2023年7月17日月曜日

ハハノシキュウ独演会〜完全1人会〜<立会い出産第十子> (2023-06-11)

ハハノシキュウさん? いや、なんか違うな。ハハノさん? これも違う。そもそもハハノが苗字でシキュウが下の名前なのか? ハハノさんなんて呼んでいる人を見たことがない。というコンマ数秒の思考を経て、私の口から出た呼び名はシキュウさんだった。ハハノさんを却下した理屈だとシキュウさんもダメなはずだ。だが思考をもう一巡させる時間はなかった。今まさに彼は私の目の前にいて、会話をしている最中なのだから。シキュウさんとかシキュウ君と誰かが呼んでいるのは聞いたことがある。だから変ではないだろう。終演後の物販に小説があれば買おうかと思ったが、なさそうだった。Tシャツも持っているし。ということでチェキだけ撮ることにした。チェキでお願いします。二枚で千円です。はい。(千円札を渡す。)久しぶりに来ました。三年ぶりくらいです。一人MCバトルとか行ってました。僕、変わらないですよねよくも悪くも。そうっすよね。最近はバンドセットばっかだったんですよ。でも今日みたいなの(独演会)にしか興味がない人もいるんだろうなって。あー、僕はどっちかというとそっちっすね。シキュウさんの世界に浸れる感じが。(チェキ一枚目)チェケラッチョみたいな感じで……。おー、それはなかなかやらない。一番レアかも。(チェキ二枚目)お任せで……。じゃギャルピで。初めてやります(笑)。ありがとうございました。チェキなんてだいぶ久しぶりに撮った。楽しかったし、撮る人が上手だったようでいい感じに仕上がっている。KissBeeの藤井優衣チャンとギャルピでチェキを撮りたくなった。

昨日(KissBee→横浜F・マリノス→KissBee)の消耗が激しく、疲れが残るが、行っておきたかった。しばらく足を運んでいなかったハハノシキュウさんのショー。最後に行ったのが2019年でしょう。コヴィッド祭りの最中は一度も行っていない。夜に出かけず休むのが本当は正解。昨日の疲労がある上に、今日は鍼灸の施術を受けたからだ。鍼をやったらその日は入浴してはいけないし、激しい運動をしてはいけないし、お酒も飲んではいけない。せっかく整えた血の巡りが乱れるから、ということらしい。まあハハノシキュウさんの現場に行くのは問題ないだろう。どう転んでもワーワー騒ぐようなことにはならない。安静にしているのと大差ない。昼までゆっくりして、エーラージでサバフィッシュとマンゴカレーとライス(JPY1,980)。広がるトロピカルな風味。ラージさん曰くコヴィッドで何年かマンゴーが入って来なかったが今年から再開した。インドのマンゴーは甘い。インドでは夏は毎日食べる。ヨーグルト・ライスとマンゴーがあればそれだけで十分。抜群の組み合わせ。鍼に行ってから、下北沢へ。ハハノシキュウさんの作風、芸風はもちろんのこと、会場もあのときと変わらない。下北沢Laguna。と言いつつも正確には覚えていない場所。駅の周りに乱立する古着屋が興味深い。雨が降っていなければ覗いていた。そのうちゆっくり見てみたい。お酒を飲めないのはちょっと痛かった。入場時に買わされるJPY600のドリンク・チケットはアイス・コーヒーと引き替える。受付兼バーテンの紳士がペット・ボトルから注いだばかりの超フレッシュな一杯。アルコールを入れたかったなあ。知らない(Shazamでも特定できなかった)けどいい感じのジェイ・ラップが流れる中、アイス・コーヒーをちびちびやってチルする。心地よい空間。18時開演だが、17時42分の時点で客が十人いない。始まってからはさすがに二十人くらいはいたと思うが、ギューギューにはならず、ストレス・フリーだった。前方にかじり付こうとする人はほとんどおらず、後方でひっそりと観る人が多かったのがハハノシキュウさんの客層らしかった。

まったく盛り上がらない。示し合わせたかのように。ドッキリでもやっているかのように。でもテッテレー、ドッキリでしたー! なんてことはないまま最後までそれが続いた。途中ゲストで登壇した紳士が言っていたように、我々の反応が拍手をするか、しないかの二種類しかない。だからどう思っているのかが分からない。一人一人に聞いて回りたいという紳士に、この人たち全員5ちゃんねらーなんで。知らない人に話しかけられたくないと思いますとハハノシキュウさん。じゃあやめます。人が嫌がることはしたくないんで。と紳士。私は途中から耳栓をしていたので正確には分からないが、その紳士とハハノシキュウさんの反応を見るかぎりフロアは相当に静かだったんだと思う。でもハハノシキュウさんは別に我々に盛り上がってほしいわけではない。シーンとしているのはイヤではない、なんならそれを望んでいる。もっと言うと「葬式みたいな」と氏が言うその雰囲気に一種の性的快感に近い何かを味わっている向きさえある。私は前に観に行ったMCバトルのショー・ケースでOMSBさんが「葬式じゃねえんだよ」とフロアに毒づき、後方のDQNが「葬式だよバーカ」と返す現場に居合わせたことがあるが、そういう現場とは根底にある価値観が異なる。他のラッパーでは満たせないニーズを満たしている自負がある、という旨のことをハハノシキュウさんは言っていた。一般的な音楽現場では声を出したり身体を動かしたりして感情を解放することに価値があるが、ハハノシキュウさんの現場はそれとは違う。これはこれで非日常体験。我々が静かなだけでなくハハノシキュウさんもいっさい我々を盛り上げようとはせず、媚びることなく、粛々と、淡々と自分の音楽を開陳していく。序盤は少し気まずさがあったが、時間が経つにつれ私はこの独特の心地よさにどっぷりとはまっていった。なんて素敵な空間なんだろうとまで思った。一見とっつきづらそうな(実際にはとてもいい人だが)見てくれの紳士が、こじんまりした会場で、自身の独特な音楽を一人で披露し、少数の理解者たちが集まって静かに味わっている。お酒を飲んで騒ぐために来たとか、ナンパしに来たとか、そういう何か付随する目的で遊びに来たのではなく、ただただ純粋にハハノシキュウさんというラッパー、音楽家、表現者が好きで、氏が作り上げる音楽を聴くためにこの場に集まっている。奇跡のようなことではないか? 来てる人もスゴく楽しいってわけじゃないんだろうな、とトークの時間にハハノシキュウさんはつぶやいていた。たしかに爆発的な楽しさとは無縁だし、知らない人からすると不気味でさえあるかもしれない。でも優しさに包まれていて、なんだか救われたような気分になれる、そんな空間。