2017年6月6日火曜日

ファラオの墓 (2017-06-03)

古風なオジサンは自分の息子(そっちの息子じゃない)のことを指して「うちのチビが…」と言ったり、チビ助という妙な愛称を付けたりする傾向がある。チビって、まあ言うたら蔑称だよね。普通であれば分別のある大人が使う言葉ではない。なぜ彼らが当たり前のようにご子息をチビと称するのか。それには主に三つの前提があるように私には思える。第一に、子供の身長が低いのは一時的でいずれ成長する。チビと呼ぶのは身体的特徴をあげつらっているのではなくむしろ成長の過程を愛でているのである。第二に、子供は半人前の存在。大人が相手の場合と同じ配慮は必要ない。第三に、自分の子供は親の所有物。だから何と呼ぼうと勝手で、他人にどうこう言われる筋合いはない。もし誰かが自分の子供をチビと称することに正義があるとすれば、その根底にある理論はこんなところではないだろうか。しかし、私はずっと前から疑問に思っている。小さな子供は背が低いだけではなく、まだ髪の毛も髪が生え揃っていないことが多い。子供の身長が低いからチビと呼ぶのであれば、髪の毛が少ないからハゲと呼んでも不思議ではない。しかし彼らは子供の髪の薄さについては目をつむる。決してハゲとは言わない。チビはよくて、ハゲはよくない。その基準は何なんだ。そこを明らかにしろ。自分の子供をチビと呼ぶのであればハゲとも呼べ。息子さんをハゲと呼ぶガッツのあるお父さんは出てこないのか?

ハゲ、ガッツ。ハーゲン・ダッツ。ハーゲンダッツといえばサーティ・ワン。サーティ・ワンをはるかに超えた年齢の紳士たちが参集したサンシャイン劇場。客層は彼らと、若いナオンに二極化しているように見えた。モーニング娘。主演のミュージカル『ファラオの墓』。18時半開演。本日おこなわれる3公演の最後である。私はハロコンを除けばモーニング娘。の現場に来るのは昨年の四月以来だ。行き慣れている現場に比べて客の雰囲気が違う。Juice=Juiceとつばきファクトリーの現場には若い女性がここまで(というかほとんど)いないし、男性客もここまでクラシカルではない。クラシカルというのは要はさ、ふくよかで、頭髪が薄くて、チェック柄のシャツを着ているような、そういう感じよ。男性客の大半が、本当にそんな感じ。特にそれなりにいる若いナオンの存在とのコントラストが男性客の特徴を引き立たせる。

開演前、近くの紳士がパンフレットをパラパラめくりながら、羽賀(朱音)ちゃんの衣装がエロくない?いろいろ見えちゃいそうで気になる。こう思うのは俺だけ?と隣のご友人に問いかけていた。ご友人は曖昧に相づちを打っていた。紳士が開いていたページの羽賀さんを見ても、何かが見えちゃいそうな衣装には見えなかった。残念ながら。でもそういう視点は嫌いじゃないよ、私は。もっと聞きたい。ここで隣のお連れさんに話すだけじゃもったいない。掘り下げてさ、ブログに書こうよ。そしたらあなたが次の『アイドル見るのが呼吸』になれるかもしれない。ただ、いただけなかったのは物語のここが矛盾しているなぞと、内容の核心に触れていそうなことを大声で得意げにまくし立て始めたことだ。ご友人はあまり興味なさげな感じで頷いていた。うるせえな、ここでベラベラしゃべらねえでブログに書いとけよ…と私は思ったが、ちょうどそのタイミングで小田さくらさんと工藤遥さんの影アナが流れたので、何とか中身を聞かずにやり過ごすことができた。

