2022年3月21日月曜日

PARADE (2022-03-20)

Twitterを気持ちよく利用したければ意見を書かないことだ。このサーヴィスはあまりにも多くの民衆に行き渡りすぎた。公開アカウントでtweetを投稿するのは知人や友人同士の歓談ではない。@をつけるつけないに関係なく、その辺の他人にいきなり話しかける行為に近くなっている。どの発言が誰にどう届くかは事実上、制御できない。都市や公共空間は構成員がお互いに必要以上に干渉しないから成り立っている。たとえば私は今コレをほぼ満員状態のタリーズ・コーヒーで書いているが、店員や客の中には私とさまざまな考えや価値観が相容れない人々もいるはずだ。それでもこのサテンが平和なのは、我々がお互いに無関心だからだ。もし外出する度にその辺の他人が思っていることすべてが文字で表示され目の前に飛び込んできたら我々は正気を保てないだろう。実際にそれが起きているのがTwitterだ。毎日のように新しい知らないムカつく意見や情報が無限にわいてくる。その度にカッとなる。脊髄反射的に反論する。スクショを晒す。私も身に覚えがある。狂っている。眠りは死の従兄弟(Nasさん)だが、Twitterは精神病の従兄弟である。Twitterには日頃から本を読み複数の本から共通するテーマを抽出して物事を考えられる人と、140文字を長文と認識するような認知能力の人々が同居している。ブログで数千文字を書くことの利点の一つが、そういった人々を弾けることだ。

13時10分に着いた八王子の駅前で一息ついていると、建物のLEDスクリーンから八王子スーパー強盗殺人事件に関する情報提供を呼びかけるメッセージが流れていた。私はそれを見、何気なく「八王子スーパー強盗殺人事件」とtweetした。すると間もなく知らない奴が引用RTで絡んできた。「このツイートを見て元カノを思い出して気分が悪くなった。どこにクレーム入れればいい?」的な感じだった。恐くなってスクショを撮る前にすぐブロックした。アカウントがその日中に消えていたようなので正確な引用は出来ない。ちょっとヤンキーが入った10代くらいの実写アイコン。最近わたしは安田峰俊さんの『みんなのユニバーサル文章術』を読んだ。労働のメール、Twitter、LINEにマッチング・アプリと風呂敷を広げすぎ。面白い箇所もあったが、期待はずれだった。中でも私が首を傾げたのが、未だにバズるとかフォロワーを増やすとかをTwitterで万人が目指すべきゴールであるかのように指南している点だ。たしかに有名人やインターネットを主戦場とする自営者ならそうなのかもしれない。しかし一般民衆が多数のいいね、RT、フォロワーを得たところで利益はない。そういうのを無邪気に喜ぶ時代は終わった。今のTwitterにキチガイや洒落にならない異常者がどれだけいるかをちょっと考えてみれば分かるはずだ。Twitterでは鍵をかけてフォロワーを相当に絞らないと自由はない。(ちなみに私は安田さんの本をこれ以外に4冊読んでいる。『独裁者の教養』、『和僑』、『さいはての中国』、『性と欲望の中国』。好きなライターさんだが『みんなのユニバーサル文章術』は駄作だと思う。)

