2015年12月30日水曜日

戦極MC BATTLE 第13章(2015-12-27)

ギャンブルには手を出さない品行方正な人間なので競馬には疎いのだが、毎年この時期になると有馬記念というのが開催されているらしい。競馬ファンにとっては特別な日のようだ。戦極MC BATTLE第13章を一緒に観に行くつもりだった二人の友人が、共に有馬記念と同日であることを理由に断ってきたのだ。戦極MC BATTLEは今まで10章と12章を観に行ったが7時間ほどの長丁場である上に座ることが出来ないという過酷な現場である。その上ヒップホップの現場には慣れていないため一人で行くのはやや気が引けたから、行かないつもりだった。そうこうしているうちにチケットも売り切れていた。しかし後から出場者の情報が公開されていくにつれどうしても行きたくなって、ちょうどそのときにチケットが追加で販売されることになったのですぐに1枚購入した。

一番の決め手はライムベリーというアイドルラップユニットのMC MIRIが出るという知らせだった。ファンだった訳ではない。ライムベリーのことは名前を聞いたことがあるくらいだった。MC MIRIについては名前すら存じ上げなかった。だが彼女が戦極に出場するという記事を読んで、これは見ておかないと損をすると直感的に思った。YouTubeでライムベリーの『SUPERMCZTOKYO』という曲のビデオクリップを観た。ハハノシキュウがMC MIRIにラップを指導しているのをTwitterで知った。興味は増していく一方だった。12月16日に発売したライムベリーの1st album “RHYMEBERRY”はもちろんbonus track入りの初回盤を買い、繰り返して聴いた。そうやって一ヶ月もたたないうちにまるでファンのようになってしまった。ライムベリーのファンのことはSquadと言うらしい。(Juice=Juiceでいうところのジューサー、℃-uteでいうところのTeam ℃-uteである。)

池袋「みなと」(店を出るときに尋ねたところ年末年始は休みなく店を開いているらしい)でこの上なく贅沢な刺身定食1,620円をいただいてから渋谷へ。Twitterを見ていると中島早貴のブログ記事が流れてきた。開いたところ、デイリースポーツで有馬記念の予想をしたから見てくれという告知であった。昨日も岡井千聖が東京スポーツで有馬記念の予想をしていた。アイドルは有馬記念の予想をするな。戦極MC BATTLEの予想をしろ。会場のTSUTAYA O-EASTの近くで、いかにもB系ですという見てくれの青年4、5人が歩いていた。そのうちの一人がラブホテルの前でおもむろに立ちションを始めた。後から気付いたが小便小僧ではないうちの一人はバトルの出場者だった。

ブログに公開された予定によると、開場14時で、14時45分から15時12分までBOILRHYMEと崇勲のライブパフォーマンス(こんな分刻みの予定を守れる訳がない)。15時12分から16時32分までバトル(BEST 64→32)。16時32分から17時20分までDopeman、言 X THE ANSWER、晋平太、般若のライブパフォーマンス。17時20分から18時30分までバトル(BEST 32→8)。18時30分から19時10分まで呂布カルマ、ISSUGI、バブルソのライブパフォーマンス。19時10分から20時20分までバトル(BEST8→決勝)。20時20分から21時までKEN THE 390、KAKATOのライブパフォーマンス。21時から21時15分まで閉会とオープンマイクとのことだった。

今日の入場予定数は1,100人らしい。私のチケットに書かれた整理番号は820番だった。会場に入って、500円で買わされたドリンク券を缶入りのハイネケンと交換したのが14時39分頃だった。「こいつらを知らないやつはモグリです」という八文字さんの触れ込みで登場したBOILRHYMEがいいなと思った。会場でCDを売っていると言っていたので、後で買おうと思った。いよいよバトルの時間になった。「後でDVDも出るしYouTubeにも上がるのに、わざわざ見に来てくれる皆さんは本当にバトルが好きなんですね! 今日ここにいるのは最高の人たちです!」と来場者たちを持ち上げる正社員さん。

にわかSquad化した私は、MC MIRIが出てくるまでは気が気でなかった。途中で司会の八文字さんが「ミリ!」と次の試合の出場者を呼んだのでついに来たかと思って唾を飲んだが、魅RIン(みりん)という紛らわしいにもほどがあるMCだった。MC MIRIが呼ばれたのは最後の方だった。相手はK-razy。赤いチェックのミニスカートにグレーのフッド付きスウェットシャツ、黒のベストに帽子、マンハッタンポーテージの肩掛けカバンという出で立ちのMC MIRIが下手から登場すると私の周りからは「可愛い」という声がちらほら聞こえてきた。後攻のMC MIRIが初めてのバトルでどんなラップをするのだろうかと息を呑んだが、普通に上手かった。ままごとではない見事なフロー(ままごとと見事で韻を踏んでいる)で会場を沸かせた。攻撃の切り口としては、お前はCD何枚売ったんだ? どれだけの会場でやってきたんだ? という感じで、私が事前に想像していたのに近かった。「私が戦極に出ることが決まっただけでニュースになる」というのは破壊力があったし、会場も盛り上がっていた。延長戦まで持ち込んだものの、最後はK-razyが一枚上手だった。MC MIRIに対して「お前はここでこういうやり取りが出来るくらい成長している」「俺とお前はここでグルーブを生み出している」というようなことを言っていた。「ブス」とか「アイドルがいていい場所じゃねえ」といったありきたりなディスで脅さずにMC MIRIの言葉をしっかりと受け止めて返したK-razyは立派だと思う。MC MIRIも、敗れたものの胸を張っていい堂々たる戦いぶりだった。試合の直後に「あー、やっとアイドルに戻れる! この後チェキ会やるからみんな来てね!」と言って笑いを誘っていた。

