買い直さずに)会場に入れる。でもこのまま帰るか、と私は考えた。あまりにも劇的な試合の余韻を噛みしめたかった。家に帰って、今日中にまたDAZNで試合を観直そうか。しかし、気が付くと私は新宿三丁目で降りていた。駅構内で柏レイソルのシャツを着た青年が私を追い越し、殺意を帯びた目で振り返ってきた(私はマリノスのシャツを着たまま移動していた)。私はニヤニヤが止まらなかった。Speir_sさんの試合後雑談スペースを聴きながら新宿WALLYへと向かう。20時58分にフロアに入る。朝の二倍くらい人がいるが、前のフロアに行くことが出来た。やや右寄り。この24時間LIVEも21時から22時のKissBee全員集合!ラストスパート!のセグメントがフィナーレ。おそらく今が一番人が多いのだろう。朝よりも格段にフロアのノリが加速していた。一人のオタクが真ん中に立ち、それを他のオタクたちが取り囲んでグルグル時計回りに動くという地下っぽい集団的な動きが私のすぐ近くで何度も繰り広げられた。最後の曲ではフロアのオタク同士みんなで肩を組んで左右に動くやつをやった。コレは私も入れてもらった。左の紳士と肩を組もうとしたら、やりますか? という感じで目配せをしてくれた。KissBeeの支持者は優しい人が多い印象。KissBeeのメンバーさんたちの衣装は朝と同じパジャマ風に戻っていた。『どっきんふわっふー』の倍速ヴァージョンという珍しいものを聴くことが出来た。KissBeeのコール文化はHello! Projectのそれとは少し違うし、複雑だ。だからあまりコールには参加出来なかったが、“Just Sing!”の、いつだって忘れないよ(ないよー!)、変わらないものがあるよ(あるよー!)は思いっきりやることが出来、嬉しかった。終演後には出口で待ち構えるKissBeeの5人とハイ・タッチをさせてもらえる。無料で参加できるのにこのサービス精神。至れり尽くせり。この半年くらいうらきすで観てきたあのメンバーさんたちをタダで触らせてもらえるなんて。終演したら休憩時間なくそのままハイ・タッチが始まった。メンバーさんたちにとってはかなりハードだったに違いない。しかし間近で対面しても、異常長時間労働の後であることを感じさせない輝きがあった。生半可な人たちではない。10月の単独コンサートは月曜だが午後半休を取って必ず行きたい。日産スタジアムで左にいた紳士、右にいた紳士、真後ろにいた紳士、左後ろにいた紳士、KissBee篠原ののかチャン、山崎瑛麻チャン、藤井優衣チャン、大江れなチャン、中山星香チャン。1日で計9人とハイ・タッチした。もはや陽キャである。家に帰ったらグッタリ倒れ込むように寝た。
2023年5月21日日曜日
谷藤海咲KissBee卒業ライブ-FINAL IMPACT!! (2023-05-15)
検索し、彼女たちがYouTuberとしても活動していることを知りました。うらきすというチャンネル。全部メンバーさんが企画、撮影、編集。27万人の登録者。ちょっと観てみたらこれがまた面白くて。物凄い勢いで過去動画を漁りました。いちど数えたんですけど2023年1月1日(水)から13日(月)だけで120本くらい観ていました。数ヶ月で過去動画をほぼ視聴し尽くしました。(ひなちょすが亡くなったのを割と早い段階で知り、しばらくショックを引きずりました。)今でも好きな動画を何度も繰り返して観ています。特に私が気に入っているのが、みさきチャンの無限寝起きドッキリ、ブス即帰宅台湾旅行(旅の節目節目で現地の人に一番ブスな人を選んでもらいそのメンバーさんが帰国させられる)、あと多数あるパンティー関係の動画。メンバーさんがスタッフさんに電話で怒られているやつも好きですね。サブ・チャンネル(うらきすのすっぴん)の緩い動画もよく部屋のBGM的に流しています。公式オンライン・ショップでDVD(『ウラビデ』)とTシャツを買いました。あと中古ですがKISSBEE JIGOKU Vol. 1と2を買いました。私がHello! Projectに感じている閉塞感をぶち破るような面白さがあって、はまってしまいました。いつだったか、今つばきファクトリーよりもKissBeeが好きですよね? とF君に聞かれ、否定できないところまで来ました。今思うとKissBeeは私の心に出来た空白を埋める存在でした。Hello! Projectへの関心低下に加え、11月の途中から2月の途中まで明治安田生命Jリーグが休みだったので。手持ち無沙汰だったんですよね。あの日のリリース・パーティ。絶妙のタイミングでした。
Spotifyで曲も聴きました。面白い曲がいくつもあるなという印象を持ちましたが、あくまでYouTuberとして好きだという気持ちの方が強かったです。彼女たちのアイドル活動を追うために現場に足を運びたいとまでは思わなかったです。というのが彼女たちのアイドル活動はいわゆる地下とカテゴライズされるような形態に近いっぽくて、コンサート30分で特典会が60分みたいな感じのが多いんですね。Twitterの公式アカウント経由で流れてくる予定を見るかぎり対バンとリリース・パーティが主のようで。単独のコンサートというのがそう定期的にはなさそうなんです。私はコンサートが観たい。特典会なんて私の苦手分野じゃないですか。単純に勝手も分かりませんし。おまいつが多いであろう現場に飛び込んで一から作法を習得していくのが億劫。現場には行かず、うらきすチャンネルを観ていればひとまずは満足でした。ところがそうは言っていられない事態になりました。みさきチャン(谷藤海咲チャン)が退団するというのです。5月15日(月)にみさきチャン最後のコンサートが開催されるとのこと。池袋でリリース・パーティを観たときは何となくリーダーっぽくてちょっと平井美葉さんに似ているかなくらいの印象でした(実際にはあまり似ていなかったですけどね。初めて見る人を認識するときの脳による雑なカテゴライズでした。ちなみにリーダーでもありませんでした)。今はもはやただの他人とは思えません。あれだけYouTubeで寝起き姿やパンティー(モザイクあり)を見せてくれた関係です。ただの他人に何度も寝起き姿やパンティーは見せないでしょう。そんなみさきチャンのアイドルとしての最後の晴れ舞台。観に行かないわけにはいかないのです。発売開始直後にチケットを買いました。みさきチャンのインスタグラムのストーリーに、池袋のリリ・イベに通りがかって初めて知った、それからずっとYouTubeを観ていた、卒業コンサートのチケットを買ったという旨のメッセージを送ったところ、ハートをくれました。仕事はまあまあキツい時期だったのですが、午後半休を取得しました。
5月5日(金・祝)には汐留でリリース・パーティを観ました。その日は夜に六本木で上原ひろみさんの無銭現場をひやかそうと思っていました。それまでの時間が空いていて、場所的にも近かったので、2部だけ覗いてみました。声を出すならマスク着用必須という規制はまだありましたが、コヴィッド前の、あの楽しかったリリース・パーティの空気感がそこにはありました。開放的な雰囲気。みんなが思い思いに楽しんでいるあの感じ。開演前の注意事項を説明するスタッフさんが、たまに座り込んで飲酒されているお客様がいますが……と言っていて、最高じゃんと思ってしまいました。アイドルさんの現場に来て、アイドルさんを無視して飲酒。楽しいに決まっています。近くのベンチ(ステージは屋外でした)に座って本(水谷竹秀『だから、居場所が欲しかった』)を読んでいたら、KissBeeのオーディションを受けているという若くてスラッとした女の子が話しかけてきてビラを渡してくれました。その子が名乗った名前で検索してみるとTwitterのアカウントが見つかりましたが、フォロワーが9人しかいませんでした。そして大学二年生だそうです。大学二年生からアイドルを目指すなよ。カタギの職を見つけろ。と言いたいところですが、実際間近に現れて話しかけられるとオジサンはどきどきしてしまいます。