今日の会場名、J:COMホールには聞き覚えがなかったが、検索してみると場所的にどうもオリンパス・ホールっぽい。2021年4月からJ:COMがネーミング・ライツがJ:COMに移っていたようだ。駅前のあの建物の、4階。コンサートの度にメンバー・カラーのジェラートを販売していたジェラート屋はもう潰れていた。日高屋で見覚えのあるおまいつ集団が入店待ちの行列を作っていた。開演が15時で、今が14時前。サテンに入るにも中途半端な時間。会場に入るとき、エスカレーターを上がってグッズ売場の手前に来たときと、2回もチケットを提示させられた。いやさっき下で見せたばっかなんだけどと文句を言いたくなったが、どうせ彼らは指示された労務を最低賃金に毛の生えた時給でこなしているだけだし、ここで言ってもしょうがないので黙って従った。売場の姉ちゃんがど新人丸出しで、隣に付き添う先輩からすべての動作と発言にダメ出しを受けていた。声が小さすぎて私は彼女の言うことをほとんど聞き取れなかった。マスクとアクリル板越しだったのを差し引いても、労働者としてやっていけるのか気がかりになる声量だった。DVDマガジン2種類を1枚ずつと、日替わりの小野さんをくださいと私が言うと、付き添いの先輩が番号でお願いしますと言ってきた。それくらい分かれやど素人が(苦笑)と思いながら、私はTの6番と言い直した。懐かしい。この感じ。その割に商品を渡してくるときの確認では日替わり写真の小野さんですねと言ってくる。その言い方で通じるのか通じないのかはっきりしろや。番号で言ってくださいとそのとき私も言えばよかった。14時過ぎにファミ・マでヤクルトのY1000を買って飲んだのだがどれだけ関係しているかは不明だが、14時半に席につくと何だかだるくなってきた。目をつむり、少し居眠り。寝起きの状態でコンサートが始まった。

ハイライトは『だからなんなんだ!』の初披露。それに尽きる。これだけでも今日ここに来た意味があった。前の曲が終わり左右に捌けていくメンバーさんたち。よく見ると真ん中に一人残っている。小野田紗栞さんだ。彼女が仏頂面でクネクネ動き出したときの、ヘッズのどよめき、笑い。曲中、みんな座って黙っていても充満しているのが分かる高揚感。小野田紗栞さんのヘンテコ・ダンスを最大限に生かした振り付け。全員、無表情のメンバーさん。やばすぎ。独特の空気。つばきファクトリーさんの歴史でも特別な瞬間の一つと言っていいのではないだろうか? 『だからなんなんだ!』ほどにつばきファクトリーさんのヘッズが生での披露を待ち望んだ曲は他にないだろう。去年5月にアルバムがドロップされてから散々じらされてきた。会場に足を運んだ全員が、今日はやってくれるんじゃないかという仄かな期待を抱いていたに違いない。終演後に喫煙所で会った吉田さんに楽しかったですかと聞かれた。感想を述べる前の私とF君の表情を見、めっちゃいい笑顔じゃないですか! と吉田さんは言っていた。『だからなんなんだ!』を観た後ではそうなってしまう。

衣装は二つ。二つ目の赤を基調とした衣装がきらびやかでステージに映えていた。着替えの時間にスクリーンに映像が流れたのは戦前のコンサートの片鱗を感じさせたが、それ以外の質素さはコヴィッドになってからの流れを継承していた。ほぼ剥き出しのようなステージだと、衣装が分かりやすくゴージャスじゃないと視覚的に物足りない。その点で、二つ目の衣装はスゴくよかった。一つ目の衣装は派手なわけでも露出度が高いわけでもなく何だか中途半端で、早い段階で見飽きてしまった。衣装自体は決して悪くはなかったのだろうが、ステージ全体の中で見栄えがしなかった。皆さん右だけ肩がついているデザインだったのだが、どうせなら両肩、両二の腕、両ワキをバンバン見せてほしかった。
  • 豫風瑠乃さんが楽しそうで、お父さんとしては何よりだった。動きにも人一倍キレがあった。
  • 歌やダンスは別として、新沼希空さんの容姿がとてもチューン・アップされていた。
  • たしか『ガラクタDIAMOND』で本来のダンスではなく数名のメンバーさんが座る形を取っていたのだが、八木栞さんが座った状態で小さな短パンからふとももを全部見せてくれた。その後に秋山眞緒さんも座って脚を組みふとももを丸出しにしてくれた。
  • 新沼希空さんが最後のコメントで、12人もいるから他の子に負けないように頑張りたい。目立つために頭に大きなリボンをつけてるんです、と言っていたが、そのとき隣にいた谷本安美さんの赤い大きなリボンの方が目立っていた。谷本さんは1着目の衣装のときも大きな白いリボンをつけていて、それがとても可愛く、似合っていた。
  • 小野瑞歩さんが2着目の衣装でキックするとき何度もアン・スコを見せてくださった。2階のクソ席からたかだか6倍の双眼鏡を使って得る景色には限界があったが、私は集中してその一瞬を捕らえた。
  • 小野さんは何かの曲でメンバーさんがV字のフォーメイションをとるとき、一番真ん中の前にいた。12人いる中で真ん中にみずほちゃんがいるのは何だか壮観だった。
  • 公演後にドロップされたブログで小野田紗栞さんが「初日にしては、とても良かったと思っています!」と書いたが、これは今シーズンの明治安田生命J1リーグ第1節、セレッソ大阪さん戦後の仲川輝人さんの「開幕戦のわりには内容が良かったです」というコメントと酷似している。

