2019年5月13日月曜日

春麗 (2019-05-03)

℃-uteが初めてパシフィコ横浜でコンサートを行ったときを思い出した。あのときも開演直後のメンバーさんたちは涙ぐんでいた。でも今日の広瀬彩海さんほど豪快に泣いているメンバーさんはいなかった。昼公演、一曲目。客席から見ていちばん右にいた広瀬さんが手で顔を覆っていた。見るからに感極まっていた。彼女への関心が比較的薄い私でもつい双眼鏡でしばらく見てしまった。泣くとまともに歌えなくなる。だから曲中に泣くのは決して褒められたことではない。言うまでもなくHello! Projectのメンバーさんは皆さんがそう認識しているはずだ。それでも抑えられない涙。よほどこみ上げてくる感情が強かったのだろう。ホールと呼ばれる会場(座席があって所謂ライブハウスよりも収容人数の多い会場)で自分たちだけの(Hello! Project全体ではなく)コンサートを行う。それはこぶしファクトリーにとっての念願であり、目標であり、一つの到達点だった。

私は彼女らのコンサートに行ったことがない。だからこういうときに限ってチケットを取るのは気が引けた。冷やかしのような感じがして。私がファンクラブの先行受付に応募することで、こぶしファクトリーの現場に通ってきたヘッズが落選するようなことがあったら元も子もない。こういう公演は、多少なりともこれまでのこぶしファクトリーを支えてきたファンが優先されるべきだ。リリース・パーティにもコンサートにも特典会にも行ったことがない私のようなアマチュアに大きな顔は出来ない。ここに至るまでの活動をほとんど支えず(演劇女子部は観に行ったが)、果実だけを味わいに来ているという自覚があった。だから私は躊躇した。はじめは申し込まないつもりだった。締め切り間際になって申し込んだ。なぜか? こんなことを言うとこぶしファクトリーのハーコーな支持者から拳が飛んできそうだが、私はつばきファクトリーが通る道の下見をしたかった。いずれつばきファクトリーもホール会場でコンサートを行うはず。その日が来たときに、今日のこぶしファクトリーと重ね合わせながら観たいのだ。

昼公演と夜公演の両方に申し込んで、昼だけが当選した。席が2階の7列。ファンクラブ先行で中野サンプラザの2階が来ることは滅多にない。それだけ応募者が多かったのだろう。前方の席が与えられても却って恐縮してしまう。末席でちょうどいい。とはいえ、もうちょっと前で観られたらなあという願望も少しはあった。そんな折り、同日にBEYOOOOONDSのリリース・パーティに行くことを決めた名古屋のダチがチケットを余らせていたので、買い取らせてもらった。1階の11列だった。エグゼクティブ先々行。

正直に言うと、昼公演を観た段階ではそこまで強い印象を受けなかった。全体的に曲が弱い。コレはあくまで私の主観だ。具体的にどこがどうと説明するのが難しいのだが、曲そのものにクラウドを引き込む力(問答無用で乗ってしまう感じ)が欠けている。それを演者さんたちの技でカヴァーしている。こぶしファクトリーはワックな曲でも盛り上げてしまう素晴らしい技量を持っている。疑問符が浮かぶ曲でもステージ・パフォーマンスで観衆を納得させてアリにしてしまう。戦略・戦術レベルのお粗末さを現場の頑張りで取り返すという、日本の組織にありがちな構造を体現している。もちろん、いい曲(繰り返すが、コレは私の主観や好みでしかない)も複数ある。だが『サンバ! こぶしジャネイロ』や『桜ナイトフィーバー』はあからさまなワック・グルーヴだ。集団からメンバーが立て続けに抜けてから何曲か出していた自己啓発的な(製作陣がこぶしファクトリーの残存構成員を鼓舞するかのような)精神論の曲。それらを聴いて私は白けていた。つんくさんがいればもっとマシだったとは言わないが(彼は彼でワックな曲もそれなりに書いているんで)、同氏がHello! Projectのプロデューサーを降ろされて以降のサウンド・プロデュースの悪い部分がこぶしファクトリーの楽曲には多く詰まっているような気がする。製作陣が張り切って突っ走った結果、滑っているというか。いや、まあ『辛夷ノ壱』は悪くないアルバムだとは思うけど。

上述の『サンバ! こぶしジャネイロ』と『桜ナイトフィーバー』をアカペラのセグメントに入れたのは良い判断だったと思う。こぶしファクトリーが魅せるアカペラ技巧に圧倒されることで、曲のワックさをほとんど意識せずに済んだからだ。『オラはにんきもの』がセットリストになかったのにもホッとした。

