2016年7月10日日曜日

MISSION 220 (2016-06-25)

テレビ朝日のサッカー中継における「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」には何の真実味もない。その試合に負けても日本代表チームの選手は変わらず高給を得続けているしサッカー関係者やわれわれ視聴者の生活は普通に続いているからだ。負けたら選手たちが鞭打ちの刑に処されるなら分かる。そこまで行かなくとも、せめて負けたら監督が即クビになるくらいの状況でもないかぎり、絶対に負けられないという煽り文句は空虚に響く。今日、明日と、私は横浜Bay HallでJuice=Juiceのコンサートを計4公演観させていただく。4回のうちの1回目である今日の13時45分開場・14時半開演の部は、私にとって紛れもなく「絶対に開場時間に遅れてはいけない公演」だ。ここにテレビ朝日的な誇張はいっさい含まれていない。なぜなら私の整理番号は8番だからだ。最前列(と言っても席がないので厳密には列はないが)に行けることが確実。宝くじに当選したようなものだ。ライブハウス(和製英語)の一番前でJuice=Juiceのコンサートを鑑賞させていただくというプライスレスな経験が出来る千載一遇の好機だ。

何度も書いているが、基本的に私はライブハウス(和製英語)がそんなに好きではない。前の方に行けないかぎり、ステイジ上の演者が見えづらいからだ。もちろん音楽や催し事の種類によっては演者があまり見えなくとも支障はないかもしれないが、ハロプロのコンサートを観に来てメンバーたちが見えなくてもいいという訳にはいかないんだ。さすがに。西川口Heartsでは後方からJuice=Juiceの皆さんがほとんど見えなかった。もちろん、良席でないとイヤだという寝言を言うつもりはない。恵まれない状況でもコンサートを楽しめるかどうかは自分次第だ。ただ、それもある程度は演者が見えるのが前提だ。ライブハウス(和製英語)のコンサートは整理番号が運に左右されるので、積極的には申し込まない。ただ横浜Bay Hallは3月に来て、後ろの方でもステイジがよく見える珍しいライブハウス(和製英語)であることを知っていた。つまり整理番号に関わらずコンサートを楽しめるということだ。なので6月25日(土)と26日(日)の4公演すべてに申し込んで、すべてに当選した。この週末がすべてJuice=Juiceに割かれることとなった。で、1回目が8番というとんでもない番号だったんだ。残りの3回はいずれも200番前後だった。

横浜モアーズのハングリー・タイガーでオリジナルハンバーグと野菜のブロシェットのレギュラーセット2,240円をいただいてから元町・中華街駅へ。会場に着くと、見覚えのある職員がいた。3月に整理番号が121番だったのに400番くらいになるまで会場に入れなかった原因の、あの小僧だ。まあ、結果として後方で楽しい思いが出来たので、別に根に持っているわけではない。誰も並んでいないグッズ売場で日替わり写真の宮崎さん、宮本さん、高木さん各500円を買った。駅のロッカーに空きがなくて少し焦っていたが、開場前に会場のクロークに預けることが出来て(500円)、ホッとした。近くのおめかししたオタクお嬢さんがオトモダチのオタクおじさんに「私の凱旋だからチケットを交換して」とおねだりしているのが聞こえてきた。おじさんが持っている整理番号がどうやら一桁らしい。私も横浜育ちなので凱旋だ。開場を待つファンの中にラッパーの崇勲を思わせる風貌の紳士がいて二度見した。あの髪型にすると誰しも崇勲に見えるのかなとはじめは思ったが、頭の形も似ているように見えた。

ボーッとしていたら整理番号の呼び出しが始まっているっぽいことに気付いた。拡声器が壊れているのか担当者の声が小さいのか分からないが、耳を澄ませば何かを言っているのが認識できる程度だった。5メートルくらいしか離れていなかったのに内容は聞こえてこなかった。慌てて入り口に行くと6番が呼び出されていたのでギリギリ間に合った。iPhoneを見たら13時44分。危なかった。開場はもっと大々的にやれ。地味に始めすぎだ。