Zepp Shinjuku。17時開場、18時開演。私の整理番号はA188。番号の許すかぎり前方に行きたいというわけでもなかったので、開場時間がちょっと過ぎたくらいの時間に適当に入れればいいや。そう思って、池袋でコーヒーを飲んで、日焼けサロンに行ってから17時12分に会場前に着きました。係員の若者に聞いたらもう開場しているので番号順には並んでいない。この列の一番後ろに続いてくれとのこと。会場にコイン・ロッカーがあるのは事前に調べていましたが、誰も預ける様子がないのでそれに倣うことにしました。少し迷いましたが、結果的には特に支障はなかったです。そこまで中は混んでいなかったので(でも預けたほうがよかったはよかったです)。JPY600のドリンク・チケットをPASMOで購入。ハイネケン。アルコールがあるのは嬉しいですね。黒いメイド衣装に身を包んだややふくよかな中年メガネ男性。ドリンク・カウンターの近くで歓談する、元KissBeeのちゆうさんに似た女性(ちゆうさんでした。ゲストで登場しました)。フロア入り口で青のペンライトを配布してくれる頭髪の少ない中年男性たち。みさきチャンのメンバー・カラーが青であることを私が知ったのは昨日でした(たしか藤井優衣チャンのtweetで)。今日はみさきチャンの卒業公演なのでペンライトは青だけを振ってくださいという貼り紙をさっき見ました。フロアに入ると前半分はギッシリ埋まっていましたが、後方にはいい感じに空間が余っていました。開演までには人が増えてきましたが、ギチギチにはならず、心地よい、ちょうどよい混み具合でした。客層は前方と後方で少し異なるように見えました。前方には茶髪で後ろを振り返って会場全体に睨みを効かせるやや強面の紳士がいたり、公演中のジャンプ行為の予行演習をする青年がいたりしました。(茶髪だと一見若そうですが、歳はまあまあ行っている方が多そうでした。)一方で、私を含む後方エリアはおとなしそうなぼっち客が多く、仲間と連れ立っている饒舌な青年もいわゆるチー牛でした。オタクの立ち位置が、テストステロンの量に応じた序列を示しているように見えました。テストステロンの多い人たちほど女(ステージ)に近い位置を得て、少ない人たちほどそれを遠巻きに眺めているのです。これは残酷な社会の縮図です。だからといって、前方にいる彼らがKissBeeの素晴らしい美女たちのおまんこにたどり着けるわけではありません。メンバーさんたちのご友人とおぼしき若者たちが差し入れを手に関係者受付から入場していましたが、そういうところを経由して紹介で交際するに違いないのです。メンバーさんのご友人たちはオタクとは纏っているヴァイブスが異なります。住む世界が異なるのです。
マスクの着用判断がこの公演から自由だと、13時43分のtweetで告示されました。これは本当に嬉しかった。私にとってはコヴィッド馬鹿騒ぎが始まって以来、その影響を受けない初めてのコンサートとなりました。公演の終盤にみさきチャンも、みんな! もうマスクしなくてもよくなったんだよ! こんな日が来るなんて……! と感極まっていました。マスクをつけなくてよくて、自由な雰囲気が漂っていて、開演前にアルコールを一杯入れて……。最高。これが、私が好きだったコンサートです。Zepp Shinjukuの空調も絶妙に快適で、開演前から楽しい気分になりました。私にとって初めて入るKissBeeのコンサートでしたが、最高の時間になるのはその時点で約束されていました。お酒をもう一杯入れたくなりましたが、我慢しました。
曲は半分くらい分かりませんでしたが、関係なく楽しめました。実を言うと、今日来るまで少し疑っていました。KissBeeは普段、リリース・パーティや対バンばかりやっている。曲をやるのはせいぜい30分くらい。フル・サイズのコンサートを魅せるだけの体力や技量はあるんだろうか、と。そういう色眼鏡で見ていました。その疑いは、完全に晴れました。色眼鏡から色がなくなり、無色透明になりました。まったく問題なく、といったら失礼なのでしょうが、当たり前のように約90分のコンサートを楽しませてくれました。たとえば現役Hello! Projectで言うところの段原瑠々さんや井上玲音さんといったクラスの特別な歌唱力を持つメンバーさんはいないようです。それでも総合的にアイドルさんのコンサートとして十分に目と耳で楽しめる水準にあると感じました。何よりメンバーさん一人一人がキラキラしています。人数が6人というのもちょうどいい。各人の個性を楽しめる。同じダンスでもそれぞれ異なる身体の使い方、表情、魅せ方。衣装(アンコールで上にTシャツを羽織っただけで一種類しかありませんでしたが)。照明効果、音響効果、映像も作り込まれていました。メンバーさんたちの話しぶりから判断するに、映像やどうやら彼女たち自身が作ったようです。この映像を作るときに昔の写真を入れるのが恥ずかしくて……と当たり前のようにさらっと言っていましたが、スゴいことです。さすがYouTuber。
『駆け出せBravery!!』、『どっきんふわっふー』、“Just Sing!”あたりが私は最も高揚しました。『どっきんふわっふー』はメンバーさんたちがフックでグルグル円形に移動していくダンスが観ていて楽しい。“Just Sing!”は汐留で初めて聴いたと思うのですが、いつだって忘れないよ(ないよー!)、変わらないものがあるよ(あるよー!)という括弧内のオタクによるコールが面白い。コールはHello! Projectと作法がまた違って、慣れるのに少し時間はかかりそうです。地下でよくある例のジャージャー、ファイバー、サイバー的なやつも要所で入ってきます。私はアレをずっと生理的に嫌ってきましたが、コンサート中にそれが起きても案外、イヤではなかったというか、むしろ盛り上がりの一部として楽しむことが出来ました。というのが、アレって別にみんながやっているわけではないんですね。本当の地下アイドルで客が10人しかいなくて全員がやっていたらマジでキモくて近寄りたくないかもしれませんが、こうやって何百人もいる中でそれをやる人もいれば、やらない人もいる。全員が同じコールを一斉に入れなきゃいけないという雰囲気が案外なくて、それぞれが自由に楽しんでいる感じがしました。それが私にとっては心地がよかったです。初心者でも疎外感がなかったです。そういえば驚いたのが、最後のアンコール(みさきチャンコール)が自然発生せず、おまいつの重鎮みたいな人が会場全体に呼びかけて音頭を取る形で始まったことです。それまではみんな黙っていました。予定調和的なアンコールとはいえ、普通だったらそのままコンサートが終わりかねないくらいの間がありました。別にそれが悪いと言っているわけではなく、そういう文化なんだなと。
今日は開演前、終演後、そして深夜(!)と三部に渡る特典会が開催されていたらしいです。どんだけ特典会をやるねんという感じですが、私としてはフル・サイズのコンサートを楽しみ、みさきチャンのKissBeeとしての最後の勇姿を目に焼き付けられたので満足しました。みさきチャンも、伝えたいことはコンサートにすべて込めた的なことを言っていました。今後も単独コンサートがあったら必ず足を運びたいです。リリース・パーティも都合がつけば無銭でひやかしに行きたいです。特典会への参加はまだ私にはちょっとハードルが高いです。でも今日のコンサートを観て藤井優衣チャンがちょっと気になってしまいました。(彼女はうらきすにはそこまで登場しないんですよね。)いつか一回くらい、優衣チャンと写真でも撮ってみたいかもしれません。そういえば5月18日(木)に発表されたのですが、6月9日(金)から10日(土)にかけて24時間ライブ(何だそれ?)、10月には単独コンサートをやるそうです。誰か一緒に行きませんか?