公演後にF君とメシを食うことになり、八王子 四川料理で検索して出てきた店に入った。なかなかよかった。駅のすぐ近く。

2022年3月19日土曜日

薔薇と海賊 (2022-03-05)

G君との待ち合わせが13時になったのでその前に身体を焼こうとブラッキーPersonal池袋店に電話を入れたが午前中は既に予約で埋まっていると店員さん(ギャル)に言われた。あーそうですか。じゃあまた改めます。失礼します。と私は爽やかに答え、電話を切った。タリーズ・コーヒーでホット・コーヒーを頼むと、新しいものを抽出しておりますのでお時間5分ほどいただきますと言われ、承諾した。iPhoneのストップ・ウォッチで計ったら実際の待ち時間は9分を超えていた。私は2015-2016年頃によく朝のロッテリアでエビ・バーガーを注文していたが、そのときも5分かかると毎回言われ、計っていた。ロッテリアの場合は本当に4-5分で提供していた。もっとも、どの時点からその5分が始まるのかは明確に示されていない。厨房にオーダーが伝わった瞬間なのか、5分かかりますと店員さんが言った瞬間なのか、支払いを済ませ番号札を渡された瞬間なのか。ハングリー・タイガーで店員さんがハンバーグ・ステイクを切ってソースをかけた後、余熱で最終調理を行いますので60秒ほどお待ちくださいと言うときもそうだ。いつから60秒? 私はいつもストップ・ウォッチで計っているが、ハンバーグ・ステイクがテイブルに到着してから店員さんが前述の言葉を発し、一礼して去るまでがいつも約40秒。60秒のカウントはその40秒のどこかで既に始まっているのだろうか? 私はいつも疑問に思っている。

G君は前の用事(スーツを買っていた)が少し長引いたらしく、神保町駅のA3出口で私と合流したのは13時半くらいになった。私が着ている上下ターコイズ色のジャージを見て、派手ですね的なことをG君が言ったので、あやぱんジャージです(※元こぶしファクトリー広瀬彩海さんのメンバー・カラーがターコイズだった)と私は自虐的なジョークで返した。あやぱんでは着られなさそうなサイズ感ですね。そうかもしれませんね。私は笑った。その後、いくつか古本屋を回った。おそらく収集目的で買う人がいるのだろう、年代物の本がぎっしり棚に並べられたお店に入ると、図書館あるいは博物館にいる感覚。そんなに売れないだろうに、これらのお店の人々の生活が成り立っているのが不思議だった。記憶にあるかぎり私が神保町を訪れるのはこれが二度目だ。前回は10年以上前。2011年3月のトルコ旅行に向けてTHE NORTH FACEのシェルを買った。有名な店でカレーを食った。Kと二人で。Kは新卒で入った会社の同期で、公私ともに親友と呼べる仲だった。一緒にインドとトルコを旅した。寮では隣部屋で、毎晩のように会社の愚痴を言い合い、議論を交わしていた。毎週末のように一緒に出かけていた。Kが結婚してからは嘘のように疎遠になった。このあいだM君も横浜のドロップ・コーヒーで言っていたが、結婚した人たち(特に子どもが出来てから)と私たちは別の世界を生きている。彼らが子どもの学資保険をどうしようか悩んでいる間、我々はツアーどこ入ります? なぞとサテンで話し合っているのである。あのときに買った中国製のゴア・テックスを私はその後も愛用したが、2018年11月30日に新幹線の乗り場で走ってこけた際に生地が破れた。そのときにイヤフォンから流れていたのがつばきファクトリーの『初恋サンライズ』だった。