階段を上り、チケットをもぎられて、500円のドリンクチケットを購入。係員に導かれてゆっくりと開場の中へ。この会場は気が利いていて、我々の進路にペットボトルを持った女性が何人か待ちかまえていて、カウンターに行かなくてもドリンクチケットを水と交換させてくれた。まだ先頭には係員がいる。フロアに目をやると、誰も人がいない。もうすぐであそこにたどり着ける。絶好の位置につけるのが保証されていた。誰にも遮られず、あり得ない近さでコンサートが観られる。人生でそう何度もあるものではない。手が震えた。おそらく私の前にいた7人も、後ろにいた人たちも、同じ心境だったはずだ。みんなこれから手に入る悦楽を想像し興奮しながらも平静を装い、あそこにたどり着くのをおとなしく待っている。つまり、これは風俗店の待合室なのである。

最前ほぼ真ん中のやや左寄りに立つことに成功した。右寄りと左寄りではどちらかというと左寄りの方が好ましかった。なぜなら宮崎由加さんはこちら側に来ることが多いからだ。理想と言っていい場所だった。ついにここに来た。6月20日(月)の℃-ute日本武道館公演でも最前列で観させてもらったが、ステイジとの距離は今日の方が圧倒的に近い。いま思えば2010年3月20日(土)に初めてハロプロのコンサート(モーニング娘。)を観たときには、最前や良席はおろか1Fでコンサートを観るのも想像がしづらかった。13時50分頃には最前付近の入場は完了していた。残りの40分は会場内に流れる“Walk this Way”や、有名だけど曲名を克明に分からないロックや、知らない曲に、適当に身体を揺らしながらやり過ごした。

開演前のいわゆる影アナは植村あかりさんが担当した。お断りを「おとこわり」と言い間違えていた。お酒のようだな。男割り。男梅。『フリースタイルダンジョン』のT-PABLOW戦で足下に男梅サワーを置いていた黄猿。「お前が飲んでる男梅 居場所見つけました音の上」と当意即妙にいじったT-PABLOW。それはともかく、植村あかりさんは急性扁桃炎のため先週末に行われた盛岡と秋田でのコンサートを休んでいたので、心配するファンに復帰を知らせる意味も込めて影アナ担当を彼女にしたのだろう。

金澤朋子さん・宮崎由加さん・高木紗友希さんの3人によるおしゃべりのセグメントでは、宮崎さんがGirls Night OutというYouTube番組の収録時の裏話を披露した。番組では3回に渡って料理をしていた。観てくれた人?と宮崎さんが問いかけると当然ながら大半の客がはーいと手を挙げるのだが、私は3回のうち1回しか観ていないので後ろめたかった。(YouTubeの無料番組が多すぎて、手が回らない。ハロステを追うので精一杯だ。私は無職だった頃にはハロプロメンバーが出演するラジオ・テレビ・YouTube番組をほぼすべて視聴していたが、無職にとっても楽でなかった。ハロプロの映像・音源・番組をすべて消化するという作業の負荷はフルタイムの仕事に近いと当時、思った。)収録中に、宮崎さんは油の匂いで酔う体質だったことが発覚した。レンコンのはさみ揚げから気持ち悪かった。大学芋のときには限界だった。台に手を置いて何とか立っていた。少し休んだら楽になった。大学芋を食べて「目が覚めました」と言ったところ視聴者からは体調が悪かったのではなくて眠かったのだと誤解された。まあいいかと思っていたが、番組を観ていた母から「フラフラして具合悪そうだった」と心配するメールが来た。見抜いてくれた母は凄いと思ったという宮崎さんに、ファンは拍手。「これからあぶらとり紙用意する」という高木さん。いやいや大丈夫というジェスチャーの宮崎さん。握手会のときにファンのあぶらはどうなのかという問いかけに大丈夫だという宮崎さん。「皆さんのあぶらは大丈夫ですよ」と金澤さんがニコニコしながら言ったのが面白くて私は思いっきり笑った。高木さんが「皆さんのあぶらは神秘的な…」と何かうまいことを言おうとしたが「いややめておこう」と諦めた。

ソロのセグメントでは宮本佳林さんがモーニング娘。の『Memory 青春の光』(ご本人曰く半音上げバージョン)、植村あかりさんが藤本美貴の『満月』を歌った。『Memory 青春の光』は当然として、『満月』も同曲が収録されている藤本美貴さん唯一のソロ・アルバム『MIKI 1』を好んで聴いていたことがあるので、私は知っていた。Juice=Juice全体では松浦亜弥の『奇跡の香りダンス』をカバーしていた。私にとってコールとは誰か一人のメンバーの名前を呼ぶものだったので、この曲で全員が歌うときに「ジュース!」というコールが起きているのが自分にとっては新しかった。