2023年5月4日木曜日
未完成のエピローグ/つぼみたちのエピローグ (2023-04-27)
最初にチケットのFC先行に申し込む間際まで、そもそも彼女が出演する公演的な何かがあるということも分かっていなかった。ご友人であられるという芸術家の有村佳奈さんによる作品の展示があって、来場者は会場内で花を買って過去にめいめいが演じてきた役に手向ける。その展示にはチケットがなくても誰でも入場出来て、それとは別にめいめいによる朗読劇がある。作品の展示とインスタレーションが『未完成のエピローグ』で、朗読劇の題名が『つぼみたちのエピローグ』。インスタレーションってさも分かった風に書いたけどこれを書いている今でも私はちゃんとは理解していない。とりあえず今回でいうところのインスタレーションとは、来場した我々が花を手向けていくことによって時間と日を追うごとに豪勢になっていく会場のその一角のことだった。
木場のEARTH+GALLERY。行くのは初めて。木場という駅で降りるのも初めて。新木場かと思ったら違った。横浜と新横浜よりも離れている。午後休を取得し、可食部の少ない麻辣味の魚を太陽城で食べ、会場にたどり着いたのが14時半頃。『未完成のエピローグ』は完全な自主企画で有村さんと半分ずつ自腹で出し合って作り上げたとめいめいは件の配信で言っていたが、まさに手作り感のある作品展示会だった。私が最初に入った会社で写真を撮るのが趣味だった同期のカンちゃんが開いた個展を見に行ったことがある(おそらく2005年か2006年)。それを思い出した。めいめいママがスタッフの一人として働いている。入り口近くのハンガー・ラックにグッズのTシャツがかけてある。めいめいが実際に撮影で着用したTシャツは1枚だけ残っている。ピンクの、おそらくサイズS。私がすこしウロウロしていると女性支持者がそれを手にし、購入していた。グッズのTシャツは値付けがJPY4,000(純粋なホワイトTシャツ)、JPY4,500(君だけのカラーTシャツ)、JPY5,000(幻の推しカラーTシャツ)の三種類。めいめいが着用していたのはJPY4,000かJPY4,500のTシャツだったはずだが、ブルセラ的な付加価値なのかJPY6,000で販売されていた。初日ですぐ売り切れるだろうと諦めていた幻の推しカラーTシャツがまだ2枚残っていた。サイズMとXXL。私がMを購入した。君だけのカラーTシャツのサイズL、ピンクと迷った。幻の推しカラーTシャツは9枚しか販売されていない。Tシャツは全部合わせて50枚だけで、たぶんすべてが一点モノ(デザインがそれぞれ違う)。購入は一人一枚まで。これは熱い。久し振りにグッズでこんなにそわそわ、ワクワクした。Tシャツのほかに、4曲入ってJPY2,500もするコンパクト・ディスクと、アート・ブック(これもJPY2,500)を買い、紙袋JPY30もつけてもらったらJPY10,030になった。アート・ブックは先着30冊のみサインが入っているとのことで、サイン付きに間に合った。グッズを確保してからゆっくりと場内を見るが、そうグルグルと回るような広さがあるわけではないので5分、10分もすると手持ち無沙汰になる。インスタレーション内に書いてあるめいめいが演じてきた役名を眺めていると、テオの名前が目に留まった。“Equal”のテオとニコラ。JPY400とJPY500の花を買い、この二人に想いを馳せて花を手向けた。私がいる間はその場にめいめいは現れず(高頻度で在廊していたらしい)。ホッとした。慣れないことをやって下手に接触を試みると事故るだろうし、かといってすぐ近くにいるのに接触しないのもそれはそれで後悔しそうである。どう転んでも失敗にしかならない。私はステージ上のめいめいを近くで観られれば、それでいい。それが幸せ。めいめいはファンクラブ会員向けの配信をやる度にランダムで会員にLINEで電話をかけるのだが、アレは私にとってはロシアン・ルーレットのようなもの。当たらないでくれと祈っている。かかってきたとして、どう話したらいいのか分からない。
木場駅付近は何もなさそうなので、一旦、日本橋へ。文房具屋、書店、サテンが一体になったビルヂングを発見。地下でお洒落な付箋を購入。上の階にあるサテン。コーヒー・フロートJPY800。ソフト・クリームが多すぎるしミルキーすぎる。ヴェローチェのフェイクなソフト・クリームが乗ったコーヒー・フロートJPY390。私はあれのほうが好きだ。今日はめいめいへのプレゼントを持ってきた。演者さんに何かを差し入れるという行為は私にとって初めてである。赤松利市さんの『ボダ子』と、庭いじりなどに使える手袋(50枚入)。東急ハンズで買ったプレゼントを入れるための小さな袋と、小さなメッセージ・カード。手書きする機会が少なすぎてすぐに手が疲れ、字が乱れた。さっき買った付箋に田村芽実さんへと書いて、袋に貼る。
開演は18時。30分前に開場と振り込み確認メールに書いてあった。入場が落ち着くのを待って、17時40分頃にEARTH+GALLERYに入る。受付にFCスタッフのSさん。名前を言うとSさんが手元の名簿にチェックを入れてチケットを渡してくれる流れ。この場で席が初めて分かる。田村さんにプレゼントをあげたいんですけど。と私が言うと、あ、ありがとうございます! お預かりします! と感じよく対応してくれた。エスタシオンが雇った無敵の人予備軍のような青年や中年たちに家畜のように扱われるHello! Projectの公演と異なり、めいめいの現場ではFC担当のSさんとマネージャーのSさんをはじめとする裏方さんがちゃんと人として扱って案内してくれる。席を確認するために手元のチケットを見る。整理番号:3。え、3! 壁の座席表を見ると最前中央だった。正確には各列が左右に三人ずつだから3番と4番が最前中央。サイズの合ったTシャツを購入出来、プレゼントを預かってもらえ、既にだいぶ満足していたので、席については期待していなかった。望外の喜びだった。
素晴らしい席をいただいておいてこう言うのもなんだが、正直なところ、ずっと座って朗読劇を鑑賞する環境としてはあまりよくなかった。ちゃんとした椅子じゃなくて、何ていうの、スツール? 小さくて本当にクッション・ゼロで背もたれもなくて。開演前から既にケツが痛くなり始めた。こんなに短時間でケツに来る公演はちょっと記憶にない。なんであんなに痛くなったんだろう。私は近所の銭湯を週に4-5回利用しているのだが、後日そこで考えた。ぬるい湯(といっても40度以上ある)の横にベンチがある。そこに全裸で座るとすぐにケツが痛くなる。ただ、座り方を深くして、ふとももの裏で座るようにしてみると痛さは和らぐことに気付いた。私はこう見えて他人に気を遣う部分がちょっとあって。公演を観るときは後ろの人の視界を塞がないように、あんまり姿勢をよくしないように気を付けている。めいめいの客層は女性が多いから、最前の私が邪魔になるのが気になった。身を屈めようとすることでももの裏ではなく直にケツが当たる座り方になったのだと思う。
終始ケツの崩壊と向き合っていたのと、めいめいが本当に1.5メートルくらいの圧倒的近距離にずっといたのとで、あんまり話の内容が頭に入って来なかった。生身のめいめいの迫力。単に美形というだけじゃない独特のヴァイブス。うわ、あのめいめいがすぐそこにいる。すげーってなって。全身全霊で集中しているつもりなんだけど、同時に半分ボーッとなって、夢を見ているような感じだった。あんな目の前にめいめいがいて、冷静に話の内容を追っている場合じゃないって今でも思う。めいめいが動いたときに服の布がこすれる音。めいめいが喉を潤そうと水筒に右手を伸ばすときの所作。お口を開けたら自ずと見えるめいめいの歯並び、口の中。朗読中のひとつひとつの声、表情。理屈じゃなくて、最前にいるということ。この距離でめいめいと同じ空間にいるということ。体験しないと分からない感覚。これを味わえたことが何よりも大切なことだった。なんかよく分からないけど、今この時間、これは私が生きている目的だよなって思えた。もちろん物語がまったく分からなかったわけではない。9歳から17歳だったかな? の少女だけが入れる秘密の花園という外部から遮断された世界。小さな少女と大きな少女がいて、後者が前者のお世話をする。大きな少女はいずれ外の世界へと羽ばたいていく。そこに別れがある。一度出ると戻ってくることは出来ない。出て行った少女たちのことは話さない。めいめいがずっと前から表現のテーマに掲げている少女。アイドルの世界の暗喩でもあるように私は感じた。