13章に出ているMCの中で私はハハノシキュウが一番好きだ。今日もTHE NORTH FACEのマウンテンパーカとインナーダウンの中にはハハノシキュウの「8x8=49」Tシャツを着てきた。このTシャツを着て「計算間違っていますよ」と言われたことがあるし「頭のおかしい人かと思った」と言われたこともある。このTシャツを身に付けてハハノシキュウに歓声をあげているとサクラっぽくなるのでTシャツ一枚で観戦するのはやめておいた。ハハノシキュウの初戦はテレビ番組『フリースタイルダンジョン』でサイプレス上野に負けたBALA a.k.a. SHIBAKEN。下手から出てきてそのまま上手にはけるという奇行に走るハハノシキュウ。先攻BALAの攻撃を「あ、ごめん寝てた」と受け流す。「お前アイドル好きなんだったら49じゃなくて48じゃねえか?」とTシャツの「8x8=49」をいじるBALA。東京女子流のスウェットシャツを着てきたんだというBALAに対して「同じオタクとして言わせてもらうけど、今日からお前はライムベリーのオタクになるよ」とハハノシキュウ。ハハノシキュウ、勝利。

ハハノシキュウはBEST 32でAmaterasに勝ち、BEST 16でKEN THE 390に負けた。私はハハノシキュウの優勝を期待していたので、KEN THE 390に負けた瞬間には力が抜けた。しかし名勝負だった。「何で顔を隠すんだ」というKEN THE 390に対して「顔を隠すのには理由があるんだ。自分の声とラップだけを届けたいから僕は顔を隠すんだ。顔がよくなかったらお前のラップなんて誰も聴かねえよ」とハハノシキュウが返す。「顔がいいだけで10年やっていけるほどこの世界は甘くない。そんなことも分からないからお前はいつまでたってもパッとしないんだろ? 顔を出したくないならバトルに出てくるな」という390に「さっきからお前の言っていることは正論じゃねえか。教科書に書いてある。会社の上司みたいなことばっか言ってんじゃねえ。説教ばっかり」「そんなんだからお前はいつまでたっても390のままで400になれねえ」という最高の切り返しを見せた。他にも「他のアーティストをフィーチャーしたYouTube動画の再生回数が伸びてフィーチャリングなしの曲の再生回数が伸びていない」というのもあった。

ハハノシキュウが負けたのは悔しかったが、今日のKEN THE 390は決勝進出に値した。決勝ではNAIKA MCが勝ったが、私はKEN THE 390に声をあげていた。初戦から決勝までバチバチの戦闘モードだったし内容に一貫性があって常に的確だった。BEST 8で「俺はドライブシュートを決める」的なことを言ったKBDに「ドライブシュート? それはフィクション。キャプテン翼の話だ。ヒップホップはノン・フィクションつまりリアル」とMC漢のようなことを言っていた(ただ、ドライブシュートはフィクションではなくて実在するんだけどね…)。これも同じ試合だったと思うけどお前はポップだという批判に対する「2015年にもなってポップがどうとか言ってるのはどうかしてるだろ」的な反論には説得力があった。もっとも、私の場合ポップだからどうとかじゃなく、純粋にKEN THE 390の曲は格好悪いと思うし好きになれない。ポップなラップそのものは好きだ。昔、太郎 & KEN THE 390名義の“JAAAM!!!!”という1,000円のアルバムを買ったことがあって(Amazonによると私は2005年11月3日に購入したそうだ)それは割と好きだった。

MC松島が「ミクソン重一」という名前で出場した。MC松島も私が好きなMCの一人だ。最近8ronixというトラックメイカーとの合作ミニアルバムを松島さんご自身が運営しているweb storeで買った。このweb storeで買うといつも松島さんご本人の直筆messageが入った紙切れが封入されている。8ronixとのミニアルバムのときは「発送おくれてすみません。風邪ひきました」と書いてあった。初戦はLuiz。Luizは数々のバトルで上位に進出しているACEの弟である。先行のミクソン重一が「お前は兄貴の七光り。兄貴がいないと何も出来ない」というようなことを言ってLuizを攻め立てる。「兄貴の七光りなんかじゃねえ」とLuizが言い返すと「結局そうやって兄貴の名前を出さないと盛り上がらない」とミクソン重一。「兄貴の話を始めたのはお前の方じゃねえかよ」とLuiz。こうやってムキになった時点でミクソン重一の策にはまっている。ミクソン重一、勝利。

