2015年11月30日月曜日

百花繚乱 (2015-11-29)

会社を辞めるというのを、私は二回やったことがある。最初の会社は8年間勤めた。部長から「何か一言」とマイクを渡され、部全体に何か話すように仕向けられたときは困った。何も言うことは準備していなかったし、言いたいことはなかったからだ。「特にないんですが…」と言ってから数秒間の沈黙を挟み、さすがに本当に何も言わないで済ますことは出来ないと気付き「今までありがとうございました」というような言葉を手短に発したのを覚えている。次の会社は、在籍期間が一ヶ月だった。自分から辞めたが、半分クビにされたようなものだった。ゴールデンウィーク中に退職を決断した私は、連休明けの朝9時過ぎに出社し、10時半には手続きを終えて建物から出た。手続き上、人事と上司とは話さざるを得なかったが、それ以外の同僚には誰にも辞めることを知らせず、エレベーターで地上階に降りた。

福田花音さんが今日でアンジュルムを脱退し、アイドルを辞める。その公演を観るために、日本武道館に行った。アイドルがアイドルではなくなる現場を観に行くのは、初めてだ。高橋愛さんがモーニング娘。から引退する二日連続の公演のうち、初日を観たことはある。でも、この公演が最後だというのは映画館やDVD、Blu-rayでしか観たことがない。

私が今まで生きてきて最も好きでいたアイドルは、道重さゆみさんだった。彼女がモーニング娘。での活動を辞めたのはちょうど去年の今頃だった。パシフィコ横浜で行われた最後の公演。ファンクラブの先行受付では落選し、追加された席の受付でも落選した。数万円を出せば、娯楽道であったりTwitter経由で個人からチケットを入手することは可能だった。席を問わなければ現場に潜り込むことは可能だった。普通に考えれば、何万か積んででも行くべきだった。道重さゆみさんがモーニング娘。として放つ最後の輝きを見届けるのは、私にとってそれほど重要なはずだった。でも、私はそうしなかった。映画館での上映を観に行くことでお茶を濁した。それでよかったんだと今では思っている。その場にいたとしたら、耐えきれなかっただろうと思う。チケットが当たらなかったのは残念ではあったが、ホッとした部分もあった。

何かが終わるのに向き合うのが、私は苦手だ。最後に対して、終わりに対して、成熟した態度で臨むことが出来ない。避けてしまう。見ないようにしてしまう。

道重さんのラジオ番組『モーニング娘。道重さゆみの今夜もうさちゃんピース!』の最終回は、未だに聴いていない。彼女がモーニング娘。を引退する記念に発売されたDVDは、まだ開封していない。パシフィコ横浜で行われた最後の公演を収めたBlu-rayは、一度しか再生していない。道重さん以外でも、アマゾンで12,725円もした(定価17,280円)Berryz工房のBlu-rayは3月に買ってから開封していない。Berryz工房のことは特段、応援していたという訳でもないし思い入れも特になかった。そんなBerryz工房でも、なるべくなら終わるのをこの目で見たくない。(とは言ってもこのまま放置するのは無意味なので近いうちに観ようとは思っている。)

今日の物販は、ネットで公開された小さな画像を見る限り田村さんの日替わり写真がよさそうだった。通常は1枚なのだが、今日は全員2枚組で、1枚はいつも通り一人、もう1枚は福田花音と二人で映っている。あと今日から発売されたDVD MAGAZINEも欲しかった。14時すぎにグッズ列の混み具合を見に行ったところ、2時間くらいは待ちそうだったので諦めた。日替わり写真はこの場でしか買えない。DVDは後でe-lineupで買う。九段下駅の近くにあるPRONTOに入って、ホットコーヒー240円とキットカット50円を買った。ここに来る前にタワレコで買った和田彩花さんが表紙の『IDOL AND READ』を袋から出した。和田彩花さん、岡田ロビン翔子さん、佐藤綾乃さんのインタビューを50分くらいかけて読んだ。アンジュルムのTシャツを着た若い女性二人組が隣に座ってきた。福田花音のfinal公演への期待を楽しく語るのかと思っていたら、会社の部長の加齢臭が嫌だとか○ちゃんは△ちゃんを嫌いだとかそんな話ばかりだった。聞き耳を立てていたという訳ではないのだが、席が近くて、私が音楽を聴いていなかったので自ずと耳に入ってきた。iPhoneにearphoneをつないで、好きな実況主であるP(ピー)さんの新しい動画「友人が作った奇想天外でユーモラスなPRG【はがね】を実況プレイ!part7」を観た。