私はライブハウス(和製英語)の前方とそれ以外でいちばん違うのは迫力だと思っていたが、より正確には生々しさなのだと、気付いた。1-2メートルの距離からじっくり見ると、宮本さんの脚にあざのようなものがあるなとか、金澤さんの左膝付近に虫に刺されたような湿疹がいくつかあるなとか、普通はまず見ない・見えないようなところばかりが目に飛び込んできた。見てはいけないものを見ているような気がした。5人の中で、肌の質感という点に絞れば脚が一番きれいなのは宮崎さんだった。傷とかあざとか湿疹とかそういうのがいっさい見当たらなかった。手元の記録には3位まで順位が書いてあるのだが、甲乙つけがたいので2位以下の順位は省略する。私はケミカル・ライトを高く掲げず、飛ばず、何なら少し身を屈めるくらいの姿勢で後ろの方々の視界を妨害しないように気を付けながら、夢のような近さを堪能した。

Juice=Juiceの皆さんは、声がよく聞こえてきたと我々をほめてくださった。「『スクランブル』のときは強烈だった」、「会場のつくりだけじゃないと思うんですけど、皆さんとても盛り上がっていて、今日のために一週間がんばってくれたんだなと感じました」と高木さん。「皆さん熱くて、水がぬるくてホットドリンクかと思うほどだった」と宮崎さん。

終演後の高速握手会は、超高速というほどでもなく、意志を持てば一言のやり取りは出来るくらいの速さだったので、かえって困った。有無をいわさず剥がしてくる、速すぎて会話ができない握手会の方が(腹は立つが)楽なのだ。金澤さんが「見えました」と言ってくださった。「僕も(金澤さんのことが)見えてました」とでも言えればよかったのだが、何も言えなかった。コンサートを鑑賞して、数日後に数千文字の文章で語ることは出来るのだが、終演直後に演者の方々を目の前にして一瞬で感想を言うのが難しすぎる。

会場を出ると16時半だった。次の公演が17時半開場なのでどこかの店でゆっくりするほどの時間はない。ファミリーマートに入ってビールと辛口チキンを買った。これが夕食だ。握手会でうまく立ち回れないな。必要なのはアドバイザー。ファミマで買ったバドワイザー。商品名を出したけど別にアドバタイザーじゃない。このまま進歩がなければ後がないな。350mlを飲み干してもほとんど酔えなかった。この容量では物足りない。でも500mlにすると太るのが心配だという乙女心。結果、飲んだ意味がないような中途半端な仕上がりのまま、夜公演に臨んだ。

横浜Bay Hallはフロアに段差が三つ設けられている。私は一番後ろの段の一番前に立った。3月に来て気に入った場所。影アナは宮崎さんだった。素のしゃべり方から始まり、ウグイス嬢、早口と転調していった。短期間で数多くの公演をこなし、客もリピーターが多いのでこういう遊びが生まれる。注意事項の台本があるとはいえ担当者が毎回ちがう上にアドリブがあるので、聞き流してしまうのはもったいない。

開演の直前によく言えば元気の良さそうな、悪く言えば厄介そうな二人組の青年が目の前に来て、マジかよと思った。私の横にいた紳士は彼らを避けて前に移った。それで空いた空間に二人組の片方が入ってきた。私との段差なしでダンサーのように彼は飛び跳ねた。ステイジが見づらくなった。Juice=Juiceの姿をよく見るために一番上の段に来た私の目論見は外れた。しかし、ここでへこたれて後から文句を言って終わりではない。伊達じゃないようちの現場経験は。下記のステップを踏むことで私はこの困難を乗り越えた。

