2016年11月26日土曜日

『SPARK』ジャパンツアー2016スタンディングライブ (2016-11-16)

世界の二大ちゃんさんといえば宮本佳林と、上原ひろみである。通説では鞘師里保がブログで宮本佳林のことをカリンちゃんさんと書いたのが宮本がちゃんさんという愛称で知られるようになったきっかけである。彼女がJuice=Juiceの一員になってからはこの呼称が立ち消えていったが、ハロプロ研修生だった頃には宮本佳林といえばちゃんさんというくらいに普及していたと記憶している。単に語呂がいいとか面白いというだけの理由ではそこまで広まらなかったであろう。鞘師里保がブログにカリンちゃんさんと書いたのはきっかけに過ぎず、原因ではないのである。人をしてちゃんさんと呼ばせる力が、宮本佳林にはある。若さと可愛らしさと元気を兼ね備えたアイドルへの敬称は、普通はちゃんである。ちゃんだと愛でる感じだが、宮本佳林の場合は言動やパフォーマンスからにじみ出る禁欲主義とプロフェッショナリズムが畏怖の念をも抱かせる。したがって、ちゃんとさんを掛け合わせたちゃんさんという敬称のすわりがよいのである(鞘師のブログでは名前の後に付ける敬称だったが、ファンの間ではちゃんさんだけで宮本の愛称にもなった)。上原ひろみにも、ちゃんさんという敬称がしっくりくる。コンサート映像を観れば分かる。現場に行けばもっとよく分かる。ほんわかした人柄と笑顔。泣く子も黙る技の数々。ステージにおける上原ひろみの一挙一動は、ちゃんであり、さんでもある。高次元に融合したちゃんとさんが我々を魅了してやまない。『上原ひろみ サマーレインの彼方』という伝記によると、上原ひろみが音楽に生きると決意したのは11歳である。10歳手前でハロー!プロジェクトに加入し、アイドル・サイボーグと呼ばれるまでにストイックに生きる宮本佳林と重なる。この二人以上にちゃんさんという敬称・愛称が似合う人物は、今のところ存在しない。

上原ひろみは日本に拠点を置いて活動している訳ではなく、世界中を飛び回っている。前掲書によると飛行機での移動距離が客室乗務員を凌駕しているほどである。したがって、日本でのコンサートは来日公演なのである。私がこのたび観させてもらった公演名は「上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat.アドリアン・フェロー&サイモン・フィリップス『SPARK』ジャパンツアー2016スタンディングライブ」である。スタンディングとあるように立ち見で、整理番号順に入っていく方式だった。18時開場、19時開演。私のチケットに印字された整理番号は504番だった。18時4分にEX THEATER ROPPONGIに着くと、既に350番まで呼び出していた。4分だけでここまで進んだとは考えにくいので、開場時間の前から呼び出していたのだろう。会場は地下3階だった。あらかじめ六本木駅内のコインロッカーにカバンを預けておいたのだが、入ってみるとコインロッカーがたくさんあって、値段も駅と同じ300円だった。ライブハウス(和製英語)での催し事ではいつもそうであるように500円(たまに新宿Renyのように600円取るところもあるが)を払ってドリンク引換券を受け取る。ジントニック。飲み干してカップをゴミ箱に捨てて、フロアへ。上原ひろみちゃんさんのピアノが置かれた左端(下手)に露骨に人が集中し、右の方(上手)はまだ人がまばらだった。ドラムすぐ前の二列目に陣取ることが出来たが、ハロー!プロジェクトさんのコンサートではないので前方にこだわってしょうがないと思い直し、段差があってステージ全体が見やすそうな後方に移った。開演前はみんな写真を撮りまくっていたが、開演前でもいっさいの撮影が禁じられているハロプロ現場と違ってそれは許されていた。係員が歩き回りながら、コンサート中の撮影は禁止だと言っていた。開演前にメンバーの名前を叫ぶ人がいないのが新鮮だった。18時45分くらいになるとだいぶ客が入ってきて、左右の埋まり方は均等になってきた。

これまでに私は上原ひろみトリオ・プロジェクトのコンサートを二回、観させてもらったことがある。2014年12月6日(土)と7日(日)。そのときもそうだったが、コンサート中のトークはすべて上原ひろみが担当した。これは世界のどこに行ってもこうなのかな? それとも日本での公演では上原が担当するけど、海外だと他のメンバーもしゃべるのだろうか? 今日は記憶している限り、こんなことをおっしゃっていた:
・今日はスタンディングということで、意を決して来てくださった方もいると思います。腰に不安を抱えながら立っている方もいると思います。私の公演ではライブハウスのときも着席のことが多い。しかも今回はまさかの演者が全員、座っているという。こんなスタンディングも珍しい
・伝説のライブハウス新宿ロフトの40周年記念ということで、歴史に名を刻めて嬉しい。今年は五大陸を回った。今日からアジアツアー
・日本に来てお鮨を食べたいという外国人の方はたくさんいらっしゃいますが、ベースのアドリアン・フェローが食べたいと言ったのが「すしざんまい」(すしざんまいという単語を聞き取ったフェローさんが「そうそう」という感じの仕草)