G君が目星をつけていたいくつかのサテンは入店待ちの行列が出来ていた。14時半くらいだというのにラーメン二郎神田神保町店にも行列が出来ていた。ギャラリー珈琲店瀬戸というところに入った。くそマンボーでアルコールは出せなくなっていたが、アイリッシュ・コーヒー(ウイスキー入りのコーヒー)の注文は受け付けてくれた。私はこのあと田村芽実さんが出演する三島由紀夫さんの戯曲『薔薇と海賊』の舞台を観る。G君から三島由紀夫さんや谷崎潤一郎さんに関するレクチャーを受けた。三島さんに関しては『金閣寺』のような代表作の小説よりは『文章読本』と『不道徳教育講座』から入るのがお勧めだそうだ。私が読んだ三島由紀夫さんの本は『命売ります』の一冊だけだ。『文章読本』は数年前に買って寝かせてある。部屋の大体どこにあるかは把握している。(帰ってから探したら実際にそこにあった。)谷崎潤一郎さんの『春琴抄』における文体実験。昔の作家は文体へのこだわりがあった。今の流行作家は別に本業があってその専門知識を小説に盛り込んでいる場合が多い。文体ではなくまさかの展開に重きを置いている。映像化を前提で書いている。たしかに。小野瑞歩さんの愛読書、『元彼の遺言状』がまさにそれだった。4月からドラマ化が決まっている。私は読んでみたが、文章としてのドープさが皆無。私のブログの方が遙かにドープ。商業的に成功している最近の小説をごくたまに手に取ってみると大体こんなん。「キメえ曲作ってヒット狙う でまた今月も一個セルアウト」(K DUB SHINEさん)の小説版。作者の新川帆立さん、そしてこんなカス文章、カス小説をもてはやす民衆に中指を立てたい。ただ、はっきりさせておきたい。小野瑞歩さんは別である。『元彼の遺言状』を文庫化される前に買い、夢中になって一気に読み、ドラマが始まる前にまた読み直そうとしているみずほちゃんは愛しい。チューしたい。和田彩花さんも読んでいることでお馴染みのという枕詞でG君が解説してくれた『陰翳礼讃』。和田さんが読めるのであれば私も問題なく読めますね。あやちょがちゃんと読めているかは分かりませんが……。でも和田さんは私よりも高学歴ですからね。院卒ですから。苦笑いするG君。

G君と別れ、池袋。東京芸術劇場。地下一階。D列8番。アルファベットをそらんじるほどのインテリゲンツィアである私はD列だから4列目だろうと思っていたが、会場内の座席表を確認すると最前がC列だった。D列8番は2列目の中央ブロック左端通路席という、かなりの良席だった。田村芽実オフィシャルファンクラブさん、いつもありがとうございます。毎度ながら田村さんのソロ活動の追っかけが多すぎないのは本当に助かっている。Twitterで大アンジュルム(退団者を含めた総称らしい)とか言ってワイワイやってらっしゃる紳士淑女たちはたぶん一人も観に来ていないだろうし。そういえばこの間、田村さんがInstagramにドロップした動画で、リニューアル予定のファンクラブについて構想を話していた。曰く、最近YouTubeでキャバクラのドキュメント映像を観るのにはまっている。キャバ嬢の方々が休日にお客さんにラインをしているのを見て、自分もそれをやりたいと思った。ファンの人を10人ずつとかに小分けにしてそれぞれにラインをする案を考えている。私がもっとみんなの手の届かない、雲の上の存在になったら出来なくなるけど〜(大意)。私は一支持者として、田村さんに女優として成功してほしい、報われてほしいという思いは当然持っている。一方でファンクラブで良席を安定して貰える範囲の人気であってほしいという思いもある。