ケツの崩壊がなければ、もっと物語に入り込んで内容も理解できただろう。ただ、それを差し引いても私は朗読劇を鑑賞するのに不向きな人間なんだろうなと思った。めいめいの手元にあった台本を自分で読ませてもらった方が何倍も理解できたと思う。前にたしかピーター・ドラッカーさんだったかな?の本を読んでいたときに、人には物事を聞いて理解するタイプと読んで理解するタイプがいると書いてあったんだけど、私は明らかに昔から、読んで理解する人なんだよね。たとえば町内放送が流れてきてもなげえよそれ一つのtweetにしたら数秒で伝わるだろと思うし、啓蒙系のYouTube動画を再生しても、ダラダラと話が長いな、あらかじめ要点を後ろに箇条書きにしてから話してくれと思ってしまう。今回のように一人の演者さんがじっくりと物語を読み上げるという静的な(性的なではなく)形式は、私との相性があまりよくないのかもしれない。
2023年4月30日日曜日
Hello! Project ひなフェス 2023 つばきファクトリープレミアム ~浅倉樹々卒業スペシャル~ (2023-04-02)
たとえば音楽を聴くにしても好きなアーティストの活動を最初から最後まで追う方が珍しいだろう。人生のある時期において、あるアーティストのある曲やアルバムにはまる。月日が経つとまた別の音楽を聴いている。巡り会い、すれ違っていく。アイドルさんとオタクの関係もそういうもの。浅倉さんにしてもずっと同じ人たちが支持してきたわけではない。初期の現場には必ずいた某有名オタクは地下系の別の子に推し変した。途中から浅倉さんを好きになって既に離れた人もいるだろう。最近好きになってまだ好きな人もいるだろう。誰かがアイドルでいる限り最後まで追い続ける。ずっと応援する。口で言うのは簡単だが、義務感を伴わずに実現するのは難しい。そして実現する必要もない。なぜなら彼ら・彼女らと我々は他人であり、お互いの人生に責任を負えないからだ。
当面つばきファクトリーは観ない。2月23日(木・祝)の公演後、そう決めた。実際には舌の根も乾かぬうち(一週間後)にちょっと見た。鑑賞する方の観たではなく、視界に入れる方の見た。3月2日(木)池袋サンシャイン噴水広場でのrelease party。近所だし、仕事も終わったので、夕食の前にちょっと寄ってみるかという感じで。もちろんパー券やお見送り券には手を出さずに。過去に何度かココの優先エリアでおみずチャンに性的な視線を送るために早朝から並んでいた頃の熱はもう消え去っていた。つばきファクトリーという集団にもう心は躍らなかった。
そしてそのわずか一ヶ月後、再びつばきファクトリーを観た。わざわざ千葉まで行って。なんでやねん。チケットを余らせた某氏から頼まれ、仕方なく買い取ることにした。まったく気乗りしなかった。何かの先約を理由に断りたかったが、残念ながら4月2日(日)は何も予定がなかった。譲り先を見つけられずチケット獲得に要した金銭をドブに捨てる状況から氏を救うという人道的な理由で買い取ることを承諾した。行きたくはないため、本音を言うと割り引いてもらいたいくらいだった。あまり興味のない集団のコンサート(それもマスク着用必須+発声禁止+終始着席の刑務所慰問仕様)を千葉まで観に行くためにJPY10,000近くを払わないといけない状況は愉快ではなかった。
前座のような扱いで各集団が2曲ずつパフォームした。BEYOOOOONDSの山﨑夢羽さんがチラチラ見せるスカートの中身が卑猥だった。モーニング娘。の野中美希さんがポルノだった。脚ほぼ丸出しで左ふとももにフリル。前のサブ・ステージに来た氏を双眼鏡で観察するとまんこの温もりが伝わってくるようだった。ただ、彼女らの出番は少なかったし、遠くから双眼鏡で観るためにJPY10,000近くのチケットを買って千葉まで来るのは割に合わない。つばきファクトリーの本編では『17歳』と『私がオバさんになっても』の両方がセットリストに組み込まれていたのが最大のハイライトだった。この2曲には私にとって一番楽しかった頃のつばきファクトリーの思い出が凝縮されている。『今夜だけ浮かれたかった』で岸本ゆめのさん、浅倉樹々さん、小野瑞歩さん、小野田紗栞さんがサイファーになってのマイク・ラリーは熱かった。ただ、ギッチギチに敷き詰められたパイプ椅子にずっと座らされているとケツが痛くなる。窮屈すぎた。終盤になると、そろそろ終わってくれ、話が長いよ、なぞと思いながらステージを観ていた。谷本安美さんが涙ながらに浅倉樹々さんへの最後の言葉を絞り出しているとき、私の中で感動よりも面白さが勝ち、ゲラゲラ笑った。終演後にそれを知った某氏(チケットの譲り手)からサイコ野郎となじられた。
◆
ゲイ・バーという言葉のインパクトが強いから忘れがちだけど、要はオタクの男と繋がっていた、おそらく常習的に。ということでしょ? 地下でも辞めさせられるんじゃないの? もちろん私の想像・憶測も入っている。でもさ。あのブログ記事を読まされて、これが真実ですなんて言われても。オタクを心底ナメていることと、メンバーさんも事務所の人もかなり頭が悪いことしか真実として伝わってこない。二十歳過ぎの女がゲイ・バーに行こうが男と密着しようが何の問題もない。一般的には。彼女たちの場合、やっている商売との整合が取れない。オタクにはオッサンの監視付きで数メートルの距離でパーティション(3月から撤去されたらしいが)越しに、お互いマスクをして対面するだけで数秒JPY1,300を取っている。握手もさせてもらえない。その商売がなぜ成り立つのか? アイドルという存在がオタクにとって普通の人間ではない、崇高な存在だと思えるから。幻想であったとしても、錯覚だったとしても、それを信じられるから。だからアイドルさんの言動を一般的な人間の基準で判断することは出来ない。
私はあの2枚の画像を見てショックは受けなかった。当事者たちに対し、やっちゃったね、バカだね、残念だねくらいには思う。それ以上の糾弾をする気持ちはない。楽になった感覚さえある。もうつばきファクトリーを追わなくていいんだ、離れていいんだ、という安心を得た。もう義理で観る必要も完全になくなった。憎しみはゼロだ。最後に捨て台詞を投げつけるつもりは一切ない。何より私は小野瑞歩さんのおかげで、つばきファクトリーのおかげで、本当に楽しい思いをたくさんさせてもらった。楽しかった日々もコヴィッドのバカ騒ぎで一時停止した。結局、再生ボタンが押されることはなく終わってしまった。一時停止する前の楽しさに比べればその後はあとがき、付け足し、おまけのようなものだった。
つばきファクトリーの増員(リル・キャメと称される4名の加入)は、先発メンバーさんたちの職業人生を無駄に……と言ったら語弊があるが、適正な長さ以上に延命させてしまったと私は思う。それがアイドルとしてではなく一人の人間として、彼女たちにとって本当によかったのだろうか? その疑問を私は前から抱いていた。今の日本社会に巣喰う医療支配と同じで、ただ(アイドルとして)生きているということが過剰に重視されている。職業としてのアイドルは非常に特殊。ずっと続けられるものではない。いつどうやって抜け出すかを常に考えなければならない。25歳定年説という言葉には、アイドルが概ね25歳までに辞めざるを得ないのは早すぎるというコノテーションがあるが、むしろ25歳まで続けるべきなのは道重さゆみさん、田中れいなさん、宮本佳林さんのような一部の異常者だけだと思う。基本的には少女期の限られた数年間だけで成り立つ存在。アップフロントはメンバーさんに優しいとよく言われるが、ずるずると続けさせることが長い目で見て本当の優しさとは限らない。アイドル産業というカタギではない世界から足を洗うのが20歳と25歳とではその後の選択肢も違ってくる。Hello! Projectに入団出来た。老舗の大手有名企業に入れた。長く勤めたい。それ以上のビジョンや目標が、メンバーさんたちにも事務所側にもないのではないか? 導ける人もいないのだろう。アイドルという状態・職業が何者かになるための手段ではなく、しがみつきたい肩書き、アクセサリーになっているのではないか?
