2019年4月21日日曜日

Juice=Juice 宮崎由加バースデーイベント2019 (2019-04-10)

平日の16時過ぎ、品川プリンスホテルのフードコートに集まって大きな声で北研(ハロプロ研修生北海道)やつばきといった単語を出しながらHello! Projectに関する何らかの持論をイキイキと述べる頭の禿げた中年男性とその仲間たち。彼らを横目に、俺はスパークリング・ワインを飲んでJoseph Hellerの“Something Happened”を読む。我々の共通点はこれから品川ステラボールで宮崎由加バースデーイベント2019を観覧するということと、独身異常男性だということだ(向こうの群れには女性も数人いた)。一回目の開演が17時15分、二回目が20時。俺が入るのは一回目。

品川ステラボールから近いという以外にも俺がこのフードコートに寄りたかった理由がある。俺が無職になる三日前、いや四日前か。2013年5月3日(金・祝)。もう6年近く前になるんだな。ゴールデン・ウィーク。俺はこのフードコートで、ジンとジンジャー・エールを混ぜたものを飲んでいた。すぐ側にある品川ステラボールで℃-uteのイベント(たしかシングルCDに封入されているシリアルで応募するやつだったと思う)を観た後だった。俺がジンを頼むと店員が何かを言った。彼女が何で割るかを聞いていると理解するまでに二、三回は聞き直さなければならなかった。店員がイラッとしているのが分かった。俺もイラッとした。自分に対して。聞き取ろうとしても、音は認識できるんだが意味が入ってこない。当時の俺は人と話しても相手の言っていることがすぐには理解できなくなっていた。話す能力も低下していた。言葉が出てこない。俺は四月に転職していた。新しい会社の労働と人間関係に適応できず、上司や上司もどきから詰められる日々。必死にもがいても状況は悪化するばかり。前に出来ていたことも出来なくなっていく。労働以前に基本的な頭の働きに支障をきたしていった。心療内科に行ったら適応障害だと言われた。三日後、ゴールデン・ウィーク明けの初日。俺は会社を辞めた。当日中に退職した。二週間後とかじゃない。そこから約一年と二ヶ月、俺は無職だった。

俺は数回しか品川という場所に来たことがない。あのときに観た℃-uteのイベントについては何も覚えていないが、このフードコートでぼんやりしつつちびちびとジンを飲んだ記憶はやけに頭にこびりついている。この街に来る度にあの頃を思い出す。人間の脳は場所と行為を結びつけて記憶する(菅原洋平、『睡眠を整える』)そうだが、この結びつきは一生、解けそうにない。

宮崎由加さんのバースデーイベントの開催情報が公開されるや否や、平日であることを気にせず、何のためらいもなくFC先行受付に申し込む。それくらいの気持ちを、俺はまだ宮崎由加さんに持っている。今日は午後半休を取得した。ただ、アップフロントからのメールで席がB列だと知ったときは、少し苦い気持ちになった。こんなにいい席をこのイベントでくれなくてもいいのに。もっと後ろの方でいい。いちばん後ろの席でもいいんで、どなたか一万円で交換しませんか? Twitterでそう申し出たいくらいの気持ちだった。何度も書いているが、俺はもう宮崎由加さんの支持者として第一線にはいない。ココで運を使いたくなかった。今日は一番後ろの端っこでいいから、他のイベントやコンサートで良席を回してほしかった。(そもそも席や整理番号がどういうロジックで応募者に分配されているのか知る由もない。だが、ずっと良い席が続くことはないし逆もまた然りである。長期的にはある公演の良席は別の公演のしょっぱい席でバランスが取られているような気はする。)

Juice=Juiceの宮崎由加さん、Hello! Projectの宮崎由加さんとしては最後のバースデー・イベントだった。6月17日(月)の日本武道館公演をもって彼女はJuice=Juice及びHello! Projectから退団するからだ。おそらく、生涯で最後ではない。彼女は今後も芸能活動は続けるからだ。そして、俺にとっても、宮崎さんのバースデー・イベントを観覧するのはこれが最後だ。未来を100%の精度で予測することは出来ないが、俺がM-Line(ファンクラブ)に加入してまで宮崎さんのことを追いかける可能性は極めて低い。俺が今でも宮崎由加さん推しとしての要素を残しながら生きているのは彼女がまだJuice=JuiceとHello! Projectの枠に残っているからという面があるのは否めない。