スタンディングがつらい人もいるでしょうという上原さんの気遣いを他人事として笑い飛ばせるのが、喜ばしい。私にとって、コンサートを楽しむための体力づくりが、定期的な運動のモチベーションになっている。多いときには土日に二公演ずつのときもある。土日の片方は何もせず純粋に休みたいなどと言わせてはくれないのである。最近はジムで時速9キロで40分。海外出張等でリズムが崩れるときを除けば、週に一度。大した運動ではないが、続けることで確実に効果を感じている。ジムに入りたての二年前には、5キロくらい走ったら二日くらい疲れが取れず仕事に支障をきたした。今では上述のジョギングを経ても疲労は残らない。むしろ心地よい。先日、二年ぶりにフットサルに参加したのだが、よく動けた。普段から少しずつ走り続けている成果だ。二年前は久しぶりの運動で吐きそうになった気がする。何事も小さな積み重ねが、時間をかけて大きな違いを生むのである。

私が週に一度、6キロ走ったり走らなかったりだとすると、上原ひろみさんは毎日欠かさず100キロ走ってきたようなものである。(これはあくまでたとえであって、実際に毎日100キロ走ったら死ぬかもしれない。)上原ひろみさんに天賦の才能があるのは間違いないだろうが、努力、気合い、根性を信条とする(前掲書)だけあって、子供の頃から絶え間ない鍛錬を繰り返してきて今がある。つまり、才能、努力、すべてにおいて我々と上原ひろみさんは比較のしようがない。自分も頑張れば上原ひろみさんのようになれるかもしれない、もしくは育ってきた環境次第では上原ひろみさんのようになれていたかもしれない、などということはあり得ない。私やあなたと上原ひろみさんの間には、海を隔てて向こう岸が見えないくらいの差がある。手は届きようがない。向こう岸に泳ごうとしても途中で溺れて死ぬ。これだけの違いを見せつけられると、みんな違ってみんないいという問題ではない。みんな違ってみんないい場合があるとすれば、それは同じレベルにいる対象同士を比較したときだけである。

この方は真のアイドルだと思った。人並み外れた存在。近距離で実在しているのがにわかに信じられないという感覚。ステージで光り輝く、圧倒的で、我々と対等ではない存在。ぽかーんと見とれる対象。最近ではアイドルという言葉が職業を指すようになっている。資格も要らないので、もはや自称すれば誰でもアイドルだ。会社員くらいの軽い言葉になりつつある。でもアイドルという言葉の意味に忠実であるならば「私はアイドルです」と当人が言うのは本当はおかしくて、他人が「あの方は私にとってのアイドルです」と崇めるのが正しい。横浜マリノスで活躍していたダビド・ビスコンティが、同チームで先にプレーしていたラモン・ディアスについて、彼は私のアイドルだと言っていた(裏の取りようがないが20年くらい前にマリノスのファンクラブ会報か何かで読んだ気がする)。アイドルという言葉はそう使うのが本来である。誰かが職業としての「アイドル」ではなくアイドルの語義通りの存在であるには、常人ではたどり着けないレベルの能力と魅力を身に付けるしかないのだと、今日の上原ひろみさんトリオのステージを目の当たりにして気が付いた。

比較するのもおこがましいが、私が文章を書くときに降りてくるひらめきのようなものがこの方には常に数千倍あるのだろうと、半ば打ちのめされながら、上原ひろみさんの即興演奏を堪能した。どんな舞台でも表現できる確固たる自分の世界があるのだろう。それでいて独善的にならず、その場の観客と対話をしている。演奏しながらトリオの二人と目配せをして呼吸を合わせるのはもちろんのこと、客の方を見て、「こう来るとは思わなかったでしょ?」的な、いたずらっぽい笑顔を浮かべる。それをちゃんと理解できるか、我々の感性も試されている感じがして、スリルがあった。超絶的な技巧だけでなく、感情豊かでお茶目な仕草があるから、彼女はちゃんさんなのである。アルバム『SPARK』を聴いていてよかった。聴いたのは今のところ30回くらいかな? もちろん何も知らない状態で臨んでも楽しめるとは思うけど、アルバム・バージョンとの違いが分かった方が100倍くらい楽しいはず。私は今年の2月-3月にドイツに長期出張で行ったが、『SPARK』を受け取ってから渡航できるように出発時期を調整していた。

終演後に貼り出されたセットリスト:
M1. SPARK
M2. DESIRE
M3. WONDERLAND
M4. WHAT WILL BE, WILL BE
M5. DILEMMA
M6. INDULGENCE
M7. IN A TRANCE
-ENCORE-
EN1. MOVE

コンサート・グッズは「SPARK」日本ツアー2016公演パンフレット1,700円と、SPARKオリジナルTシャツ3,000円の二種類だけだった。パンフレットを買って、帰途についた。家に着いて、5時間ぶりに座れる喜び。好きなことで疲れる幸せ。将来的には人工知能の発達でほとんどの労働が不要になった社会で、十分なベーシック・インカムをもらいながらこういうコンサートを定期的に鑑賞したい。