席は、南スタンドW列25番。後ろから二列目の中央付近。サッカー観戦であれば私が最も好きな位置だ。アイドルを観る席としてはステージが遠い。決して良席ではないが、不満はない。なぜなら;
・ハロプロで私が主に好きなのは℃-uteさんとJuice=Juiceさんであって、福田花音さんやアンジュルムさんの熱心なファンという訳ではない
・武道館は傾斜が強く、基本的にどこにいても見やすい。よっぽど端っこの席でない限り大外れということはない
・南スタンドはステージと対面する位置なので全体が見渡せる。死角がない
私の左は空席だった。最後まで来なかった。おかげで広く使えてよかった。右は静観派の紳士。常に双眼鏡もしくは腕組み。公演を通じて2回くらいしか声を出していなかった。

ステージには百花繚乱の漢字が一文字ずつ書かれた板が4枚置かれていたのだが、順番が「花繚乱百」になっていた。後で直すのかなと思っていたが、開演(10分くらい押した)してもそのままだった。コンサートが始まると、4人のハロプロ研修生がそれぞれの板を後ろから持って、前後左右に動いたりひらひらと回転したりしながら最後に「百花繚乱」に並び替わるという仕掛けだった。遊び心があって、心躍る演出だった。春っぽかった。冬だけど。入場列に並んでいるときから今日の公演は楽しくなるという予感がしていたが、その期待を裏切らない出だしの演出だった。大きな会場では演出の出来が観ている側の気持ちの盛り上がり方に大きく影響する。

私はアンジュルムでは田村芽実さんを推しているはずだったが、最近では自分が田村さんを推しているのかどうか分からなくなっていた。来週にTOKYO FM HALLで行われる氏の誕生日イベントには2公演ともに申し込んで片方に当選はしたももの、参加するにあたって気持ちの持って行き方が難しかった。前述のように私はグループとしてはJuice=Juiceさんと℃-uteさんが好きである。その2グループには宮崎由加さんを筆頭に、岡井千聖さん、宮本佳林さんといった素晴らしい面々がいて、彼女らを前にして自分の中で田村さんの存在が霞んでしまっていたような気がする。でも今日の公演が始まると、私は田村さんばかりを見ていた。ハロプロの中で一番見た目が好みかというとそういう訳ではないが、彼女の魅力を一言で表すのであれば、格好いい。ステージで自分を表現するために生まれてきたような輝きを感じる。才能の塊である彼女を見ていたい。私の田村さんに対する姿勢はそういうことなんだと、今日、認識した。

田村さんの衣装で一番好きだったのは、ダメージ加工の入ったデニム生地のオーバーオールに、虎が描かれたスカジャン(開けて着ていた)、黄色いハイカットのスニーカー。スカジャンの背中には23と書いてあった。マイケル・ジョーダン? あと、全身白のジャケット、長パンツ、帽子が様になっていた。田村さんはmannishな格好が似合う。

序盤の挨拶で室田瑞希さんが「今日は最後まで一人も欠けることなくやり遂げたい」という趣旨のことを言って、客席がざわついた。他のメンバーさんが福田花音さんが今日でいなくなるということを指摘する。「福田さんは欠けちゃいますけど…」と室田さん。客席は笑いに包まれた。その後に(客席の)皆さんが一人も欠けることがないようにやっていきたい」と言い直したが、こちら側に負傷退場や死の可能性がある物騒な現場なのか?という疑問が残り、面白かった。こうやってメンバーさんが言い間違えたりボケたりすることで緊張がほぐれて、暖かい空気が醸成されていった。

福田さんがアンジュルムを辞めるにあたって、サブリーダーに中西さんと竹内さんが就任することが発表された。このサブリーダーという役職にどれほどの意味があるのか不明である。指名された本人たちへの意識づけややる気の向上といったところだろうが、有名無実化するような気もする。ただ例えばマネージャーが中西さんと竹内さんにもっとしっかりしろとか、もっとこういう風に振る舞えとか言うときに「お前はサブリーダーなんだから」というのはいい枕詞になりそうである。

