2023年12月9日土曜日

上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2023 “Sonicwonderland” (2023-11-22)

ユートピア的な想像力は、この所与の現実を相対化し、変革するための支点として作用しうる。この閉塞した現実の彼方に措定された非在の未来像が、現実変革の実践のための不可欠の契機となる。ところが、「歴史の終焉」に伴うユートピア的な想像力の退化は、もはや現にあるものの乗り越えを意志せず、規定の現実の単なる惰性的な延長の追認に堕する。(木澤佐登志、『闇の精神史』)

 

「世界を変革せよ」という思想は忘れ去られ、代わりに「意識を変革せよ、人生を変革せよ」という思想が主流となった。仮に制度的な変化が期待できないのであれば、私たちにできることは資本主義とテクノロジーを最大限に利用することだけだ。(木澤、前掲書)

「この景色をずっと夢見ていて……壮観です」。感慨深げに上原ひろみさんはフロアのヘッズに語りかけた。何のことを言っているのだろう。もしかしてアレか、コヴィッド騒ぎのくびきから自由になった日本のヘッズを前に演奏するのはコレが初めてだったか。いや、違うか。ついこの間コットン・クラブでやっていたもんな。公演後の上原さんによるInstagram投稿に答えが書いてあった。彼女が夢見ていたのは、スタンディングの会場でこの音楽を奏でること。たしかに今日の旧SHIBUYA ON AIR EAST(新Spotify O-EAST)は特別だった。立ち見の会場ってのは当たり前だけど2時間、3時間と立ちっぱなしになる。クッションのある椅子に腰掛けるのに比べりゃ疲れるし、ストレスがかかる。それを知った上で、わざわざチケットを買って、平日の18時開場、19時開演に間に合わせて来る人々。決して分かりやすい音楽ではない。ここに集まった時点でスキモノなわけ。収容人数1,300人をフロアをほぼ隙間なく埋め尽くす人々。この音楽の価値が分かる人々がそれだけいる。東京の文化資本の底力を感じた。今日のヘッズは最初から最後まで熱狂的だった。みんなアルバムを聴き込んでいる。ファッションで来ているのではない。そういう人たちが集結した場だからこそ生まれる濃さがあった。この音楽ジャンルやアルバム“Sonicwonderland”を聴いていなければこんなにワーッてなれないし、そもそもなぜここでワーッてなっているかが理解できないだろう。分かる人だけに許される快楽。私も気持ちよく声を出し、手を叩き、身体を揺らすことが出来た。まだこの日本ツアー全18公演中の2公演目だけど、今日の渋谷が一番の一体感だったんじゃないか? この先の16公演でコレを超えることはないんじゃないか? 私はこのツアーは今日と東京国際フォーラムでの二公演の計三公演に入るが、この渋谷の熱狂を体感できただけでも十分と思えるほどだった。上原ひろみさん率いるSonicwonderlandバンドと今日フロアにいた我々は、単に演奏者たちと聞き手たちという関係ではなく、同じ音楽空間を共同で作り上げていた。石丸元章さんが『覚醒剤と妄想 ASKAの見た悪夢』で書いていたが、音楽によって我々は同じ妄想世界を共有することが出来る。音楽がもたらす一体感はプリミティブな感覚であり言語と意味を超越している。その領域に一歩は近づけた感がある。上原さんもsuper energetic audience!とInstagramで褒めてくださった。“Sonicwonderland”のサイケデリックな音。“Trial and Error”の上原さんによるアヴァンギャルドな即興演奏。“Up”における約13分にも及ぶドラム・ソロ。即興からの脱線。時に何の曲を聴いているのか分からなくなるほど。二度と同じ音はない。極上の音楽世界。宇宙に連れて行かれた感覚だった。木澤佐登志さんの『闇の精神史』で読んだサン・ラーさんに関する解説を思い出した。
サン・ラーと彼のアーケストラは、コズミックな演奏とパフォーマンスを通して、抑圧と絶望に満ちた地球、この狭量な世界からのイグジット(exit)を高らかに唱えた[…]彼らが目指した先は、地球の外部に遍在する広大な銀河系、宇宙という無限の空間に他ならない。宇宙、それは未知の領野であるのと同時に、そこにいつか帰らなければならない黒人にとっての真の「故郷=ルーツ」でもあるのだ。(木澤、前掲書)
資本主義とテクノロジーに支配され、逃避できるユートピアが社会から失われた現代。我々はその現実に対し、現実的に対応する必要に迫られている。一方で、合法的にトリップ出来る場は必要だ。それが私にとってはフットボールであったり、ジャズであったり、ミュージカルであったり、小説であったりするわけだ。

私は学生時代には渋谷の街をよく歩いていたが、最近はめっきり足が遠ざかっている。飲食店事情には明るくない。てきぱき動かないと18時の開場に間に合わなくなる。整理番号がカス(727番)なので多少遅れても問題はないだろうが、池袋でサッと食べていくことにした。最近KFCへの内なる欲求があったので久々(8月21日以来)に入ってみた。フィレ・サンド・セット。冷めたフライド・ポテト。ちっちぇーバーガー。クオリティ低い。これでJPY850は決して安くない。同じ鶏肉だったらキッチンABCで若鶏のソテー トマトソース(通称トマト)JPY950が格段に上。KFCがアレでJPY850を基準とするとキッチンABCのトマトは値段が倍以上してもおかしくはない。結果としては、渋谷で食ってもよかった。旧SHIBUYA ON AIR EAST(新Spotify O-EAST)に行くまでに上る道玄坂にちょっとした飲食店はいくらでもあった。開場時間の少し前に旧SHIBUYA ON AIR EAST(新Spotify O-EAST)に到着。定刻の18時で既に130番まで呼び出されている。入場時に周りのヘッズが着ているのを見て本ツアーのTシャツが売られているのを知る。黒とオートミールの二色展開。黒のサイズL。JPY3,500。買います。おそらく後日の公演で買い増す。JPY600と引き換えに渡されたドリンク・チケットを缶入りのハイネケンと交換。奥にもバー・カウンターがあるのを知ったときには引き返せないタイミングだった。本当はジン・ライムなりラム・コークなりを飲みたかった。さすがに727番となると既にめぼしい位置は埋まっている。ピアノの置かれた左側に人が集中している。右端付近ならまだ前方が空いているが、スピーカーに近い。それにアイドルさんを見るのと違ってレスがどうとかメンバーさんの身体を見たいとかではないから中途半端に前に行くこともない。段差のあるところでまだ前に一人しかいない場所を確保。正解だった。ステージ上が見やすかったし、周囲のヘッズも十分に熱があった。声を出しても好きに身体を揺らしても浮かない。人は密集していたけどそれが気にならないくらい自由な雰囲気があって心地よかった。