だからさっきの、俺はまだ宮崎さんにそれだけの気持ちが残っているというくだり。アレはやっぱり嘘かもしれない。だって以前ならJuice=Juiceの現場では(洗濯中でもないかぎり)ほぼ必ず着ていたピンクの宮崎Tシャツをもう着なくなったし。アイドル集団さんを鑑賞する上では、俺はこの子が好きなんだという姿勢を明確にした方が絶対に楽しい。特定のメンバーさんの色や名前を示したTシャツを着るのは一種の自己洗脳である。自分はこの子を応援するんだと決めることでますますその子のことを好きになっていく。アイドルさん鑑賞に限らず、何をやるにしても、好きという気持ちが強ければ強いほど夢中になれる。そう理解しつつも、違うと感じてしまう。

今は自分の中に、そこまでの熱がない。宮崎由加さんに対してだけではなく、Hello! Project全般に対しても。最近、薄々感じ始めていることがある。もしかしてHello! Projectよりもフットボールの方が面白いのではないか? ここ数年、Hello! Projectの方が面白いと俺は思っていた。決定的な違いとして、Hello! Projectはわれわれ観客を楽しませるためにやっているが、フットボールは相手チームに勝つためにやっているという点がある。フットボールの試合は勝負であってショーではない。Hello! Projectはいつでも一定以上の満足を与えてくれる一方で、フットボールは大抵の試合がつまらない。波がある。一つのチームを追っていれば、うれしくて誇らしくなる試合ばかりではない。むしろ、がっかりして怒りがこみ上げる試合の方が多いかもしれない。だが、その感情の振れ幅こそがフットボール・チームを応援する醍醐味の一つなのではないか。昨年から横浜F・マリノスを十数年ぶりにちゃんと観るようになって、俺は気が付いた。

今日の公演を観た後も、俺にはどこかモヤモヤが残った。いや、楽しかったんだ。自分の体調も悪くなかった。一曲目の『This is 運命』(メロン記念日)は自身のファンへのこれからも一途に私を応援してほしいというメッセージに感じられ、ドキッとさせられた。でもごめんね、俺はもう推し変してるんだ。二曲目はスマイレージの『夢見る15歳』のフィフティーン(15歳)をトウェンティー・ファイヴ(25歳)に替える粋な試み。つんくさんに許可を取ったという。何より今日いちばんの目玉は、オリジナル・メンバー五人のJuice=Juiceで二曲を披露してくれたことだ。正確にはNEXT YOUとして。“Next is you!”と『大人の事情』。それを観られただけでも、今日ココに来た価値はあったと思う。当時と同じ衣装を着ているのだが、よく入ったなというようなことを高木紗友希さんが言った。(体型を)維持していると、と司会の鈴木啓太さんが言うと、何とか…ギリギリ…とおどける金澤朋子さん。今日のために当時の映像を観て練習したが、みんな幼くて、特にうえむー(植村あかりさん)がまだ子供だったとメンバーさんたちは笑っていた。その後にユカオネアというクイズを挟んでから二曲、という構成だった。ユカオネアは四つの選択肢の最後に宮崎さんの恥ずかしいエピソードや暴露を持ってくる問いの作り方だったんだけど、中途半端だった。昔『めちゃイケ』でクイズ・ミリオネアをモチーフにしたクイズがあった。たぶんその辺から発想を借用しているんだろうけど、あのやり方を採るならもっと衝撃度の高い正解を用意しなきゃ成り立たない。最後に、入ってすぐに出した思い出深い曲だという“Boys be ambitious!”(GREEN FIELDS)、いつか歌いたいなと思っていたという『ありがとう~無限のエール~』(℃-ute)を歌って終わり。

最後のお見送りでは、おめでとうと俺は宮崎さんに声をかけた。彼女はコップンカーと言い、手を合わせてお辞儀をしてくれた(俺の四、五人後ろくらいまではコップンカーが続いたようだ)。これが俺が宮崎由加さんと交わした最後のやり取りである。まだ俺はJuice=Juiceのコンサートには何回か入るが、全員握手付きの公演はもう残っていない。

帰りの山手線は満員だった。スターバックスのカップを抱えたふくよかな白人中年女性が号泣していた。連れの男性がそっと手を回して慰めていた。乗降車の多い駅で頑なに動かなかったことで降りる人の邪魔になって、押されたり悪態をつかれたりしたようだ。白人さんよ、気の毒だがコレが東アジアだ。はっきり言って、品川ステラボールのB列から観た宮崎由加さんよりも1メートル以内で見させられたその泣き顔の方がはるかにインパクトが強かった。いやいや、こんなんで今日の記憶を上書きしないでくれよ。参った。