コヴィッド陽性者が何人いるとか増えたとか減ったとか、本当は我々の生活とは関係がなかった。気にしなくても生活に支障はなかった。コヴィッドについては人によってさまざまな意見があるが、カンセンカクダイボーシに協力しなければならない、それこそが我々の社会で最優先すべき課題であるという前提にほとんどの人たちが与してしまっている時点で、立場に関係なくコントロールされている。洗脳されている。マジ興味ねぇ(DJ OASIS feat. K DUB SHINE)、それこそがコヴィッドに関して最も賢い立場だ。出来るものなら私もそうでいたかった。ところが私の生活への直接的な影響があまりに大きく、無視するだけではやり過ごせない。人間が社会的な存在である以上、その社会で重要とされている価値観や議題から完全に自由になるのは不可能だ。

私が会社で受けさせられたコヴィッドに関するオンライン講習では、心肺蘇生を行う際には飛沫からの感染を防ぐためにまず患者にマスクを着けましょうという、コントのようなことを大真面目に言っていた。あと、マスクを会社で捨てるときには必ず紙かビニールの袋に入れてからにしないといけないらしい。じゃあなんで鼻をかんだティッシュはそのまま捨てていいんだよ。本当に頭が痛くなる。今日、東京メトロの駅構内にヘッドフォンからの音漏れに注意を喚起するポスターが貼られていた。音漏れなんかより駅員や乗務員が毎度きったねえ声で読み上げるコクドコーツーショーからのお願いの方がよっぽどイライラする。カンセンカクダイボーシのカンテンからってやつ。観点なんて言葉を人生でロクに使ったこともない頭の空っぽな奴が原稿をただ読まされているのが見え見え。慣れない言葉を使うその間抜けな声から薄ら馬鹿さがにじみ出ている。舞台上の演者さんたちが近距離でマスクなしで唾を飛ばし合い、客席の私たちがマスク着用を義務づけられ黙って観ているという状況。フットボールも同じ。コント。フィクション。コヴィッド劇場。もともと受け身で従順な上、確固たる価値観・理念を持たないジャップどもは他人に設定された世界観をそのまま受け入れやすい素地があるのかもしれない。まあ狂っているのはジャップに限らないが。

『薔薇と海賊』は現実の会話としては台詞がリリカル過ぎるし、登場人物が素直に本心をさらけ出し過ぎている。現実味がない。にもかかわらず、それが気にならないくらい作品の世界が出来上がっていた。ひとつの建築物のようだった。シリアスで哲学的な言葉の城。そんな中にもスパイス的にクスッと笑える台詞が何度か挟まれていて、その匙加減が三島由紀夫さんのプロの技だなと思った。かなりスゴい舞台だった。田村芽実さんが何の違和感もなく溶け込んでいるのが誇らしい。田村さんの支持者でよかった。彼女のぱっつんボブ、クリクリしてぱっちりした目、醸し出す雰囲気。(この舞台では役作りの一環なのか、巨乳にさせられていた。)私は彼女のアンジュルム時代の映像を最近たまに観るのだが、当時よりも格段に魅力的になられていると思う。女性として。表現者として。そしてこれを契機に三島由紀夫さんの本を何冊か読まないといけない。そう思わせてくれる舞台だった。『薔薇と海賊』は全集にしか収録されていないようで、手に取るには敷居が高い。しかし田村さんが稽古中に必死に習得しようとしていた「三島のレトリック」に私も触れてみたい。田村さんといえば、「私と寝たい?」と誘惑をして老紳士を油断させ短剣を取り上げ白痴青年に返す場面がある。「あ!」と叫んで指を指した方向に老紳士が向いた隙に短剣を持って走り去るというベタすぎる手法に客席から笑いが起きた。

実際には30歳だが自分を8歳で童話の主人公だと思い込んでいる白痴青年の役の紳士による、幼児性と純粋さ、危うさの演じ方が見事だった。冒頭に登場してわずかな時間のいくつかの挙動で、そわそわさせるものがあった。田村さんの口から遠慮なく発せられる白痴、キチガイといった単語。それを聞けたのは貴重な経験。今日の客層は分別のある感じ(私の列にいた淑女たちはちゃんとすみませんと言ってから中の席に入っていて礼儀正しかったし、休憩時間中の雰囲気で何となく分かる)の中年女性が多かった。観客の大半が男性陣の支持者だった感じがする。休憩時間には白痴青年役の青年の支持者とおぼしき集団が、あのスーツが……なぞと衣装について盛り上がっていた。