Hello! Projectというけど、プロジェクトには目標があって、時間制限もある。達成したら解散する。今はどの集団も終着点がよく分からないまま、メンバーさんを継ぎ足して集団を更新し続けている。個別商売が売上の軸となった今の産業構造で集金を安定させるためには、たしかに既存の固定客をなるべく離さない方法が正しいに違いない。しかし本来、やりきったから解散するという美しさもあったはずだ。せっかくリル・キャメの加入で上向きになってきたのに足を引っ張る不人気の年長組。リル・キャメ以降につばきファクトリーを好きになった人々は、ゲイ・バーで男と密着する写真がリークされた彼女たちをそう非難する。リル・キャメから興味を持った人(先発メンバーに対しては無関心がベース)と、初期から見ていた人(むしろリル・キャメに対して無関心がベース)とでは、該当メンバーさんへの見方が変わってしまうのは仕方がない。だが、私からするとそれは大きなお世話。むしろ8人(9人)のまま増員せずに最後まで続けてほしかった。それで限界が訪れたら解散してほしかった。(コヴィッドのバカ騒ぎで東名阪のホール・ツアーがキャンセルになったのが痛恨だった。あれで集団が成仏しきれなくなかった。)つばきファクトリーの発展を邪魔する罪人? 違う。私に言わせれば彼女たちこそがつばきファクトリーなのだ。少なくとも、私を熱中させ、狂わせたつばきファクトリーは彼女たちなのだ。つばきファクトリーという名称は残っても、私にとってのつばきファクトリーは終わった。浅倉樹々さんが去った途端、ボロボロと砕け散るように瓦解していくのがつばきファクトリーらしくていい。皮肉ではなく、私はそう思う。
2023年3月5日日曜日
つばきファクトリー メジャーデビュー6周年記念ライブ ~Moment~ (2023-02-23)
つばきファクトリーの曲を生バンドで聴けたのはよかった。小野瑞歩さんは可愛かった。全員が可愛かった。秋山眞緒さんが惜しみなく見せてくださる脚が相変わらず素敵だった。でも公演を通してほぼまったく感情が動かなかった。淡々とコンサートを観て、淡々と帰途についた。椅子に縛り付けられ(常に着席必須)、猿ぐつわをかけられて(マスク着用で発声禁止)観なくてはならないもどかしさも、もはや主な原因ではなかった。この三年間で、じわじわと、着実に、Hello! Projectに対する私の興味は薄れた。それがもう取り返しのつかない段階に来たのだと気付いた。最初は感染対策(笑)を理由とするさまざまな制約に対する不満だった。それも数ヶ月とか、長くても一年の辛抱だったら熱量を維持できたかもしれない。しかし三年以上経ち、仮に今からアップフロントがコンサート鑑賞上の制限を撤廃し、前のように立ち上がって声を出すことが奨励されたとしても、私はもう前のようにのめり込むことは出来ないと思う。
こんなことを三年間も続けていけば、客層が入れ替わるのは自然なこと。コロナ新規と呼ばれる人々はアップフロントが三年かけてじっくりコトコト煮込んで育ててきたファン層。Hello! Projectのコンサートは座って静かに行儀を守って鑑賞するものですよというのもアップフロントが自ら続けてきたこと。植え付けてきた価値観。そういうものとして定着させたい可能性もある。その方が色々と楽だろうしね、運営する方は。チケットが完売するならそれでいいという考え方もあり得る。ただ、着席しておとなしく楽しむ舞台芸術、音楽、エンタメならもっと優れたものはいくらでもあるだろうに、コロナ新規と呼ばれる人々がなんでわざわざ高額なチケットを買いHello! Projectを観に来てそれで満足しているのかは個人的に理解が難しい。
もし今後、Hello! Projectが声出しやスタンディングを解禁していって、コロナ新規的な人々とそれ以前からいた人々の対立やいざこざが起きたら、それはアップフロントが招いた事態。自分たちの興行の価値が何なのか、失ってはならない現場の光景はどういうものなのか、そういった事業の存在意義にかかわる事柄を曖昧にしたまま、ダラダラと感染対策(笑)の名の下に抑圧的で辛気臭い運営を続けた結果。私は最近はもう観ていないけど、まだまだ油断できない日々が続きますが……とハロ!ステでいちいちメンバーさんに言わせたり、感染対策にご理解・ご協力いただきありがとうございますとコンサートでメンバーさんに言わせて頭を下げさせたり(今日はなかった)、いつまでやらせんだよと私は思っていた。Hello! Projectの価値とは何だろうか? それが歌やダンスのスキルではないことは、The Balladで盛大にバレてしまった。スキルがどうのと言ったって、それは所謂アイドルと呼ばれる枠の中での話。本物の歌手の足下にも及ばない。にもかかわらず、ファンは純粋にメンバーさんの歌を聴きに来ているという前提がないと成り立たない形式のコンサートをHello! Projectは続けている。演出までショボくなっているからなおさら。でも何だかんだ言って今Hello! Projectのコンサートに入っている人々はまあまあ満足している。Hello! Projectしか観ていないから、質においても価格においても比較する対象を持っていないのかもしれない。The Balladをやっていた頃は不本意な形式と内容ではあるがなんとかしてコンサートを開催し続けるというアップフロントの意地が感じられたけど、色々と制限をつけても客がついてきたことで味を占めてその後の動きが鈍くなった感はある。
メンバーさんが歓声やコールありの公演を喜んでいる。彼女たちはそれを望んでいる。だからコンサートはスタンディング+声出しが正しい。それがイヤな奴は現場に来るな。という意見がある。私も同意する。だが、この考え方には落とし穴がある。一つのシナリオとして、これから鑑賞方法の規制緩和がされていきヘッズ同士の揉め事(コロナ以前からの支持者 vs. コロナ新規)が起きた場合、メンバーさんからコロナ新規の肩を持つ発言が出てくる可能性があるからだ。動いたり声を出したりせずにおとなしく観てくださいと明確に言わなくても、みんなが楽しく観られるようにしましょうくらいのことは言うかもしれない。そうなると、それは実質的にはコロナ新規の擁護になる。なぜなら彼らはキモいコールや大声、振りコピなどをする人たちから迷惑を被っている被害者という構図になるから。被害者が加害者に対して思いやりを持てということにはならない。メンバーさんは立場上、みんなにいい顔をしないといけない。声を出してみんなで盛り上がる文化なんだからそれがイヤなら来るなとは言えない。だからSNSお気持ち表明の勢力が大きくなると、前のような熱狂のあるコンサートをメンバーが望んでいるという言い分は通じなくなる可能性がある。
自分たちが提供している価値。立ち戻るべき場所。あるべき姿。そういったものをはっきりと定義し、守ろうとする姿勢。精神性。それがHello! Projectには欠けていた。ただ存続できれば、関係者たちが食えればそれでよかったのだろうか。業種が違うとはいえ、明治安田生命Jリーグとは対照的。声出し禁止とは言いつつも、明確に禁止されていたのは継続的にチャントを叫ぶとか歌うとかの行為であって、思わず出てしまう声はガイドライン上でさえ実は許容されていた。声出しが禁止されていても、ゴールやチャンスのときにはみんな普通に叫んでいた。そういうグレー・ゾーンがある。元々ゴール裏以外の観客は歌い続けるような応援はしないので、実はゴール裏を除けばそこまで強い制限ではなかった。もちろん100%前の通りとはいかないが、フットボール観戦の醍醐味は生きていた。明治安田生命Jリーグは感染対策(笑)を行いつつも、スタジアムの熱狂という価値をしたたかに守り抜いたのである。そして3月13日からはマスクなしで100%全席で声出しがOKになる。それで前の質問に戻るけど、Hello! Projectにとって、守り抜くべき価値は何だったのだろうか?
