2023年12月17日日曜日

上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2023 “Sonicwonderland” (2023-12-07)

Catarrh Nisinと書いてカタル・ナイシン(語る内心)と読ませるアーティスト名からしてイカしてる。宇宙忍者バファリンさん経由で知り、アルバムを聴き、ハマった。私が一番好きなタイプのラッパーと言っていい。ラップを通して業界に属する同業者たちを一網打尽。メタ的な歌詞。素直な表現。たしかな技量。群れない姿勢。時代に受けるものではなく自分が作りたいものを作る職人気質。本来であれば“Sonicwonderland”を聴いて気持ちを高めるべきだが、カタル・ナイシンさんを聴きたい衝動が抑えられない。
フォロー数ゼロとか一桁にしてイケてるアーティスト感出そうとする
注目され出した途端連絡返さなくなったりとかゾッとする
虚栄心モリモリのオードブル
寒すぎエマージェンシー高度ぶる
断捨離判定 損得の有無
切り捨てられるロートルとクズ
(Catarr Nisin, “No Mercy”)

17時半開場、18時半開演。有楽町。『孤独のグルメ』の井之頭五郎さんよろしくどの店に入ろうかなぞとのんびり迷っている時間はない。駅の近くで目に入った看板。ふくてい。ステーキ・カレー。JPY800。ココにする。昔、一度入ったのを覚えている。約何年経ったろう(OZROSAURUS, “AREA AREA”)と思い自分のツイログを遡ると2014年12月6日(土)だった。ちょうど9年前のこの時期。そのときも上原ひろみさんのコンサートだった。アルバム“ALIVE”のツアーね。9年経って同じ場所で同じものを食ってから同じ人のコンサートを観に行くのが可笑しくなった。当時の味なんて覚えちゃいないから比較は出来ないが、9年ぶりに食べたステーキ・カレーはシンプルで何の変哲もなく、量が多いわけでもなく、こんなもんかって感じだった。9年前はJPY600だった。JPY800となると高くも安くもない。コロッケをつけてJPY950。

ソフト・ドリンクでもいいから何かしらを一杯飲んでチルしたかったが時間的に断念。東京国際フォーラム、ホールAへ。この間の渋谷で買ったTシャツを実際に着てみて気に入ったのでオートミール色を追加購入。JPY3,500。今日の席は1F19列。比較的前方の右側ブロック。とはいえ約5,000人を収容する巨大会場。旧SHIBUYA ON AIR EASTのときに比べるとステージは遙か遠く。(その代わり左右に超巨大ヴィジョンがあって、演者さんたちの細かい表情や動きを見ることが出来た。)私の席に先客が。尋ねると席を間違えていたとのことで、何度も謝ってきた。いえいえ、とんでもないです。礼儀正しい方だった。その方はご家族連れのようだった。私の左も男女カップルだった。客席は全体的に上品で分別のありそうな雰囲気が充満していた。いいトコに勤めてそれなりの地位を得ていいお給料をもらっている感じの。私たちは余裕があるんですよという感じの。渋谷とだいぶ客層が違うように感じた。なんだかむずがゆい。何となく居心地の悪さがあった。左の男女は公演中の手拍子をほとんどせず。地蔵。そういう奴ばっかなの。しかも立ち見のライブハウス(和製英語)と違って全席指定の着座だと、ヴァイブスが違う人たちから逃げられないからさ。

良いプレイがあったら何かしら反応してほしい、と上原ひろみさんはいつもの嫌みのないにこやかでおっとりした調子で我々に話しかけた。曰く日本に来る前にこのツアーでアメリカやヨーロッパを回っていた。向こうのお客さんはスゴい。空気を読まない。皆さんも空気を読まないでほしい。そう言われても、ははは……(愛想笑い+拍手)というぎこちない反応しか出来ないのが我々ジャップの実情である。その土俵でアメリカやヨーロッパのヘッズと比較されると厳しい。ジャップには勝ち目がない。どうしても他人の視線や空気を気にすることから逃れられない。誰かに導いてもらわないと自分がどうしたらいいのかも分からない。コヴィッド騒ぎが世界一長く続いた国ですよ。それを受け入れ続けた国民ですよ。マスクひとつでさえ国からの号令があってようやく恐る恐る外し始めた国民ですよ。この会場にいる人たちも当事者ですよ。2023年12月になっても感染対策がどうのとか、検査して陽性だったとか陰性だったとか言っている人たちがいるんですよ。
東南アジアでさんざん遊びまわってもっとおっかないエイズに罹ったやつが、「私、コレラ菌は持っていませんよ」といってるんだから大笑いさ。本当ははるかにスゴい病気が蔓延しているのに、みんな衛生局員みたいになってコレラ菌の消毒に精出している(ビートたけし、『だから私は嫌われる』)