2回の休憩を含め計3時間に及んだ。17時開演だったので外に出た時間にはくそマンボーによってほとんどの飲食店は店内利用を締め切り済みだった。夕食難民としてしばらくストリートをさまよったが、ミトヤが21時まで店内飲食をやっていたので助かった。ジャワ焼き肉定食。安くてしっかりおいしい。テーブルに常備されているごま塩のふりかけ。こういうのでいいんだよ。

2022年3月13日日曜日

つばきファクトリー メジャーデビュー5周年記念ライブ ~君ならで誰にか見せむ椿の花色をも香をも知る人ぞ知る~ (2022-02-20)

高齢独身者は陰で親戚・近所の子どものための生きた教材にされている可能性がある。「あんな歳まで結婚できない人になってはいけないよ」「ああなったら人生終わりだよ」と、あなたの人生はあなたの知らない所で子どもたちへの教訓として使われているかもしれない。(樋口康彦、『崖っぷち高齢独身者』)
ただでさえおっさんは被差別階級(現に私たち自身が若いときから蔑んできた。数十年前、この国では25歳を過ぎた女を売れ残ったクリスマス・ケイクと揶揄するのがまかり通っていたらしい。その風習は消え去った。その代わり今でも中高年男性のことは好きなだけ嘲っていい。たとえば女は会議で喋りすぎると森喜朗が言うのは看過されないが、その発言を非難する際にはこれだから森みたいなジジイはという言い方が許される)。そのうえ独身でオタク。揃った三拍子。クレジット・カードは作れても我々に本当の社会的信用はない。中年期以降は何もしなければ心身共に弱っていく。人間も動物。パッと見フィジカルで自分より劣る相手のことは下に見るのが本能。弱れば弱るほど社会から舐められる。多くの人々は中年期以降、ちゃんと結婚して子どももいるという事実によって社会における自分の存在を正当化している。動物としての弱体化をそれで埋め合わせている。その道を歩めなかった高齢独身者は別の方法を採らないといけない。

昨年末から通い始めた日焼けサロン。今日で10回目。自分としては納得の行く焼き色に仕上がった。これを維持していきたい。店員さん(全員ギャル)によると週一で通わないと色は徐々に落ちていくらしい。が、普通に考えて入るマシンの強さと焼く時間によっても必要な頻度は変わってくるだろう。ともあれ、これまではほぼ週に一度来ている。最初の4、5回は大変だった。赤み、ヒリヒリ、ボロボロめくれる皮。ちょっとした負傷。6回目、7回目あたりになると肌に耐性がついてきた。7回目から12,000Wのマシン(V56)に毎回35分入っている。15年前から私の髪を切っている美容師さんは、入店した私を遠巻きに見て一瞬誰か分からなかったと言っていた。F君もこのあいだ仙台サンプラザで私が目の前に現れたとき最初は知らない人に話しかけるやばい地元民だと思ったらしい(道理でサツアイしたとき反応が鈍いなと不思議に思っていた)。もちろん自分でも焼けているのは分かるが、毎日自分のことを見ているので細かい変化は却ってよく分からない。他人から言われてそんなに焼けているのかと驚く。11月末からコア・スクイーズを使った筋力トレイニングとエアロ・フィットを使った呼吸筋トレイニングをほぼ毎日欠かさず行っている。髪型も前よりおでこを出すように変えた。自分のことを強くしていく。強そうにしていく。自信を持てるようにする。
常に毅然と胸張って堂々と(ZEEBRA、『男の条件 feat. MACCHO, Q, BOY-KEN』)
人間は40歳くらいで死ぬのが本当はいいのではないか? 最近そう考えることがたまにある。じゃあお前がすぐに死ね! 賢明な読者諸兄はそう叫んでiPhoneを地面に投げつけたくなるだろう。違うんだ。何というか、80歳くらいまで生きるつもりだったのがいきなり40歳で死ぬということじゃなく。最初から40歳くらいで死ぬことが分かっていてそれまでの人生を送ってきての話。今は死んでいない状態という意味での生が延びすぎたし、尊ばれすぎている。長くなった分だけ中身は薄い。1対0で勝っている中東のフットボール・チーム(もしくは鹿島アントラーズさん)がちょっとした接触でわざとらしく痛そうに長時間ピッチに倒れ込むような、終了まで現状のままやり過ごすことを目的とした生。イノチより大切なものはないとのたまう奴が言うイノチとはそういうスカスカな時間のことだ。人の一生で気力と体力に不自由しない時期は案外、限られている。その時期を将来のため、老後のためと言って(言われて)何かを我慢することに費やすと、自分が本当に何をやりたいのかも分からなくなる。