The Musical Day~Heart to Heart~ 2023 (2023-02-09)
Zepp TokyoとZepp DiverCity Tokyoはまったく別物 だから気を付けろよ(MC松島、“Zepp Tokyo”)
2022年末のFC会員向け配信だったと思うが、このコンサートの告知をする際にめいめいもZepp TokyoとZepp DiverCity Tokyoを混同していた。Zepp Tokyoは既に取り壊されている。それを知った彼女は唖然としていた。アイドルの聖地だったZeppのステージにミュージカル女優として再び立てることを心待ちにしていた彼女だったが、そのZeppがどっちのZeppだったのか、配信ではちょっとモヤッとしていた。めいめいご本人も分かっていなかったかもしれない。私がZepp DiverCity Tokyoに来るのはどうやら2017年10月10日以来のようだ。Juice=Juice。宮崎と印字されたピンクのTシャツ。一番後ろ。汗だくになるまで飛んだ。翌日ふくらはぎが筋肉痛になった。あのとき一緒にコンサートを観た中島さん(仮名)は今でも会うとあれは楽しかったと言うことがある。もう5年以上経つんだな。
在宅業務を16時くらいに切り上げ、東京テレポート駅へ。食の選択肢はあんまりない。会場すぐ近くにあるフード・コート。2017年にここの韓国料理店で食べたチゲがおいしかった記憶がある。だから迷わず韓国料理を選んだが、あのときに感じたほどおいしくはなかった。チゲとキンパの定食JPY1,419。あと缶ビール(サッポロ黒ラベル)JPY385。フード・コート内に韓国料理店はひとつだけだった。別の店になったのか、私の味覚が変わったのか。しかし割高。表示されている価格が税抜きだっだからなおさら。なんか高いよねこういうところのメシって。モノの割にさ。家族連れで来たら相当な金額になる。
平日の公演に顔を出すには労働者としてなにかしらの調整が必要になる。午後半休、全休、フレックス制度を利用しての早めの退勤。どの手段を取るにせよ神経は使う。公演に間に合う時間に現地入り出来るとホッとする反面、まだ緊張が抜けきらない部分がある。そういう意味じゃ、さっき缶ビールを飲んだのはよい打ち手だったかもしれない。一本じゃ全然酔わないけど、飲まないよりはリラックス出来た気がする。最近思うけど酒はちょっと飲んだ方が生活の質は上がる。たくさん飲む必要はないけど。ストレスのかかった脳をたまには麻痺させる必要がある。感情の抑圧(労働)から感情の解放(コンサート)に向かう中継点。
予想していたようにめいめいの出演時間は長くなかった。ソロで1曲、デュエットで1曲、最後の全員曲。あとはちょっとトークに参加。以上。(特にめいめいの扱いが小さかったのではなく、単純に出演者が多かった。)出番はこれだけですと事前に示されていたらJPY15,000のチケットを申し込んでいた自信はない。めいめいをもっと観たかった。めいめいの歌をもっと聴きたかった。それは間違いない。じゃあコンサートに不満があったというと、それはまったくない。むしろ最高に楽しめた。素晴らしかった。来てよかったと心から思えた。理由はいくつかある。まず何よりも、我々が声を出すことが許されていた! マスクを着けていればという制約は残っていたものの、声を自由に出せるというだけで開放感が段違いだった。猿ぐつわを解かれたような。なんかもう、無駄に吠えた。ずっと家に閉じこめられてから久し振りに外に出てはしゃいでる犬みたいな。出演者が我々に立ち上がること、一緒に歌うこと、コール・アンド・レスポンスに応えることを要求してくる。私にとって三年ぶりだった。感慨深い。2023年2月9日(木)は私にとって記念すべき日となった。客同士の監視、運営の監視、陰気な注意事項やお願いの場内放送がなく、一定の自由の下で各人が思い思いに楽しんでいる。私たちは三年間もこれを奪われていた。めいめいがソロで“Into the Unknown”を歌い終えて目の前を捌けていくとき、めいめい! と私は叫んだ。それが合図だったかのように複数の紳士が続いた。魂の叫びだった。(客は8割方女性だったが、私の付近はめいめい支持者の男性が多くキモ度が高めに設定されていた様子。そういえばチケット申し込みのときに誰が目当てかを記入させられたので、近いエリアに固められていた可能性がある。)めいめいは一瞬ちょっと驚いたようにも見えたが、ニコッとしていた。声だしOKになってから私がめいめいと初めて叫んだパイオニアだったかもしれない。
Everyone felt self-conscious expressing emotion alone. They needed a scream that gave them permission to scream. They needed to feel part of a larger limbic system. The way all dogs howled, that was limbic resonance (Chuck Palahniuk, “The Invention of Sound”)
めいめいは短時間の出演でも確実に観衆の心を掴む鮮烈なパフォーマンスを見せてくれた。我々のような支持者はもちろん、初めて彼女を目の当たりにする他のヘッズにも強い印象を残したに違いない。“Into the Unknown”はMusical de Nightで聴いたのとは別の曲に聞こえるくらいアレンジが違って。一瞬の隙も与えずに我々を圧倒して押し切る感じ。憑依系。とにかくカッコよかった。後ろに流しておでこを出した髪型も決まっていた。美しかった。先週末に観た『ミーンガールズ』ではジャニスの人格が乗り移っているかのようだった。変な話だが、ちゃんとめいめいの人格が残っているのを確認できてホッとした。
出演者さんたちは例外なくクオリティが高かった。レ・ミゼ出演経験のある紳士が二人(西川大貴さん、藤田玲さん)いたし、ムーラン・ルージュに出演が決まっている淑女(平原綾香さん)もいた。バック・コーラスを担当したお三方が冒頭に披露したABBAの“Money, Money, Money”は相当ドープだった。私の口角は上がりっぱなしだった。平原綾香さんと西川大貴さんによる“Jouful, Joyful”で西川さんがタップ・ダンスを披露した場所が私の目の前だった。私はめいめい以外に誰が出演するのかを調べずに来たので、森久美子さんが登壇されたときには声が出た。往年のティー・ヴィー・スターじゃんか。私でも知っているくらいの。ステージで歌う氏にはゴスペル歌手のような貫禄があった。最後の全員曲(“One Day More”)同じステージに立って歌う森久美子さんとめいめい。スゴいものを観ている感じがした。
2023年2月23日木曜日
ミーンガールズ (2023-02-05)
そういえば前にYouTubeの配信だったと思うけど、ファンクラブの先行で申し込むのが大事とめいめいが言っていた。理由についてはぼやかしていたけど、おそらく作品のオーディションを受ける際に、この人は何人くらい集客出来るかというのが判断材料のひとつになっているんじゃないだろうか。ファンクラブ先行の申し込み数はそれを分かりやすく示す指標になる。だからファンクラブの会員が増えて、先行受付の申し込み数が増えていけば、めいめいがビッグな作品に今よりも出演しやすくなっていくっていう、そういう寸法なんじゃない? ファンクラブ先行でも落選するのは主催者がめいめいFCに与えた枠よりも応募が多いということだから、めいめいサイドにとってはいいことなのだろう。応募数が枠に対して不足したら示しがつかなさそう。
サウンド・トラックを聴き込むと自分の中で公演の着目点が明確になった。この英語リリックをどうやって日本語にするのか。文章を訳すのと違ってリリックには音の数に制約がある。音の数を合わせつつ英語から日本語にそっくりそのまま訳すことは不可能。何かを削るか足すか変えるかしないといけない。なおかつ元の歌にあるグルーヴをなるべく消さないようにする必要がある。音楽なんだから。そしてめいめいをはじめとする日本版の出演者さんたちがあの面白い曲たちをどうやって歌いこなすんだろうか。ワクワクしていた。
