2023年12月30日土曜日

上原ひろみ ソロピアノ公演 “BALLADS” (2023-12-28)

休みを取って一日早く仕事を納めた。慣例上は納めたという言葉になるが、実際には中断したに過ぎない。いくつかの懸案事項が残っている。頭が痛い。比喩ではなく文字通りに。26日(火)は問題に気を揉んでいるうちに頭痛がしてきた。夜に銭湯から帰ってきて横になったときが痛みのピークで、バファリンを飲み無理やり眠りの世界に逃げ込んだ。年が明けたらすぐにストレスフルな状況になるのが見えている。年末年始というのは完全に気分の問題であって、2024年になったら2023年の問題がリセットされるわけではない。そして連休といってもそんな大層なものではない。私の勤め先ではデフォルトで6日間、私は1日を追加してやっと7日間。そのうちの貴重な一日は親の家に赴いて家族の集まりに顔を出すという義務で潰れる。仕事に戻る1月4日(木)はその日に必ずやらないといけない業務がある(上記の懸案事項とは無関係である)。今日の休みを取ったことで12月中にやらないといけないことの密度が高くなりストレスは却って強くなった。かといって12月28日(木)も働いていればよかったというわけにはいかない。休みを取る必要があった。まあ18時半開演だから、午後半休とか15時に上がるとかでも間に合ったが。12月28日に仕事上がりでせかせかとコンサートに出かけたくないという意地があった。休みを取った意味を持たせるために14時から美容室の予約も入れた。前日になってもう一つ意味が生まれた。F君と昼メシをご一緒することになった。新大久保のサルシーナ・ハラル・フーズ。バングラデシュ料理店。最近ハマっている。昨日も行った。昨日は骨一緒チキンのドピアザJPY1,500。今日はアヒル肉とじゃが芋のジョルJPY1,800。バングラデシュ式フライドチキンJPY1,200をF君とシェアした。F君はマトンカラブナJPY1,500を召し上がっていた。アヒル肉とじゃが芋のジョルはこれまでこのお店で食べた料理で一番。ゴロッと入った大きなアヒル肉の塊が骨付きかと思いきやすべてが可食部で食べ応えがあった。牛肉のような豚肉のような。フライドチキンは中学生くらいのときに母親が作ってくれていた弁当を思い出した。こういう冷凍食品が入っていた。ただJPY1,200はちょっと高い。JPY700くらいが納得感ある。サルシーナ・ハラル・フーズはスペシャルな店だ。12月28日から1月3日まで日替わりで年末年始スペシャル料理を出している。足を運んでみることをお勧めする。

紀尾井ホール。初めて行く。最寄り駅が四つ。四ツ谷、麹町、赤坂見附、永田町。永田町の7番出口から歩く。駅と会場の間にめぼしい飲食店がゼロ。セブン・イレブンでホット・コーヒー(R)。セブン以外だと会場から道路を挟んだ向かいに巨大ホテルがあってそこのレストラン街はあるにはあったがもちろん高いし一人でサクッと食うタイプの店はなかった。開場前の会場前。若さがない。薄暗い。夕方だからといううだけでなく集まっている人々に光がない。高い年齢層。色褪せつつある。消えつつある。透明になりつつある。ブルーノートに行ったときにも思ったが、ジャズ・シーンを支えている中心層が高齢者なのは紛れもない事実であろう。中でも今日のように騒がしくない土地の、かしこまった会場で、全席着席で、しかもバラード公演となると客層がそっちに偏るのは当然だ。(そもそもが年齢中央値48.6歳という恐ろしい国。恐ろしい状況。何をもって高齢者と括ればいいのかもよく分からない。)バラード曲だけをソロ・ピアノで演奏するという、上原ひろみさん曰くマニアックなコンサート。Sonicwonderlandツアーとは打って変わって、静寂、沈黙が相応しい、ある程度の厳かさが求められる公演だった。完全に別競技。上原ひろみさん曰く、自身がテレヴィジョンで数秒だけ紹介されるときはすごい顔でピアノとファイトしているような映像が使われがち。(前にブルーノート東京でバラード公演を観たときにも同じことを言っていた。)ピアニッシモの小さな音もパンチと同じくらい、もしくはそれ以上に好き。彼女はステージに現れた時点から21日(木)に国際フォーラムで観たのとは別人のようだった。落ち着きのある服、上げていない髪。Sonicwonderの激しいダンス・ミュージックとは完全に異なることをやるんだというのが一目瞭然だった。どれくらい静かだったかというと、私の一つ後ろの列にいた誰かの、鼻くそによって笛となった鼻のピーピー鳴る呼吸音が気になったくらいである。それはまだいいとして、さすがにそれはないだろうというレヴェルで咳き込み続ける紳士がいた。しかもそういう奴に限って前の方のいい席にいやがる。聴いている私の集中でさえ途切れかけたので、演奏に影響が出たとしても文句は言えなかった。百歩譲って咳は生理現象だから仕方がないかもしれない。もっと酷かったのはバターン!って大きな音を立てて何かを床に落とす奴。同一人物かは分からないが何度も。今日の公演を鑑賞するのに適していない人々が一部にいた。キース・ジャレットさんのコンサートじゃなくてよかったな。キース・ジャレットさんだったらプッツンして演奏を中断していたであろう場面が何度かあった。上原ひろみさんは優しいから不機嫌になることも苦言を呈することもなく、むしろトーク中にクシャミをした人に対して「大丈夫ですか?」といつもの温和な調子で尋ねて会場の空気を和ませていた。毒がまったくない。このお方は菩薩か? 私はこの類のことに神経質なほうではないつもりだ。むしろ開演してしばらくは、観客が多少の物音を出すのはしょうがないじゃないか。そりゃ人間を何百人も集めたらこうなるよ。コレがイヤなら無観客でやれっていう話やでと寛容な気持ちでいた。だが、時間が経つにつれお前らもうちょっと我慢できねえのかよ、そんなに体調が悪いなら来るなよという呆れが生まれてきた。最終的には許した。おそらく彼らは身体中の筋肉が弱くなって色んなものが外に出るのを抑えられず垂れ流しになってしまうのだろう。本人としてはどうしようもないのだろう。上記の物音はSonicwonderのツアーであればまったく気にならないどころか聞こえさえしなかっただろう。それくらい違った。ただ、バラードであってもそこにグルーヴはあった。演奏している上原さんと同じように、私も頭を揺らしながら聴いた。即興演奏の興奮もあった。サブ・ジャンルは違えど、それはたしかに上原ひろみさんの音楽であって、ジャズであった。今ココでしか逢えない音を皆さんと探しに行きたいと思います、というコンサートの度に上原さんが発する常套句は今日も健在だった。“Nostalgia”→“Blue Giant”→“Place to Be”がシームレスに繋がるM.6には唸らされた。新曲“Pendulum”の初披露に居合わせることが出来たのは嬉しかった。アンコールを受けてその新曲を演奏し、それで終わりかと思いきや始まる次の曲。何かと思ったら『蛍の光』(セットリスト上は“Auld Lang Syne”)。茶目っ気たっぷりで贅沢極まりなかった。この公演だけでなく、2023年を気持ちよく締めくくってくれる印象深い演奏だった。終わると見せかけておきながら続けたり、テクニカルな連打をしてみたり、こちらの反応を楽しむように緩急をつけたり遊びを入れてきたりするのが、さながら凄腕の手コキだった。