独身者であるか既婚者であるかとは必ずしも関係ない。たしかに既婚者は(子どもがいれば)子どもの成長や人生行事を見届けることで、感動や達成感を得ることができるかもしれない。しかしそれは自分以外の人間に入れ込みああだこうだ言うことで自分のことを不問に付している点においてアイドル、役者、アスリートの応援を生き甲斐にしている我々とそんなに変わらない。客やファンとしてお金を払ってショーや試合を観るのは自分の子どもを育てるのとは違うという反論があるかもしれない。しかし、相手に自分の遺伝子が入っているかどうかという違いこそあれ、根底は同じである。子育てが無償の愛で成り立っているわけではない。豫風瑠乃さんのつばきファクトリー入団が発表されたときに彼女はJuice=Juiceに入れてほしかったとSNSでゴネていた人々と、自分の子どもが特定の大学や会社に入らないと許せない親は、私には重なって見える。血縁関係のあるなし以外で両者の根本的な違いがあるなら、説明してみてほしい。

家庭を築いた人たちの様子を見ていると、土日祝日の予定は家族の相手で勝手に埋まっていくようである。崖っぷち高齢独身者たちは自分で予定を埋めていかないといけない。私は無職のとき、池袋の文芸坐と大森のキネカ大森によく行き二本立ての名画を鑑賞していた。映画を観ている間は職がないことの焦燥や将来への不安を忘れることが出来た。労働生活を送っている今でも、休みの日には観客としての時間を作り予定を埋めていかないと人生の無意味さに耐えられなくなる。

早朝に横浜駅にバスで到着しスカイ・スパで休まれていたM君と合流。マロリー・ポーク・ステーキで昼食。富士山(450g)とハイボール(M君はたしかウーロン・ハイだったかな?)。本当に味わい深いポーク・ステイク。用意された調味料の一つ一つが本当に合うし、色んな味を楽しめる。約JPY2,000。相武台前駅に向かう車窓。徐々に生活の匂いが強くなっていく風景に、愛知在住のM君も驚きを隠せない。横浜と聞いて人が一般的に思い浮かべる景色はみなとみらいとかのごく一部であって、ちょっと離れたらこんなもんですよ。ま、地方都市。そういえば今日はD君も観に来る。現在、彼は新宿でモーニング娘。さんの個別に参加中。座間でつばきファクトリーさんの昼公演を観たらすぐにとんぼ返りしてまた個別に戻るらしい。どういうスケジュールの組み方なんだ。「あの人、別につばきがメインじゃないんですよね……?」とM君も恐がっていた。しかもD君、今日の公演は途中退出をほのめかしている。M君の方が席が後ろだったのだが、そっちの方が途中で出やすいからとわざわざ席の交換を申し出ていた。私とM君がハーモニーホール座間の食堂で茶を飲みチルしていると、昼公演開演まであと10分というところでサイコパスの笑みを浮かべながら颯爽と現れたD君。ゆっくり話す時間もなく、彼はM君と連れ立って入場口に向かった。私がD君の姿を見るのはそれが最後となった。