元のリリックが結構頭に入っていたので、なるほどそこはそう訳したんだとか、ここは原曲の韻を残すように工夫したのかなとか、翻訳者の意図を想像しながら観劇した。冒頭でめいめい演じるジャニスと相棒が歌う“A Cautionary Tale”のフックでThis is a cautionary taleという箇所は、ひとつ教えよう〜になっていた。意図してなのか偶然なのかは分からないが、cautionary taleと教えようって音が似ている。甘く踏んでいる。“Where Do You Belong?”のMy mama used to tell meはママが言ってた、“Stupid With Love”は恋が下手、“Whose House Is This?”は誰の家?、などと、元のリリックを極力忠実に文字通り訳している印象を受けた。日本向けのローカル化や大幅な意訳はまったくなかった。細かいディテールが省かれていることはあった。たとえば“Stop”で私(女)が13歳のときに男に送った裸の写真がamateur tweensというポルノ・サイトに載っていたというくだりがあるのだが、amateur tweensというサイト名は省かれて単にポルノ・サイトに載っていたという感じになっていた。こういうリリックで省かれた部分もそうだけど、やっぱり英米のノリとか文化的背景を共有していないと伝わりきらない部分はどうしてもあると思った。本当はもっと笑うところでもこっちはややポカンとしている感じ。輸入モノ、翻訳モノの難しさ。
話の内容はあらすじ程度しか知らずに臨んだので、物語の中でそれぞれの曲が持つ意味が分かった。こういう状況の曲なんだというのが。ミュージカルを観た後だとサウンド・トラックの聞こえ方も今後変わってくると思う。絵が浮かぶようになる。北米のハイ・スクールにアフリカから転校してきたケイディ(生田絵梨花さん。この淑女には本当に華がある! ファンじゃなくても引きつけられる。さすがにあの見た目でケニアからの転校生というのは無理があったけど。でもアフリカから来たというのがリリックでも歌われているから設定を変えるのは難しいもんね。そういえば私の後ろの列に生田さん支持者の女集団がいた。彼女ら曰く、ミュージカルに出ている時期の生田さんは喉をケアするために出演している時間以外は常にマスクをして誰とも話さないらしい)。新しい環境で右も左も分からないケイディにジャニス(めいめい)と相棒のダミアン(内藤大希さん)が声をかけて友達になる。生田さんをプラスティックスというスクール・カースト上位の女集団に入り込ませ、スパイをさせる。学校という閉鎖空間が舞台で、スクール・カーストが描かれ、ジャニスがレズビアン、相棒がホモという設定だが、『ジェイミー』のように胃がキリキリする感じはなく、あくまでコメディ。
私はめいめいがソロ女優になってからの出演舞台は『京の螢火』を除いてすべて1回以上は観てきたけど、普段わたしが抱いているめいめい像と役のキャラクターが最もかけ離れていたのが『ミーンガールズ』のジャニスだった。野太い声、パンキッシュなメイクアップと衣装。思っていた以上に別人感が強かった。歌声と歌い方もいかつい。最後のカーテン・コールのときでも崩れなかった。両手の中指を立てて客席に向けながら捌けていった。ステージにいる間、めいめいという人格が覗く瞬間がなかった。私は本当にめいめいを観ているのだろうかという疑問が浮かぶくらい、見事に役を演じきっていた。ジャニス、ケイディ、ダミアンによる“Revenge Party”が圧巻だった。ステージから溢れんばかりの熱量、情熱。ジャニスのソロ曲“I'd Rather Be Me”も、物語上の文脈を理解した上で、めいめい演じるジャニスの歌声で聴くとメッセージが改めて胸にずっしり来た。
2023年2月4日土曜日
SAYUMINGLANDOLL〜未来〜 (2023-01-28)
8時から13時くらいに駅前のローソン・スリーエフに入店するとほぼ必ずレジにいる異常連勤老婆。平日その時間帯は高い確率で彼女ひとりで店を回している。最初の頃はまたこの人かくらいで気にも止めていなかったが、さすがに半年以上も続くと私はげんなりしてきた。一日に二回、ホットコーヒーのMをこの淑女に注文していると、俺の人生はこれでいいのかと不安になってくる。最近は彼女の姿を見るのがイヤでちょこざっぷ帰りにはセブン・イレブンでコーヒーを買うようになってきた。老婦人に罪はない。ただそこで毎日働いているだけなのだから。だが彼女の境遇や人生を勝手に想像し、私は暗い気持ちになってしまうことがある。あの労働は決して楽ではないだろう(私は長く続けられる自信がない)。ローソン・スリーエフを出たすぐ前の通りで油を売っているシルバー人材たちとは訳が違う。彼女はいつもどこか不機嫌そうに見える。毎日毎日あそこに一人で立たざるを得ない何かがあるのだろうと思いを巡らせてしまう。もし彼女があと20-30年前に生まれていたら、駄菓子屋なり何らかの小規模な店を営んで自分の城を築いていたのかもしれない。今日は土曜だからか珍しく他にも数名の店員がいた。彼女は同世代くらいの同僚婦人と仲良く雑談しながら品出しをしていた。イート・イン・スペースにいつもの二人がいたんだけど、完全にこうやって(突っ伏して)寝てて、それでコーヒーが床までビショビショになってて。えー、最悪! 愚痴をこぼせる仲間の存在。少し安心した。
つくづくHello! Projectの公演は安くない。2月23日(木・祝)のつばきファクトリーのコンサート(結局、申し込んだ。夜公演が当選。個別と春ツアーは申し込まなかった)は1公演で手数料等を含めJPY9,000もした。冷静に考えてかなり高い。今日のサユミンランドールも1公演のチケット代だけでスーパー・ファミコンのソフトと同じJPY9,800する。スーパー・ファミコンのソフトもいま思うと恐ろしいくらい高かった。よく親はあんなのを買ってくれていたな。
初めて行くコットン・クラブ。最寄りは東京駅。新大久保で昼メシを食うつもりだったが、そういえば神田駅って東京駅に近かったなと思い出す。久し振りに江戸牛で焼き肉ランチを食いたい。なかなかこっちに来る機会はなくなったし。一旦乗った電車を目白駅で降りて逆の電車に乗り直す。神田駅を出て、足早に江戸牛に向かう。たどり着いたはずのその場所で私を出迎えたのは建物が取り壊された跡とKOMATSUの重機。新大久保行きを取りやめて神田駅で降りた意味を奪われた私はしばらく昼食を探してストリートをさまよう。選んだのは天津飯店。前から気になっていた。北京海鮮ちゃんぽん定食。JPY880。海鮮のダシが効いていて悪くない。
コットン・クラブは東京駅の丸の内出口から距離は近いが、意外とたどり着くまでが分かりづらかった。建物の二階で。外から見て明らかにこれだと分かるようにはなっていなく。デカい看板があるわけでもなく。(少なくとも私は気付かなかった。)あと一階がだだっ広くて、二階に上がるエスカレーターを見つけるまでにうろうろしてしまった。コットン・クラブの入り口に着いてもコンサート会場のヴァイブスが感じられず、もしかして場所を間違えたか(コットン・クラブという名前の別の場所とか)?と不安になった。が、その奥に進むとグッズを売っていたので安心した。この白いTシャツが欲しいんですけど、サイズのサンプルってありますかと売り場のお姉さんに聞いたら丁寧に対応してくれた。感じのいい接客。まともな就労経験もないエスタシオンのバイトたちとは格が違う。MとLで迷ったがLにした。
事前に見ていた画像ではブルーノート東京を想像していたが、もっとカジュアルで敷居の低い雰囲気だった。たしかにクロークに上着を預けられたし、席によってはテーブルがあったけど、何か地下アイドルか小規模な演劇の劇場に来たような気分というのが席に座っての第一印象だった。私が申し込んだS席は椅子が敷き詰められているだけで飲み物やトレーを置く台すらなかった。にもかかわらず結構な割合のヘッズがプレート・ミールのようなものを買い、膝の上に置いて食していた。食すにしても時間がほとんどない。15時開演で、14時20分から入場開始。公演中は飲み食い出来なさそうだったから、急いで腹に入れないと。ただ、飲食環境が劣悪である反面、飲食物の購入が強制されていないのは助かった。ブルーノート東京では強制なので。