原作があるらしいが例によって私は何も予習をしないで行った。そして今のモーニング娘。にはそこまで強く興味があるわけではない。もちろんまりあんLOVEりんこと牧野真莉愛さんはいらっしゃるが、どうしても彼女をミュージカルで観たいという感じではなかった。『ファラオの墓』にはハロプロ研修生から高瀬くるみさん、川村文乃さん、清野桃々姫さん、一岡怜奈さんが出演している。この四名は同時期に開催されているハロプロ研修生発表会は欠席している。現役の研修生では私は高瀬くるみさんがいちばん好きだ。『ネガポジポジ』で観てミュージカル映えする子だと思っていたので、彼女を観るのが楽しみだった。ただ、上記の研修生(+演劇女子部から小野田暖優さんと石井杏奈さん)は脇役なので、あまり前面には出てこないことが予想された。というわけで、具体的で分かりやすい、これを目当てに観に行ったという何かがなかった。何でファンクラブ先行で申し込んだかというと、演劇女子部が好きだから。ハロー!プロジェクトのミュージカル、舞台が好きだから。

Twitterのモーニング娘。ファンたちを見ていると、オタクだけあって事前に原作を読み込んでいる気合いの入った奴らが結構いる。今回のミュージカルを観た上で、原作との違いや共通点を考察している。誰々の演じたキャラクターは原作にはいないとか、そういうことを論じているわけ。一方の私はといえば、サンシャイン劇場の席に座るまで何も考えていなくて。舞台のセットがエジプトっぽかったのを見て、ああそういえばファラオってエジプトかってそのときに初めて思うような、そんなひどいありさまだった。あらすじすら読んでいなかった。そんなので劇に入り込んで楽しめるのかという疑念は少しあったが、それは劇が始まると数分で晴れた。シリアスなんだけど適度に笑いが挟まれて、緊張と弛緩のバランスがよかった。場面の切り替えのテンポがよく、飽きさせない。ずっと集中したまま観られる。心地よい余韻を味わいながら、うんうんと頷きながら席を立って退出できる、そういうミュージカルだった。

『ファラオの墓』ではモーニング娘。の個性と魅力がよく伝わってきた。もちろん彼女たちが努力で役に寄せている部分もあるだろうけど、演じている人間の特徴と噛み合った役柄が与えられることで、一段と彼女たちが生き生きとしているように見えた。あえて一人だけに絞ると生田衣梨奈さんが個人的に驚きだった。舞台上のたたずまい。独特の風格があった。歌声もしっかりしていた。運動能力を生かして殺陣でも目を引いた。小田さくらさんの歌がうまいことや工藤遥さんの演技が優れていることは知っていたから意外ではなかった。私は生田さんに関しては出来る子という印象を持っていなかった。ご本人もネタにするようにモーニング娘。の曲では歌割が少ない方だし、この人の歌唱が凄いとかダンスが凄いとかいう話題で名前が挙がるタイプではないように私は認識している。おそらく普段からモーニング娘。を観ている人からすると今の生田さんがここまで出来るのは当然なのだろうが、あまり観ていない私からすると発見だった。一方で、佐藤優樹さんは役が本人の個性と合っていないように思えた。話の節目でナレーター的なことをやっていたけど、これは佐藤さんの特徴を出すにはちょっと厳しい役柄だったと思う。佐藤さんは歌では光っていたのでもっと強みを生かせる役が与えられていればと思ってしまった。

私は2013年の9月に同じサンシャイン劇場で『我らジャンヌ』というミュージカルを観ていた。もう4年近くも前なので詳しい記憶は残っていないが、そのときに比べて『ファラオの墓』出演陣による演技や歌唱の平均的な水準は高かったように思う。一方で、周囲を圧倒する個人もいなかったように感じた。『我らジャンヌ』には、菅谷梨沙子さんがいた。田村芽実さんがいた。『ファラオの墓』にそういう存在はいなかった。私は高瀬くるみさんに注目しているのでたまに双眼鏡で彼女だけを観ることもあったが、いかんせん脇役なので出てきたと思ったら数秒でいなくなることが多かった。彼女をもっとじっくり観たい。もしかすると高瀬さんなら、私が今日いないと感じた、飛び抜けた個人になれるのではないか。高瀬くるみさんが演劇女子部(もしくはそれに準ずるミュージカル)で主役を張って躍動し、ソウルフルな歌声を会場に響かせる。そんな姿を私は観たい。