終盤の喋るセグメントでは、田村さんが今後の福田さんとの関係について「羨み合える関係になりたい」と言うべきところを「恨み合える」と言ってしまい客席がざわつき勝田さんが「こわーい」と言っていた。「私は何も恨みはないよ」と福田さん。

中西さんは、福田さんがいかに優しくしてくれたかを泣きながら話してから「私の半分は福田さんで出来ている」としっかり笑いを取っていた。

和田さんは8年前に貸したお気に入りの赤いボールペンを福田さんがまだ返してくれないことを興奮ぎみに暴露し(Twitterの誰かの投稿によるとこの話自体は既出らしい)、一生恨み続けると述べた。
福田「マネージャーさんにも赤いボールペンを返していない」
中西「私もTシャツを返してもらっていない」
福田「Tシャツだけじゃなくてスパッツもね。履き古して捨てたけど」

「いじってくれる人が一人減ってしまうのは残念」という竹内さんに「客席から野次を飛ばすね」と福田さんが返した。

途中、ドッキリで℃-uteとハロプロのリーダーである矢島舞美さんが登場した。福田花音さんの『わたし』に移る気が満々のメンバーさんたちは驚きを隠さず、和田さんに至っては「次の曲があるんですけど!」と矢島さんに訴えていた。矢島さんが登場する前の、次の曲がなかなか始まらない10秒くらい、前屈みになった体勢を維持していた田村芽実さんの胸元を遠くから双眼鏡越しに凝視していたことは秘密である。矢島さんは福田さんに向けた手紙を読み上げた。コンサートの流れを邪魔しすぎない程良い長さで、手紙を読むと矢島さんはコンサートを見させてもらうと言って捌けていった。

この矢島さんのセグメントに限らず、セレモニー的な時間が必要最小限に抑えられていた。よくモーニング娘。のコンサートである、メンバーさんが一人ずつ辞めていく人にお別れをして涙を流して抱きついていくというくだりがなかった。私はこの判断を支持する。いくら特別な公演とは言え、長々と本編とは関係のない時間を取ってしまうと、流れをぶった切ってしまい、コンサートとしての完成度を下げるからだ。辞める本人からの挨拶はファンに向けたものなので、コンサートの一部である必要がある。だがメンバー同士でのお別れというのは内輪の話であって、ファンに見せる必要はない。少なくともコンサートの中に組み込む必要はない。今日の公演は、私のようなそれほど福田花音さんに思い入れのない来場者にとっても過剰に映らない、カラッとした、ちょうどよいセレモニーであった。ダブルアンコールで出てきた福田さんが今日は人生で一番特別な日だと言っていて、そんな場に居合わせてもらえるのはありがたいなと思った。

セットリストには緩急があって、新旧の曲をバランスよく織りまぜていた。曲のメッセージがコンサートの流れともうまくつながっていていた。直近のsinglesはもちろん、『地球は今日も愛を育む』、『私、ちょいとカワイイ裏番長』(中西さんが振り付けを間違えていた。終盤で蹴らないところで一人だけ蹴っていて、すぐに気付いて恥ずかしそうだった)、『ヤッタルチャン』、『大器晩成』、『夢見る15歳』、『新・日本のすすめ!』、『同じ時給で働く友達の美人ママ』(順番はめちゃくちゃ)…。傾向として、やっぱり古い曲の方が、乗りやコールが我々の側に染み付いているから盛り上がる。メンバーが変わっていってもそこはスマイレージ時代からの積み重ねがある。

終演後の私に残った感覚は、胸一杯の感激というよりは、納得だった。これからすぐに粛々と元の生活に戻れるような、地に足が付いた感覚だった。何かが終わってしまったという喪失感はそこにはなかった。これは福田花音さんの最後の公演であって、福田花音さんの終わりではなかった。「○○関係のお仕事をしたい」とか「留学したい」といったふわっとした目標ではなく、作詞家という明確なvisionが決まっている。単なる雲をつかむような話ではなく、具体的な展望がある。既に『わたし』の詞を手がけたし、アンジュルムが将来出すヒット曲を作詞したいと言っていた。これからハロプロを去っていくメンバーの方々の出来るだけ多くが、福田さんのように希望のある辞め方をしてほしい。