私の席はS席の一番後ろだったが、それでもステージは十分に近く、あの道重さゆみさんが目の前で歌って踊っているという事実にひたすら感激した。田中れいなさんを久し振りに観たときに昔に観たあの田中れいなさんのままだと驚いたが、今日の道重さゆみさんも相変わらず少女さゆみんのままだった。何ひとつぶれていない。さゆみんの世界に引き込まれ、見とれてしまう。ミニ・シアターのような規模感の心地よさがあるコットン・クラブ。公演の内容も映画を観ているような感覚。コンサートよりはミュージカル・舞台寄りだった。煌びやかなグラフィックスと光の演出。途中から数えるのも億劫になるくらいの衣装の数。これぞショー。夢の世界に連れて行ってくれる。公演中はもちろん、開演前の道重さんご自身による影アナ(まもなく開演です。私の可愛い顔を想像してお待ちください、的な)から終演後の影アナ(私の余韻に浸ってお帰りください、的な)まで抜かりなく、ひとつの作品世界を表現していた。帰るときに気付いたが、ゴミ箱にまでサユミンランドールの世界観に沿った装飾が施される徹底ぶり。(余談だが、席を詰め詰めの満員にして公演を開催しておきながら、お客様同士のソーシャル・ディスタンス確保のため、規制退場を……なぞと会場スタッフが抜かしていた。脳みそついてんのかと思った。でも最後の影アナで道重さんは混雑緩和のため規制退場を行うと言っていた。それなら納得できた。実際、一気に人が押し寄せたらクロークがパンクするだろうし。何がソーシャル・ディスタンスだ。意味もよく分かっていないカタカナを振りかざすな。社会的距離と日本語に置き換えても意味を理解したことにはならない。その言葉が西洋で使われる文化的背景から学ぶ必要がある。)
2023年1月1日日曜日
Hello! Project Year-End Party 2022 ~GOOD BYE & HELLO ! ~ (2022-12-31)
1列(中野サンプラザは1列の前に0列が2列ある。最前列は潰してあって、実質2列目だった)の中央ブロックという絶好の良席チケットが手元に届いたとき、めいめいのミュージカルやコンサートで良席をいただいたときほどの喜びはなかった。現在の自分ではいくら良席でもHello! Projectのコンサートを100%楽しめる自信がなかったからだ。数年前(コヴィッド前)とは違う。Hello! Projectも、自分も変わっている。Hello! Projectから私が得られる幸福の最大値が下がっている。楽しみきれないのがあらかじめ分かっているのなら、行かないのも手ではないか。さすがに無料や定価で手放すほど興味を失ったわけではないがJPY50,000くらい出してくれればチケットを譲る準備はあった。だが知人の大富豪たちも興味を示す様子がないまま当日を迎えた。前日になってちょっと行きたくはなってきた。みずほチャンがばっさりとショート・カットにしたことが前日の12月30日(金)に明らかになったのだ。ソーシャル・メディアの画像で見る新しいみずほチャンはハッとするほどショートがはまっていて、それを生でしかも良席で確認できるというのはワクワクした。
コヴィッドの感染拡大防止にご協力いただき本当にありがとうございます的なお決まりの台詞をinb(宮崎由加さんと二人で進行役を務めた)が読み上げ、ヘッズがお決まりの拍手。この流れにはいい加減、怒りを覚える。こんなのが何年も通ると思うなよ。そもそも日本のコヴィッド患者が世界最多なんだろ? 感染拡大防止、感染拡大防止って、出来てないじゃん。え? これだけ対策をしているからこの程度の被害で済んでるって? 世界一で? 少なくとも私はこんな茶番をニコニコ受け入れ続けるほどめでたい人間ではない。あんたも少しでも疑問に思うなら、上述の台詞に対する拍手をボイコットするところから始める必要がある。退場や出禁のリスクもなく、簡単に出来るささやかな抵抗。私はそうしている。大体お前らだってコンサートの後は飲み屋に集まってマスクなしでワイワイやってんじゃん。それとも黙食(笑)してんの? 最悪なのが終演直後も、マスクを着けろだの会話をするなだのと、エスタシオンの馬鹿なバイトたちに言わせていること。コンサートの余韻もぶち壊しだ。大体、公演が終わった後の行動に注文をつけるとはどういうつもりなんだ? フットボールでもジャズでもミュージカルでも終演後にそんなことを言われたことはないよ? アップ・フロントが独自にやっているのか? アイドルを観に来るような奴らはいくらでも馬鹿にしていいと思っているのか? 不快きわまりない。本当に屈辱的。また文句かと読者諸兄は思うかもしれないけど、コンサートは楽しかった。だからといってこの状況を不問に付すわけにはいかない。私の出来ることは限られているが、せめてこうやって考えていることを書いて残しておく必要がある。
思っていたよりもつばきファクトリーが中心の公演だった。最初につばきが四、五曲やって、各集団が二曲ずつやって、最後にまたつばきが四、五曲やるという構成。90分くらい。シャッフルなし。ひな壇もなし。つばきだけ衣装が二種類。つばき支持者としては、つばきをたっぷりと観つつ、他の集団もちょこっとずつチェック出来るというのがいい塩梅だった。みずほチャンのショート・カットは、スゴく似合っていた。新鮮な気持ちで可愛いと思えたし、思わず氏ばかりを目で追ってしまう感覚が久しぶりだった。ちょっと好きになりそうになった。ステイジから私を見つけてくれたときの、表情がふわっと柔らかく優しくなっていくあの感じ。私を見つけてくれたという確信はないけど、あれは少なくとも私の周囲数メートル範囲内に向けられたものだった。みずほチャンのファンでいることの感覚を、身体で思い出した。否定できないHello! Projectに対する熱意の減退と、やはり細々とでもみずほチャンを観ていたい、その二つの思いが私の中で交差した。
- カメラがめちゃくちゃ邪魔だった。こっちは着座で、向こうはステイジと最前の間を立って一番いい場所を塞いでくるから。最前中央にいた金髪小太りと茶髪の紳士たちが何度もエスタシオンに注意されていたが、それよりも遥かにカメラが鬱陶しかった。
- 『弱さじゃないよ、恋は』で前屈みになる度に、栞がお尻の始まりを何度も私に向けて見せつけてきた。彼女は左膝に大型の四角い絆創膏を貼っていた。
- 浅倉樹々さんがかなりムチムチになっていた。
- 研修生は衣装が身体に合っておらずぶかぶかだった。そしてあのオレンジの衣装は胴長に見える。
- オチャノーマは肌面積の広い衣装を纏った若い女たちによる集団エアロビクスとして見応えはあったが、それ以上の何かではなかった。肌の露出と若さ、あとは一生懸命さだけで、このままでは先行きは厳しい。曲もアレだし。
- BEYOOOOONDSは『Hey! ビヨンダ』がいい感じだった。清野さんはソロのラインがそれなりにあるのにことごとく声が加工されているのがちょっと面白かった。
- Juice=Juiceは人数がかなり多くて驚いた(最初シルエットだけ見えたときは人数的にモーニング娘。か? と思った)。この公演では衣装の布が多すぎた。救いは段原さんのドープなワキ。普段Instagramなどでしか見る機会のないそれをじっくり鑑賞させてもらった。
- モーニング娘。が捌ける前の曲終盤に美希がしゃがんだ状態で低いキックをするとき、瞬間的に尻肉がはみ出ていた。
- 私はモーニング娘。のコンサートを観ていないので、北川莉央さんを見ると、あの水着の人だという認識の仕方になる。
- 昼を食わずにコーヒーだけ飲んでいたから、途中から尿意と空腹感が強かった。
今日こうやって楽しめたからこそ一旦ここで区切りをつけたいという考えはムクムクとわいてきている。現行のHello! Projectでこれ以上の体験を得るのは難しい。こんな良席は滅多に来ない。つまり今の私がHello! Projectから得られる幸せの限界がこれ。それでいて、横浜F・マリノスや田村芽実さん、上原ひろみさんといった他の現場と並べたとき、2022年のトップ5にかすりもしないというのが正直なところだ。Hello! Projectのチケットは決して安くない。ホームの試合を大体すべて観に行ったとして横浜F・マリノスで年間20現場分の予定は埋まる。田村芽実さんのミュージカル、そして2023年はもっと精力的にやりたいと言っていたFCイベントやコンサート。たまにチャンスがあれば入りたい上原ひろみさんの公演。年間の週末が約50回、休みの日が年間120日強として、Hello! Projectを抜きにしてもだいぶ事足りてしまう。2月23日(木・祝)に開催されるというつばきファクトリーのコンサートには、申し込むかどうか迷うところだ。次のシングルの個別特典会も、数日前までは行くつもりがなかった。みずほチャンがショート・カットにしてからちょっと揺らいできた。色々と迷っている。しばらくHello! Projectの現場に行くのはやめるとここではっきりと宣言しようかと思ったが、一方で自分の言葉に縛られたくない。後から行きたくなって、自分が宣言したからというだけでやせ我慢をするのは愚かだ。もし今日が後方席で、みずほチャンがショート・カットにしていなければ、思い切った決断をしていた可能性は高い。