夜公演のみを鑑賞する私は、そのまま食堂に残って『雑司ヶ谷R.I.P.』を読んだ。昼のポーク・ステイクがまだ腹に溜まっていたが、今を逃すと食べるタイミングがなさそうなので刺身定食を注文した。今日はちょっと食い過ぎた。ただ、私は平日は控えめにして土日はガッツリ食べるというメリハリをつけている。昼公演が終わり、戻ってきたM君が、浅倉樹々さんの内ももに注目してくださいと真っ先に言ってきた。他には:
  • 小野さんがおでこを出す髪型。顔が汗だくになっているのが見えて妖艶だった
  • 既存メンバーの肌の露出度が低い
  • 河西結心さんのワキ見せ大サーヴィス
  • 新沼さんが、あと何年やれるか分からないから思い出を残していきたい的な、含みのある言い方をしていた
浅倉樹々さんの内ももです、と再度強調し、M君はハーモニーホール座間を去った。

アップフロントさんが私に与えた2階の席。あらかじめ分かっていたが、実際に座ってみるとかなりのカス席だった。今日は落選者が多いことからこの場にいられるだけでよしとすべき。中野と仙台のハロ・コンでいい席を貰っていたし、さっきM君から聞いて衣装的に見所が少ないと分かっていた。ここで運を使う必要はない。衣装の肌面積が広いときは前方で観たい。(布面積が狭いというとメンバーさんを性的に見ている感じがしてよくないから肌面積が広いという言い方をするべきだ。これがポリティカル・コレクトネスだ。)M君が言っていたように衣装はいまいちだった。お金がないなら過去に彼女たちが着た肌面積の広いやつを使い回してほしかった。公演を通して一着しかないのも残念だった。まあファンクラブ・イヴェントで衣装が一通りなのは戦前でも普通だったか。今日の公演はファンクラブ・イヴェントなのか、コンサートなのか、位置づけがよく分からないが。そうは言っても見所がまったくなかったわけではない。私は秋山眞緒さんのお腹と小野瑞歩さんの左ワキを注視した。小野さんは仙台でのハロ・コンのときと同様におでこを出していたが、また違う新しい感じの髪型をなさっていた。エメラルド・グリーンのゴム?二つで左右の上の方を縛っていた。公演の終盤にはお顔だけでなくデコルテの汗が光っていた。どんな匂いがするんだろうか? 近くで嗅いでみたいし、みーたんの身体が発する熱を感じてみたい。

正確な曲数や曲目についてはGoogle検索に譲るが、10曲前後やっていたと思う。間に挟まれたのが川柳のセグメント。昼公演と夜公演でメンバーさんを二分してそれぞれの川柳が発表される。小野さんは昼公演で披露済みだった模様。谷本安美さんの作品は「まかせとけ ビジュアル担当 ここにあり」。これ聞いてSaoriはどう思う? とたしか岸本ゆめのさんあたりに振られた小野田紗栞さん。安美ちゃんと私では美人と可愛いでジャンルが違うから〜。そうそう芝生が違うから。的にお互いを認めつつも一歩も譲らない谷本さんとの掛け合いが小気味よく、熟練の域に達していた。福田真琳さんの「青椿」から始まる一句の感想を求められた豫風瑠乃さんがいつものちょっとおどおどした感じで、青椿という言葉の選択に対し、さすが……と言ってから「でござる」と付け足し、忍者? と複数のメンバーさんに突っ込まれていた。受け狙いではなく自分なりに適切な言葉を絞り出そうとした結果としてそうなっているのが可笑しかった。浅倉樹々さんは、過去にリリース・パーティで沖縄に行ったとき、他のメンバーさんが海には行っていたが自分は大人ぶって入らず撮影係に回ったことを川柳に落とし込んでいた。その流れで、またみんなで海に入りたいねという話になった。それを聞きながら私は思った。そう。ぜひみんなで小さな水着(ではなかった。肌面積の大きな水着)を着て海辺で遊んでほしい。アロ!ハロ的なBlu-rayをドロップしてほしい。

昨日は日産スタジアムで明治安田生命J1リーグの横浜F・マリノス対セレッソ大阪さんを観ていた。今日はつばきファクトリーさんを観てM君に(+ちょっとだけD君とも)会うことが出来た。文句なしに楽しい週末だった。明日とあさってをスキップしたい。そうしたら2月23日(水・祝)はまた日産スタジアムで横浜F・マリノス対川崎フロンターレさんを観ることが出来る。そう思いながら帰途についたが、東武東上線の車内に漂う強い雑巾臭が私を現実に引き戻した。