こぶしファクトリーには大きな試練があった。藤井梨央さんが2017年7月6日、小川麗奈さんが同年9月6日、田口夏実さんが同年12月6日をもって、立て続けに集団を脱退した。残された五人のメンバーさんはそれを乗り越えて、中野サンプラザ(とNHK大阪ホール)で単独公演の開催までこぎつけた。地道な努力でアカペラという新たな武器を手に入れ(彼女たちがYouTubeにドロップした『チョット愚直に猪突猛進』、『念には念(念入りVer.)』『GO TO THE TOP!!』のアカペラ動画は必見である)、本ツアーのために四ヶ月に渡って練習したという太鼓芸も習得した。夜公演でメンバーさんの誰かが触れていたが、太鼓の練習では手の皮がむけてマメが出来たという。集団の危機をメンバーたちの努力で乗り越える。美談のようだが、本当の試練はメンバー脱退ではなかったと私は思う。与えられる曲のワックネスと、ホール会場という舞台を用意するまでに時間がかかりすぎた事務所の怠慢。それらが本当の試練だったのではないか。

こぶしファクトリーがメジャー・デビューしたのは2015年9月2日。単独でホール会場のツアーを行うまでに実に四年近くかかっている。長すぎた。これまでの活動が一つでも欠けていればホール会場には辿り着けなかったと思いたくなるかもしれない。でも、それは違う。極点な話、グループを結成させた直後でも会場を抑えてチケットを売ればホール会場でのコンサートは出来たのである。もしかすると客席も埋まっていたかもしれない。資格を取らないとステージに立つのが許されないわけでもないし、メジャー・レーベルでの活動歴が何年以上という条件もないはずだ。乱暴な言い方をすれば、アップフロントがその気にさえなっていればホール会場での単独公演自体はもっと早期に実現できたはずなのだ。

私はこう考えてしまう。もし橋本慎さんらのサウンド・プロデュース体制がマシだったら、もし前述の三人が抜ける前にホール会場のツアーが出来ていれば、こぶしファクトリーは今どうなっていたのだろう。もしかすると、現時点で誰も脱退していないというシナリオもあり得たのではないか。いや、分からない。いずれにせよどこかのタイミングで人員が減っていた可能性も十分にあるだろう。田口さん、小川さん、藤井さんに残ってほしかったと私は言いたいわけではない。その三人にそこまでの思い入れはない。

物事は段階を踏んでいった方が、地に足が着く。目標に到達する難しさが分かった方が、達成したときの嬉しさが増す。地道な日常のありがたみも分かる。でも、アイドルさんはいつまでもアイドルさんでいられるわけではない。Hello! Project研修生の精鋭を集めて2015年に結成されたこぶしファクトリーが2019年に到達すべきだったゴールはパシフィコ横浜や日本武道館だったのではないか? ホール会場でのコンサートを成し遂げたこぶしファクトリーを祝福したい一方で、アップフロントのやり方次第ではこの集団はもっと先に進んでいてもおかしくなかったのではないかという思いを私は捨てきれなかった。

昼公演が終了した時点では、私にはモヤモヤが残った。しかし夜公演が終わったときには異なる感想を抱いた。単純に、コンサートが楽しかったなと。こぶしファクトリー凄いなと。そういう思いの方が強くなった。先ほど述べたように私はこぶしファクトリーは基本的には楽曲にそれほど恵まれてはこなかったと考えている。ただ、最新シングルの『Oh No 懊悩ハルウララ』は好きだし、『消せやしないキモチ』も間違いない。『Oh No 懊悩』ではメンバーさんの要望により我々は懊悩(Oh No?)ジャンピンと呼ばれるムーヴをした。曲中、特定のタイミングで左を向いて右手をすばやく振り下ろすように動かしながら飛ぶ。それを一斉にやる。いつそれをやるかは広瀬さんが曲中にカウントダウンしてくれる。昼公演のときは、周りが誰もやっていなかったし、何かちょっと難しくて間違えたら恥ずかしいし、サボった。夜公演はもっと自分からコンサートに参加することが出来た。昼公演を経験して何となく流れを把握していたから、どこでどういう声を出せばいいのか、どう身体を動かせばいいのか、といった点に関して戸惑いがなくなっていた。やってみたら楽しかった。我々の動きが統一されているのが当事者なりに分かったし、それを見てメンバーさんが喜んでいるのも分かった。

昼と夜どっちか忘れたけど、浜浦彩乃さんがステージから客席を見て、コレが私が見たかった景色だと感激していた。こぶしファクトリーのためにこんなにたくさんの人が来てくれるとは思わなかった、ともこぼしていた。2-3年前に立っていたとしたら、彼女はここまでの喜びを味わえなかったかもしれない。その意味では、メジャー・デビューから四年近くかけてここまで来たことに意味はあったのだろう。でも、これで終わりにしてほしくない。こぶしファクトリーのメンバーさんにとって、活動を続けてきてよかった、青春を捧げて取り組んできてよかったと心から思える瞬間が、これからも何度も何度も訪れてほしい。