ミクソン重一はベスト32でGOTIT(ガッティ)に負けた。GOTITに対しては「そうやって大きな声で感動的なことを言って沸かせるしかない」とか、マザファカでバースを締めたのを受けて「そうやってマザファカ的なことで小節を締めるしか能がない」とか、「お前はダサい。なぜかを説明しよう…」というように相手のスタイルを斜めからおちょくる憎たらしさがたまらなかった。Luizとの試合でもそうだったが、相手のターン中にいつもニヤニヤしながら頷いて、メタ的な視点から的確に相手の弱みを述べるのが凄く性格が悪かった。ところでMC松島とは別の名義で出場していることにケチを付けてきたGOTITに対して「こっちには名前を変えざるを得ない事情があるんだよ。それくらい分かれ。子供か」というようなことを言っていたのだが、事情って何なんだ…。

他に印象に残ったパンチラインとしてはふぁんく→KEN THE 390の「俺はドリームボーイの390よりもDREAMS COME TRUEの『サンキュ.』の方が好き」や、KBD→呂布カルマの「格闘技じゃあり得ねえ。瓦(Twitterによると身体という説もあり)のウェイトに差がありすぎる」(戦極12章の呂布カルマを引用)といったあたりだ。MCでは、MAKAという人がフロー巧者だった。「MAKAとCHICO CARLITOは俺が見つけてきた」と正社員さんが誇らしげだった。「CHICOは俺(が見つけた)」と八文字さん。(このやり取り、正社員さんと八文字さんが逆だったかも。)

16時32分から(実際には時間はずれていたはずだが)のライブパフォーマンスの時間に会場を抜け出すと(TSUTAYA O-EASTそのものからは出ていない)ライムベリーがチェキ会をやっていた。MC MIRI以外の二人も来ていた。MC MIRIとチェキを撮りたかったが、システムが分からない(どこで何を買えば参加できるのか、参加時の手順はどうなっているのか…私は楽曲派なのでライムベリーのはもちろんハロプロでも接触を主とするイベントにはいっさい参加したことがない)上に誰に聞いたらいいのかも分からなかったし、チェキ会の様子を見ていると何かこう風俗感が漂ってきて胸が苦しくなってきて、やめておこうと思って、大人しく会場に戻った。晋平太のライブパフォーマンスの途中だった。晋平太の次に般若が「制服を盗んできました」と言いながら出てきた。自分の曲だけでなく、ACEと二人で『フリースタイルダンジョン』用に作ったとおぼしき曲もやっていた。「私は今バトルシーンの中心にはいませんが…君たちはいつまで人と人が罵り合うのを見て興奮しているんですか。戦極とか、罵倒とか…名前からして下品じゃないですか。やめてしまえば世界は今よりも平和になるのに。全員死んじまえ」
「制服を盗むよりも制服を脱がしてキスした方が興奮するんじゃないか? これが私からの今年最後の言葉です」
「この20年間やっていることとして冷水のシャワーを陰嚢に当てているのですが、その最中に書いた曲です」と新曲を披露した。

呂布カルマがライブパフォーマンス時に言った「手振ったりヘラヘラしたり、飲み会の一気コールみたいな音楽を30超えてやる訳にはいかねえんだ」というのが頭に残っている。10章や12章でもライブパフォーマンス時に客が盛り上がってこないことに機嫌を損ねるラッパーがちらほらいた。彼らからすると「お前らバトルにしか興味がねえのか?」ということになる。今日も般若が曲と曲の間に「ライブはそんなに楽しくないか?…まあいいや」とこぼしていた。しかし、そもそもの話として、日本語ラップの大半はワイワイ盛り上がるタイプの音楽ではないのでは? 言葉を味わう音楽だ。それが客が熱狂していない最大の理由だと思う。もう一つの理由は、客がそんなに曲を知らないことだと思う。

NAIKA MCがKEN THE 390を倒して戦極MC BATTLE第13章の覇者になったのが20時42分頃だった。本来の予定だと20時20分だったのでほぼ時間通りだった。回を重ねる毎に進行が改善していくのは凄い。この後もライブパフォーマンスがあるが、私は明日、仕事がある。6時に起きなくてはならない。ここから徒歩と電車で家まで1時間くらいかかる。晩飯も軽く食っておきたい。しかも昼飯を食ってから一度も座っていないので疲れている。だからバトルが終わったらすぐに帰った。今日出ていたラッパーの一人から500円のCD-Rを買った。あとBOILRHYMEのメンバーたちが会場外の階段を下りたところでCD-Rを売っていたので買った。1,000円。アイドルの写真を1枚500円で買うのに慣れた身からすると随分と安い。帰りに路地裏でケバブロール辛口600円を買って、食べながら歩いて駅まで向かった。ずっと興奮と幸福感に包まれて(「こうふ」で頭韻を踏んでいる)、夜はなかなか寝付けなかった。