ステップ1:彼らを「ぎょうざの満州」の店員だと思う
私は昨日、「ぎょうざの満州」で豪遊した。メンマ、紹興酒(熱燗)、焼きそば、焼き餃子をいただいて、1,133円だった。こんなに安いのに接客には適当さがなかった。店員たちに気を抜く暇はなさそうだった。一部の社員を除けば最低賃金に毛の生えた時給で働くアルバイトだろう。この店に来る客層は必ずしもお上品とは言えない。数年前、ある店舗で飯を食っていたらおばさんが小さな子供と一緒にテーブルに座っていた。何か異常な空気を感じたので目をやると、子供がゲロを吐いていた。おばさんは店員に謝る様子はなくただ子供を叱りつけていた。後始末をするのは店員だ。そんなことが毎日あるとは思わないが、こんな仕事をしていたらたまの休日には羽目を外したくなるのは当然だ。ガス抜きは必要だ。彼らを責めることは出来ない。

ステップ2:彼らのスタイルから学ぶ
すぐ近くにいると視界がふさがれて邪魔になることもあるが、彼らがとびきり楽しんでいるように見えるのもたしかだ。つまり彼らのスタイルにはコンサートを楽しむための秘訣が隠されているかもしれない。そう思った私は彼らのやり方を真似してみた。彼らの一人が金澤朋子さんの歌割で飛んだのと同様に、私も宮崎由加さんの歌割で飛んだ(私の後ろには誰もいないことを確認の上)。自分がじっくり見ようとしているのに目の前で飛ばれるとうっとうしいが、いっそのこと自分も彼らと同じように飛ぶと楽しくなってきた。途中から2人の青年たちが盟友のように思えてきた。

金澤朋子さん・宮本佳林さん・植村あかりさんの三人によるおしゃべり。アンジュルム(5月30日)、モーニング娘。(5月31日)、℃-ute(6月20日)の日本武道館公演を観に行ったときの話。「アンジュルムさんとモーニング娘。さんは人数が多いけど℃-uteさんは私たちと同じ5人。5人だとこんなに少なく見えるのかと思った」と宮本さん。「℃-uteさんは人数が少ないけどステージを広く使っていた」と言う植村さんにそうそう、という感じで同調する宮本さんは、℃-uteの圧倒的なパフォーマンスを目にしてから食欲がなくなって、その日は家に帰っても夜ご飯が食べられなかったそうだ。℃-uteの階段の下り方が格好よかったと金澤さん。こんな感じと実演する。客はフーと冷やかす。ホールコンサート中の私たちの階段の上り方はダサくて、後半から会場のモニターに映らなくなったと明かす宮本さん。℃-uteさんはこういう感じと植村さんが真似。客、フー。

ソロ歌唱。宮崎由加さん、『赤い日記帳』(あか組4)。高木紗友希さん、『Forever あなたに会いたい』(つんく)。2曲ともワーワー合いの手を入れるというよりは、じっくり聴く感じの曲だった。私はどっちの曲もちゃんと聴いたことはなかった。

高木さんは「普通に暮らしていたら皆さんみたいな年代のお友達はたくさん出来ないじゃないですか。だからこの仕事をやってきてよかったな、と。これからももっと若い人やおじいちゃんおばあちゃんにまで応援してもらえるように頑張る」というユーモアと真面目さの混じった高木さんらしいコメントを残した。

「今日は外が暖かくて…暑いか。今日も半袖で来たんですけど…(客、フー)見えてるの二の腕だけだよ?(客、フー)」という宮本さんのコメントは、内容といい間合いといい、我々の「フー」を誘いに来ており、それに全力で釣られるのが非常に楽しかったし、我々の「フー」の後の表情がアイドルアイドルしていて素晴らしかった。

終演後の高速握手会では、以前にTwitterで誰かが「お疲れさまでした」で通しているのを見たことがあったので、それを試してみた。するとかなり楽だった。高速握手会を無難に乗り切る有用な技を一つ手に入れた。
私「お疲れさまでした」
宮本「ありがとう」
私「お疲れさまでした」
高木「ありがとう」
私「お疲れさまでした」
植村「ありがとう」
私「お疲れさまでした」
金澤「ありがとう」
最後の宮崎さんにだけは「影アナ面白かった」と申し上げたところ、口を丸くして驚いた顔を作ってから目を見て「ありがとう!」と言ってくださって、私はブータン国民並に幸福になった。よく思うのだが、宮崎さんの表情はコロコロ変わって、分かりやすくて、絵文字のようだ。会場を出ると、20時2分だった。