先々週の旧SHIBUYA ON AIR EASTが恋しい。あのときの熱狂がココにはない。羊のような客たち。渋谷はスタンディングだから盛り上がったという面もあるかもしれないが、かといって仮に今日の客たちがあの場に行ってもあんなに熱い空間を作り上げたとは思えない。棒立ちの傍観者にしかなれない人たちが大半だろう。歯がゆい。自分も羊の一員なのが何よりも悔しい。雰囲気を打破することが出来ない。何となく合わせてしまう。このツアーは渋谷だけ行けばよかったのではないかという思いが頭の隅にちらつく。ビートたけしさんが前掲書で書いていたように、このジャップの行動倫理は人口密度が異様に高い島国でお互いがストレスを溜めないようにというところから来ている。それを海外と単純に比べて一概によくないとは言えない。これが日本のよさとも繋がっている。それを踏まえた上でも私は、高尚で素晴らしいアートを受け身で鑑賞しに来ているようなこの客席の雰囲気があまり好きではない。なぜなら、それはこの音楽を本当に理解しているとは言えないからだ。礼儀正しく静かに聴いて曲が終わったら拍手をしていればいい、そういう音楽ではない。上原ひろみさんの音楽を本当に好きで聴いていれば、ただ黙って聴いているのが決して礼儀正しくはない、むしろ無礼だと分かるはずだ。良いプレイがあれば即時に惜しみない歓声と拍手を浴びせる。フットボールでもMCバトルでもそうであるように、ライヴ・エンターテインメントでは観客の反応も一部なんだ。映画を観るのとは違うんだ。

そのためには前提として、何が良いプレイなのかを私たちが理解しなければならない。みんなが拍手しているから何となく合わせて拍手しておく、ではない。よそ行きの場ではお行儀よく、かしこまっておとなしくしていれば間違いはないという行動規範を身につけた日本的な優等生。渋谷のラヴ・ホテル街のど真ん中にあるライブハウス(和製英語)と違って、こういうちょっとハイ・ソな場所だとそういう観客が多くなるのだろう。でもそれは必ずしも良き観客ではない。もちろん、それがたまたまハマる場合もある。たとえばクラシック音楽を聴く場合とか、ミュージカルを観る場合はそれでいいのだろう。でもジャズ、特に上原ひろみさんの音楽とその態度の相性はよくない。ジャンルに応じた立ち振る舞い。その前提となるジャンルに対する造詣の深さ、理解。明治安田生命J1リーグを観ていても思う。ゴール裏の人々と地蔵(後方彼氏面)の中間層が薄い。自分の意思で、周りに関係なく、個人として、観ているものに心からの反応をしている人が少ないのだ。ゴール裏の人たちが必ずしもそれをやっているわけではない。彼らは彼らで、リーダーに統率されて決められた歌やチャントを歌っている。DAZNで試合を観ていると、すぐ目の前で自分たちのチームが失点していたり、相手チームの選手が危険なタックルをしたりしているのに、関係なく飛び跳ねて歌い続けているゴール裏の人たちが映ることがある。正直、滑稽である。

Hello! Projectを観ていたときにも思ったけど、会場の規模によって来る人の濃さが変わってくるんだよね。大きくなればなるほど客の強度が低い。大きな会場だと、端的に言うと見物客が一定数出てくる。それは仕方のないこと。旧SHIBUYA ON AIR EASTのときに感じたヘッズの熱量をそのまま東京国際フォーラム ホールAで実現するには無理がある。会場が大きくなればなるほど、普通の人々も来るってこと。おそらく上原ひろみさんの音楽を聴いていない人(誰かに連れられて来た人)もそれなりにいたのだろう。スキモノが集まった異常な空間ではなくなる。異常者濃度が薄まり、全体のヴァイブスが言うなれば平均的なジャップのそれに近くなる。

コンサートの後半になると客席に蔓延るぎこちなさとシャイさはある程度、緩和されてきた。何人かの勇者が度々、大きな声を会場に響かせて盛り上がりを演出していた。私も序盤から何度かフー!と好プレイや曲終わりに声を出したが、周囲に声を出している人がマジで一人もおらず、最後までやりづらかった。振り返ると、2014年の私はおとなしく聴いている側だった。本当はもっと歓声を送りたいのに…本当はもっと会場が熱くなるべき音楽なのに…というむずむずする気持ちもそこまでなかった。この9年の間に、それだけジャズと上原ひろみさんの音楽を聴き込んできたということでしょう。

渋谷のときと違って途中で20分の休憩があった。X(旧Twitter)を開くと、母乳を冷凍販売する27歳女性の愚痴垢(Hello! Projectメンバーさんの悪口を言うアカウント)という新たなスターが登場していた。搾乳動画はJPY10,000で提供するらしい。スタア誕生 無感情な商売繁盛…(キングギドラ、『スタア誕生』)。よくもまあ、次から次へと輩出される逸材。Hello! Project支持者の層の厚さ。私にとってHello! Projectはアイドルさんを鑑賞する趣味から異常オタクを鑑賞する趣味へと変わった。